【色々】世界でひとり、恋をしよう?【短編】
作者/ささめ ◆rOs2KSq2QU

次のチャイムよ、まだ鳴るな!
「あ、待って、ちょ、近づくな」
良い匂いがするっス、と首元に抱きつこうとしたら止められた。両手をあげて、万歳のポーズで待機していたこっちは面食らう。えぇー?
黒と茶の中間という、何とも素敵な色合いの髪の毛の一つ上の彼女。今日はいつもの二つ結びではなくて下ろしている。
大人しげな外見のくせに、俺に対しては凶暴化してすねを狙ってくるという一面があることを知るものは少ない。
「え、何でっスか? もしかして俺のこと嫌い、みたいな? 近づくなゲス野郎、みたいな?」
「いやいやいやいや!! そ、そうじゃなくて……、う……うーん……」
「やっぱり変態野郎っスか……?」
「だからそれはないって、そんなこと思ってねーっつの!」
少し悲しげに視線を落としてみれば、彼女は怒ったように反論してきた。何気に彼女は自分のことを嫌いじゃないことを知り、満足する。
「嫌いじゃないなら抱きしめても良いじゃないっスか、今日の俺はボディタッチ強化週間っスよ!」
「何だその週間……」
グッ、と親指を突き出してウインクする。向こうはこっちの笑顔に戸惑っているようで、困ったように目をそらした。
やがて、気まずそうにぽつぽつと話し出す。
「…………いや、実はさぁ……。私、昨日……体調悪くて風呂入れてないんだよ。だから、臭かったら悪い「先輩の匂いクンカクンカ!!」ってぎゃぁ!!」
首筋に顔を埋めて匂いをかぐ。何と言うか、普通に良い香りだった。多少髪の毛が固いけど、この辺りは潮風が強いからこんなもんだろう。
――とか冷静に考えてたら、振りほどかれた。あぎゃー、とお尻の方に隣の席の男子の机をぶつけながら仰け反る。
「ちょ、お尻痛いっスよ……」
「っ、て、てめぇ何してんだゴルァ!!」
「いやー、普段通り良い香りっスよってことをアピール」
「せんでいい!」
むきゃー、と頬を赤くしてこちらを睨んでくる彼女。そんなところも可愛いと思うのは俺だけの特権である。
ポケットから櫛を取り出して、次の授業の準備をしている友人に聞く。「櫛って何回振ったら他の人に使っても良かったっスかね?」「……四回、じゃない」「そっか、ありがとっス!」
四回櫛を振り、疲れたと机にうつ伏せてしまった先輩の髪の毛をひとふさ手にとった。そして、ゆっくりと櫛を入れる。長い髪の毛に櫛を入れるのは、少し難しい。
すると、髪の毛に違和感を感じた先輩が顔を上げた。不機嫌そうな表情に口元が緩まる。いやぁ、どんな表情でも可愛い。
「何」
「いやぁ、こうやって髪の毛とかさせてもらっても良いっスか? あ、痛かったら痛いって言って欲しいっス!」
俺の言葉に、一度だけ先輩の瞳が丸くなる。やがて、唇を尖らせてそっぽを向いた。
「……べつに、いいけど」
「そっスか。あざーす!」
さて、彼女の了解も得たことだし――――と。
俺は次の授業のチャイムを気にしながら、彼女の髪の毛に触れるのだ。
■次のチャイムよ、まだ鳴るな!
「あ、引っかかった」
「…………んー」
フラッシュバック、君と僕。
遠い背中を見つめていると、涙が滲んできた。
青く、鋭く、どこまでも強い君は――僕の心の底を抉り、鮫のように切り裂いて行く。
それが例え過去であったとしても、時間なんてものは無視して、獰猛な光を瞳に称えたままに。止まってしまえば息絶えてしまうとでも言いたげに彼は進んでいく。ずっと止まったままの僕なんて見もしない。
君の姿はここにない。でも、君の光は僕の網膜に焼きついて、一生そこに留まっている。
「……それでも君は、行くんでしょうね」
――僕なんか構わずに、いつだって。
コートの中で立ち止まっているのは僕しかいない。立ち止まらない皆が普通なのだ。立ち止まっている僕が異常で、逆方向を向いている。
僕の視線の先に君はいない。君は悠々と僕の頭上を飛び越えて、空へと飛び立ってしまいそうだ。
「ねえ、君は、行くんでしょう?」
呼びかけても、返事は返ってこない。期待なんてはなからしていないが。
練習の後でからからの喉を振り絞って、大声を出す。自分の体から搾り出されるのは、君のような明るい大声じゃない。生気の失ったあやふやな、風のような声だ。
「僕にそうしたように、誰かを泣かせても……それでも君は行くんでしょう」
がらがら声は、過去を喰い潰して行く。
君と初めてバスケをして楽しかったという感情。帰り道に皆でアイスを買って食べた、夏も終わりかけの放課後。飲み終えたペットボトルの押し付け合いをして、赤司君に怒られた試合。太陽が高く昇った空の下で、屋上で寝ていた君を見下ろした。
そして、全てを壊された君を見た――――あの日のこと。
「……もう、他の誰かの何かを、壊さないでください」
僕の希望を打ち砕いた時のような、あの強さで。
圧倒的な力で闘争心を喪失させる、あの鋭さで。
「――もう、繰り返すのはやめてください」
痛みを抱え込まえたまま、前を向こうとしないで欲しい。痛かったんだ、と素直に言って傷口を見せて欲しい。
――その願いはきっと、決別した今でも叶わないだろうけど。
視界がだんだんとぼやけてきた。それが夢の中から出ようとしているせいなのか、涙なのかは区別がつかない。鼻につんとしたものがこみ上げて、喉が潰れそうになった。
「君は十分に、壊されたじゃないですか……、」
くるり、振り返った君の顔は変わらなかった。厳しい表情で、ぎゅっと口元を真一文字に結んで、俯くこともせずに、立ち尽くしていた。
僕は君に何を言えば良いのだろう。何を伝えれば、君の表情を変えることが出来たのだろう。
答えはどこにもないし、見つからない。振り絞った声は、彼の笑顔が瞬いて、言葉にならなかった。
「もう、誰も、泣かないでください……!」
君も泣かないでいて欲しいと、願うことを許して欲しい。
■フラッシュバック、君と僕。
君の笑顔ばかりが、フラッシュバックしてしまう。そんな僕の脳内を助けてよ。
限りない嫉妬
「壊してあげますよ」
そう微笑んでやると、彼は真っ赤な目をこちらへと向けた。泣いているというのにもその表情はまだプライドを崩していなくてきっと吊り上がった瞳は確かにしっとりと雫で濡れていて扇情的で。赤い目元に唇を寄せようかと思ったけれど、そんな空気ではないらしい。彼の肩を抱くだけにしておく。私が触れると彼は怯えたようにびくりと震えた(あぁもしかしてまた誰かに傷つけられてしまうだなんて考えてるんですねふふふ私はそんなことしないのに青峰君ったら)背中から彼の大きな体躯を抱え込もうと思ったけれど小さな私には不可能だった。胸がないので密着しても大丈夫だという点は私にとって得だったけれど。
「もう、バスケなんてやりたくないって思えるほど、壊してあげます」
サポーターを巻いた彼の右足に指先を伸ばした。汗でほのかに湿った彼の肌に頬を当てて体温を感じ取る。そのまま肌を舐めてやったら彼はどうするんだろう。可愛い声を出して飛び退くかもしれない。ぎゅっと握られた彼の拳をもう片方の手で優しく包み込む。大きな手はぶるぶるとやはり微かに震えていて、私の嗜虐心をくすぐる。はてさて、私は誰かを虐めたいなんていう性癖は持ち合わせていないはずなんだけれど。この湧き上がる感情は何なのか。
「……そうしたら、諦めもつくでしょう?」
ね?と彼の顔をのぞきこむと、子供のような幼い表情に出会った。気弱そうに目尻を下げて、歯を食いしばって、また泣き出しそうになるのを堪えようとしている。無駄ですよ、私はもう貴方が泣き虫なのを知ってるんですから。おかしそうに言ってみると彼は大人しく泣き始めた。私の言葉に安堵したからかもしれないし、張り詰めていた緊張の糸が解けたのかもしれない。自分と同学年の男子が大声をあげて泣くのを見るのは、初めてだった。
テツ、テツ。はい、何ですか。
必死に自分の名前を呼ぶ彼が愛しくて、私はさっきよりもっと優しい声色で抱きしめてしまう。泣きすぎて嗄れてしまっているのか彼の声はがらがらだった。男らしくて素敵だと思う私は末期だろう。サポーターに伸ばしていた手のひらを、彼の背中へと導いた。そして嗚咽を漏らし続けている彼を赤ん坊のようにあやす。
俺は、バスケが、
泣きじゃくりながら彼が呟いた言葉に、私は殺意を覚えた。たった二文字のそれは私の脳内を沸騰させてゆく。
自分の腕の中で弱さを見せている彼が。バスケが出来ないと告げられた時も泣くことをしなかった彼が。全てを奪い取られた、今の彼が。
それでも愛そうとしているそれに、私は、
(あぁ、……嫉妬してしまった)
■限りない嫉妬

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