【色々】世界でひとり、恋をしよう?【短編】
作者/ささめ ◆rOs2KSq2QU

ボカロオリジナル曲よりくたばれPTA
罵る貴方に最高の愛を
会議室の扉を開けた瞬間、少女は夏特有の湿気が多い熱風に眉を顰めた。やはり暑いのか、スカートからだらしなく出たポロシャツの裾から、勢い良くぱたぱたと空気を含ませる。その度に少女の規則違反である長い茶髪がぱたぱたと風と一緒に揺れた。しかしまだ体中に溜まった熱気は追い出せずに、少女はポロシャツを第3ボタンまで無造作に外す。すると、少女の綺麗な鎖骨に重なる銀色のネックレスが露わになった。
少女の今の姿は、ポロシャツをスカートから出す、シルバーアクセサリー着用、長い茶髪――――――見事に規則違反真っ只中の格好だ。
しかし少女はそんなこと気にも求めず、会議室の中にいる人物に、不機嫌そうな声を発した。
「何でアンタがここに居るんですか? ……PTAかいちょーさん」
「……あら、貴方? ! ……ま、またそんな規則違反な格好をして……ちゃんとしなさい、ちゃんと!」
「うっさいなぁ、ぴーぴーぴーぴー」
会議室の中に居た人物――――――紺色のスーツを身にまとう女性は、この学校でPTA会長と誇示されている人物だった。そんな人物に生徒である少女は、物怖じもせず荒々しい言葉を投げかける。
それを聞き、ヒステリックそうに顔を引きつらせる女性は、そんな少女を見て憎憎しげに言った。
「早く、早く服入れて、そんな装飾物取りなさい! 後その茶髪、先月も注意したはずだわ! 早く、早くちゃんとした人間になりなさいっ」
「……はぁ? ちゃんと?」
女性が甲高い声色で喚くと、その言葉に反応して少女はいっそう不機嫌そうに、女性の言葉を反復した。そして何にイラついたのか、女性のところまでずかずかと歩み寄ると、女性の顔すれすれまで近づいた。
「…………っ」
「あのさぁ」
少女は半分怒り、半分呆れというような表情をしながら、女性の瞳を覗き込んだ。少女の行動に対し、女性はいきなり接近されたためか、すこし頬が赤くなっており、動揺してる。
――――――そんな女性の顔へ、さらにずいっと顔を寄せると、少女は不愉快そうな口ぶりで話し出した。
「あれがダメだとか、これがダメだとか……よくまー考えつくもんだ 。常識きどってふんぞり返んな。……とっととくたばれ、PTA」
「なっ……! あ、貴方ねぇ……っ!」
「え、何? もしかして、」
「は!? ちょっ、痛っ……」
女性が怒りで表情を歪めた瞬時、少女はにやりといやらしい笑みを浮かべ――――女性をテーブルへと押し倒した。女性の後頭部や背中に痛みがはしり、苦悶の表情を浮かべる。その表情さえも、少女は愛おしそうに、憎らしそうに眺めた。
そして、女性のスーツの中へと自身の滑らかな手を差し入れる。びくり、と女性が頬を朱に染めて睨んでくるが、少女はその視線を気にせずに言った。
「あんたらどんだけね、つまらん人間なんですか? ……真面目ぶるのはいいけれど、たまには息抜きしませんか?」
「ふっふざけるなっ! ま、またあんな卑猥なことするつもり……!? いつだってそうよ! アンタがガキはいっつもいつも……トイレの落書きに差別、酷すぎるのよ! もっと正しいことは出来ないのっ」
「……勝手な自論を押しつけんじゃない。じれったい、……ホントうざったい、やかましいわ」
女性の悲鳴じみた声を無視し、少女は女性のカッターシャツのボタンを胸元まで外しつつ、怒りに彩られた顔で呟く。
「……やれ差別だとか、やれ卑猥だとか。言葉狩りもほどほどにしな。便所の落書きに目くじら立てんな、」
おとといきやがれPTA 、と。
そう少女は吐き捨てた。女性はこれから何をされるか分からない恐怖と、馬.鹿にされた怒りとで動揺しながらも、必死に言葉を搾り出そうと試みる。……しかし出てくるのはもごもごとした唸りばかり。
少女はスーツを手早く脱がしてしまうと、また、あの最上級の笑顔を浮かべて目を細めた。
「あれがダメだとかこれがダメだとか……よくまー考えつくもんだ! あれもできないし、これもできないし、やるなと言われりゃ 余計にさー。あれもやりたいし、これもやりたいし……正々堂々やったるわ」
「……っ」
「好きに歌わせろ、好きに笑わせろ! ……文句があんならかかってこい 」
そして、「とっととくたばれ、PTA 」と。
少女は、笑う。
保健室の死神よりアシ藤(♀)
君をあたためることが出来るのなら、
「……寒い……」
真っ青な顔をしかめて、藤は何度もその言葉を繰り返した。実際、その言葉通り寒いらしく、体中に鳥肌がたっている。だったら布団を被れば良い話なのだが、今日はその布団が無い。保健室のベッドには常に布団が備えているのだが、今日に限って保健室医であるハデスが、洗濯をしているのだそうだ。
「……というわけで、私は寒い…………」
「へえー……で、どういうことなの藤さん?」
「私は寒い……」
「うん、それは何回も聞いてるけど」
「……だからお前が何とかしろよ」
「いや、前後の文脈おかしいからね!? 私は寒いからお前なんとかしろってどういうこと!?」
「そういうことだよ。…………ア.ホタバ」
と、突然不機嫌そうな顔立ちになる藤。アシタバ(実はずっと居た)はその様子を見て何が何やら分からないようだ。周囲に疑問マークを浮かべて首を傾げている。
わかんねぇのかよ、と怒ったようにそっぽを向く藤。アシタバは藤の美しい横顔を見ながら、先程の言葉の意味を思考する。思考中に、(寒いんだったら、毛布持ってきたら良いのに)と、棚に綺麗にたたんである緊急用の毛布を横目で見た。いつも此処にいる藤なら、そのぐらい気付いているはずだ。それなのに何故、藤は毛布を出さないんだろうか。寒いなら、毛布にあたためてもらえば良いのに――――――――――――と、そこでようやく、アシタバは藤の意味不明な行動の中に隠された思いを理解した。
「あのさぁ、……藤さん」
「何だ馬.鹿タバ」
とりあえず、藤は怒っている様子なので、控えめに名前を呼ぶ。彼女は予想通り、怒りが入り混じった言葉を返してきた。だから、あくまで疑問というか、不安そうに聞いてみる。
「もしかして、寒いからお前なんとかしろって――――――僕に抱きしめて欲しいってこと?」
「……っぐ」
そこで珍しく藤は言葉を詰まらせた。図星なのだろうか。いや、もしかして自分のあまりにもキザな質問に閉口しているのかもしれない。(……あれ、引いてるのかな……やっぱ僕って……)と心の中で多少落胆しつつ、アシタバはベッド上の藤に近づいた。
アシタバが藤の顔を盗み見ると、藤は何故か体全体を桃色に染め上げていた。それを見て、アシタバはさらに(……引きすぎてショートしてるのかな……)と思い、顔を近づける。すると、突如挙動不審になった藤。アシタバはその様子に焦りを感じると、ずいっと顔を近づけ、再度藤に問いかけた。
「あ、あの、それで合ってる、かな? …………もしかして、ごめん……」
「え!?」
「あの、引いちゃったかなって……ごめん、有り得ない回答で…………」
「あ、うー……あ、合ってr」
「やっぱ違うよね…………藤さんがそんな、僕みたいな頭のゆるい奴がすぐ分かる質問をする訳が無いもんね…………ごめん」
「うぐっ……………………ち、違うに決まってんだろうが! こ、このアシタバ」
「…………このアシタバって、罵倒なの?」
「さ、さぁな」
恐る恐る、藤がまた引かないようにたどたどしく話を繋げる。それは藤がまた自分のことを見損なわないようにするためだったのだが――――不思議にも藤は、自分が弁解(というか、謝罪)する度に元気を無くしたかのように、肩を落としていく。初めに合ってるかな? と訊いた時は微かに嬉しそうに瞳を輝かせていたのに、自分が口を閉じた時には、どんよりとした空気をまとっていた。
何で、そんな顔をするんだろうか。自分はただ、藤にあたたかくなって欲しいだけだったのに。……そう思い、アシタバは、明らかに悲しそうな表情をしている藤に、とある提案をした。
「ねぇ、藤さん」
「…………何だよ」
「藤さんが良かったら、の話だけど…………僕、藤さんの布団の代わりになっても良いかな」
途端、目を丸くし、え? と小さく口篭る藤。そんな藤を前に、アシタバはさっきまでのたどたどしい話し方が嘘のように、ペラペラと言葉を並べ始めた。
「ほら、まだまだハデス先生の洗濯終わらないだろうし! 藤さんが夏風邪ひくのはいけないと思う! あ、夏風邪って治り難いって言うし! それにそのままだと風邪ひいちゃうし! あ、これはさっき言ったか……でもでも! きっと、藤さんのことあたためられる自信、あるから、僕! えと、だからさ」
「…………そうか、」
(嗚呼、きっと今自分は今世紀最大の恥ずかしいことを口走ってるな……)と、どこか上の空で考える。その間にアシタバの脳内はだんだん羞恥心と後悔が入り混じり、ごちゃごちゃになってきた。
「…………え、藤、さん?」
だからこそ――――――勢い良く胸に飛び込んできた、彼女の姿を理解するのが、遅くなった。西日を浴びて黄金色に輝く長髪が、重量感をもって、アシタバの細い腕にかかる。藤が自身の体に飛び込んできてから約十秒。アシタバは長い時を経て、ようやく腕の中にいる藤に対して、慌てふためいた。
「うわ、ちょっ藤さんっ!? あのごめん、さっきのは本当に調子乗っちゃったっていうか、だからその、怒らないで欲し――――――」
「…………あるんだろ?」
「え?」
「私をあたためる、自信」
「…………あ…………うん」
「じゃあ、よろしくな。アシタバ」
「う……うん。おやすみ、藤さん」
「あー、うん」
おやすみ。
そう呟くと、藤はいつも通り、こてんと意識をフェードアウトさせてしまった。やっぱり眠ることに関しては、藤は素早いらしい。とりあえず、アシタバは眠り姫のような彼女の体を、自分の腕の中からベッドへと移すと、エアコンの装置を一瞥した。温度は10度。(いや、多分ハデス先生が生徒を涼しくさせる為に下げたんだろうけど、やり過ぎだよ……)と、アシタバは1人苦笑する。そりゃ寒くないわけがない。藤があんなに寒がるなんて、どこか可笑しいと思っていたアシタバ。その理由が全て終わった後に見つけるなんて……とさらに落ち込む。
しかし、ベッドの上ですやすやと寝息をたてている彼女の、幸せそうな寝顔を見ると――――――――落ち込んでいた様子を見せずに、ふっと自然に微笑んだ。そして、最後に一言。
「あーあ………………布団みたいに、藤さんをあたためられたら良いのになぁ……………………」

小説大会受賞作品
スポンサード リンク