【色々】世界でひとり、恋をしよう?【短編】
作者/ささめ ◆rOs2KSq2QU

夢を見ない俺
指先が、君の頬を掠めた。冷たさが曲線をなぞるように、体温も伝わってくる。「眠れないのか?」背中越しに、眠気を含んだ声がかけられた。何だかだるい。だから、毛布で包んだ体をもそもそと動かして、生返事だけ返す。「……うーん」微妙、と小さく呟き毛布を抱きしめて縮こまる。深夜0時の部屋は、酷く空気が冷たい。震える体を抱きしめて、声を絞り出した。「夢を、みないからな」その言葉が、どんな意味かは言わないけど。
■夢を見ない俺
冬空の下、第三者との会話から
「……えんど、う」
微弱な声で呼ばれた名は、紛れも無いアイツの名で。呼ぶなと念じていた俺の願いは呆気なく神様に却下されたっぽい。だから、俺の心にいる神様を足蹴にするという想像をしてみた。だけど、そんなのしてみても、現状は変わらない。現在、俺は圧倒的不利。
「でも、俺、俺は、えと、えっと……」
コイツが口に出来ない言葉を、俺は知ってる。コイツが担ってきた重みも、感情も、責務も。だからこそ、わざと大きな大きな溜め息をしてみせた。
「……だろーな」
「きッ気付いてたのか!?」
「当たり前だばーか」
くくっと喉の奥で笑い、目を細める。さっきまで恥ずかしさ有頂天だったコイツは俺の笑みを不快そうに見ると、気まずそうに閉口した。気まずそう、っていうか切なげって方が似合う顔だったけど。
「…………お前さぁ」
俺はそんな顔を一瞥、空を見上げながら白い息を吐いた。コイツの水色の髪とこの冬空は、似ている。妙なデジャヴに囚われつつも、更に言葉を続けた。
「辛くねぇ?」
沈黙。ちらりと盗み見してみる。すると、核心をついたその言葉に、コイツは肯定も否定もせず、ただ赤い鼻をマフラーで隠していた。そして一言。
「…………知らねー」
あ、そ。
■冬空の下、第三者との会話から
まぁ、お前のことはどーでも良いけど。
××イコール?
深い眠りから覚めた彼に待っていたのは、××。彼は××を初めて感じた時は、自分が何を望んだのかを理解し、酷く恐ろしく思った。だがやがてそれが何を意味するのかをも理解し――――それを受け入れることにした。××を。罰として。また、彼自身の幸せとして。そして彼は何時までも、何処までも、××の中にいる。そこではずっと××に、自分が自分らしく幸福を感じていられるから。だけど、彼は時々、ふとその××が無償に空々しく思えてしまう。その時、何時も彼は愛する彼のことを考えてしまっているのだ。ずっとずっと、××という楽園に来ることが出来ない彼を――――
「――――マル、コ――――」
■××イコール?
アンサー、永遠
目覚めなくて、
今思い返せば、こいつが壊れるのは何も初めてでは無かったんだろうということに気付いた。こいつは、俺が見ていない間にも少しずつ、少しずつ欠片を零して、何か失っていたんだろう。そう考えると、俺の肩を抱くこいつの存在がひどく不確かなようで、俺はこいつの胸の中で、ただ歯がゆい思いをするしかなかった訳で。
「シズちゃん」
いつものあだ名も、今では呼ぶなと声を荒げる力も無い。むしろ、ここで怒りを露わにしたって、こいつは何もせず、ただ微笑するだけだろう。こんなが予想できてしまう自分は、少し空しい。
「夢を、見たんだよ。シズちゃん。……夢を、夢を」
知るかよ。口をついて出たのは、たった4文字だった。上ずった声だった気もするが、俺にはそれが精一杯だ。後を続けるように、急いで口を動かす。たかが夢だろ。こいつの言うことを貶して、俺は口を噤む。もうこれ以上何も言えないとでもいうかのように。
「…………そうだね、夢だね。夢なんだ」
満足そうに笑うこいつの表情が、妙に苦しそうに見えた。それが傍観できる位置に居たのも、こいつを抱きしめることができる位置に居たのも、俺だけだから。だから俺は、そんなこいつを抱きしめてみる。
「あぁ、そうだ。夢だ、臨也」
決して解かれることのない夢に、浸りながら。
■目覚めなくて、
そんな貴方にメリークリスマス!
「メリークリスマス!」
ドアを開けると、視界が真っ赤に染まった。いや、ホラー的な意味合いではなくて。単に目の前にいる人物が赤い洋服を纏っているってだけで。赤い洋服は、クリスマスに子どもがいるお宅に不法侵入し、貢物を置いて逃げるという某お爺さんが着る公式衣装。この色あせた田舎町には妙に不釣合いだということがありありと分かる。
だから、俺はついつい本音を口にしてしまった。
「帰れ」
「こんな可愛いサンタに何もせず、お前はこの寒い中帰れと! テメーふざけんな!」
と、眼前の相手――彼女(注意、男)である佐久間はぎゃいぎゃいと喚き始めた。頼むから近所迷惑なのでやめて欲しい、とは口に出せないまま、佐久間の暴言をBGMにしてみた。
……そう言えば、何でここにいるんだろうか。疑問解明の為、佐久間から視線をそらし(正直面倒だし)、開いているリビングのドアの先を見つめた。カレンダーを一瞥し、また佐久間に向き返る。ふむ……12月24日――――あぁ、今日はクリスマスか。
「だからって、口が悪いサンタは御免だ……」
「どこがだへタレ源田!」
「どこか分からないのか中二佐久間!」
気温が低いせいか、午後11時の常闇に白い白い息がよく映える。近所の皆様方はもう睡眠中らしく、灯りらしい灯りは俺の家の光のみとなっていた。つまり、今の時間帯は、人が歩き回ることもなく危険。更には1日の中で一番寒いってゆーことで。
「てか何で来たんだよ、こんな夜遅くに。そんな格好してたら寒いだろうが。しかも――――」
「…………俺さー」
――――サンタの仮装って初めてしたんだよな。
俺の説教を聞く様子もなく、佐久間は指先で自身の衣服を摘んでみせた。玄関の蛍光灯に黄に照らされた赤は、オレンジ色のような妙な色彩を放ち、俺は目を細める。
「クリスマスっつってもさー、親2人共は仕事であんまりいねーし。そのせいもあるけど、あんまりパーティみたいなのもしたことねー」
「……ほー?」
「あ、だからってクリスマスパーティしたことねぇってのは無い。帝国入ってから、毎年の様に鬼道さんがパーティ企画してくれてたし」
「あー、あれは楽しかったな」
「だろだろ」
にひひと快活に笑う佐久間は、まるで今までの思い出をひとつひとつ噛み締めているように幸せそうだ。話の先を聞くために、俺は正面にいるサンタに向かって相槌を打つ。……だけど、話の先を続ける佐久間の瞳に、後悔や悲しみの色が射すのを、俺は見逃さなかった。
「けどさー今年は鬼道さん、いないだろ? そのせいか知らねぇけど、辺見も成神もクリスマスパーティ開かねぇから。……だからさぁ」
俺がやって来た訳だ、とサンタはどこか寂しそうに微笑んだ。俺は何も言わなかった。ただ、その笑みと背景の暗闇を瞳に映して思想する。こいつのこの行動を、どう受け入れるべきかと。こいつをどのように幸せにすれば良いのかと。
「……あー、まぁ、何だその――――」
静かな夜空を横目で眺めて、しどろもどろに言葉を送る。現在地点の俺にとっての、精一杯のクリスマスプレゼントを。
「――――佐久間、メリークリスマス」
俯いていた顔をゆっくりと上げると、眼帯のサンタは驚いたように目を丸くした。そして、にっこりという表現が似合う、かなり嬉しそうな笑顔になる。
「源田! ……メリークリスマス!」
佐久間の笑顔が、月明かりに照らされる。一方俺の方は、冷たい佐久間を両腕で抱きしめながら、深く息を吐いた。
聖夜の中、俺の吐息はゆるやかな曲線を描き、消えようとしていた。
■そんな貴方にメリークリスマス!
(サンタさんは欲しいものをくれたのです)

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