【色々】世界でひとり、恋をしよう?【短編】

作者/ささめ ◆rOs2KSq2QU

傷より深く、愛より深く、私を刻もう


「お前は、眼前の出来事を記録していく者だろう?」

 黒髪の少女は冷酷に言い放ち、口元を歪めた。本来ならば笑いという形で受け取ることの出来るそれは、今は何の意味も持たない。傷ついたような、苦しいような笑顔だけしか彼女には出来ないのだ。

「……ユウ、頼むから、」

 ――その剣を、放して。
 オレンジ色の眼帯の青年は呟いた。緑の視線は、黒髪の少女が手にする武器へと注がれている。少女は青年の話を聞いているのかいないのか、切なげに眉を潜めて微笑むだけである。

「嫌だ、っつったら?」
「俺……俺が今から、そっち行くさ」
「お前が来るなら私はこの六幻で首を掻っ切ってやるよ」

 破壊された教団の天井を仰げば、そこには夜の雨空が広がっている。
 えぐれたコンクリートとぼきりと折れた鉄骨――この惨状は全て少女が行ったことだ。少女が片手に持つイノセンス、そして少女の力ならばこんな建物など木っ端微塵だろう。それでも、ぎりぎりのラインで壊さずに置いているのは彼女の少しの情けや、過去への甘えか。

「……ユウが死ぬのは、嫌だ」
「じゃあ近づくな」
「それも嫌、さー」

 苦々しく笑う青年は頼りない言葉を吐いた。普段の彼の態度と今の彼が、たいした差が無いのが少し嬉しいのか。少女の表情にも少し灯りがともる。
 だが、2人を打ち付ける雨は容赦ない現実を降らせる。

「ここまでやったんだ……いくらリナリーやモヤシでも、こんな私のことを許してくれねぇよ」
「あー、リナリーは怒る……っていうか、きっと泣くさね。アレンの方は、うーん……怒りながら心配してるさぁ」
「……そうか」

 淡々と会話を続ける間にも、青年は少女との距離をつめようと少しずつ歩みを進めている。少女は濡れた双眸をこちらに向けているが、視線はどこか虚空を彷徨っている。白昼夢に溺れているかのようだ。

「…………なぁ、ラビ」
「何さ?」
「私は、お前がブックマンだってことに、納得出来ない」
「…………」

 少女の言葉は、青年の表情を強張らせるには十分だった。
 青年の眼帯は今、驚いた右目を隠しているのだろう。ザァザァと降り続ける雨は、少女の着ている薄いシャツを肌にまとわり付かせる。少女は寒いとも冷たいとも言わない。

「それでも。……それでも、お前が平気な顔をして私を見つめるのなら」

 なら、と少女は片手を上げた。
 その白魚のような指が握り締めているのは――彼女の愛刀、六幻の柄。
 青年の表情が、今までの落ち着きが嘘のように焦燥に染まる。

「ちょ、ユウ…………駄目さ、死ぬのは駄目さ! ユウ!」
「……っは、はは」

 青年の大きく見開かれた目が、黒髪の少女を映す。
 少女は青年の言葉に薄く笑った。それこそ、ずたずたに切り裂かれたという言葉がふさわしい程の、傷ついた笑みで。

「なぁ、ラビ」

 艶やかな黒髪が、重力にそって肩から滑り落ちる。
 少女の白い喉に宛がわれるは、少女の黒髪よりも黒い刀の刃。

「…………お前の記録に、“私”を刻み込んで死んでやるよ」

 ――絶叫なんて、倒れてゆく少女には聞こえなかった。



■傷より深く、愛より深く、私を刻もう




(なぁ、ユウ。そんなことしなくたって)(、俺の記録にはユウのことは誰よりも深く)




不必要アイデンティティ


「なぁバニーちゃん」
「何ですか、おじさん。またどうせくだらないことでしょう」

 悪態をつきながら、でもこっちを向いてくれる彼は本当は優しいんだろう。金色の髪はいつでも綺麗にセットされていて、何となく触れることに躊躇いを感じる。きっと触ったら凄い怒りながら、手を払いのけるんだろうなぁ……みたいな。優しい彼のことだ、もしかしたらされるがままかもしれない。

「何ですか、人の顔見てにやにやして。気持ち悪いですよ」
「うんにゃー……若いって良いねぇ、と」
「そりゃ貴方に比べれば」

 鼻で笑われた。少しイラッ。
 街中の人々の羨望の対象である彼の背中は何となく、頼りがいがありそうで弱そうで。強さと弱さを両方持っている。輪郭とか、体の線が細いからだろうか。

「ねーバニーちゃん」
「だから、何ですか」

 ベッドに転がったまま、苦笑した。
 そうやって怒ってられる辺り、まだまだおじさんの肩は必要ないんだなぁ、と。

「何でもない」
「いい加減怒りますよ」


■不必要アイデンティティ



 もうとっくのとうに怒ってるじゃんか。
 そう揚げ足を取りたいところだったけど、今は大人しくしておこうと、おじさんは思ってみた!




オープン、ユアブラックボックス?


 暗闇に光るお前の顔は酷い酷すぎる何故ならただでさえ見栄えが悪い真四角の顔にいつもより数倍酷い髭が生えていてさらに脂汗をかいているのか気持ち悪いか知らんが顔にはべったりと汚い汗が張り付いていてそれに僕のように毎日服を取り替えていないせいかいつものスーツはところどころ擦り切れていて買わなければいけないということがまる分かりだししかもいつもは猿よりもマシな鋭い視線がどこか疲れたような泣きそうな感情が交じり合っているぞ何だお前のその顔はどういうことだ何を考えたらそんな顔になるんだ!
 ……拳銃を構えたお前の顔は、僕が罵倒仕切れないぐらい、酷すぎる。

(誰にもそんな弱みを見せるな)

 お前という箱は頑丈で無くてはならない。中身に何も入っていなくても、中にただのゴミが入っていようとも、箱の外見だけは屈強で、凛としていて、頑丈でなければならない。

(お前のそんな顔なんて、誰も望まない)

 神のような美しさを秘めた僕の顔と違い、如何にもその辺の安アパートに寝泊りしていそうな汚らしいお前。強そうなお前は、いつでも強くなくてはならない。たとえそれが、お前の本当の姿じゃあなくても。

(あの馬.鹿古本屋だって、猿だって、誰も望まないさ)

 お前の強さは、他の下僕共に見せれば良いさ。

(僕だって、望まないさ)

 その代わりに、お前の弱さは。お前の内面は。

「僕に見せれば良いさ、この野蛮人間が!」



■オープン、ユアブラックボックス?



(誰が見せるか)
(下僕は見せるのが当然だ!)




苛立ちをパイにして全国の私愛好者の方の顔面にぶち当てたい訳でして。


「××ってさぁ、冷たい時あるよねー」

 ――この文章を、疑問系で真正面から言われたことが何度あるか。


■苛立ちをパイにして全国の私愛好者の方の顔面にぶち当てたい訳でして。



 ここで勘違いしないで欲しいが、自分は基本優しさ面白さたっぷりオープンな性格だ。確かに時々、学級委員として上手くクラス内の物事が運ばない時にはイライラしたり、友達の願いや愚痴を聞きすぎたりして、怒る時はあるけど。他のクラスに話せる程度の友達がいて、派手なタイプの子ともある程度付き合えて。社会的、というよりのらりくらりと世渡りしていくってイメージの方だと思うんだけど。
 たいてい、そんな自分のことを勘違いして集まってくる子は結構いたりいなかったり。来る者拒まず去る者追わず、がモットーだから付き合いが楽なのか。大人しい子やクラスで一人ぼっちな子とも結構喋るせいなのか、は、知らない、け、ど。

(まぁ、だからこそ他の子がイライラしたりするーのですよーっと)

 ちらり、と眼前の女子を盗み見てみる。完全なる苛立ちが、無に隠しきれて居ない。頭隠して尻隠さずというよりは、私あえて怒りオープンですって感じ。知らねっス。

「冷たいって。別にそういうつもりはないんだけどー」
「いやいや、だって××さぁ、最近何か私が話しかけに行っても○○とばっかり話してるじゃん? 正直イライラする。てか○○って××のことべたべたし過ぎでしょ。まるでアタシのものですとらないでー、みたいな」

 ――うん、そう言ってるユーもべたべたしてるのさ! ……ウインク決めてそう言えたら楽なんだろうけど、チキンな自分にゃあ無理ですごめんなさい。てか早く話終わらせて家に帰りたいですごめんなさい。
 目の前のこの子は、小学校からの付き合い。最近、彼女が属しているグループの中心的人物の子が気に食わないらしく、小学校が同じだった自分に声をかけてきた。中心人物の子の悪口を言うのに長けている。いや、自分も結構あの子にしてやられてきたから、悪意に関しては負けない気もするけど。いややっぱ負けそう。負けるのが吉。

「……ははぁ、まー確かにそーゆー雰囲気? だったりするけどもね」
「でしょ? てかさぁ、××って基本へらへらしてるよね。△△の奴とか、めっちゃ地味で嫌われてんのに、××が相手してあげてるからって調子こいてにやにやしてるし」

 キ.モい、と唾棄しながら、自分に同意を求めてくる女子。
 あえて説明しておくと、○○は大人しくて背が小さい同小学校の子。可愛い。△△は――うーん。あんみゃり他の子に好かれていない、感じらしい。あんま関係ないからよく分からないけど、皆が避けてる中で笑顔で普通に挨拶とかしてたら好かれちゃってます、っていう成り行き。どうやらこの二人が、目の前の彼女の怒りに触れてるらしい。
 ……ううん、怒りに触れてるのはへらへらしてる――自分に、か。

「…………別にー、私△△のことを滅茶苦茶嫌いって訳じゃないからさぁ。それに○○のこと、確かに最近べったりされ過ぎとは思うけど、しょうがないかって思ってるしー――――」

 やばい、うっせぇなって叫びそう。
 でも一応喉のとこに、そんな暴言は収めておくとして。
 さぁ思い切り笑いましょうーっと!

「補足、ユーのことはちゃんと好き。愛してる。めっちゃ愛してる。困るぐらい好き」
「嘘っぽい」

 ――はい嘘です、ごめんなさい。
 苛立ち紛れに嘘じゃないよ、と呟いて。困った笑みを体内で消化してみた。

 ……胃が「こんなの消化できねぇっス」と、弱音を吐いた。
 あぁ、胃が痛い。




た。


 誰もいない、午後の授業中の保健室は。白いカーテンが風にたなびいて、まるで真っ白な海のようだな、と思った。幻想的、とも。

「はい、藤さん。水」
「ありがとな、アシタバ」


■た。


 アシタバが渡してきたコップを受け取り、中身を一気にあおった。氷が入っていたおかげで冷たい。ひやりとして液体が喉元を過ぎていくのを無感動に感じていた。ぼうとした視界に、水を飲み終えた後のコップを見た。当然の如く透明だった。

「……ねぇ、藤さん」
「………………ん?」
「藤さんは、いつもここで寝ているね」

 アシタバにコップを渡すと、コップの代わりに話題を含んだ言葉が渡された。話題といっても、いつもおどおどとしている彼特有の当たり障りのない、私にとっては当然の事実だったので、私はこれといった感想を持たないまま答えた。

「あぁ? ……ん、まぁ、そうだな」

 口の中がほんのりと甘い。午前中ずっと何も口にしていなかったから、口内が飢えていたのだろうか。ただの水でも甘さを感じている。

「藤さんはいつもここで寝ていて、僕は馬.鹿なりに……まぁ一応授業をちゃんと受けている訳だけど」
「うん?」

 ――何だろう、睡眠がまだ足りないみたいだ。
 まぶたをこすって、アシタバの言葉を耳にしようと試みる。自分の髪がさわさわと肩辺りから流れてきて、鬱陶しい。今週末に軽く切りに行こうか、とどこか他人事のように考える。眠い。

「たまにね。……たまにというか、よく、なんだけど。僕の見えないところで、もしかしたら藤さんはずっと誰かに寝顔をさらしてるんじゃないかなぁ、とか。無防備に可愛い姿見せてるんじゃないのかなぁ、とか思うんだ」
「………………ん、む……? 何だ、何て……?」

 ――いや、待て。何か、不自然、な、ぐらい、
 目の前が霞む。だけど、さっきまで一生懸命聞き取ろうとしていたアシタバの言葉はやけにはっきりとしていた。重いまぶたが、アシタバの表情を見るのを邪魔している。

「だから、藤さん。お願い、お願いが、あるんだ」

 どこか緊張したような、アシタバの言葉。少しだけどもったところで、普段の彼をようやく感じられた。やはり、饒舌なアシタバっていうのはあまりアシタバらしくない。心中で苦笑した。

「藤さん、あのね――――」

 そこでようやく私は気付いた。
 何であの水は甘かったんだろう、と。あの水は決して、飢えた私に与えられた幸せの水なんかじゃなくて。あれは、あれは。

「僕の、僕だけの、」

 アシタバの黒髪が見えた。
 彼の名を呟こうとしても、睡魔は私も眠りの池に突き落とす。




「僕だけの、眠り姫になってよ」



 そこで、私の意識は途切れ、