【色々】世界でひとり、恋をしよう?【短編】

作者/ささめ ◆rOs2KSq2QU

雨振り彼女と傘持ちの俺


 ぽとぽとと水の粒が俺の頬をうつ。冷たい、とびっくりして顔を上げようとしたら、目の前が真っ暗になった。ふわりと鼻を掠めた甘い香り。彼女の髪の香りだとすぐに理解出来た。黒く長い髪が、ぱさりと音を起てて俺の肩に流れる。つまり、今目の前の彼女は俺の肩に顔を埋めているらしい。あれ、今の俺すげぇラッキーな状況じゃね? とか思ったけど、何でか雰囲気のせいで口には出せずにいた。

 「…………雨、降ってきたっスね」

 空いている両腕で、彼女の体を抱きしめる。片手は彼女の背中に、片手は綺麗な黒髪に。すると彼女は安心したように体を寄せてきたから、俺は更に言葉を続けた。部屋の中は俺が彼女を抱きしめる音以外は静寂で満ちている。寡黙な彼女は、一言も発さない。俺の独り言だけが、2人の沈黙を破る。

 (あー……何で普通のシャンプーを使ってるのにこんなに良い匂いなんだろーなー……)
 
 薄い肩を抱いて、長い髪を手櫛で梳く。さらさらと波をうつ黒髪はいつもは滅多に触らせてくれないものだから、ついつい触れたくなる。こんな状況なのに、俺は平常心だった。単に、彼女への欲の方が勝っていただけかもしれないけど。

 「じょ、う、すけ」
 「はいっス」

 たどたどしくだが、彼女の声が聞こえた。俺の名前を呼んだようだ。俺は小さく笑ってその声に答える。……上手く笑えてたかどうかは知らないけど。正直、彼女が安心できたらそれで良い。この雨が晴れるのなら、笑顔なんていくらでも作ってやるっスよーみたいな。

 「あめ、つよいな」

 でも、彼女の雨はまだ振り続けていた。


 ■雨振り彼女と傘持ちの俺


 「……そう、スね」
 (俺は貴方を雨の中に晒したくないんですよ、承太郎さん)




(源不(♀)、ジョルミス、シズイザ(♀)

2月14日の何処かの誰かと2月15日の何処かの誰か①


 「今日は2月15日なわけだが」
 開口一番に言われた。何ぞ、と寒さでちぢ込めた首を微かに目の前の彼女に向ける。朝っぱらから意味不明な言葉だが、滅多に話さない(俺の前では饒舌)彼女が言うことには、何か意味らしい意味があるんだろう。ほふぁーと白い息を吐く。
 「……昨日の甘く茶色い物体は、男女同士で渡しあい乳繰り合うという目的のために使われた手法だ。だけど今日は2月15日――――昨日のバレンタインとかいうよく分からない行事には全く関係無い!」
 一息でなにやら難しげなことを語る彼女。道路のど真ん中で皆大好きバレンタインデーを否定しやがった。その解釈キリスト教の人の前で言ったら絶対怒られるぞおい。
 「だから、この甘く茶色い物体は決して昨日とは何の関係も無いんだから変なこと考えずにただ黙って受け取れ源田」
 ほら、と何か手渡された。小さな袋で、見ただけで頑張った感が溢れるラッピングも施されてある。ほほぉ、つまりそういうことか。
 「………………まぁ、ありがと。不動」


         ――――――――源不(♀)






 「ミスターミスター、チョコレートはどこですかー」
 「起きたばっかで朝食を作り始めた俺に何言ってんだ……昨夜さんざん色々荒ぶってくれたお前が……」
 「それとこれとは無関係です」
 きゅぴん、と某菓子屋の人気キャラクターのような表情をしてみせるジョルノ。対してキッチンの前に辛そうに立っている(顔がすでに死んでいる)ミスタ。2人の対照的な空気を破るように、ジョルノがにこりと笑って言った。
 「チョコプリンで良いですから」
 「そういう問題ではない」

         ――――――――ジョルミス






 決して彼に好意を持っているから渡すわけではないのだ、と言い聞かせる。なのになぜ自分はこんなにそわそわしているんだ? とも問う。人間観察大好きな自分が、なぜこんなに自分のことで気が動転しているんだろうか。おかしい、おかしい。何かが可笑しいのだ。何でこんなお菓子ひとつにこんな風に慌てて困って照れるのだ。たかが、こんなチョコレートひとつに…………ッ!
 「シズちゃんこれあげるくたばれッ!(ばしっ)」
 「素直に貰うがなぜ俺ははたかれたんだノミ蟲……」

         ――――――――シズイザ(♀)


 

 ■2月14日の何処かの誰かと2月15日の何処かの誰か①




(仗承(♀)、ヒロ風(♀))

2月14日の何処かの誰かと2月15日の何処かの誰か②


 今年も例年通りに町は愛の色で溢れている。若い子たちが照れつつも一生懸命に自分の愛情を伝えようとどぎまぎする姿、親子や友人同士で普段の感謝をこめた笑いをみせる姿――――この季節は、そんな姿ばかり見かける。自分が若かった頃は色々あったせいでこのような行事は行ったことがないので、正直、内心羨ましかったりする。
 だが、だからと言って……
 「……この年齢にもなって、チョコは恥ずかしいだろうが」
 「そんなこと無いっス! 承太郎さんならばりばりオーケーっス!」
 「お前の中の私は妖精か何かか?」
 「はい」
 何かもう人間の言葉が駄目というか、理解の範疇を超えているのでスルーしておいた。何で私は妖精扱いなんだ、そもそもこんな大人を前にして妖精発言ができる仗助に素直に呆れる。私の前で両拳をグッと握ってバレンタインのチョコの重要さを力説する仗助。このままずっとここにいられるのも迷惑(いや論文書かなくちゃならん)なので、はぁと深いため息をわざとついて一言だけ述べた。
 「………………じゃあ、今日の夜に私の部屋に来い……ちゃんと(チョコを買っておく的な意味で)用意しとくから…………」
 「え、ま、マジっスか! まさかそこまで俺の言葉が承太郎さんのハードルを上げていたとはッ……!? わかったっス、俺も男。承太郎さんの用意(性的な意味=私を食べて的な感じ)を心待ちにしておくっス!」
 「……………………(何か勘違いされてるけど面倒だから放っておこう)」

         ――――――――仗承(♀)







 オレンジの道を1人で歩いていると、ふと背後に誰かがいた。振り向いてそいつの顔を見た時、やっと自分の名を呼ばれたことに気付く。マフラーを巻いているせいで首元がごわごわするけど、温かさには変えられない。首のみを後ろに向けるという少々辛い姿勢のまま、口を開いた。
 「……ヒロト?」
 「っは、風丸さん」
 これも今気付いたことだけど、どうやら彼は猛ダッシュをしてここまで来たらしい。彼の荒い息遣いと赤い頬、額の汗がそれを物語っている。何でだろう、という疑問符が脳内を占めて行く。 
 「どうしたんだ、もう皆帰ってるはずでしょ」
 「いや、ちょっと君に用事っていうか、補足っていうか。ささやかなプレゼントフォーユー?」
 「意味が微妙に理解出来ない……」
 だろうね、と苦笑して何かを放られた。小さい何かを。反射的にそれを両手で受け取る。赤い手袋をはめた両手の中には、小さな箱があった。しかもラッピング済み。え、どういうこと?
 「君さ、今日みんなにチョコあげてばっかりで、貰ってないでしょ?」
 「あ、うん」
 「だから、チョコレートあげる」
 にっこりと綺麗に微笑まれた。何だ、そのためにここまで、帰り途中の私を走って追いついてきたのか。今の状況を速やかに整理する。そして、2メートルぐらい離れたとこで、真っ赤な鼻をして笑うヒロトに目を向けた。何だよ、嬉しそうに笑うなって。こっちは顔が緩みそうになるの、必死にこらえてるんだから。

         ――――――――ヒロ風(♀)




■2月14日の何処かの誰かと2月15日の何処かの誰か②




そして彼女は立てなかったので。


 彼が私のことを愛していないのは、明白だった。
 初めはなぜ彼が自分を抱くのかが理解できなかった。だけどそれが3、4回続くと、単にジョースター家への憎しみや苛立ちをこんな形でぶつけてくるんだろうと妙な納得をしていた。スタンドを使ってみたりばたついてみたり、毎度意味の無い抵抗をしていたのに、そう考えると何だか抵抗する気も失せた。単純に面倒になったのもあるが。
 そんな夜が何回も何十回も続いてくると、彼の表情や様子を感じ取るが出来るようになった。はっきりとしたものは分からなかったが、何となく。あれは月の無い夜だった。
 いつものように乱暴にベッドに投げ出された格好のまま、静止している彼の顔を見たのだ。真っ暗な空間の中で、彼の表情だけははっきりと見えた。彼は私を見ていなかった。その瞬間、私はようやく理解できたのだ。彼は私ではなく、私を抱いていたのではなく、何百年も前の――――彼の最愛の人に触れていたのだと。何度も何度も、戻ることのない愛と消えることのない喪失感を味わっていたのだと。

 「もっと、近くに寄れよ」

 ――――――何で私に背を向けるんだ? それは、まだお前が過去のアイツを好きだから? 私が、アイツの子孫だから?

 「どうか、見捨てないでくれ」

 ――――――もっともっと、愛してくれ。もっともっと、近づいてくれ。昔の恋人なんていう思い出に、私を当て嵌めないで。私を見て欲しいんだ。皮肉にも、私はお前を愛しすぎているのだから。

 「愛する人には、なれないけど」

 ――――――お前に触れていたいんだよ。お前のその唇に触れて、キスしてみたいんだ。

 「だから、なぁ」



 
 ■そして彼女は立てなかったので。




 「私と…………ずっと、此処にいてくれ……ッ……」




CALL終了の合図


 『お前は、俺には眩し過ぎる』
 携帯越しの彼の声は冬の空気よりも冷たかった。手袋を外して携帯を手にしているから、妙に手首の辺りがすーすーする。風邪を引いていると悟られないように、喉を軽く鳴らして声を発した。
 「能の無い上条さんには訳が分かりませんですことよ?」
 『だろーな、俺も言ってる意味が分かんねェ』
 笑ってんのか泣いてんのか、はたまた無表情なのか。声のトーンはいつもと変わらないから、今アイツがしている表情さえ感じられない。どうせ目つきの悪い瞳を薄く閉じて、気持ち良いソファーの上で寝転がって喋ってるんだろうな。ただ残念、これは上条さんの妄想であり想像である。もしかしたらアイツは今メイド喫茶にいてニヤニヤしているかもしれないし、もしかしたら血塗れのまま冷たくなった人間の山の頂上で、胡坐をかいているのかもしれない。後者なら安易に想像できるが前者のイメージは酷い。アイツと一緒にいる女の子が見たら泣き喚きそうな感じだ。
 「……まぁ、とにかくよー」
 人気の無い通りは、灰色に満ち溢れている。通っていく人はみなある程度の色彩を持った服装を着ているはずなのに、全て混同して灰色へと移り行く。背景のように見えるそれらの中を歩きながら、俺は一つの答えを返した。
 「眩しかろうが暗かろうが、全然何も関係ねえっつーの」



 ■CALL終了の合図


 (だから、アイツは馬鹿なんだ)