【色々】世界でひとり、恋をしよう?【短編】
作者/ささめ ◆rOs2KSq2QU

君の表情を掠め取った僕。
背中越しに伝わる体温。対照的に、俺の体は指先まで冷え切っている。何でだろうか。……あぁ、冬だからか。しかも屋外にいるせいだな。脳内で自問自答を行い、溜め息をついた。
遅い。かれこれ十分はこうして待っているというのに。
「後藤は何やってんだ……」
「たぶん、購買が混んでるんでしょうね。あぁ、知ってます? 最近、購買でめちゃくちゃ美味い菓子パンが出たらしくて。そのせいで学校中、そのパン巡って毎日乱闘中らしいですよ」
「へぇ」
低い声が、後ろの方から聞こえる。顔は見えないけど(だって背中合わせだし)、きっとイラついてるんだろうなぁ。眉間にしわを寄せた桶川さんの顔を想像するのは容易い。元々怒りやすいし、それに俺や後藤は毎日のように桶川さんの怒声を聞かされてるし。
「だとしても、少し遅いですね。あの運の良さを含めても。……何してんだろう」
「知るか。あいつ、帰ってきたらとりあえず殴る」
「同意見です。こんなところで昼飯待ってるせいで、俺、体の芯から冷え切っちゃってますよ。桶川さんはどうですか?」
「………………」
半分振り返って、笑顔で尋ねる。でも桶川さんは俺の言葉を華麗にスルーし、真逆の方向を向いていた。やっぱり、以前俺が裏切ったのが効いてるらしい。裏切った経験のある俺と仲良しこよしで会話をするのは、プライドが邪魔する、みたいな? つん、という擬音が似合うぐらい顔をそらしていた。
「桶川さん、返事してくださいよ」
「るせぇ」
返事の催促をすると、不機嫌そうに顔をさらにそらされる。プライドが邪魔をする、という俺の推測は間違っていたようだ。結構、あっさりと返してもらえたわけだし。
――だけど、あっさり過ぎる。
むずむずとした欲求不満と共に、反骨精神が頭を出す。そして、ちょっとした悪戯心も。
「桶川さ――――――あ、ちょっと失礼しますね」
「あァ? 何だ失礼って…………ッ!?」
桶川さんが俺の方に振り返る、その前に先手をうった。
外気にさらされて冷たくなっている手で、桶川さんの頬に触れる。ぴくり、と一瞬びくつくところが純情だと思う。
男子高校生、しかも番長の肩書きを持つ人には不釣合いな程に傷がなく、すべすべとした頬。慈しむようにゆっくりと撫でて、そのなめらかな顎のラインを指でなぞった。
「……あ、ほら。やっぱり、冷たくなってるじゃないですか」
小悪魔なスマイルを浮かべて、「ね?」と同意を求める。数秒、桶川さんは仏頂面のまま黙って俺に頬を触られていた。けどすぐに手を払いのけられた。容赦ない一撃が俺の手を襲う。手の甲に、痛みと熱が走った。
「……痛いですよ」
「黙れ。本当なら後、二三回は殴ってるところだ」
「うわっ、辛辣ですね」
眉間により深いしわを刻んだ顔で、桶川さんは立ち上がった。同じように俺も尻をはたいて立ち上がる。
桶川さんの視線の先には、両手いっぱいにパンを抱えた後藤がいた。野菜とかチケットを脇に挟んでいるのは、あいつの運の良さによるものだろう。大きく手を振りやって来る後藤の腹に、さすが番長と言わんばかりの鋭いけりが入った。パンを空中に放り出して、倒れる後藤。桶川さんと俺は空中から落ちてくるパンを受け止め、ビニールを破った。
「おせェんだよ後藤!」
「あ、すみません桶川さん! いや、実は予想以上に人が多くて、しかも途中で食券拾って食堂行ってまして、そしたら食堂のおばさんに野菜と福引券もらいまして、そしたら――って、何か桶川さん顔赤くないですか? どうかしたんですかって……ん? 桶川さん、何で拳を握り締めて――――ってギャァァァァァァァ!!」
空気を読めなかった哀れな後藤の断末魔が、焼きそばパンを頬張った俺の耳に届いた。後藤より食べることを優先していると、しばらくしてその絶叫が止む。
隣によろよろと後藤(傷だらけ)がへたり込み、残ったあんパンに手を伸ばした。ちらりと向こうを見ると、桶川さんはすでにパンを持ってどこかへ消えた後のようだった。畜生、邪魔しやがって。苛立ちを含めた視線を後藤に送った。
「…………なぁ河内、何で桶川さんあんなに怒ってたんだよ?」
後藤は痛む右腕を抑えながら、俺に何気なくきいてくる。純粋なその顔を見ていると、何だか怒りのような、もったいなさというか、よくわからない感情が俺の胸を渦巻いたので。
だから俺は、にっこりと口角を上げて言ってやった。
「さあ?」
■君の表情を掠め取った僕。
「生理じゃない?」
「ッッて河内てめぇ何言ってやがるゴルァ!!」
「うわァ! 桶川さんいつのまにッッ!?」
きっと君は何一つ知らないまま俺に殺され、
手の中で白い喉はびくびくと痙攣していた。白い喉はまるで魚のようだと思っていたが、じゃあ俺はさしずめ漁師、いやそんなに良いことしてないよねと思い直す。緊張感と恐怖がこめかみを汗で濡らしている(こんなに汗だくなのは、体育祭以来だ)。
「……かなめー」
じたばたともがくのをやめて、手中の魚の名前を呼ぶ。ぴくりと彼の手が動いた気がするけれど、こんなに衰弱してるんだからそれはないか。改めて、自分の手はゲームや漫画以外の使用法があるんだということを思い知らされた。こんな貧弱な奴の力なのに、ねぇ。
「かは、っ……っは――――ゆ、き……」
少し喉への力を緩めるとすぐに要は息をしようと口を開ける。そのぱくぱくと開閉する口に舌入れてキスしてやったら、どんな顔をするんだろう。要は俺の舌を噛み千切ってしまうかもしれない。想像すると、背筋が粟立った。
こうやって要の首を絞めるとき、いつも思う。
きっと俺に殺されるその瞬間まで。……要は、俺の要への感情を知らないんだろうなってことを。
「……まー、こんなことしちゃってるしねー。知ってる方が珍しいよ、うん」
当たり前か、と首を絞める手を休めた。白い喉にくっきりと俺の指の跡がついている。苦しそうに空気を求める要の瞳は、俺をとらえてはなさない。責めるようなその瞳は、死にそうになってもまだ、俺を見つめる。
――あぁ、違うんだって。だから俺がこんなことしてるのは、
言い訳めいたものが脳裏にひしめき始める前に、行動に移す。曖昧な俺にしては珍しく、決断が早かった。
「…………何にも、知らないくせにね」
俺を真っ直ぐに射抜く視線が気に食わなくて、両手に力をこめた。
何も知らないくせに。繰り返して、さらに力をかける。要は何か言おうとしているのか、一生懸命口を開いている。でも、俺の力に抵抗できなくて、されるがまま、泣きそうな顔で死を受け入れてゆく。
――違うよ。俺は別に、そんなつもりじゃ。
きっと、要が俺のことを好きだったらこんな状況に陥ることはなかった。大好きだってことを伝えたかったのに、要はきっと悠太が好きだから、そんで俺は悠太のことも好きだから、だから、たぶん、えっと。
「っ、ぐ」
その状態が、しばらく続いた。やがて、要の体の強張りがふっと解ける。
俺も首から手を離し、前のめりになっていた姿勢を立て直す。力を入れすぎて、要の喉のように真っ白くなった手のひらを目の前にかざした。
「……あー、あ」
クッ、と喉から自嘲的な笑いが洩れた。
そして、彼を殺めた手で、自分の首に手をかけて、
「要、ごめ、」
■きっと君は何一つ知らないまま俺に殺され、
ジリリリリリリリリ「ゆーき、朝だよ。早く起きて」「……んー」リリリリリリリ。
目覚まし時計の音を割るようにして、悠太が俺を起こそうと呼びかける。肩を揺さぶられて、がくんがくんと視界が揺れた。
悠太が俺が起きたのを確認し、朝食を摂ろうとリビングへと向かう。
「早くご飯食べなよ、遅刻するから」
「…………はーい」
寝起きのため、ぼーっとした脳内で、何とか悠太に返事を返す。
手の中に残る喉の感触ははっきりとし過ぎていて、気持ち悪かった。
知ってる。君の想いをちゃんと知ってるから、僕は、
要。薄れた意識の中で、その声だけははっきりと聞こえた。
(目覚めわりィ…………)
夢の中なのに目覚めだなんて、と苦笑する。いつものように俺は祐希に跨られていた。首を圧迫されているので、上手く声が出せない。当然、息も出来ない。こんな状態の夢を何度も見るなんて、俺は相当なマゾだ。いや、認めたくないけれども。
「かは、っ……っは――――ゆ、き……」
その声に応えようと、口を開く。苦し過ぎてちゃんと名前を告げられない。頑張って呼吸をしようとすると、代わりに喉の奥から掠れた音が出た。微かに酸素を取り戻すと、ぼやけていた視界がじょじょにクリアになっていった。
(……あー、いつもの顔)
俺の首を絞めているのは、やっぱりというか何というか――祐希だった。いつもはぼんやりとしている表情が、鋭く尖っている。おい、そんな顔で俺を殺そうとするなよ。怒ってやりたいのに体はずっしりと重く、呼吸がしにくい。てか、出来ない。さっきのは奇跡だったんだろうか。
「…………何にも、知らないくせにね」
ふいに、祐希が呟いた。言葉は俺の耳に届き、鼓膜を揺さぶる。
(知ってるよ)
ぎゅう。突然、力をこめられて俺は驚いた。指先が喉をとらえ、柔らかなところに静かに沈められた。明確な殺意の灯った両手に絞められ、俺は泣きそうになる。
なぁ、俺は知ってるんだよ。お前が俺のこと好きってこと。そんで、お前が何か勘違いして、もしかして俺と悠太がどうこうとか考えてるんじゃないかってこと。一番大きなことは――俺が、そんなお前のことが、大好きだってことで。
(ぜんぶ、しってる、ぜんぶ)
声の出せない俺は「やめてくれ」なんていえないで、じわじわと黒に染まっていく視界に必死に祐希を映そうとする。好きだと弁解して抱きしめてやりたいのに、叶うことはない。
最後に世界に移ったのは、唇を噛み締めている祐希。
(そんな泣きそうなかおで、おれを、)
ぶつり。ブラックアウト。
■知ってる。君の想いをちゃんと知ってるから、僕は、
「あ、おはようございます要くん」「おはよーっす要っち!」「おはよ、要」欠伸を噛み殺しながら、元気の良い挨拶をした四人に「おはよう」と返す。悠太の隣にいる祐希をちらりと盗み見ると、祐希も俺と同じように欠伸をしていた。しばらくして、目が合う。
「……はよ、要」
「あぁ、おはよう」
首元にまだ跡が残っているような気がして、俺は手をやった。
要。薄れた意識の中で、その声だけははっきりと聞こえた。
(目覚めわりィ…………)
夢の中なのに目覚めだなんて、と苦笑する。いつものように俺は祐希に跨られていた。首を圧迫されているので、上手く声が出せない。当然、息も出来ない。こんな状態の夢を何度も見るなんて、俺は相当なマゾだ。いや、認めたくないけれども。
「かは、っ……っは――――ゆ、き……」
その声に応えようと、口を開く。苦し過ぎてちゃんと名前を告げられない。頑張って呼吸をしようとすると、代わりに喉の奥から掠れた音が出た。微かに酸素を取り戻すと、ぼやけていた視界がじょじょにクリアになっていった。
(……あー、いつもの顔)
俺の首を絞めているのは、やっぱりというか何というか――祐希だった。いつもはぼんやりとしている表情が、鋭く尖っている。おい、そんな顔で俺を殺そうとするなよ。怒ってやりたいのに体はずっしりと重く、呼吸がしにくい。てか、出来ない。さっきのは奇跡だったんだろうか。
「…………何にも、知らないくせにね」
ふいに、祐希が呟いた。言葉は俺の耳に届き、鼓膜を揺さぶる。
(知ってるよ)
ぎゅう。突然、力をこめられて俺は驚いた。指先が喉をとらえ、柔らかなところに静かに沈められた。明確な殺意の灯った両手に絞められ、俺は泣きそうになる。
なぁ、俺は知ってるんだよ。お前が俺のこと好きってこと。そんで、お前が何か勘違いして、もしかして俺と悠太がどうこうとか考えてるんじゃないかってこと。一番大きなことは――俺が、そんなお前のことが、大好きだってことで。
(ぜんぶ、しってる、ぜんぶ)
声の出せない俺は「やめてくれ」なんていえないで、じわじわと黒に染まっていく視界に必死に祐希を映そうとする。好きだと弁解して抱きしめてやりたいのに、叶うことはない。
最後に世界に移ったのは、唇を噛み締めている祐希。
(そんな泣きそうなかおで、おれを、)
ぶつり。ブラックアウト。
■知ってる。君の想いをちゃんと知ってるから、僕は、
「あ、おはようございます要くん」「おはよーっす要っち!」「おはよ、要」欠伸を噛み殺しながら、元気の良い挨拶をした四人に「おはよう」と返す。悠太の隣にいる祐希をちらりと盗み見ると、祐希も俺と同じように欠伸をしていた。しばらくして、目が合う。
「……はよ、要」
「あぁ、おはよう」
首元にまだ跡が残っているような気がして、俺は手をやった。

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