【色々】世界でひとり、恋をしよう?【短編】
作者/ささめ ◆rOs2KSq2QU

弱虫カタルシス
「士郎って、好きな奴いんのかよ?」
何気なく訊いただけだった。
俺は兄貴のことが、俺が兄貴の体の中で生きることが出来るようになってから、ずっと好きだったから。兄貴は好きな奴いねぇよなっていう、確認のつもりでもあった。だから、当然「いないよ」って笑い返してくれると思って、返事を聞く前から勝ち誇った思いになってたんだ。
だけど、だけど。
「うん、いるよ」
「…………え?」
そんな答え返すなんて、思って無かったから。
いつのまにか、予想外の反応を返された俺の声は無意識に震えていた。口をついて出た言葉も、掠れていた。完全なパニック状態。そのまま、俺は鏡の向こうの微笑んだ兄貴に、
「はぁ? 誰だよ? ……お前が好きになる奴なんて、このチームにいたかぁ?」
と、おちゃらけて聞いた。言葉が出ないかと思っていたのに、なぜかはっきりと喋ることが出来た。顔はまだ、笑顔を作ることが出来る。ただ出来ないのは、兄貴の顔を見れないことだろうか。
……なのに、兄貴はそんな俺の気持ちなんて知らずに。俺の皮肉めいた言葉を聞いて、兄貴は照れくさそうに。だけど喜びに満ち溢れた顔で、言うのだ。
「うん。……僕、染岡君のこと好きなんだ。知ってるでしょ? アツヤも」
「…………………嘘、だろ…………?」
――――――嗚呼、俺はありったけの想いをこれだけの言葉にしたのに。それは重すぎて、兄貴に届く前に潰れてしまったというのか。
(…………それだけの、ことなのか)
夏の陽射しは、体が酷く重い俺に、容赦なく光を撒く。暑さや、知ってしまった兄貴の恋心とかが、重すぎて、潰れてしまいそうだ。
結局、あの話を聞いてからずっと俺は憂鬱だった。理由は明確だ。兄貴が、染岡のことが好きだから。……別に兄貴が悪いわけじゃない。染岡だって悪くない、と思う。いや……そう言ったら俺は自分の気持ちに嘘をついていることになる。だって今の俺の心の中は、染岡への憎悪でいっぱいなのだから。
「おい吹雪、必殺技の練習しねーか?」
その声を聞き、だるくて仕方が無い体を起こした。誰だよ、俺は色々考えることがあんだよ。それとも何だ、寝ている俺に喧嘩売ってんのかよ――――――――そんな八つ当たりにた感情を湧かせながら、相手を睨もうと視線を鋭くする。でも、その行動をしようとした瞬間、太陽の光で一瞬目が眩んだ。それでも話しかけてきた人物の顔を見ようと目をこらして…………驚愕した。……え、は? 何で、アイツ、が、こんなトコに? どうして俺に、話しかけ、て、アレ?
「そめ、おか…………」
「ん? おう」
また震えだした声は、さっきからずっと、俺の頭の中で巡っている人物の名さえも微かに震わせた。目の前でボールを持って立っているのは、兄貴の……想い人である、染岡だった。く.そ、実物の目の前にすると、やっぱむかつくな。いくら兄貴が中身で人を判断するタイプとは言え、何でこいつなんだよ…………こいつはねぇだろ、普通。まぁ、中身なんて俺は知らねぇが。兄貴以外の弱い奴等なんて、眼中にもねぇ。
「……何だよ? 何か俺に用かよ、ああ?」
「お前やっぱり、突然人が変わったようになる時あるよな……それより、練習サボんなよ」
「はぁ? 練習?」
「そうだ、練習。お前午後から練習あるって円堂が言ってたの、聞いて無かったのかよ……?」
……あぁ、そうか。練習時間だから、俺のところに来たのか。正確に言えば吹雪のところに、だろうけどな。どうせ、コイツは俺のことなんて知らねぇだろうし、俺と兄貴が何で同時に1つの体に存在してるのかも知らないだろうな。無知な奴のことを兄貴が好きだなんて、胸糞悪い……そう感じた俺は、鋭い視線を相手から外しつつ、素っ気無く染岡に言った。
「…………聞いてねぇよ。っていうか、何だ? お前は俺がいねーと練習できねーのかよ」
「はぁ? 何言ってんだよ。お前が昨日の夜、練習一緒にしようって誘ってきたんだろうが」
「ふん、覚えてねーな」
「……お前なぁ……」
染岡と話していく内に、だんたんと自分の気持ちに余裕が無くなっていくのを感じる。心の中では、怒りか何かよく分からないもやもやとした感情が巡る。ふと気が付けば、いつのまにか染岡の話は頭に入ってこなくなり、問いばかりを延々と繰り返していた。
(何で兄貴はこんな奴が好きなんだ、何で兄貴はこいつと一緒に練習しようとしてたんだよ……!? そもそも、コイツは兄貴の想いを知ってんのか、俺がどんな思いでテメェと向き合ってるのか分かってんのかよ…………っ)
いらいら、いらいら。
今の俺の様子を文字で例えるならば、まさにそれがふさわしい。染岡に怒りをぶつけるのは間違ってる。それこそ八つ当たりってもんだからな。だけど、兄貴を責めるのも可笑しいってのも分かってる。
(…………じゃあ、俺は誰を憎めば良い。誰を責めたら、この苦しい感情から逃れられるんだよ………兄貴……どうしたら、俺はこんな想いを消すことが出来るんだよ…………!)
……ぷちん。
俺の心から、そんな軽い音がした。そして俺は、自分の怒りをせき止めていた何かを、簡単に壊してしまったことを、知った。
「……おい? ふぶ」
「っせえなッ! 話しかけんじゃねえよッ!」
……暑さが鬱陶しい。こんな重さが鬱陶しい。目の前のコイツが鬱陶しい。兄貴のあの答えが鬱陶しい。コイツの妙に兄貴に優しいところが鬱陶しい。冷たい態度をとっているのに関わろうとするのが鬱陶しい。俺の中にある苦しい何かが鬱陶しい。ああ鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい…………!
「お前、大丈夫か? 顔色わりぃし、何かいつもの落ち着きがねぇし……日射病じゃねぇよな、まさか」
「うるせえうるせえうるせえうるせえッ! 話しかけんな……っ! さっさと練習行けよ……俺がいなくても、テメェ1人で練習できねぇ訳じゃねぇだろうがっ!」
でも、そんなの……全部全部、どうしようもないものばかりじゃねぇか……。めまぐるしく変わっていく感情の中で、ふとそう思った。その言葉はずしんとした鬱陶しい重さを孕んだまま、俺の苛立ちを沈めていく。気付けば、大きな声で何度も叫んだせいか、喉がひどく嗄れていた。はぁはぁと荒い息をつきながら、俺は俯いたまま視線だけを染岡へと寄越す。すると染岡はいきなり黙ってしまった俺を見て、心配そうに口を開いた。
「…………もうお前、今日は練習休め」
「はあっ!? 何でだよっ」
「たぶんお前は、暑くて色々頭の中ごちゃまぜになってるんじゃねーか? ……だから、いつもと同じなのに、何か変なんだ」
呆れの念が滲むその言葉を聞いた瞬時、俺はすでに動いていた。理性とか、アツヤとしての染岡への想いなんてものは、既に滅茶苦茶に潰されていた。何にも俺らのことを知らねぇコイツと、コイツを好きな兄貴――――とにかく、早くどっちかをぼろぼろに傷つけてやりたかった。……ただ、それだけの衝動で。
「……染岡君さ、さっき僕のこと、いつもと同じなのに何か変……って言ったよね?」
「ん? ああ、確かにそう言ったけ――――」
一瞬だけ兄貴の仮面を被った俺は、そう微笑む。そして…………相槌をうとうとした染岡の頬を、無理矢理両手で包み込んだ。「言ったけど」。そう言おうとした染岡は俺の思惑通り、その言葉を飲み込み戸惑いをみせた。
「……何でか、教えてあげるよ?」
「ふ、ぶき……お前、目の色が……」
兄貴の、無垢な笑みを顔中に貼り付けて。俺は目の色に驚愕している染岡の顔を、両手で近づける。そうすると、俺と染岡の距離は、お互いの吐息がかかる程になり――――キス出来そうなぐらいになった。
そこで、自分より背の高い染岡を見上げるようにして、俺はわざと恥ずかしそうに、兄貴を演じた。俺には兄貴のような純粋な気持ちを抱くことは出来ないから。だから、偽の笑顔と兄貴の仮面を借りて。俺は、染岡の心を、傷つけにかかった。
「僕ね、染岡君のこと…………ずっと前から好きだったんだ」
「…………はあっ!? お前、いきなり何言って……!」
「ずっと、好きだったんだよ。初めて会った時から、ずっとね。だけど染岡君、鈍いから……僕、言えなくなっちゃって……」
案の定、染岡の頬が朱に染まる。俺はそれを冷めた目で見つめた。だけど、恥ずかしそうな、照れている表情は崩さない。まるで兄貴が想いを伝えているかのように、俺は兄貴の想いを代弁した。
――――それが間違いだとは、知らずに。
「今まで言えなかったけど……今なら言えるな。僕、染岡君のことが好きだよ。大好き」
「……吹雪」
精一杯の笑みを浮かべて、愛の言葉を囁く。染岡は依然、ただの友達だったはずの男から告白されたことに驚いているのか、呆然としていた。……馬.鹿だな、気付けよ。これはお前のことが好きな吹雪士郎じゃねぇってことに。そんなことも、分からねぇのかよ。何で、分からねぇんだよ……。
「染岡君は、どうかな? 僕のこと、嫌いだったりする?」
「……いだ」
「ん? 何?」
「嫌いだよ」
「…………はぁ?」
予想を覆す答え。俺はそれに反応できずに、ついつい素のまま声を発してしまった。おいおい兄貴のふりしろよ、という自身を叱咤する言葉は、パニックになった俺の脳内には響かない。ただ響いているとすれば、染岡の「嫌い」という言葉だけ。なぜ? という思いと同時に、ふざけんなという怒りが湧き起こる。こいつは、吹雪を……兄貴が好きじゃねぇのかよ?
「何でかな? 理由教えてくれるかな」
「今のお前は、いつものお前じゃないだろ。そんぐらい、俺にだってわかる。……お前、誰だよ?」
「うーん……何言ってるか分かんないなぁ。僕は吹雪士郎だよ? 染岡君のことが大好きな、吹雪だよ」
「嘘つけ」
俺のふざけたような言葉は、染岡の冷たい一喝で止められた。その声を発した染岡の顔を見て、息が止まるのが分かる。染岡は、静かにこっちを見ていた。視線は俺から離さずに、真剣な眼差しで。そんな表情に背筋が冷えた俺は、とりあえず一旦染岡から離れた。離れたせいで、あの鬱陶しさがまた俺の背を焼く。
「お前が誰か、なんて今更聞かねぇよ。今まで試合の途中にお前が出てくることなんて、しょっちゅうあったしな」
「はっ……知ってたのかよ」
吹雪士郎の、仮面を破り捨てる。そして、汚ぇ奴。そう呟いて俺は口角を吊り上げる。すると、お前もだろと好戦的な笑みを作り、染岡は呟いた。何だよこいつ。こんな顔も出来んのかよ。と、少し驚いたいつも兄貴の視点から見るこいつは、優しげで、頼りがいのある奴だったからだ。隙あらば喰う、みたいなこんな表情は、初めて見るものだった。
「知ってんのに、何であに…………吹雪に言わねぇんだよ? アイツのこと大事じゃねぇのかよ」
「確かに……大事かもな」
「じゃあ何で言わねぇんだよ!」
大事という言葉を聞いた瞬時、俺の中の荒ぶる感情は染岡に食いかかっていた。
「俺は……吹雪士郎は、本当はお前のことなんて大嫌いだ……! お前は結局、大事大事って言いつつ、俺達のことを何にも分かってりゃしねぇっ! そんな奴、俺は大嫌いだ! 一生、俺に近づくな!」
染岡への悪意を全て吐き出した瞬間、俺に兄貴が何か叫んだ気がした。そして俺は、今までに無いほどの強い意思によって、吹雪士郎の内へと戻される。
……意識が、混濁へと浸っていった。

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