【色々】世界でひとり、恋をしよう?【短編】
作者/ささめ ◆rOs2KSq2QU

ぐりぐりぐり。(この指でその綺麗な瞳えぐりだしてあげる)
「おやおや、貴方はとても綺麗な瞳をしてらっしゃいますね。アーサーさん。貴方の瞳は、綺麗な薄緑色をしています」
「……そうか?」
俺にとっちゃ、お前みたいな黒い目の方が綺麗に見えるけどな――小さく呟くと、アーサーは褒められて赤くなる顔をそっぽへ向けた。アーサーはそれでも少し居心地というか、何ともいえないようで自分の金髪をわしゃわしゃとかき立てる。
照れた様子の自分より年下の青年を見ながら、菊は柔和な笑みを浮かべた。彼らが座談している場は、菊の家の縁側だ。春特有のぽかぽか陽気な太陽の日光が、うとうととした眠りを誘う。
「ふふ。爺の瞳なんて、老いのせいで老眼鏡が手放せませんよ」
「その容姿で何てこと言ってんだ、まだまだ現役だろうが」
「お褒め有難う御座います」
くすくすと目を細めて笑う菊の視線は、優しげで、だがひたすらに冷たいものが底にあった。あたたかさと冷たさの両を含んだ視線は、じっとアーサーの顔に――正確には、アーサーの双眸に縫いとめられている。アーサーは菊の異様な視線を感じ取ったのか、頬から朱が消えていた。
「……そんなに綺麗か? 俺の瞳は」
ぽつり、金髪の青年が呟いた言葉は単純な疑問だった。桜がひらひらと舞う姿を目にしながら、菊はその言葉を全く動じることなく受け止めた。
「はい、とても。年老いた私から見ても羨ましいくらいに、憎いぐらいに――ね」
「じゃあ、いるか?」
菊の優しげな瞳が、一瞬だけ悲しげな色をみせる。そしてその後、ふるふると細い首が左右に振られた。否定の意思表示だ。菊は着物の袖を口元へと寄せると、物憂げな表情でやはり優しく微笑む。
「生きている貴方が持つその瞳こそに、最大の意味があるのですよ。私は何も貴方の眼球が欲しいのではありませんからね。物理的な何かが手元に残って、私とこうやって縁側でお話できない貴方がいても――――私は、貴方の瞳の価値を知ることはないでしょう」
薄く微笑んだ菊の表情は幸せそうだった。アーサーは菊の言葉にうんともすんとも言わずに、庭に咲く桜の木を一瞥した。桜は未だピンクのドレスを着て、周囲へ幸福を振りまいていた。
その幸福を手のひらに乗せて、アーサーは呟く。
■ぐりぐりぐり。
(この指でその綺麗な瞳えぐりだしてあげる)
「お前は残酷な奴だな」
「あれあれ、そうでしょうか?」
――生きている俺がお前に渡せないものを、欲しがろうとするなんて。
ぎゅるぎゅる、ぐちゃり、
ぎゅるぎゅる、ぐちゃり。
前者は吉野さんがぐるぐる空中で回転する音。後者は空中から回って落ちてきた吉野さんが肉塊になる音。よく文章とかではこういう音は表現されてるけど、実際に聞いたのはこれが初めてだった。
地面に直下した吉野さんは、まるでそう――夏にするスイカ割りで、割り方を失敗したような無残なスイカに似ていた。真っ黒い、長い髪の間から果実に値する血や内臓が周囲へと手を伸ばしている。
と、ぼうっと吉野さん(スイカ割り済)を見ていたら、足元にころころと何かが転がってきた。白い、いや灰色っぽい何か。赤い糸のようなものや赤いそれが付着していて、よく日常的に見かける……あぁ、眼球だこれ。本来ならば嫌悪するべきそれは、まるでビー玉のようだった。綺麗ではないけど、手に乗せて観察したいような気を誘われる。
「よし、の」
――あれ、カナちゃん?
眼球鑑賞会を開こうかと思案しているところへ、誰かが吉野さん(と俺)の方へ歩み寄ってきた。ぺたぺたと聞き慣れた足音が鼓膜を揺らす。誰かと思えば、カナちゃんだった。現実と変わらない、もさもさとした前髪が両目を隠している。スイカ割り済み吉野さんのこと、アレで見えるんかな? ちょっと心配になった。
「よしの、なぁ、よしの。おまえなんで、おまえ、よし、の」
壊れたラジオのように吉野と繰り返すカナちゃんは、泣き出しそうに見えた。震えるその両肩に手を置いて、甘い言葉でもかけてやろうと思ったけど、嫉妬心の方がむき出しになったのでやめた。
吉野さんが亡くなってショックを受けているカナちゃんとは違い、俺はカナちゃんが吉野さんばっかりのことを見ているからむかむかしていたのだ。
(……あぁ、まだそんな過去に縛られてんのかよ、カナちゃん)
――そんなスイカ女、放っておけば?
口角を吊り上げて呟いた言葉に、カナちゃんが反応して殴りかかってきたときは、思わず腹をよじって笑ったね。
■ぎゅるぎゅる、ぐちゃり、
カナちゃん、もっと俺を構ってよー。
Alice
――これはこれは、遠い遠いお話。
彼女は思いついたように語りだした。夕焼けの色に浸された空間はオレンジとなっていて、夕日を眺める彼女の横顔も明るく照らされている。そんな彼女の横顔を見るのも、今日が最後。新学期になればいなくなるであろう彼女の横顔をまじまじと見つめて、私は次の言葉を待った。
「いつか、僕が深い森に落ちたなら。きみは、一人で行くんだぜ」
彼女とつないだ手には、柔らかな体温が灯っていた。突き放すような彼女の言葉に対して私は何も言えずにいた。と、彼女の細い指がゆらりと私の指から解けた。ひゅっと息を呑んだ音が聞こえた。
「きっと、枯れた音色の鐘が鳴るだろうから……きみは一人で、行くんだぜ」
「…………貴方は、貴方はどうするの?」
夕焼けがまぶしい。自分のことを僕と呼ぶ、少しだけおかしな性格の彼女はくすりと微笑んだ。何で笑うの、悲しくないの、なんてたくさん疑問はあったけど私には訊くことはできなかった。
「僕も独りで行くんだよ?」
「嘘」
「……ごめんね、嘘。あー、やっぱ君には届かないなぁ……」
「わかってるくせに」
くふふふ、と小さく笑うと彼女は悲しげな表情になった。
――何で君が笑うと私が悲しくて、私が笑うと君は笑うんだろうね。体内から湧き上がる疑問を小さくちぎって、道端に捨てて、それでも私は彼女と話す。
「嘘をつくことも、もう疲れたからね。だから僕は遠くへ行くよ。…………君と、黄金の部屋でいたことを忘れないから、安心して」
「それで、終わり?」
「うん。それだけの話」
■Alice
きみは、ひとりで、ゆくんだぜ。
泣いてみてよ、ねえ。
「イトコ、は泣かないね」
「……アンタもねー。女々さんは泣くけど。結構」
ぼうっと彼の部屋のベッドで寝返りをうった。居候である身としては、こうやって元々の住人の家具をすき放題使うことはマナーに欠けているんだろうけど。何だか眼球がかさかさと音をたてて、喉がぐりぐりと圧迫感があって。とにかく、だるい。
春の陽気な温かさの中で、エリオは黙ってベッドに寝転がっている私を見ていた。いつものように、透明できらきらと光るどこか宇宙の星の残滓は彼の周囲を取り巻いている。あー、まぶしい。
「イトコ」
「んー」
「泣いてみる?」
エリオがきらきらとした瞳で、純粋な言葉を放った。私はどこか眠いようなだるいような体の重みを感じて、だらしなく呟く。
「うんや」
■泣いてみてよ、ねえ。
「イトコは強いの?」
「青春真っ只中の女子高生に強いなんて、何てことを聞くのかこの布団簀巻き男(過去)は……」
意味不明理解不能
「お前は弱いよ」
帰り道でぽつりと言われた。その時の古市の表情がどんなものかなんて後ろを歩いていた男鹿には分からないことだし、それにただの独り言かと思って気にも留めなかったのだ。
銀色の髪が夕方の生温い風に弄ばれて、さらさらとなびいている。男鹿は肩に乗せた赤ん坊のことを気にしながら、くしゃりと頭をかいた。短い自分の黒髪は、どうもちくちくと指の腹を押す。
「弱くねえよ」
「弱いよ」
一瞬だけ、古市の剣幕に驚いた。振り返りもしていないのに、なぜか今、男鹿にとって古市は怒っているように思えた。声色は悪友である普段の彼とは全く変わらないのに、だ。
「お前は弱いから、泣かないんだ」
「? ……泣かないから強いんだろ?」
「違うっての」
やはり、彼は振り返らない。男鹿は古市の言葉の意味が理解できないまま、茜色の空を見上げた。この様子だと、明日は晴れそうだ。
「泣かないから、弱いんだっつーの」
■意味不明理解不能

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