【色々】世界でひとり、恋をしよう?【短編】

作者/ささめ ◆rOs2KSq2QU

イナズマイレブン

きっとそれはまだ、ここにあるから


 いつも、遠くに感じてた。
 こんなこと言ったら、きっと円堂は気にするなと笑うだろうけど。だけど、俺にとってお前の背中は何より身近で、どこまでも遠かったんだ。きっと俺が、待ってと言っても、もうその声すら届かないんだろう。……それほど、長く遠い距離。
 俺はいつも、お前の背中を追いかけていて。走るのなら誰にも負けないつもりなのに、何故かお前には勝てそうもなくて。いつも、どんな時でもお前は、俺の前を歩んでて。

 
 (――――――だから、切ないんだろうな)


 お前は、もう俺の隣にはいないんだろうかと思う時さえある。嗚呼、何で俺こんなにネガティブになってんだろう。今はこんな感情を膨らませている場合じゃないというのに。そんな感情なんか気にせず、ただただ強さを求めていかなければ、いけないというのに。


 「……る…………風丸?」
 「…………っ!!」


 ふと顔をあげると、そこには驚いたような、しかし心配そうに見つめる円堂の姿があった。大丈夫か、何かあったか? そう、優しく訊いてくる。そんなお前に俺は、思いを見透かされないようにと笑顔で答えた。いや、何でも無い。気にするなと。
 

 「じゃ、ストレッチするか」
 「……ああ」


 にかっと笑んで、ストレッチをしようと誘ってくる円堂。俺はそれに対して、円堂とは似ても似つかないような、無理矢理作った笑みを返した。プラスして、どうか気付かないようにと心中で強く願う。案の定、願い通りに、円堂は俺の作り笑顔に気付か無かった。そして、腰を下ろすと足を広げて、俺に背中を押すように言ってくる。嗚呼、分かった。軽く返事を告げ、俺は円堂の背中を、強く力をこめないように、ゆっくりと背中を下へ下へと押していく。じょじょに円堂の顔が見えなくなる。それにつれ、俺の中の張り詰めた劣等感が、少しずつ萎んでいくような錯覚を感じ――――――――俺は、いつも思うのだ。





 (きっと、俺はお前の背中しか見ることが出来ないだろうけど)
 (だけど今は、この手の中にお前の背中はちゃんとあるから)






 だから、もうちょっとだけ。
 俺はお前の背中を、追いかけてみる。




だけど君は俺を見てはくれない


 人というものは、こんなにも脆いらしい。今の佐久間を見ていて、ぼんやりと思った。息をつかないほど何度も、鬼道さん鬼道さんと繰り返し言う佐久間は、どこか螺子の壊れたロボットのようにも見える。瞳からは昔のような生気はすっかりと失せ、虚ろという存在が顔を覗かせていた。


 「鬼道さん鬼道さん鬼道さん鬼道さん鬼道さん鬼道さん鬼道さん鬼道さん鬼道さん鬼道さん……」
 「……佐久間、大丈夫だ」


 決して意味をなさないであろう気休めの言葉を、笑顔で吐く。でも佐久間は俺のそんな言葉さえ聞こえないようで、また鬼道の名を幾度も繰り返し始めた。その様子を見て、俺はあまり驚かない。……帝国にいた時から、佐久間が鬼道に異様な執着心や忠誠心をみせていたのは、2人の近くに一番居た、俺が知ってるからだ。


 「鬼道さんきどうさんきどうさん……っ置いていかないでくださいそんな目で見ないでください俺から離れないでください鬼道さん鬼道さん鬼道さん何でそんなところにいっちゃうんですかなんでおれがちかづくまえにさきにいっちゃうんですか鬼道さん鬼道さん鬼道さんきどうさん……」
 「……………佐久間」


 次第に佐久間は、大粒の雫を零し泣き始めた。いつものように。最近の佐久間は、ずっとこの調子だ。何度も何度も居なくなった鬼道に恋焦がれ、失ってしまったという喪失感を紛らわすために、俺のところに来てずっと自分を責めている。責める必要なんて無いのに。佐久間は多分、鬼道が自分が無力だから居なくなったと考えてるんだろう。…………そんなことを鬼道が考えているはずが無いのに。


 「鬼道さん俺は無力ですかそれとも貴方に必要とされてないんですか鬼道さん貴方のためなら俺は命さえ捧ぐことができます貴方が足を失うことになるなら俺は自分の足を切って鬼道さんにあげることだって可能なのにどうしてですか鬼道さんきどうさんきどうさん…………ッ」
 「佐久間……大丈夫、大丈夫だから。鬼道も俺も、お前のことを責めてない。必要としてるから。だから、そんな風に……自分を卑下するな」


 例え俺が何を言おうと、佐久間はただ自分を罵倒するだけ――――――そう思っていても、俺はついついその小さく震える背中を抱きしめてしまう。その背中を見ていると、ふと思う。もしかして佐久間は今、鬼道だけを目標としていた自分と戦っているんだろうかと。必死に、どうにかして過去の頼り切っていた自分から変わろうと。だけど佐久間は弱い自分から抜け切れ出せなくて。……だからこうして、夜中に俺の胸の中で震えてるんだろうか。なんて、考える。


 「鬼道さん鬼道さん鬼道さん鬼道さ鬼道さんきどお、さんっ……助けてください……俺何でもしますから貴方のためなら俺は何でもできますから…………だから、俺を助けてよ……鬼道さん……鬼道さんっ…………!」


 強く鬼道の名を呼んでいた佐久間の声が、だんだんと微弱なものへと変わっていく。それと同時に言葉の内容も、自分を叱責するものから、助けて欲しいという悲しみへと変化した。そんな佐久間があまりにも可哀想で、俺は佐久間の淡い水色をした髪を撫でながら、背中をさする。すると、佐久間は自分の喪失感を一緒に吐き出すかのように、咳き込みながら胃の中のものを吐いた。吐しゃ物の中には血も混じっていて、佐久間の今の状態がひどく不安定なことを知る。


 「佐久間、大丈夫か?」
 「………………あ、きどうさん」


 鬼道さん。
 確かに佐久間は俺のことを、この場には居ない鬼道の名を呼んだ。虚ろな瞳の中に、微かに希望と喜びの色が浮かぶ。そんな佐久間を見て、ああ、こいつはこんなにも壊れてしまったのかと、俺は嬉しそうに微笑むこいつを見て、絶望する。……佐久間はようやく笑ってくれたのに。俺は、その笑顔をせいで泣きそうになった。

 
 「きどうさん、もどってきてくれたんですね、きどうさん。ありがとうございます、ありがとうございます……きどうさん、きどうさん、きどうさん」


 途端嬉しげに、また鬼道の名を呼び続け始めた佐久間。そんな――――そんな嬉しそうにアイツの名を呼ぶなよ。アイツはもうここに居ないんだから。アイツはきっと、お前のことなんて忘れて、円堂達と仲良くやってるんだから。なのに、何で。何でお前はここには居ないアイツのことばっかり想ってられるんだ。何で、何で俺のことは――――――!


 「佐久間、何で、お前は何で……」








 何で彼は俺を見てくれないのか(、お前の瞳には、俺が映ってないとでも言うのか)