【色々】世界でひとり、恋をしよう?【短編】
作者/ささめ ◆rOs2KSq2QU

知らないことにしておこうね。
どさっ、と。
響いた彼女の音を指でなぞると、息絶えた香りがした。まるで星がたくさん咲いた夜空のようだと微笑んでいたあの長い黒髪は、今では血がこびり付いて赤黒く変色している。その黒髪に包まれるようにして目を閉じた貴方の顔は髪の毛よりもっと汚れていた。
「……ほ、むらちゃん」
大好きな彼女の名前は虚空に消える。次の世界に生きる彼女は、もうこんな終わった世界になんて興味を示さずに新しい鹿目まどかを探しにゆくんだろう。あぁ、何てことだろう。私はまだちょっぴりだけ命の火が灯っているのに。
――君は、私が死んだと思って次の世界へ行くんだね。
「わたし、は……わたしは、あなたの――あなたのがんばってるのを、その肩にのった、重い苦しみ、を。いつか、どこかの世界で絶対、はらってあげる、からね」
――だから、それまで私は君がどれだけ頑張ってるかってことを知らないまま、君の好きなまどかとして生きていくから。
血の滲む唇で必死に紡いだ言葉は、少しでも君に届いたのかなんて、私は知らない。ただただ灰色の雨が、冷たさを与えて、私から命を奪っていって。
「だから、ね」
■知らないことにしておこうね。
ばいばいなんて言葉は、君と笑える日まで取っておくよ。
それまで大切に、私の胸の中にしまっておくから。
番外→通行(♀)止め
「うぎゃぎゃぎゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃぁ」
狂ったように笑いという感情を吐き出しながら、番外個体は一方通行の腕を掴み勢い良くうなじの辺りへと捻った。当然の如く無理に捻ったせいで一方通行の腕は嫌な音をたて、折れる。一方通行の唇の端から小さくうめき声が漏れた。だが番外個体は嘲笑も止めず、今度は残してあった左腕を同じように折った。ぎゅぐりという深いな音が床に転がる。一方通行は泣きもせずにその痛みをじっと歯を食いしばることで耐えていた。番外個体は整った顔を狂いに歪めて今度は右足を掴む。やがて、鈍い音を発して白髪の少女の右足は使い物にならなくなった。
「うぎゃきゃきゃうきゃぁあ、あ、ぁが、あぁ」
潰れた片足を指で押さえて、さらに歪んだ表情で番外個体は呟いた。
「……ぶっ壊しても、ぜんっぜん駄目だな」
溶けた、流れた(もうぐちゃぐちゃよ)
泣く彼女は乱暴だと思うのは私だけだろうか。
「私はもうアンタの妹じゃない」と残酷な笑いを私が浮かべたら、いつもの淑女ぶりから一転、こんなに乱れてしまった。長い金髪のツインテールはゴムが解けて、ばらばらになった髪の一房が私の胸元に散らばっている。長い爪をたてようと私の腹の上で四つんばいになっている彼女は、泣くということしか知らないらしい。ぼろぼろとビー玉のような涙を零して、何も言わない。
「ただ、アリスは私を妹っていう枠に嵌めておきたいだけなのよ」
無言。口を開きなさいってば。
ショッキングピンクで彩った爪で、彼女の頬をつんとつついた。濡れた冷たさだけが爪に灯る。彼女はエメラルド色の瞳を大きく見開いた。そのせいで微かに残っていた涙の残滓がするりと指のラインに沿って手の甲へと流れ落ちる。
私のピンク色の爪と彼女の涙が交じり合ったその色は、お世辞にも綺麗とはいえなかった。
君のけがを治そうとする俺のちょっとした気持ち。
君のけがを治そうとしたんだ。
■君のけがを治そうとする俺のちょっとした気持ち。
十年前のことはよく覚えていない。迫られて、緊迫した場面の中でしどろもどろに搾り出した本音は、彼の目を丸くさせるのには十分だった。だって本当なんだから、と言いたいところだが、それはまるで自分の罪を軽くしようと頑張って言い訳するようなことだから、俺は無言にならざるを得なかった。
「…………すいま、せん……」
彼の瞳が前髪に隠れて見えなくなって、ようやく彼の束縛から放たれたと思ったときに出た言葉は、罪悪感からの謝罪。何で俺は謝ったのか、なんて覚えてない。だけど、何故か俺は彼に一生癒えぬ傷を与えてしまっていた過去の自分のことがどうしようもなく気に食わなかった。何で、何でちゃんと別れることが出来なかったのかと、性にも無く過去を責めるほどに。
(きっと、高野さんの傷を癒すために横澤さんや周りの人とか仕事とか――いっぱいのものが、絆創膏や包帯になってその傷を癒そうとしていたんだ)
傷は必ず、痛みを生む。なら、痛む傷があるなら治せば良い。治すためには絆創膏を貼ったり、包帯を巻いたりすれば良い。もっと悪化しているならば、薬を飲めば良い。じくじくと血を滴らせるその傷に、ゆっくりと触れて、痛みを確かめながら絆創膏を貼れば良いのだ。
(……でも、でも)
――でも、俺はその絆創膏すら持ってないのだ。
君の言葉は難解過ぎるよ
前川さんは苦笑して言った。
「転校生は酷いねぇ」
■君の言葉は難解過ぎるよ
それはまるで私を責めているようでそれでいてそう呟く自分自身を責めるような物言いだったから、私は瞬きを繰り返すしかないんだけど。ふわりと畳の香りが鼻腔をくすぐり、懐かしさを私に与える。背中に当たる感触は少し柔らかく痛みを和らげるような優しさを持っていた。フローリングばかりの前の家とはだいぶ違う。
「ほんとうに、酷いねぇ」
前川さんは短い黒髪で見えない顔と共に、ゆっくりと私の肩の辺りへと表情を埋めた。自分より背の高い前川さんが、小さい私をまるで人形のように大切に大切に抱きしめるものだから、私はついつい驚いてしまう。彼はいつも飄々とした落ち着いた人物のはずなのに、どうしてか今の彼の存在はとてもあやふやで揺らいでいるような気がしていた。
「その気がないなら、俺にこんな思いを与えないで欲しいものだね」
「その気って?」
「さぁ」
くつくつと笑いを噛み殺す彼の表情は見えないけど、彼の薄い胸板から伝わる温かさからは、どうにか彼の思いを読み取れるような気がした。
そんな、夏のある日だった。

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