【色々】世界でひとり、恋をしよう?【短編】
作者/ささめ ◆rOs2KSq2QU

リフレクションは笑った、ようやく分かった。自分がどれだけ間抜けかって。
「……好きだ、赤司」
土砂降りの中でも緑間の硬い声だけはあたしの鼓膜にきちんと届いてきただなんて私は相当恋に狂っているみたいだ。ばらばらと大粒の涙を零す空はまるで私みたい、なんて悲劇にヒロインぶりきれない辺りが私らしいというかなんというか。試合を終えたばかりで膝はがくがくと震えていて、緑間と赤司の姿を視界に捉えた瞬時、その疲労と絶望は急速に私の体を苦しめていった。
雨に打たれながら、傘もささずに緑間は真剣な眼差しで赤司を見つめていた。洛山のマネージャーってゆー、赤いロングの女の子を。絹糸のような赤い長髪はしっとりと濡れて、まるで血を浴びたみたいになっていた。きつい目元と長いまつげが彼女の鋭さを助長している。あぁ、こんな風に相手の容姿につんけんとしたものが混じってしまうのも、私が恋に狂っている証拠かもしれない。現在進行形で、私は赤司さんのことを一つも好きになれそうにないのだから。
「真太郎……それは本気で言っているのか? だって、私とお前は――」
「――わかっているのだよ。それでも、俺はお前が好きなのだよ」
赤司、と口内に小さく余韻を残して、緑間は彼女の細い体躯を無理矢理抱きしめた。はは、あんだけ背がでかいくせに小さい赤司を抱え込んでる、リカちゃん人形抱きしめてるみてー。一笑してやろうと頬を動かしてみたけど、顔中の筋肉はぴくりともしなかった。
腕の中で赤司は黙り込んでいた。綺麗な無表情のまま、色の白い頬に流れた水滴を煩わしそうに見つめている。可愛い、よりも美人の似合う風貌。カッコいい緑間とそれはお似合いに見えて、思わず血が滲むのも構わずに唇を噛み締めてしまった。
「好き、だ。お前のことが、中学の頃から、ずっと……」
「…………私もだよ、真太郎」
「!」
ありがちなラブストーリーみたいな展開。突然のカミングアウトに緑間は端整な顔を驚きに染め上げて、眼前の少女の顔を覗き込む。いつものイケメンが台無しだぜ、なんて言えるほど私はメンタルが強くない。二つから一つに重なり合った彼らが、近くの街灯の光を浴びているのをじっと見ていた。
「私も、お前が好きだった。たとえ敵同士だとしても、好きだった」
「……赤司……」
赤司の言葉に切なげに緑間の眉間にきゅっと皺が寄る。おいおい、今にも泣きそうじゃないか。大好きな人からオーケーの返事を貰ったってのに、何でそんな風な顔するんだよ。
ザァザァと雨は降り続けている。幸せの絶頂にいる彼らにも、唇を噛み締めたまま微動だにしない私にも平等に降り続けている。私はそれを冷たい、と感じた。冷たくてじっとりしていて、ひどく苦しいものだと感じた。
「……真太郎」
「赤司っ……」
曇天の下、二人は穏やかに微笑み合った。やがて、何も言わずにお互いに顔が近づいていく。たぶん、キスするんだ。少女漫画をよく読む私には簡単過ぎる答えだ。
緑間が頭を屈め始めたところで、ようやく乾いた私の喉からは笑いが洩れてきた。あは、あはあは。阿呆に見えるのだよ、なんて以前緑間に叱責された笑い方。くは、と大きく口を開け、コンプレックスの八重歯を隠すこともなく私は笑った。
「……いかないで、真ちゃん」
二人の唇が後数ミリで重なる。そのキスを邪魔できるのはいつだって液晶の中だけで、現実はきっと無理。私が今から大声をあげて介入してみたって、彼らはその幸せを噛み締めているだけだ。
「おねがい、一人にしないで、真ちゃん」
深紅の髪の毛が顔を傾けた拍子にはらりと揺れた。雨粒がぽろぽろと滑り落ち、彼女の膝元へと流れる。壊れ物に触れるように赤司の肩を掴んだ緑間の両手は震えていた。
「……わたし、今、ようやくわかったからさあ。だから、いかないで、おいてか、ないでよ――――しん、ちゃぁぁん……」
こんな時こそ、道化師は笑わないといけないというのに。
どうしてだろうね。笑えないよ、真ちゃん。
(笑うには少し、雨が強すぎた彼女の話)

小説大会受賞作品
スポンサード リンク