【色々】世界でひとり、恋をしよう?【短編】

作者/ささめ ◆rOs2KSq2QU

D灰

貴方だけには渡さない!


 「……っくぅ……ひっく……ぐすっ……」
 「バクちゃーん、いい加減泣き止もうよー? そんなに泣いてちゃ目腫れちゃうよー?」
 「うっうるさいっ! 私が泣くわけないだろっ! ……ぐずっ」
 「バクちゃん泣いてるじゃん」
 「泣いてないといってるだろっ! あとちゃんって言うなっ」


 

 ――――何で僕の恋人は、こんなにも意地っ張りなんだろーなぁ……。


 こんなこと口に出したら、もっと怒るだろうなぁ……とコムイは溜め息をつきつつ、アジア女支部長であるバク・チャンの綺麗な金髪を指に絡めた。いつもだとこんなことしたら憤慨し始める。しかし、今日は事情が違うらしい。……まぁ、その事情のおかげで、今バクを抱っこできているのだから、コムイ的には文句は無いのだけど。
 しかし――――


 「うっ……ぐすっ……」




 ――――何でバクが泣いてるのか。
 今の疑問はそれだ。普段決して弱みをみせない(特にリナリーラブのコムイに対しては)バクだが、今日は珍しく端整な顔を歪めて泣いていた。しかもそれを認めようとはせず、ただただコムイにすがりつくかのようにして顔をコムイの胸に埋めている。
 ……とりあえずその疑問を晴らすために、コムイは何気なく聞いてみた。



 「で、今日はどうして僕のところへ泣きに来たのかな?」
 「泣いてない!」
 「……じゃあ、何で僕のところへ全然泣かずに立派に堂々と来てらっしゃるのかな? アジア女支部長のバクちゃんは?」
 「うぅ……ウ……ウォンが……」
 「え、ウォンさん?」


 
 突然話題に出てきたその名前に、コムイは驚いた。ウォンとは、確かバクの御付きの老人だろう(よく覚えてないというかバクちゃんとの仲を邪魔されし過ぎて覚えていたくないというか)。最近は、何かとバクに作法や礼儀マナーなどを教えている姿を目撃する。きっと、今回のバクの様子も、それが原因だろう――――――とコムイはそう推理した。
 バクは言いにくそうにもじもじとしていたが、やがて口を開いた。



 「ウォンが……その……恋慕を抱く男性と、籍をいれるときに……必要な……その……しゅ、修行というか……勉強も必要だと……うぅ……最近言ってて、だな……」
 「へぇ」


 予感的中! 脳内でそう叫ぶと、コムイは更にバクの言葉の続きを待つ。


 「…………そ、それで……さすがに完璧な私も……今日は何かアレだ……アレだ……そ、その……恋仲である男女が必ずするというアレだ……そのだな……せ、接、っ吻……の練習を……するのも、淑女の嗜みと言い出してな……それが流石に……恥ずかしくてだな……」
 「……へーえ……」
 「それで、自分で逃げたのが何とも屈辱で……だから……」


 こうして来たのだ、とそっぽを向いて真っ赤な顔を隠すバク。こんな話をしている間も、コムイとバクは2人して一つの椅子の上で抱き合っている。
 バクの話によると、つまり、キスの練習をしろと言われ、恥ずかしくて逃げ出してきたらしい。バクらしい堅苦しい言葉の中にちらほらと隠れている、今日の事情の原因。それらを汲み取るとコムイは、口元にどこか余裕ぶった笑みを浮かべ――――――一つの提案をした。


 「やだなぁ、バクちゃん」
 「何だ?」
 「それなら、僕が練習に付き合うのにさー」
 「はぁ!? ちょ、何が」


 コムイの言葉に本気で訳が分からないという風に焦りだしたバク。そんなバクを一息に抱き寄せると、コムイは自身の唇を近づけた。
 だんだんと迫る互いの顔。バクはその様子に焦燥や照れが混じった表情で、ぱくぱくと鯉のように口を動かしている。


 「ちょ、コムイ……!?」


 コムイは、彼女の焦った声を聞きつつ、さらにバクを抱き寄せようとすると――――









 「ただいま! 兄さん、バクさん」



 ――――――ばたんっ! と荒々しく扉を開け放ったリナリー・リーが、見事に密事の邪魔をした。急に愛しのリナリーがやって来たせいか、バクは目を白黒させて胸元を押さえている。僕の時はそんな顔見せないのに……とコムイは若干悲しそうだが。


 「ん? 兄さんとバクさんどうしたの? ……そんなにくっ付いて」
 「あっいやっ特に深い意味はないんですリナリー君! ……それより、きょ、今日も素敵ですね」
 「いえいえ、バクさんの方が素敵ですよ。…………あれ? 髪少し切りました? 今日は前と比べて短めですね」
 「あ、そうなんですっ! 昨晩ちょっと整えて…………あの、変ですか?」
 「大丈夫です、可愛いですよ? 俺はそっちの方も良いと思いますけど」
 「か、可愛い…………はふぅ……」


 コムイゆずりの美しい顔立ちのリナリーが、バクに見事な殺.し文句を吐くとなれば――――その効果は絶大。バクは何度も褒め言葉を反芻しながら、顔を桃色に染め上げていった。
 リナリーは好青年らしい笑顔でバクを見守っている。そんな初々しいカップルのような2人を冷めた目で見て、コムイは自虐的な笑みを1人浮かべるのであった。
 すると、リナリーは「あ、そういえば」とバクに話題を投げかけた。


 「そういえば、ウォンさんがここにバクさんを捜しにくるって喚いてましたよ。その様子だとウォンさんから逃げてるみたいだし……早く、別の談話室かどこかに隠れた方が良いんじゃないですか?」
 「なっ……! ウォンめ……まだ捜しておるのか……!」
 「はい。だから、ここはどうぞ逃げてください。俺、ちゃんと知らないって言っときますから。……ね、兄さん?」
 「…………あーうん。そうしとくから……バクちゃん行きなよー? 何だったら、僕が練習相手になるけど」
 「結構だっ!」


 コムイのおちゃらけた態度に一喝すると、バクはいそいそと身支度を整え、室長室からそそくさと逃げ始める。しかし、扉を閉める前に、さっきのように頬をピンクに染め恥らいつつ、

 「あ、あのリナリーさん……有難うございました」
 

 と小さく呟くと、(リナリーに)一例してたったったっ……と小走りで駆けていってしまった。その後姿を見送り、コムイが椅子を先程のバクのように抱きかかえながらリナリーを見つめる。


 「……あのさー、リナリー?」
 「何? 兄さん」
 「リナリーって、もしかして僕とバクちゃんのいちゃいちゃ邪魔する為にあんなタイミングで入ってきたでしょー? ……じゃなきゃリナリー、任務報告の時はちゃんと空気読んでるしさ」


 自分とは明らかに違う態度をされたリナリーに不満があるのか、コムイは自分によく似た顔をした、目の前の弟にそう聞いた。リナリーはその言葉に動揺するかと思いきや、コムイの言葉を聞いても変わらぬ笑顔のまま。手に抱えた報告書をぺらぺらと捲りながら、目を細めて微笑した。

 「……さぁ? 何のこと?」
 「………………………はぁ。我が弟ながら、全く似なくて良いところまで似ちゃったなぁ……まぁそこが愛しいリナリーなんだけど」
 「バクさんより愛しい?」
 「……やっぱり似なくて良いところまで……。っていうか、僕よりバクちゃんが愛しいのは、リナリーも一緒デショ?」


 丁度そこで、リナリーの笑顔が凍りついた。リナリーも一緒と言った瞬時、リナリーの瞳がどこか冷たい眼差しに変わったのだ。コムイはその変化をどこか愉快気に眺め、さらに言葉を続ける。


 「リナリーはバクちゃんのこと大好きなくせに、手は出さない。なのに僕がバクちゃんに手を出そうとしたら邪魔してくるよねー? 何でだろねー不思議だねー」
 「……もー兄さんてば。あんまり俺をからかわないでよ? 俺はバクさんも兄さんも同じくらい大好きだよ。もちろん兄弟愛と友愛だけどね」
 「果たしてそれが愛だけで留まるのか」
 「怒るよ、兄さん?」


 本当に怒り出しそうな雰囲気だったので、コムイは言おうとした言葉を寸止めする。リナリーは黒い笑みのまま、自然な笑みに戻り、そして困ったなぁという風にソファーにもたれ掛かった。
 肩にかかるかかからないかという程の短さの黒髪を弄びつつ、どこか歌うように語り始める。


 
 「……俺は、兄さんもバクさんもアレン君も神田もラビもリーバー班長もみんなみんな……俺より凄く大切ってだけだよ? だからこそ…………その等しいラインを超えようとしたり、それを自分のものにする人間が嫌いなだけ。ね、分かるかな兄さん?」
 「分かってるさ。……つまり――――――――俺のものには手を出すな、ってことでしょ?」
 「……さー、どうかな」



 戸惑うようなコムイの答え。くすくすと楽しそうな笑みを洩らして、リナリーはその答えをうまい具合にはぐらかす。……コムイが言ったその答えが本当なら、それは確実な悪意と独占欲を示している。なのに、本当におかしそうに笑うリナリーの心境が、コムイには信じられなかった。
 ――――――そんな、未だ不思議な笑みを返す弟に、コムイは内心冷や汗をかきつつ、ぽつりと呟く。









 「……あーあ、ホント、似なくて良いところまで似ちゃったなぁ……」