【色々】世界でひとり、恋をしよう?【短編】

作者/ささめ ◆rOs2KSq2QU

Your voice


 何もない、乳白色で彩られた空間。
 それは、彼と彼とを結ぶ空間でもあり。彼らを主とする媒体たちの、仲睦まじく過ごせる空間でもあり。とにかく、彼ら……サイケデリックと津軽には、ここは自分達だけの素敵な場所であった。



 「…………」




 そんな空間の中心で――――――現在、折原臨也の生き写しのような姿形をしているサイケデリックは1人泣いていた。パソコンの中にしかいられないサイケが泣く、というのも変な話だが。しかしサイケは泣いていた。ぼろぼろと溢れる涙もそのままに、辛そうな表情で。しかし瞳はどこか遠くを見つめたままで、床と思われる空間に力無く座り込んでいる。
 そこへ、




 「サイケ?」



 と優しく名を呼ぶ者が現れた。津軽だ。平和島静雄の姿を象ったそれは、静雄とは違い、温厚な雰囲気を漂わせている。青色の着物を着崩し、口元には煙管という古風な出で立ちだ。
 名を呼ばれた瞬間、サイケはゆるりと首だけ振り返った。津軽は振り返ったその顔を見てぎょっとする。なにせ、大粒の涙がだくだくと頬を伝っているのだから。



 「さ……サイケ、どうした? ウイルスでも入ったかっ!? あ、静雄のところに行って……」
 「あ、ううん。違うよ津軽。これ、聞いてたから……」





 零す涙とは裏腹に、純粋で無垢な笑顔を津軽に向けるサイケ。その膝元には、たくさんの雫と一緒に、様々な色をしたCDが雑多に落ちていた。津軽はその涙と笑みに戸惑いつつも、その散らばっているCDの一枚を取り、そのラベルを見て――――――





 「……これ、って……」
 「うん、臨也くんの心の声だよ」




 ――――――悲しそうな、声をあげた。そんな津軽とは反対に、サイケは綺麗な微笑を称えている。無邪気なのか、理解していないのか。サイケは自身のヘッドホンのコードを指に絡めつつ、切なそうに語り始めた。




 「最近ね、臨也くんの心の声が不安定なんだよ。……たった1人の人物のせいでね?」
 「静雄、か?」
 「……うん」




 サイケが首を縦に振ると、2人は同時に1人の人間――――津軽にとっての主人、平和島静雄を思い浮かべた。池袋の喧嘩人形と呼ばれている彼のことだ。





 「臨也くんは静雄のこと、大嫌いなのに大好きだから。だから最近、嫌い嫌いって言うのに疲れ始めてて……心が、悲鳴をあげてるの。津軽は? 静雄の心の声、どうなの?」
 「……アイツもだ。前みたいに純粋な音が聞こえない。歌を歌う時も、何となく拳が効いてないし……それに、俺達を見ると苦しそうな顔してる」
 「そっか……静雄も、か……」



 そうして2人は、お互いに不安そうな表情になった。これは彼らの周囲の人間しか知らないことだが、静雄は臨也にひっそりとした恋心を抱いている。そして同様に臨也も、彼を恋しく想っているらしい。そのことで今2人共、心の痛みが限界に近づいているというのだ――――――




 「津軽、あのね」
 「何だ」
 「……この音ね、聞いてたらすっごく胸がぎゅうぎゅうなるんだ」





 分かる? とヘッドフォンを片方外して、津軽に手渡すサイケ。その表情は明るい。さっきまでの切なそうな表情とは嘘のようだ。津軽はそれを受け取ると、自身の耳に軽くあてがう。
 すると何かの音楽が、津軽の鼓膜を震わした。歌詞も無い、リズムもばらばらなメロディー。しかしそれは、悲しく、甘く、静かな痛みを発する――――――切ない旋律で。
 ヘッドフォンを外すと、津軽もサイケと同じように、悲愴感が漂う表情で呟いた。





 「……確かに、切ないな」
 「でしょ?」




 
 津軽の言葉に相槌をうつと、サイケはもう片方のヘッドフォンも外した。するとサイケの両耳には音楽が響かなくなり――――後には、静寂が残される。その静かな雰囲気を打ち消すかのように、「えいっ」と勢いをつけて、サイケは津軽の胸に飛び込んだ。しかし津軽は甘えたそうにしているサイケにも動じず、ただただ、先程の音を脳内で反復している。



 「どーしたのー? つーがーるー。あっそぼーよー」
 「……あぁ、うん」



 心ここにあらずというように考え込んでいる津軽に、サイケは無邪気な笑顔を向ける。その笑みに津軽は柔和な笑みを返した。……悲しそうに。そんな津軽の胸の中で、苦笑している津軽の真意を見透かしたのか、サイケは目を細めた。
 そして、静かに呟いた。





 「臨也くんも、静雄も、俺も、つがるも、みーんな……みーんな、仲良くできたら良いね。それで、臨也くんのこの声が、いつか幸せに響いたら良いなぁ。そしたら静雄の声も、きっと嬉しそうに響く」




 津軽はそんな幸せな未来の話を聞き、同じように柔和に微笑む。




 「……そうだな。いつか、そんな未来が来れば……きっと、きっとみんな幸せだ」
 「そうだよ! きっと、きっとみんな幸せだよっ」







 ――――――そうして2人は笑う。
 ――――――自分たちの主人である2人を想い。
 ――――――そんな風になれれば良いなと考えつつ。







 (ねぇ、2人の想いは彼らに届く?)