コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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小説カイコ【完結】
日時: 2015/03/14 20:11
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: RQnYSNUe)
参照: http://mb1.net4u.org/bbs/kakiko01/image/188png.html


                  ◇
   
       そうやって何も考えずにこの先も生きていくんですか。

                  ◇






 そのあと俺は、上野駅で柚木くんと杏ちゃんと別れた後に、京王高尾線、とかいう聞きなれない電車に乗り換えた。ガタンガタン、と電車は心地好いリズムを奏でながら都会の風景を颯爽と次から次へと車窓に映してゆく。澄み渡るようなどこまでも青色の空が、やけに新鮮だった。
 ちょっと寄るところがある……、わざわざそんな言い方をしたのは、なんとなく遠回しにして二人には知られたくなかったからだ。考え過ぎだと笑われるかもしれないけれど、楽しい雰囲気に水を差すようなことは言いたくなかった。


 単刀直入に言うと、これからお墓参りなのだ。拓哉の。


 拓哉の葬式が終わってから、今日でちょうど、三ヶ月めだった。そろそろ行くべき時期だと思ったし、今行かないと、たぶん一生行けないような気がした。三ヶ月も放って置いたのだ、きっと怒っているかもしれない。そう考えると、あいつの頬を膨らませて怒った顔が、ありありと思い描けて何だか笑えた。

 ガタン、

 電車が、また一際大きく揺れる。


 なんとなく窓の外をふり仰ぐと、太陽の光が眩しかった。車窓から差し込む昼の日差しに照らされて、これから自分にとって一大事というのに、不思議ととても落ち着いた気分だった。
 


 平成23年、高橋任史、十六歳の秋。



                     ■



—————————————————————————————————————————

変な題名の小説書いて運営様マジすんません。
四年間お世話になりました。小説カキコがあったから、とても楽しい時間をすごせました。


□登場人物および世界観 >>115

◆幽霊からのテガミ編
☆扉絵 >>368
>>1 >>15  >>21 >>24-25 >>35 >>41 >>43 >>46-48
>>51 >>57 >>59-60 >>63 >>65-67 >>70 >>72-73 
>>75 >>77 >>80

◆左廻り走路編
☆挿絵 >>117(びたみん様作)
>>82 >>86 >>90 >>97 >>102 >>106-107 >>111-112
>>114 >>116-117 >>119-122 >>125-126 >>130 >>138
>>140 >>144 >>146 >>149-150 >>152 >>154 
>>157 >>161-162 >>165-166

◆ふりだし編
☆挿絵 >>178
☆挿絵 >>215
☆挿絵 >>253
>>170 >>175 >>178 >>181-182 >>186-191 >>194 
>>196 >>198 >>201-203 >>213 >>216-217 >>219-221
>>224-225 >>228-229 >>236-238 >>242-243 >>248-249
>>252 >>254-256

◆昨日の消しゴム編
★扉絵 >>349
☆挿絵 >>278 >>289
☆挿絵 >>295
☆挿絵 >>319
☆挿絵 >>391
>>260-262 >>265 >>269-273 >>276-277 >>283 >>287-288
>>290-292 >>296 >>298-300 >>303-304 >>308-314 >>317-318
>>320-323 >>325-337 >>339 >>342 >>348 >>352
>>353-356 >>358-361
>>362 >>367 >>369-380
>>381-388 >>390 >>392-400
>>401-405 >>406-409 >>410-411
>>415-423
>>424-427 >>444-452

◆番外編
>>431-442 鈴木編『たまには帰ってきなさいよ』

◆作者あとがき >>453


◆コメントしてくださった皆様
レイコ様 sue様 生死騎士様 小悦様 (朱雀*@).゜.様 ユキナ様 苺香様 ゆうか。様 月読愛様 麻香様 桐乃@様 満月の瞳様 姫星様 風様 蛾様 ♪ぱんだ♪様 桃咲優梨様 p i a f l 様 のちこ様  菫ーsumireー様 柊様 夜兎__〆様 ひゅるり様 meta-☆様 北野様 由ぴな様 ハーマイお兄様 ブチ様 ヴェロキア様 ミルクチョコレート様 びたみん様 イカ様 アリ様 nunutyu様 暦得様 しょうや様 *ユキ*様 チョコちゃん。様 小豆様 aya様 王様サマ うえってぃ様 悠様 Lithics様 杏月様

誠にありがとうございました!

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Re: 小説カイコ 【参照8000突破】 ( No.375 )
日時: 2013/05/17 15:51
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: .wPT1L2r)
参照: 気合いで風邪に負けず大会出場わず(笑)



 山人たちにとっては珍しい、サユキと兄の二人は、人里からの客人として祭りの輪の真ん中に加えてもらえた。
 はじめて見る人々、はじめて嗅ぐ匂い、はじめて口にする食べ物や、飲み物。サユキは特に、同い年くらいの女の子から勧められて飲んだ、とても甘い味のする酒が気に入った。
 村では、山人は下賤で、貧相な人々であると大人たちから教わった。だから、近づいてはいけない、関わってはいけない、災厄の元となるから、と言われてきた。けれど、それがどうだろう。山人たちはみんながみんな、とても親しげで優しげに見えたし、持っている物や出される食べ物は、確かに一度も見たことが無いような不思議なものだらけだったけれど、自分の村よりもずっとずっと豊かに見えた。

 「サユキぃ、あなたの “ムラ” のことも聞かせてよ」
 甘酒をくれた、例の女の子が少し訛りのある言葉でサユキに話しかける。

 「うん、何が聞きたい?」
 心の内では、自分の村について引け目しか感じられなかった。冷たく、閉ざされた村の雰囲気。暗黙の内の上下関係や、ぎすぎすしたいがみ合いや憎み合い、いじめや派閥争い。それに、季節ごとにやってくる税の徴収に容赦ない官吏たち。山人たちの暮らしに比べたら、なんて惨めで、束縛された生活だろう。

 「そうだなぁ、」酒が回ってきたのか、陽気にその子は華奢で形の良い顎に、スイッと人差し指を添える。「じゃあ、サユキの好きな人のはなし!!」

 「ええっ!?」
 サユキが戸惑って声を上げるのと同時に、周りの聴衆がドッと笑いで沸く。酒の勢いも手伝って、ヒューヒューと面白おかしく口笛も鳴った。

 「そ、そんな、考えたこともないよぉ……」
 すっかり弱ってしまい、そんな返答しかできない。だって、本当に好きな人なんてできたことないし。
 
 「ええっ、それ本当ぅ〜?? あたしなんかいつも三、四人はいるよぉ」

 その言葉に反応して、他の女の子がガハハ、と笑い出した。
 「おい、それ本当かよ!」

 「なぁにさ、多くて悪いかね!」

 「いんや、少ないがよ、わたしゃあ、十人はいるさね!!」
 
 ふたたび、聴衆がドッと笑う。サユキもつられてお腹を抱えて大笑いした。ほんとうに、面白くて、楽しい人たちだ。

 「そっかぁ、みんな好きな人とかいるんだね。楽しそうでいいなぁ」
 村には、近い年頃の男の子も、女の子さえもいない。だから、こんなに楽しく、同い年のお友達とお喋りするのなんてはじめて。

 「だってサユキも、そろそろけっこーん! とかあるでしょう?? どうすんのよー」
 結婚、という言葉にみんながキャーキャーと沸いた。

 「どうするもなにも、それは親と、村の大人たちが決めることだし。大丈夫だよ」
 
 「え、」目の大きい、活発そうな子がびっくりして声を上げた。「親と大人たちが、決めんの? そんなに大事なことを?」
 「大事なことだから、でしょう?」

 へぇー、とみんなが声をそろえて驚いた。そんなに驚くようなことだっただろうか。
 「へぇ、やっぱり考え方が違うのかなぁ。私らとは。……でもさ、サユキの話を聞いてる限り、“ムラ” ってあんまり良さそうなところじゃないね」
 「こら、サユキにそんなこと言うんじゃないよ!」

 「ううん、」両手を振って大丈夫、と言う。「私もさっきから思ってた。私の育ったところ ——村はさ、けっこう息苦しい場所なのかもしれないなぁって。それに、こうやって同い年くらいのお友達とこんなに楽しくお喋りするのもはじめてなんだ。……だから、私、ここが好きよ。きっと私の兄もね、ここのこういう雰囲気が好きで、村の大人たちに秘密で今までこうやってここに通っていたんだと思う」

 「そっかぁ、そう言われるとなんだかあたしら嬉しいさね! ……なぁサユキ、いつでも息苦しくなったらさ、遠慮なく山においで。あたしらいつだって待ってるからさぁ」
 「ほんとう!? みんながいいのなら、私きっと毎日だってここに通ってしまう」


 「うん、“ムラ” の大人たちには見つからないようにくれぐれもね」

Re: 小説カイコ 【参照8000突破】 ( No.376 )
日時: 2013/05/17 15:58
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: .wPT1L2r)
参照: 気合いで風邪に負けず大会出場わず(笑)


 それから何度か季節が巡り、サユキはすっかり山のとりこになっていた。
 さすがに毎日通うことは、大人たちに勘付かれてしまうのでできなかった。月に一度か二度、彼らの目をくぐり抜けてそっと山へと出かける。
 あの日、はじめて山人たちと飲食を共にしたあのお祭りの日以来、一緒にお喋りした女の子たちとはとても仲良くなった。彼女たちの大半は、もうすでに子どもをもうけて、立派な母親になっている。
 当の私自身は、村で結婚の話は何度か持ち上がったが、その度にまだ早い、まだ早い、と言い訳をして逃げていた。
 だって、好きなひとは、ほかにいたから。



            ◇


 あのお祭りがあってから何週間か経ったあと、またあの兄と仲の良い山人がひょっこり現れた。前見た時と変わらず、色白な肌に、薄い灰色の髪に、淡い琥珀色の瞳。山の木々に紛れたような、茶渋色の着物を着ていた。

 「あ、山人さん!」
 小声で言ってしまってから、周囲を確認する。洗濯をしに川へいく途中だったけれど、周りには誰も居ないようだった。それから早足で山人のもとへと向かう。

 “ お久しぶりです。あれ以来暮らしに何かに変化はありませんでしたか?”
 変化、きっと山人たちと接触したことがばれて、村でひどい目に遭いはしなかったか、ということだろう。

 「大丈夫です。兄はそこらへんの誤魔化し方については誰にも負けませんから」
 笑いながらそう言う。今まで少し気の抜けた兄だ、と思っていたが、あの日以来、実は頭の冴える人物だったらしいことに気が付いた。主に、大人たちを上手く騙す点において。一見抜けているように見える性格は、閉鎖的な村に特有の、変な嫌疑を逃れるためだったのだ。

 “ そうですか、それは良かった ” 山人が柔らかに笑う。年齢は、兄と変わらないはずなのに、妙に落ち着いた感じのする笑い方。ちょっと言い方を変えれば、年の割におじいさんっぽい。

 「そうだ、兄に何か用があるんですよね、すぐ呼んで来ますよ」
 すぐに兄を呼ぼうと、踵を返したが、山人がちょっと待って、と手首を掴んだ。

 “ 今日はその、あなたに用が ”
 「私に?」 

 驚いて目が勝手に大きく開いてしまう。そして山人は小さく頷いた。 

 “ ええ、良かったら今夜、ホタルを見に行きませんか。きっと村では見たことは無いでしょう ”
 「ホタル……?」 ホタルって、なんだろう。見たことも、聞いたことさえも無い。

 “ 虫です。夜に光る。黄色とか、淡い緑色に光ります ”
 「夜に、光る?」ちょっと想像ができなかった。「光るって、こう、星みたいにってことですか」

 “ それともちょっと違いますね、まぁ見れば分かります。あなたのお兄さんも、見るまでは想像もつかなかったみたいですから ”
 
 「む、その言い方からすると、兄は見たことがあるのですね」
 とっさにズルい、と兄を恨んだ。

 “ ええ、僕が一昨年、彼をこの季節に山へ連れて行きましたから ”
 そう言って、悔しがる私の様子が可笑しいのか、山人はくすくすと笑った。


 「もー、兄様ばかりいつもずるい。お願いします、私も連れて行ってくださいませ、その、ホタルとやらを見に!」

Re: 小説カイコ 【参照8000突破】 ( No.377 )
日時: 2013/05/17 15:54
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: .wPT1L2r)
参照: 気合いで風邪に負けず大会出場わず(笑)



 日は沈んで。
 きっとこんなに心の浮かれる夕暮れ時ははじめて。

 約束した、村はずれの、川の上流。森がはじまるところに山人は待っていた。
 太陽が少しだけ頭を残して、地平線の向こうに沈んでしまった今は、ぼんやりと暗くて、周りがよく見えない。
 
 「ごめんなさい、なかなか時間がかかってしまって……待ちました?」
 “ だいじょうぶ、お気になさらず。じゃあ、さっそく行きますか ”

 あの日と同じだ、山人が笑って細い腕を差し出す。
 ああ、やっぱり恥ずかしい。それに、今日は兄も居ない。なぜか、最高に緊張しながら、その手に掴まる。前と同じだ、温かい。

 “ 今日行く道は—— ”  山人がそっと額にかかる髪を払った。“ この前よりも幾分か歩きにくいです。足元に気を付けて ”

 「は、はい」
 暗くて良かった。じゃなかったらきっと、顔が真っ赤に火照っているのがばれてしまうだろうから。
 
 山人と二人っきりの道は、とても静かだった。
 聞こえるのは、微かな川のせせらぎと、まだ鳴きはじめたばかりの、虫の音だけ。それと、山人が草木を掻き分ける音と、その後ろを付いて歩く私の足音。

 周囲はほんとうに暗くて、その分、繋いだ手の温もりだけが、確かで、心強くって、あたたかくって。
 ココロのどこかが、とてもくすぐったくって。もう、どうしていいか分かんなくなっちゃって。頭の中がいっぱいで。


 ああ、きっとこれが。
 あのお祭りの日、みんなが言っていた、人を好きになるってことなんだろうなって。

 
 “ ほら、もう着きましたよ ”
 そんなことで頭がいっぱいだったからか、いつの間にか私たち二人は、目的地へと着いていた。

 “ この藪の向こうにね、”
 山人が、空いている方の手で目の前の蔓の藪を指差した。
 “ 小さな泉があります。そのまわりでね、ホタルたちは光るんですよ。もう、光り出したかな。だいぶ暗くなったし ”

 がさり、と山人が藪を掻き分けて、小さく抜け道を作ってくれた。その小さな道を、身を屈めながら通る。
 藪を潜りぬけ終わって、屈めていた姿勢を戻すと同時に、視界が一気に開けた。

 どうやらここは、まわりをぐるりと藪に囲まれた、まるで秘密の部屋のみたいな場所のようで。
 足を着けて立ち上った地面は、少し湿っていて、不思議に光る苔が生えていて。
 
 小さな苔たちの淡い光につつまれて、中央には静かな水音を響かせる、小さな泉が沸いていて。
 その周りには、山人の言った通り、不思議な光の玉がふわりふわりといくつも飛び交っていて。


 「 —— わぁ、 すごい……」

 真っ暗な夜。その山の奥深く。
 まさか、こんな光に溢れた場所があるなんて。

 「あの、光の玉が、ほんとうに虫なんですか??」
 “ そうですよ、あの一つ一つが一匹一匹の虫です。彼らの命はとても短い。だから、ああやって綺麗に光って消えていく ”

 「へぇ……」
 あまりの綺麗さに、頭の中が真っ白だ。なにも考えられない。
 足元に広がる柔らかな苔の絨毯は、淡い緑色にひっそりと光っている。その上を、ホタルが、一つの光の玉となってふわふわと飛んでいる。
 そのうちの一つが、私の右肩にとまる。とまってからも、同じように、まるで息しているみたいにゆっくりとした間隔で、光っては消え、また光っては消える。

 “ 綺麗だ ”
 山人が、私の右肩を見ながらそう笑った。思わず笑い返すと、ホタルは揺れてびっくりしたのか、飛んで行ってしまった。

 「本当に、ありがとうございました。ここに連れてきてくれて。こんな素敵な場所に連れてきてくれて。」
 
 すると山人が、嬉しそうにくすくす笑った。
 “ この場所はね、山人のなかでも知っているのは僕だけなんですよ ”

 だからみんなには秘密ですよ、と山人は悪戯っぽく付け加えた。
 その前を、一匹のホタルが、すーっと光りながら飛んで行った。山人の、いつもよりずっと子供っぽく笑った顔がふと見えた。


 「ほんとうに、不思議な気分だ」
 そのホタルを見送りながら、山人に話しているのか、自分自身に話しかけているのか、いまいちはっきりしないまま呟いた。
 
 「あなたとここに来て、こんな不思議な風景を見て、ホタルを見ることは初めてなのに—— 」

 “ はじめてなのに? ”
  ホタルは、光るのを止めて、もっと遠くへ飛んで行ってしまった。それで、私は山人の方へと振り返った。

 「あなたとはじめて会った時から思っていたんです。すっごく昔、思い出せないくらい昔に、どこかで会ったことがある気がするなぁって」
 山人は無言だ。それでも、私は言葉を続ける。
 
 「変な話ですよね。どう考えても私はあなた方とは接点なんて無かったはずなのに。でも、ほんとうに不思議なんです。あなたと二人で、こんなふうにホタルを見に来ることを、私、ずっとずーっと前から願っていたような気がする。だからね、今、やっと長年の夢が叶ったなぁって、そんな気すらするんですよ。……可笑しいでしょう?」

 すると山人がゆるやかに首を振った。
 “ あなたが可笑しいのなら、僕もきっと可笑しいな。本当に不思議な話です。僕もあなたと同じことを思っていたし、今だってそう思う。サユキとこうやってホタルを見ることができる夜をね、サユキに出会う前から、あなたを知る前から、ずっとずっと待っていたんですから ”

 「私を知る前から、ですか?」

 “ ええ、いつからかな、だいぶ幼い頃からです。きっと前世でなにかあったのかな ”
 そう冗談を言って、山人はおかしそうに笑う。私も、笑う。


 それからしばらく二人とも無言で、不思議な光景を眺めた。
 どれくらい時が経ったころだろう。ふいに、山人が立ち上がった。

 “ そろそろお互い帰るべき時間かな。大丈夫、山の外れまでは送っていきます ”
 「うん……」

 正直、村になんか帰りたくなかった。こうして、このままいつまでも山人と一緒にいたい。
 
 「あ、そうだ!」
 そうだ、急に思い出した。山人の名前をまだ決めていない。

 「名前、名前です。私ったら、まだあなたのこと何て呼ぼうか決めてなかった」
 
 “ お、ついに決まったのですか。それは嬉しいな ”
 山人が嬉しそうに目を細めた。でも、まずい、そうは言ったものの、実は全然決まってない。どうしよう……

 「えーっと、じゃあ……」
 山人、やまびと、ヤマビト、ヤマヒト、ヤマト、ヤマ……


Re: 小説カイコ 【参照8000突破】 ( No.378 )
日時: 2013/05/17 15:55
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: .wPT1L2r)
参照: 気合いで風邪に負けず大会出場わず(笑)



 「ヤ、ヤマタ!!」
 
 思いつきで、そう叫んでから後悔した。山人がびっくりした顔のまま固まっている。

 “ ヤマタ、ですか ”
 「え、嫌でしたか。」
 “ いや、どうしてヤマタになったのかなぁって ”

 「だから……えーっと、山に住んでる男の人だから……山の太郎? って感じで山太郎、やまたろう、やまた、ヤマタ! みたいな感じで……」
 後から考えた説明しながら、すごく恥ずかしい。どうして私はこんなアホみたいな発想しかできないのだろう。

 すると山人はぶっ、と大笑いした。今まで笑うのを堪えていたのか、随分な大爆笑だ。
 “ ちょっと、それって、あまりにもほら……安直じゃあありません? ”

 「む、」確かに自分でも安直だなって思ったけれど!
 「だって!そんな思いつきませんもの! それに感じたままに呼べと仰ったのはあなたですよ!! 」

 “ あはは、ごめんなさいごめんなさいね…… だけどあまりにも、面白かったのでつい ”
 「もう、怒りました! 私カンカンですから!」

 “ まぁまぁ、謝っているじゃないですか……あははは ”
 「ほらまた笑ってる!! 」

 怒る私をなだめながら、それでもそんなに可笑しかったのか、ヤマタはずっと笑っていた。
 







                       ◇


 そんな日々は、夢のようにあっと言う間に過ぎていって。
 そう、夢のような日々は、ほんとうに夢だったのかもしれない。

 しょせんは、時代の渦に壊されてしまった、儚いゆめだったのだから。


                       ◇







 ふと、サユキは目を覚ます。ああ、ここは、さっきと変わらない荒れた河原。
 飢えた死体が累々と積み重なる、呪われた死の河原。

 さっきまで降っていた、雨は上がっていた。
 雨上がりの、ぱっとしない湿ったお天道様が、私を見て嘲り笑っている。
 そりゃあそうだろう、私の回りには腐臭と死体ばかり。私の着ているものも、持っているものも、全部ぜんぶここの死体たちから剥ぎ取ったものなんだから。
 若い女の人の死体から、髪の毛までも引っこ抜いて、かつらにして売っているくらい、私は惨めで飢えているんだから。

 「はぁ……」
 今まで夢で見ていた、幸せだった過去とは大違いだ。
 もう、あれからどれくらい経ったのだろう。随分な年月が経った気がする。最近じゃあ、あれが本当に私が体験したことなのか、それすらも疑わしくなってきたくらいだ。

 ここ数年、ずっと続いた日照りや地震、洪水、その他もろもろの天災に、加えて人災。
 飢饉はあっという間にそこかしこに広がって、同時に疫病もはやりだして。
 私のいた村はすぐに貧困村へと変貌してしまった。それでも、官吏たちは税を出せ、米を出せ、と私たちから容赦なく搾取して。
 山人たちの暮らしも苦しかった。なのに、村の大人たちは自分のことが一番大事なのだろう、彼らの子供を無理にさらっては、返してやる代わりに食糧を出せ、と脅しだした。
 そんな蛮行に反対して、山人たちの味方をした兄は、狂った村の大人たちに殺されてしまった。私もその妹として、酷い目にあわされた。今でも、その時の事を思い出すと吐き気がする。思い出したくない。 
 両親たちは、どうなったのか、分からない。けれどまぁ、生きてはいないだろう。
 そして、私と兄を、助けに来たヤマタやその仲間たちも、やっぱり殺されてしまった。ヤマタを見た大人たちは、彼の見た目のせいだろう、灰髪や猫みたいな薄色の瞳を指して、鬼人が村に災厄をもたらしに来た、と大騒ぎした。
 そう、山人たちは、あまりにも平和的だったのだ。まるで身を守ることなど知らなかったのだから。
 

 そして。

 村娘だったサユキは、今はもう、死体剥ぎの汚いサユキだ。
 私が恋した山人のヤマタも、とっくの昔にもう、跡形も無くこの世から消え去ってしまった。

 「ああ、きっと死んだ方がマシだな」
 そう天に向かって呟いてみる。当然、答えは無い。
 どうして私はこうまでして惨めな命を繋いでいるのか。答えは簡単。ヤマタがそう約束させたから。たとえ何があっても、私が生きてさえいれば、ヤマタは私を迎えにくると言った。

 だから、私待っていたんだよ。
 こんなセカイから、救ってくれるって信じて。またあなたと笑えると信じて。

 「さみしいよ……」
 いつまで待っていればいいの? あなたはとっくに殺されてしまったというのに。
 待っていれば、ほんとうに迎えに来てくれるの? たとえあなたが死んでしまっていても。


 ああ、さみしいよ。
 さみしい、さみしいよ。

 枯れ果てたと思っていた涙が、ふいに零れ落ちた。
 潤んだ視界が、ぼんやりと河原の光景を隠した。乾いた頬に、涙の感覚がつたった。


 あなたがいなくて、こんなにも、わたしは、さみしいのに。
 どうして、生きているんだろう。

 

Re: 小説カイコ 【参照8000突破】 ( No.379 )
日時: 2013/05/17 15:56
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: .wPT1L2r)
参照: 気合いで風邪に負けず大会出場わず(笑)


 そうして、一人の死体剥ぎの女が、腐った河原で、ああ死んでしまいたいと、生への疑問を投げかけているのと同じころ。
 街では、一人の傀儡の売春婦が、艶やかな着物を身にまといながら、ああ死にたくないと、生への未練を泣きながら叫んでいた。

 「あたい、死にたかないよぉ……」
 女の名は、ハジキ。傀儡女クグツメで、日頃から色を売って生計を立てていた。

 「鬼の親なんかに、なりたかないよぉ……」
 
 急に明確になりだした、死への恐怖に、往来も気にせずハジキは泣き出した。誰だってそうだろう。ハジキはまだ若い。死ぬには若すぎる。
 それが、なんと運の悪いことか。鬼子を身籠ってしまうなんて。

 「誰か、だれかぁ……あたいを助けておくれよぉ……」
 遊女や傀儡女には、ひそかに恐れられている噂があった。鬼子の噂だ。

 彼女ら、嫌でも生活のために体を売っている。そのため、子ができてしまえば、おろすしかない。
 そしてそれを繰り返していくうちに、故意におろされた赤子たちの霊が、悪鬼となって、彼女たちの腹に宿ってしまうという。それを、人は鬼子と呼ぶ。
 鬼子には、どんな子流しの毒も効かない。そして、鬼子は生まれると同時に、その母親の命をも喰ってしまう。すなわち、それは彼女たちの死を意味する。
 そしてハジキは、その鬼子を身籠ってしまったらしいのだ。 


 聞いたところ、鬼子はやはり、普通の子とは全く違うらしい。

 はじめに、産声を上げない。しかし、生きている。
 そして、肌が赤子らしくない、白色をしているらしい。驚くぐらいに色白なのだ。
 そして、髪は生まれた時からもうだいぶ生えていて、老人のような灰色の髪らしい。瞳は、大きくて、黄色から琥珀色まで様々だが、総じて、とても薄い色をしていて、猫の目のようだという。

 「いやだぁ……」
 往来の人々は、ハジキの泣き声を気にも留めない。
 頭の可笑しい傀儡が、また一人、不気味に一人芝居をしているだけだと通り過ぎる。


 可哀想に、拭ってやるもおろか、その涙に、気付く者さえいない。



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