コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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小説カイコ【完結】
日時: 2015/03/14 20:11
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: RQnYSNUe)
参照: http://mb1.net4u.org/bbs/kakiko01/image/188png.html


                  ◇
   
       そうやって何も考えずにこの先も生きていくんですか。

                  ◇






 そのあと俺は、上野駅で柚木くんと杏ちゃんと別れた後に、京王高尾線、とかいう聞きなれない電車に乗り換えた。ガタンガタン、と電車は心地好いリズムを奏でながら都会の風景を颯爽と次から次へと車窓に映してゆく。澄み渡るようなどこまでも青色の空が、やけに新鮮だった。
 ちょっと寄るところがある……、わざわざそんな言い方をしたのは、なんとなく遠回しにして二人には知られたくなかったからだ。考え過ぎだと笑われるかもしれないけれど、楽しい雰囲気に水を差すようなことは言いたくなかった。


 単刀直入に言うと、これからお墓参りなのだ。拓哉の。


 拓哉の葬式が終わってから、今日でちょうど、三ヶ月めだった。そろそろ行くべき時期だと思ったし、今行かないと、たぶん一生行けないような気がした。三ヶ月も放って置いたのだ、きっと怒っているかもしれない。そう考えると、あいつの頬を膨らませて怒った顔が、ありありと思い描けて何だか笑えた。

 ガタン、

 電車が、また一際大きく揺れる。


 なんとなく窓の外をふり仰ぐと、太陽の光が眩しかった。車窓から差し込む昼の日差しに照らされて、これから自分にとって一大事というのに、不思議ととても落ち着いた気分だった。
 


 平成23年、高橋任史、十六歳の秋。



                     ■



—————————————————————————————————————————

変な題名の小説書いて運営様マジすんません。
四年間お世話になりました。小説カキコがあったから、とても楽しい時間をすごせました。


□登場人物および世界観 >>115

◆幽霊からのテガミ編
☆扉絵 >>368
>>1 >>15  >>21 >>24-25 >>35 >>41 >>43 >>46-48
>>51 >>57 >>59-60 >>63 >>65-67 >>70 >>72-73 
>>75 >>77 >>80

◆左廻り走路編
☆挿絵 >>117(びたみん様作)
>>82 >>86 >>90 >>97 >>102 >>106-107 >>111-112
>>114 >>116-117 >>119-122 >>125-126 >>130 >>138
>>140 >>144 >>146 >>149-150 >>152 >>154 
>>157 >>161-162 >>165-166

◆ふりだし編
☆挿絵 >>178
☆挿絵 >>215
☆挿絵 >>253
>>170 >>175 >>178 >>181-182 >>186-191 >>194 
>>196 >>198 >>201-203 >>213 >>216-217 >>219-221
>>224-225 >>228-229 >>236-238 >>242-243 >>248-249
>>252 >>254-256

◆昨日の消しゴム編
★扉絵 >>349
☆挿絵 >>278 >>289
☆挿絵 >>295
☆挿絵 >>319
☆挿絵 >>391
>>260-262 >>265 >>269-273 >>276-277 >>283 >>287-288
>>290-292 >>296 >>298-300 >>303-304 >>308-314 >>317-318
>>320-323 >>325-337 >>339 >>342 >>348 >>352
>>353-356 >>358-361
>>362 >>367 >>369-380
>>381-388 >>390 >>392-400
>>401-405 >>406-409 >>410-411
>>415-423
>>424-427 >>444-452

◆番外編
>>431-442 鈴木編『たまには帰ってきなさいよ』

◆作者あとがき >>453


◆コメントしてくださった皆様
レイコ様 sue様 生死騎士様 小悦様 (朱雀*@).゜.様 ユキナ様 苺香様 ゆうか。様 月読愛様 麻香様 桐乃@様 満月の瞳様 姫星様 風様 蛾様 ♪ぱんだ♪様 桃咲優梨様 p i a f l 様 のちこ様  菫ーsumireー様 柊様 夜兎__〆様 ひゅるり様 meta-☆様 北野様 由ぴな様 ハーマイお兄様 ブチ様 ヴェロキア様 ミルクチョコレート様 びたみん様 イカ様 アリ様 nunutyu様 暦得様 しょうや様 *ユキ*様 チョコちゃん。様 小豆様 aya様 王様サマ うえってぃ様 悠様 Lithics様 杏月様

誠にありがとうございました!

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Re: 小説カイコ ( No.223 )
日時: 2012/02/09 21:33
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: krVR01Sc)

どうもですー(^ω^)
だ、大丈夫ですっ、眠ってます。

切ないっすか、そう言ってもらえると嬉しい限りでございます(´∀)!

Re: 小説カイコ ( No.224 )
日時: 2012/02/12 02:44
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: krVR01Sc)

         
            ◇

「カイ?カーイ?」

いつもの夕暮れの日。僕とハツはいつも通りに仕事を終えて、カイの家に遊びに来ていた。ハツは、何日か前から一緒に来るようになったが、すぐにカイとも仲良しになった。
が、いくらカイの名前を呼んでも答える声がしない。

「どうしたのかな、どこかに出かけちゃったのかなぁ。」ハツが諦め加減な口調で言った。
「そんな……おーい、カイ!!」
すると裏の横戸がガタンと開く音がした。夕日に照らされた細身の影は、カイの母親だった。
それから僕たちの姿を見つけると明らかに迷惑そうに眉根を寄せた。
「ごめんねぇ、カイは風邪引いちゃってね。だから君たちとは遊べないから。」
「風邪?」ハツが心配そうに言った。

するとカイの母親は無言で頷くと、ピシャリと戸を閉めてしまった。
それが、もう帰れという意味なんだと思った僕らは、その日はおとなしく退散することにした。

                ◇

それから何日も雨が降り続いた。
大雨は、村境の川を荒れさせた。稲が駄目になってしまわないかと皆心配している。蚕の方もあまり雨が降り続くと育ちに悪いらしい。お婆が手を揉みながら言っていた。
けれど、僕はカイに会いたくて会いたくて、稲のことも蚕のこともあまり頭になかった。
会いたい、ただそれだけだった。

                ◇

数日が過ぎ、雨雲が流れた。
川は相変わらずに荒れていたけれど、会いたくてしょうがない僕は止めるハツを無視して神蟲村まで駆けて行った。水の様子がひどいので、今日は仕事ができない。だから早い時間からカイに会いに行くことができた。
果たして、カイは庭に居た。
僕が声を掛けると、嬉しそうにこちらへ走ってきた。

「久しぶり、すっごく会いたかった。」お土産のナナカマドの実をあげると、カイは目を丸くして喜んでくれた。
「風邪は?良くなったの?」
するとカイは、声を出さずに首を振った。それから、苦笑いをして自分の喉を指差し、また首を振った。どうやら風邪で声がうまく出ないらしい。
「そっか、声出ないんだね。」
そういうと、カイは笑顔になって頷いた。僕もカイの言いたいことが分かったことが、なんだかとても嬉しくて一緒に笑った。



                ◇

その次の日。カイは外に出てこなかった。
この前みたいにしつこく名前を呼ぶことはしなかった。きっと風邪が悪くなって寝ているんだろうと思った。だから、起こしてしまうのは何だか悪いような気がした。


けれど、その次の日も、そのまた次の日もカイは外には出てこない。
数日後ついに、カイの母親がまたもや迷惑そうな表情を浮かべながら表に出てきた。

「カイは疫にかかっちゃったから。しばらく来ないでちょうだい。」
そう、手短に呟いて、もうお帰りなさいと僕を乱暴に追い出してしまった。

                ◇

「……疫、か。」
家に帰ってからハツに事の一部始終を話した。

「どうしよう。もう会えないのかな。」弱気になって呟くと、ハツが僕の手をがっしりと握った。
「会えるよ、絶対に!」それは、僕に対して言っているのかそれとも自分自身に言っているのか、よく分からない言い方だった。「そうだ、町のお薬屋さんまで行ってみようよ、町の先生なら疫に効くお薬も持ってるはずだから!」

「……そうだね。」

でもね、ハツ。
僕らにはお薬を買うお金なんて無いんだよ。


                ◇


「お薬を売ってもらえませんか、僕たちにできることなら何でもしますから!」

すると、薬屋の老人は低い声で唸った。「……お主らが思っているほど、薬味は安いものではないわ。」
「お願いです、何でもしますから。」ハツが重ねて頭を下げた。
すると、老人はふと何かを思いついたらしく口調を速めた。「どこの村から来た?」
「瓜谷です。」
「ほほう、瓜谷か。よいよい、売ってやろう。」老人がケタケタと笑った。

「本当にいいんですか!?」
「ああ、瓜谷の蚕を十匹でどうだ。瓜谷のはよく太っていて良いと聞いたぞ。あれはいい薬味になるからな。」

「え…蚕を…?」ふらふらと、眩暈がした。
「おうよ、待っているぞ。もちろん品定めはさせてもらうがの。」そう老人は呟くと、店の奥に足を引きずりながら帰って行ってしまった。

                 ◇



「それでね高橋。僕らは村の蚕を勝手に持ち出しちゃったの。」話が終わって、太一が一呼吸置いた。
「そうなんだ…」
「うん。バレるのも時間の問題だろうね。それにね、町に出かけることも本当はいけない事だったの。」
「え、何で?出かけるだけなのに?」

「うん。」ハツが頷いた。「最近疫が流行ってるでしょ?疫が流行りだしたら村を出るなって、昔からの決まりでね。町にいくと疫神が付いてきちゃうからって。でもちゃんと蟲神様が疫神から村を守っていてくれるけど、念のためにね。」
「……大変だったね。」この幼い二人が、どれほど罪の意識に悩んだんだろうと思うと、同情しかできなかった。
すると、存外に太一は驚いた顔をした。「高橋は、責めないんだね。」




それから家に着くと、夜が刻々と更けていき、すぐに寝る時間になった。薄い、ボロの布団を二人は丁寧に綺麗に敷いた。その中に潜り込んでしばらくすると、数分もせずに二人分の穏やかな寝息が聞こえてきた。よほど疲れていたらしい。……あんなに歩いて更に大泣きしたんだもんな、疲れてて当然か。

それから、俺もすぐに眠った。


               ◇

「任史くん、任史くん起きて。」
眠りに就いてからどれほど時間がたったのだろう?誰かが耳元で俺の名前を呼ぶ声がした。
まぶたを開けると、真っ暗で何も見えない。ふいに、また声がした。
「任史くん、ここ。隣だよ、真横だよ。」
「へ?」何が何だかわからない。手探りで、空を掻いていると、何か柔らかいものに当たった。なんじゃこりゃ。

「…?」
「随分と寝ぼけてるね。僕だよ、土我だよ。」確かに妙に落ち着きのある、この深い声は土我さんのものだった。「まぁなんでもいいからこれ食べて。」
そう言うと、半ば無理やりに土我さんは俺の口に饅頭っぽいものを突っ込んできた。……あ、これひよ子だ(笑) しばらくモグモグやっていると、土我さんがくすくす笑う声がした。

「ななななな何なんですか!? 急にひよ子なんて、」…やっと口が自由になった。
「うし、帰るよ。」そう言うと土我さんは俺の手をぐいっと引っ張って俺を立たせた。「今、任史君が食べたのは確かにひよ子。2011年のひよ子だよ。……まったくここまで探し当てるの大変だったな。まぁひとまず発見できて安心安心。」

その時、気が付いた。どうしてこんなに騒いでいるのに、太一とハツは起きないのだろう?

すると土我さんが口を開いた。「もうこの二人には君は見えてないよ。もちろん僕のことは最初っから見えてないけど。さっき2011年のひよ子食べたでしょ?あの瞬間から任史くんの渦は2011年の渦にちゃあんと乗っかったから。だから弘化二年の渦で生きてるこの二人には僕らは見えない。……うーん、見えないってのはちょっと違うなぁ。もう僕らは弘化二年のこの世界には存在してないってこと。うん、そういうこと。」

呆気に取られて話の内容がよく分かっていない俺を、土我さんはまぁ後でゆっくり勉強会ね、とか言いながら家の外に出した。家の外の地面には、うっすらと月明かりに照らされて、壁部屋が掘ってあった。その中に、一歩踏み込む。
「さて、おうちに帰りますか。」楽しくもないのに土我さんは愉快そうに笑った。

Re: 小説カイコ ( No.225 )
日時: 2012/02/14 00:05
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: uY/SLz6f)
参照: 明日から部旅行♪コスプレしてハレ晴レユカイ踊ってきます(爆

ふと気が付けば、俺は元の世界のあの暗い神社の本殿に座っていた。隣では土我さんが何の曲だかわからないが、明るい鼻歌を歌っていた。

「そろそろ目が覚めたかな、任史君。僕たちちゃんと元の世界に帰れたよ。」
「……ええ。毎度毎度本当にすいません。俺、迷惑かけてばっかで。」今まであったこと、あの弘化二年の世界で感じたこと、太一たちのこと、それが全て嘘のような夢のような気さえした。今、自分がここに居る事さえ嘘の夢の続きみたいに思えてくる。「俺、多分カイコに会いました。太一って名前だった。」

「そっか。」土我さんはよいしょ、と言いながら俺の隣に座った。「どうだった?けっこう可愛いかったでしょ。」
「思ったより幼かったです。その割にはとてもしっかりしてて。でも、」そこでふと、気にかかっていたことを口にした。「でも、なんで太一もハツも蚕になっちゃってるんですか?昔、カイコが俺にそれは契約だとか言ってたんですけど……許してもらうまでの契約だって。でも、あの二人がそんなに悪いことしたようには思えないんです。確かに村の蚕を勝手に持ち出したとか言っていましたけど。それってそんなに悪いことなんですか?虫の姿に変えられてれて、無駄に長生きさせられるほど悪いことなんですか?」

すると土我さんはああ、と溜息に似た深い憂悶を含んだ声を出した。
「……あんまり人の過去を言うのは好みじゃあないんだけどね。うん、確かにそんなちっぽけな罪が今カイコたちの背負ってる罰と釣り合うとは思わないよ。そっか、じゃあ任史君はまだ事の全てを見ていないんだね。カイコはね、」土我さんは小さく息を吐いた。「人を、殺してしまったんだ。」

「え……?」発せられた言葉が、信じられなかった。「殺した?人を?」
「うん。間接的ではあるけれど。それに一人じゃない。沢山だ。」それから土我さんは一気に口調を速めた。「あの二人は蚕を盗んだ。僕、あんまり詳しくないんだけど蚕ってかなりデリケートな虫らしくてね、蚕を飼う蚕籠の中は常に清潔にしておかなきゃいけないんだって。正直な働き者に過ぎないあの二人は毎日野山や田畑でへとへとになるまで仕事していたから、当然ながら手が綺麗であるわけがない。そのおかげで、瓜谷村の蚕は籠まるまる一つ分全滅しちゃったらしいんだ。
 そして。あの時、町では疫が流行っていた。より町寄りの神蟲村ではもう感染者も多数出ていたしね。太一たちは町まで薬を買いに行っただろ、その翌日にさっそくハツの方が具合を悪くしてしまってね。数日と持たずに死んでしまった。
 あとは分かるよね、一人疫になれば十人疫になる。十人疫になれば百人疫になる。そして最初に疫にかかっていったのはハツの仕事仲間、すなわち蚕の世話女たちだった。世話人が居なくなれば蚕も育たないし、最悪死んでしまう。蚕で生計を立てていた瓜谷村はあっという間に貧乏村になってしまう。お金が無ければ薬も買えないし医者も呼べない。病人は死ぬより他に無かった。」

「……それで、瓜谷の人たちは死んじゃったんですか、カイコのせいで?」
「そういうことに、なるね。」なんだか背筋が寒かった。「病気が流行ったら昔の人は何をするか。……ちょっと嫌な話が続くよ?そうだね、昔の人は神様が怒ったと思って人柱を立てる。すなわち生贄だね。誰が生贄になるか、そりゃ死んでもいいと思われている人に決まってるよね。どんな人が死んでもいいと思われるかっていうと、そう、村をめちゃくちゃにした人だよね。太一は人柱にされた。それも自分から進んでね。多分罪の意識に耐えられなくなった太一の、彼なりの償い方だったんじゃないかな。
 罪の大きさはね、客観的な事実で決まるものじゃない。あくまで罪人彼自身の後悔の深さと、自己否定から成る果てしない懺悔の大きさで決まるものなんだ。ほら、同じ犯罪をしても刑罰は同じだけど、その罪の意識の大きさは個人個人で違うでしょ?うーん、例えば、万引きしてもけろっとしている人も居れば、なんでこんなことしてしまったんだろうって自分を責め続ける人もいるようにね。」

カイコにそんな過去があったなんて思ってもみなかった。あの、ただただ友達思いで無邪気な普通の子にすぎない太一とハツが、そんな惨い死に方をしたなんて。未だにそんな不幸な運命を背負っているなんて。

「しかし人柱の甲斐もなく、疫は村人を蝕んでいく。それに続いてその年はうだるような日照りが続いてね、稲も育たなかったんだ。食べる物も無い、金になる蚕も無い。太一たちが村の禁を破ったから神様が本気で怒った。……そう考えた村人たちは村を捨て、町に奉公に出かけた。今まで信念深く神様を信じて、神を拝んでいた村人たちは一人も居なくなってしまった。信仰者を持たない神はもはや神として存在できない。もともと、神様なんて居ないのだから。
 少し話がズレるけど、神様っていうのは人間がその存在を信じるから存在できるものなんだ。そう、神様なんてあくまで形而上の存在でしかない。僕たちが神様だと思っているものの本当の正体はね、人間の完璧なものを求める心や、理解できない自然現象の擬人化として人が形而上に創造したものにすぎないんだよ。……でも、信念の根源である人間は生きているから、その信念で成り立っている神様も生きている。
 あはは、随分脱線しちゃったなぁ。それで、僕が言いたかったのは信仰者がいなくなった瓜谷村の神様、すなわち蟲神様は弘化二年に死んでしまったってこと。太一が殺したんだ。
 村を守っていた神様が死んだらその村は当然だけど悪鬼や餓鬼にはすごく住み心地のいい場所になる。……話は戻るけど、実を言うとあの変な青服のおっさんは僕の昔からの知り合いでね、人喰い鬼なんだ。蟲神の生きていた頃は蟲神の結界を破れなくて村境の川に住んでいたらしいけど。
 まぁだから自慢じゃないけど僕も人外だから、神様の居ない土地はすごく住み心地がいい。今月は神無月だからね、一年で少しだけの安息月、ってところ(笑)
 うん、こんなんで説明は十分かな。まだ分からないところある?」

「えっと……」俺のあまり出来の良くない脳ミソは考えることを完全に止めてしまったようだ。「分からないところが、分からないです…。」
「ああ、うん。いきなり意味不明な話だったもんね。まぁしょうがないよ。」そう言った土我さんの表情は、笑っていたけれどどこか寂しげだった。

Re: 小説カイコ ( No.227 )
日時: 2012/02/18 14:16
名前: nunutyu (ID: blFCHlg4)

深イイ感じになってきてるぅ!!!!カイコあなどれんwwwww
更新おつかれです!!!!睡眠よくとって下され(^v^)



            …遺言と…な…!?

Re: 小説カイコ ( No.228 )
日時: 2012/02/19 00:13
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: krVR01Sc)

土我さんの横顔を見ながら、ふと思ったことがった。
「土我さんは…なんかその、そういう事情があるんですよね。カイコみたいな」
返事はなかった。そのかわり外を向いたまま、無言で俺の右手をとって何かを握らせてきた。ビー玉サイズの、少しずっしりとした重量のある石だった。表面はツヤツヤとしていて、ひんやりと冷たかった。暗くてよく分からないが、よく目を凝らして見ると綺麗な淡い桃色をしていた。
俺にそうしてきたことの意味がよく分からなくて、何だか過ぎた質問をしてしまって申し訳ない気持ちになってきた。

「すいません。何か俺、変なこと聞いちゃって。生意気でした。」
「ううん。」土我さんは遠くを眺めたまま答えた。「ただね、言葉にするとそれが本当になっちゃう気がして嫌なんだ。……そうだな、前に僕が話した人のことは覚えてる?」
「え、ええ。」

すると土我さんは優しい、でもどこか寂しさのある笑顔になった。
「そっか。じゃあその石、任史君にあげる。けっこう綺麗でしょ?好きな女の子にでもあげてよ。僕にはもう必要の無いものだから。」言いながら、よいしょ、と立ち上った。「そうだ、あの青服はさっき僕が随分やっつけといたから、しばらくは大人しいはず。だからしばらくは安心していいと思う。そうだな……あと達矢にはまだまだだな、って言っといて。それからカイコと仲良くしてあげてね。カイコ、そろそろ人に戻れると思うから。そしたらカイコにさ、ひよ子おいしいからおススメだよって言っといて。」

静かな口調でそう言い終わると、コートのボタンを一つずつゆっくりと締め始めた。古い物らしいそのコートからは、懐かしいような安心するような、そんな不思議な匂いがした。
「なんか……遺言みたいになってきましたけど(笑)」冗談めかして言うつもりだったのに、言ってる途中から本当にそうなんじゃないかという変な錯覚がよぎった。本殿の反対側の庭から差す月明かりの逆光が、やけに眩しい。

「あはは、遺言かぁ。」土我さんは無邪気に明るく笑った。「じゃあね、僕ちょっと用事が沢山で忙しいから。」

そう言うと靴を履いて神社の庭に降り、スタスタと足早に歩いて行ってしまった。背中を見送っていると、数メートル歩いたところで突然、まるで暗闇に吸い込まれるようにスッと土我さんの後ろ姿が消えた。



            ◇


朝。
目が覚めると、いつもは僕より早く起きているハツが珍しく隣でまだ寝ていた。

「……ハツ? あれ、居る、よねぇ……。」
何だか変な気分だ。ハツはちゃんと隣にいる。なのに、なのに誰かが居ないような気がするのだ。昨晩までは居たはずの、誰かが居ないような。
眠い目をこすって周りを見ると、不思議なことに僕とハツのお布団以外に普段は使わない布団が一枚出ていた。変に思って触ってみたけれど、中には何もなかった。しばらく部屋の中を見回してみたが、それ以外にいつもと変わったところは見られなかった。戸の隙間から差し込んでくる、細くて黄色い朝日がキラキラと眩しい。

最初から二人きりのはずなのに、なぜかその朝見た家の中は、やけにガランとしていて寂しかった。

まだ寝ているハツを置いて、僕はカイに薬を届けるべく仕度を始めた。顔を洗って、水瓶から一杯すくって飲んだ。冷たい水が、喉を気持ちよく滑り落ちていく。




カイの家に着いて、いつも通りにカイの名前を呼んでみたが、出てきたのはいつも通りに不機嫌そうにやつれた顔のカイのお母さんだった。

「あの……これ、カイに。お見舞いです。昨日、僕とハツとで町まで行って……え?」

突然に、カイのお母さんは僕の目の前で崩れるように倒れた。あんまりにも急で少し驚いて飛び退いてしまった。それから、よく見るとカイのお母さんは下を俯いたまま、枯れた喉を絞るような声で泣いていた。

「ど、どうしたんですか?あれ、僕変なこと言っちゃったかな……」
いつもむすっとしているだけのこの人が、急に泣き出すとびっくりと言うか、ちょっと引く。
どうしたものかと途方に暮れていると、嗚咽の中から途切れ途切れに言葉を紡ぐ声が聞こえた。

「カイは、」言いながら、カイのお母さんはゆっくりと立ち上がった。少しずつ平静を取り戻しているらしく、もうまぁまぁ聞ける声になっている。
一呼吸置いて、ゆっくりと喋り出した。



「一昨日の晩、死にました。」






「……え?」

—————— 時間が、止まったみたいだった。



                  ◇

嘘だ。ウソだ。ウソに決まってる。
きっとしつこい僕を追い出したくて、そんな嘘をついたのだ。

堪えきれなくなって、大嘘を付くカイのお母さんをそのままに、僕は息の続く限り走り続けた。
何回か木の根で転んで足を擦りむいた。真っ赤な血が出た。痛かったけど痛くなかった。
途中、何か言いたげなお婆と出くわしたが、気にせず相手にしなかった。

息を切らしながら家に帰ると、もう昼だというのにまだハツは寝ていた。
「どうしたんだよハツ、もう昼だよ。」動揺を隠すように普通の声で言った。けれど存外に冷たい声が出てしまって、自分でもドキリとした。

ハツは返事をしない。相当ぐっすり眠ってしまっているのかと思って顔を覗き込むと、ハツは苦しそうな息をしていた。

「ハツ…?」
夏はもうとっくに過ぎたというのに、ハツの額は大粒の汗をかいていた。
よくハツの口元を見ると、声にならない声で必死になにか訴えていた。



みず、

みず、みず、

みず、が、のみたい


「水だね?! わかった今持ってくるから!」





それから、水をいっぱいに持ってきたけれど、ハツは水を飲むことができませんでした。
僕は諦めずに何度も何度もハツの口元へ水を運び、ハツも諦めずに何度も水を飲もうとするのですが、けれどそのたびに激しくむせ返って、結局一口もまともに飲めないのでした。

次の日の夜、ハツは水、水と言いながら死んでゆきました。


                ◇



カイもハツも一度に失った僕は、もう、生きる意味が分からなくなってしまいました。

———————— 何度、神様に祈ったのだろうか。
こんなに祈っているのに、こんなに苦しんでいるのに、こんなに悲しいのに。
どうして神様は助けてくれないのでしょうか。
僕は、神様に嫌われた子なのでしょうか。


けれど、きっと神様なんて本当は居ないのです。

昔、母親の居ないことを恨めしく思ったことがありました。
母親の居る、幸せそうな弥助をとても羨ましく思ったことがありました。
だって、悪いことをしても、悲しいことがあっても、お母さんは、全てを受け止めてくれる人みたいだったから。
なのに、僕にはその人が居ないから。

お母さんの居ない悲しみを、ハツと分け合うことしかできなかったから。
だからせめて、その代わりとは言わないけれど、神様にだけは愛されていたかった。

僕の罪を受け止めて、僕の悲しみを受け止めてくれて、僕のいいところも悪いところも、全部ぜんぶ受け止めてくれる。
そんな、母親のような存在は、神様にさえ認めてもらえない僕には、きっと最初っから手に入らないものだったのです。


なら、せめて、
もし、それで僕の罪が少しでも赦されるのなら、



「人柱は僕がやります。蚕を盗んだのも、村に疫を持ち込んだのも僕です。」


村の会議で、突然手を挙げてそう言い放った僕を見る、弥助やお婆、他のみんなのあの時の表情が、今でも忘れられません。


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