コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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小説カイコ【完結】
日時: 2015/03/14 20:11
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: RQnYSNUe)
参照: http://mb1.net4u.org/bbs/kakiko01/image/188png.html


                  ◇
   
       そうやって何も考えずにこの先も生きていくんですか。

                  ◇






 そのあと俺は、上野駅で柚木くんと杏ちゃんと別れた後に、京王高尾線、とかいう聞きなれない電車に乗り換えた。ガタンガタン、と電車は心地好いリズムを奏でながら都会の風景を颯爽と次から次へと車窓に映してゆく。澄み渡るようなどこまでも青色の空が、やけに新鮮だった。
 ちょっと寄るところがある……、わざわざそんな言い方をしたのは、なんとなく遠回しにして二人には知られたくなかったからだ。考え過ぎだと笑われるかもしれないけれど、楽しい雰囲気に水を差すようなことは言いたくなかった。


 単刀直入に言うと、これからお墓参りなのだ。拓哉の。


 拓哉の葬式が終わってから、今日でちょうど、三ヶ月めだった。そろそろ行くべき時期だと思ったし、今行かないと、たぶん一生行けないような気がした。三ヶ月も放って置いたのだ、きっと怒っているかもしれない。そう考えると、あいつの頬を膨らませて怒った顔が、ありありと思い描けて何だか笑えた。

 ガタン、

 電車が、また一際大きく揺れる。


 なんとなく窓の外をふり仰ぐと、太陽の光が眩しかった。車窓から差し込む昼の日差しに照らされて、これから自分にとって一大事というのに、不思議ととても落ち着いた気分だった。
 


 平成23年、高橋任史、十六歳の秋。



                     ■



—————————————————————————————————————————

変な題名の小説書いて運営様マジすんません。
四年間お世話になりました。小説カキコがあったから、とても楽しい時間をすごせました。


□登場人物および世界観 >>115

◆幽霊からのテガミ編
☆扉絵 >>368
>>1 >>15  >>21 >>24-25 >>35 >>41 >>43 >>46-48
>>51 >>57 >>59-60 >>63 >>65-67 >>70 >>72-73 
>>75 >>77 >>80

◆左廻り走路編
☆挿絵 >>117(びたみん様作)
>>82 >>86 >>90 >>97 >>102 >>106-107 >>111-112
>>114 >>116-117 >>119-122 >>125-126 >>130 >>138
>>140 >>144 >>146 >>149-150 >>152 >>154 
>>157 >>161-162 >>165-166

◆ふりだし編
☆挿絵 >>178
☆挿絵 >>215
☆挿絵 >>253
>>170 >>175 >>178 >>181-182 >>186-191 >>194 
>>196 >>198 >>201-203 >>213 >>216-217 >>219-221
>>224-225 >>228-229 >>236-238 >>242-243 >>248-249
>>252 >>254-256

◆昨日の消しゴム編
★扉絵 >>349
☆挿絵 >>278 >>289
☆挿絵 >>295
☆挿絵 >>319
☆挿絵 >>391
>>260-262 >>265 >>269-273 >>276-277 >>283 >>287-288
>>290-292 >>296 >>298-300 >>303-304 >>308-314 >>317-318
>>320-323 >>325-337 >>339 >>342 >>348 >>352
>>353-356 >>358-361
>>362 >>367 >>369-380
>>381-388 >>390 >>392-400
>>401-405 >>406-409 >>410-411
>>415-423
>>424-427 >>444-452

◆番外編
>>431-442 鈴木編『たまには帰ってきなさいよ』

◆作者あとがき >>453


◆コメントしてくださった皆様
レイコ様 sue様 生死騎士様 小悦様 (朱雀*@).゜.様 ユキナ様 苺香様 ゆうか。様 月読愛様 麻香様 桐乃@様 満月の瞳様 姫星様 風様 蛾様 ♪ぱんだ♪様 桃咲優梨様 p i a f l 様 のちこ様  菫ーsumireー様 柊様 夜兎__〆様 ひゅるり様 meta-☆様 北野様 由ぴな様 ハーマイお兄様 ブチ様 ヴェロキア様 ミルクチョコレート様 びたみん様 イカ様 アリ様 nunutyu様 暦得様 しょうや様 *ユキ*様 チョコちゃん。様 小豆様 aya様 王様サマ うえってぃ様 悠様 Lithics様 杏月様

誠にありがとうございました!

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Re: 小説カイコ ( No.269 )
日時: 2012/06/09 00:08
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: OHW7LcLj)
参照: 勝浦でイワシ大量打ち上げ……また地震かorz

「うわっ」


腰が抜ける、とはまさにこういう事なのだろう。
一度起き上がった布団の上に、再び倒れ込んでしまった。すると目の前の二つの影が、ユラユラと少し揺らいで、クスクスと可笑しそうに笑いだしたのだった。薄暗くて本当に何が何だか全く分からない。びっくり半分、恐怖半分で完全に頭が真っ白である。


「久しぶり、高橋。そんな驚かないでよ。」
「おっかしいなぁ、そんなに私たち変かなぁ。」

どこかで聞き覚えのあるような、でもやっぱり少し違うような、男女二人分の声。
信じられないような事を目の前に、まるで夢の続きを見ているようだった。まさか、この二人は。

「その声、もしかして……太一、とハツ?」
「あったりー!」二人分の声が揃って答えた。「ああ、まったく面白いなぁ、高橋ったらお化け見たみたいに驚くんだもの。僕たちそんなにおっけねぇっけが。」
「ご、ごめんね。でも驚くよ、目が覚めたらいきなり二人揃って居るんだもん。」いまいち、これが現実なのか、はたまた本当に夢の続きなのかどちらだか見当が付かない。「っていうかさ、太一、そんな野太い声だったっけ。風邪でも引いたの。」
「え?別に元気だけど……」
「あーもう、暗いわよ高橋!明るくならないの、この部屋は!」

ハツが溜まりかねたようにそう言うので、何だかフワフワとする体を無理やり動かして部屋の雨戸を開けた。その瞬間、早朝の白い朝日が薄暗い部屋いっぱいに広がって、眩しかった。

「ほら、これで明るくなったでしょ。」カーテンを左右にしっかり留めながらそう言った。後ろでは二人が感心したような声を出している。少し、空気の換気もした方がいいかと思ったので、網戸もガラス戸も両方開けて風が十分に入るようにした。

窓から振り返って二人を見ると、二人とも床にちょこんと正座していたが、俺の記憶にある太一とハツよりも随分大きく見えた。顔つきも、最後に見たときは元気そうな小学校中学年くらいだったのが、今ではもしかしたら同年齢じゃないかと思うぐらいに大人びていた。

「え、二人とも……なんつーか、いきなり変わった……ね?」
「へへへ、高橋は何も変わってないんだね。」太一が得意げに笑った。「もう僕の方が背ぇ高いんじゃない?」

太一がよっこらしょ、と正座を崩して立ち上った。なるほど物凄く長身で、俺より軽く五センチは大きそうだった。とても俺の腹に顔を押し付けて泣いていたあの太一だとは思えない。これでは声が変わっているのも当然だろう。
ハツの方も、可愛げのある丸顔だったのが、ほっそりとした面長な顔つきの美人になっていた。少し、首を傾けて笑う癖はそのままだったが、その仕草さえも余計に大人びて見えた。

「そうだ、どうしてここに来たの?……じゃなっくて、どうしてここに居るの!?」
「それはこっちが言いたいわよ。」ハツが呆れ気味に言った。「昨晩夢を見てねー、高橋の出てくる夢だったけが。それから土我や蟲神様も。それで、目が覚めたらさ、ここに居たのよ。私たち二人揃って。」
「それは一体どういう……」

「二択かな。」太一が腕を組んで壁に寄りかかりながら言った。「高橋の夢に、僕らが巻き込まれて高橋の世界に僕らが来ちゃったのか。それともここは僕らの夢の続きで、高橋が僕らの夢に巻き込まれて僕らの世界に来ちゃったのか。」
「えっと……」もう何が何だか訳が分からない。でも、とりあえず今日は間違いなく駅伝の日で、もたもたしていると部活の集合時間に遅れてしまう。「あのさ、俺、今日すごく大事な用事があって……それでもうそろそろ出発の準備しなきゃいけなくて。しかも明後日までここに帰って来れないんだ。それで……」

「あー大丈夫大丈夫!」太一が両手を振って俺が喋るのを遮った。「だってね、この通り、」

するといきなりポンッ、という軽い音がした。瞬間、目の前から太一の姿は跡形も無く消えていて、太一の着ていた着物だけがふわりと空中に浮いていた。代わりにさっきまで太一が立っていた足元には、一匹の白い蚕がでーんと姿を現している。

「えっ、カイコ!? じゃなくて、太一!?」
「こっちの方が高橋は見慣れてるもんね。」カイコがのそりと動いた。「大丈夫、僕のこともハツのことも気にしないで。それに僕らもしばらくぶりにこっちの世界を楽しみたいからさ。」

「わ、わかった。」

それから楽しそうにする二人を置いて、とっとと着替えて仕度を整え、朝飯を適当に昨日の朝漬けで済まして家を出た。自転車に乗って、駅に向かう途中、ふとさっきの太一のことを思い出した。太一ったら、あんな変身しといて、服は一体どうするのだろう……。もう一度カイコから人に戻った時って、一体……。










それから比較的に余裕を持って集合時間には間に合った。集合場所の駅に降りると、ほっしーと鈴木の二人はもう集まっていた。
「おはよ、やっぱ二人は早いと思った。あれ、ほっしー、眼鏡は?」
ほっしーはいつも銀縁のフレームの薄い眼鏡をしていたのだが、今日はしていなかった。
「うん、面倒くさかったからコンタクトにしてみたんだけどね。でもちょっと違和感はあるかなぁ。」
「ほっしーはコンタクトの方がいいと思うよ。」鈴木が何気なくそう言った。「前より二割増しでイケメンに見えるわ(笑)」

「またまたー、そんなこと言ってー。」ほっしーが照れながら笑った。「じゃ、話は変わるけどこれで三人揃ったし、先に出発しちゃう?あんまりもたもたしてると陣地取れないかもしれないしさ。」

鈴木がさんせー、と相槌を打って荷物を背負い直して歩き出した。俺も鈴木も短距離なので、駅伝の地区予選である今日は、一日中応援とパシリ職のみなのだ。

Re: 小説カイコ ( No.270 )
日時: 2012/06/13 07:48
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: .1vW5oTT)
参照: よーろれーいひー(゜∀゜ )≡

それから三人で歩き続ける事数十分、やっと駅伝の会場に辿り着くことができた。
時刻はまだ朝の六時半だというのに、もうすでに競技場の回りは賑やかな、それでいてどこか緊張感の漂う雰囲気に包まれていた。

「あーもしもし、乙海どこ?」
ほっしーが携帯電話越しに、同じく今日は出番無しの短距離女子、乙海と話しているらしい。陣地取りに必要なテントやブルーシート等々の荷物は、顧問の津田先生が車に積んでここまで持って来てくれることになっていて、乙海はその荷物と一緒に車に乗ってきている。とても一人じゃ運び出せない量なので、俺たちも手伝うことになっているのだ。そう言う訳で、ほっしーはしばらくうんうんと頷いた後、パッと携帯を閉じると俺たちの方に向き直った。

「どうやらあっち側のスタートゲートで待ってるみたい。津田先生ったら荷物と乙海だけ降ろしてさっさとどっかに行っちゃったみたいだよ(笑)」
「あはは、津田っちなかなかやるなぁ。流石だぜ。」鈴木が面白そうに笑った。

すぐに競技場をぐるりと右回りに移動して、スタートゲートに向かった。そこに着くと、なるほど山盛りの荷物の中に埋もれるようにして眠そうな顔をした乙海が途方に暮れている。俺たちを見つけると、こっちこっちー、と大きく手を振ってきた。

「わー良かった。もー先生ひどいんだよ。これ一人でどうしようかと思ったもん。」ヤレヤレ、と乙海が肩をすくめた。
「いやはや、そりゃあお疲れ様。寒い中ありがとう。」ほっしーが一番近くにあったブルーシートの束をよいしょっと持ち上げた。「んじゃ早速運んじゃおうか。うーん、場所だけどさ、あんま日陰に陣地取ると寒いと思うんだよね。第二競技場の横の芝生広場なんかどうかな?」
「いいと思うな。あそこならトイレとかも近いし。人目もまぁまぁあるから盗難にも遭わないだろうしね!」
「俺も乙海と同じく。そんでいいと思うー。」隣に立っていた鈴木がにょーんと大きく伸びをしながら言った。それと同時に、奴の身体からはバキバキと骨の鳴る凄まじい音がしている。
「ちょ、鈴木すごい音鳴ってるけど……。うん、俺もそれで異議なしだな。」




その後、比較的無事に陣地を取ることができた。四人でどうにかブルーシートを広げ、それから骨組みの錆びているテントをかなり苦戦しながら開いた。このボロテントがかなり曲者で、開いている途中から錆が頭に降ってくるし、ギシギシと不吉な音もするしで、これ本当に大丈夫なのか?という疑念が沸くばかりである。

「はぁーこりゃひどいな。」ほっしーが額の汗を拭いながら言った。
「同感。」ふと自分の手のひらを見ると、錆で茶色っぽいオレンジ色に汚れている。「部費で新しいの買えないのかな……。」

そんな具合でみんなでぶつくさ文句を言いながらも、なんとかテントは立ち上がり、遠くから見ればそれなりに立派な陣地ができた。達成感に浸ってぼうっとしていたら、視界の端ではさっそく鈴木が大胆にもブルーシートのど真ん中で寝っ転がっていた。それに続いて「うちもー」とか言いながら乙海が漫画を片手にゴロゴロし出している。なんだか楽しそうだったし、疲れたし眠いしで俺も遠慮なくエナメルを枕にして一眠りすることにした。

「ちょっと!三人とも何くつろいでんの、これ中長距離のために立ち上げたんだからね!」ほっしーが仁王立ちにになって俺たちの頭上からそう言った。
「ほっしぃは厳しいよー。」全然お構いなしに乙海がヘラヘラと笑った。「どうせ七時半まであいつら来ねぇよ。ほっしーも一緒にゴロゴロしようよ。」
「駄目。駄目絶対!せっかくなんだから寝てないで七時半まで第二競技場で練習してきなさい。今日は使用料フリーなはずだから。」

「えー。」鈴木がそれでも粘ったが、ほっしーがどこかの保育園の先生みたいに起きろ起きろと何度も催促するのでしょうがなく立ち上った。
俺も流石に観念して、エナメルの中からスパイクとバトン、あと飲み物を取り出して、みんなでまだ人気の少ない第二競技場に向かった。
それから、個人個人で好きな練習をすることにした。競技場に入ると、乙海はそこに居た他校の友達と一緒に練習すると言って一旦俺たちから別れた。俺と鈴木は特に練習の計画も無いので、とりあえずジョグから始めることにした。

朝の競技場は、決まって気分がいい。
まだ人の少ない、静かな競技場は別世界のような気さえする。誰も走っていない緋色のタータンと、その鮮やかな緋色とは対照的な、白色の、走路にまっすぐと引かれた八本の直線は、見ていてとても不思議な気分になる。白線はどこまでも正しい間隔で、規則的な曲線を永遠と左廻りに描いていく。その徹底した、どこか数学的な美しさを含んだ無機質さが、爽やかな朝空によく似合うのだ。
少し肌寒いくらいの、水気をたっぷりと含んだ空気はさっきまで眠っていた体にとても心地よかった。朝露で湿った芝生を踏みしめる時の、ふかふかと気持ちのいい感覚は、まるで選ばれた人だけの特権みたいで、いつも無意味に楽しくなる。まったく自分の精神年齢の低さに笑ってしまう。

トラックの中の芝生を三周回って、体操をして、初めはアップシューズで軽めに走った。それからもう一度、万が一怪我をしないようにストレッチをしてからスパイクに履き替えた。

「あれ、鈴木いつの間にかスパイク変えた?ってかそれ新しいモデルだよね!!めっちゃ高いやつ!」
確か鈴木のスパイクは、この前までごく普通の紺色と白色のやつだった気がする。それが今履いているのは、下地が赤と黒の、金色のラインの入った新しいモデルのスパイクである。確かお化けのような値段がしたような……。

「あーうん。俺さ、実は一昨日、誕生日だったんだよね。んで実家からなんと誕生日プレゼントで三万円が封筒に入って来たからさ(笑) キタコレ!と思ってその日のうちに買っちゃった。ほぼ衝動買いだわ。エヘ。」
「へぇ、三万!」その額にびっくりだが、鈴木の思い切りの良さにもびっくりである。「いいなぁー、俺なんかさ、親が『野郎は誕生日プレゼントなんかいらないだろ』って感じでさ、俺も弟も何も貰えないんだよ……。かろうじて妹の誕生日にみんなでファミレス行くぐらい。」
「アハハ!なんかそれ猛烈に高橋っぽい!あははははは。」鈴木が可笑しそうに笑った。
「なんだよー、高橋っぽいとは心外な。」でもまぁ確かに、高校生にもなって家族でファミレスとは世間的に見たら変なのかもしれない。
「でもさ、なんか微笑ましくていいんじゃん?」鈴木が相変わらずに笑いながらそう言った。「考えてみろよ、三万って額はいいけどさ、これけっこう悲惨なもんなんだぜ。あー今日誕生日だなー、とか思って部屋に帰るとさ、下宿の家主のおばちゃんが『鈴木君、お母さんからお手紙来てるわよ。』とか言って封筒渡してくるわけよ。開けてみると諭吉さんが三人ドドンと入ってるだけ。……まぁ、嬉しいけどさ。」
その時の、鈴木はいつも通りに笑っていた。でも、どこか、誰も気が付けないような心の隅っこでは、鈴木は寂しがっているんじゃないかと思った。鈴木と一緒に居ると、時々こういうことがある。そして俺はこういう時、どう返事していいのか分からなくなってしまう。
前に、時木のことがあってから、一度だけ鈴木の家族について聞いたことがある。鈴木の両親は元々別居していたが、時木の葬式の後に正式に離婚してしまったらしい。その後、母親と一緒に暮らしていたが、鈴木が中学へ上がる前に母親が再婚したという。短い間に名字が時木から宮川、鈴木、とコロコロと二回も変わったというから驚きだ。
そして父親違いだが、鈴木には今、二歳とちょっとになる妹がいる。けっこう可愛いんだぜ、と鈴木は得意そうに言っていた。新しい父親は、継子である鈴木を嫌がったりはせずに、むしろ同年代の友達のようにフレンドリーに接してくれると言う。母親も、邪険にしたりは決してしないという。高校受験の時なんかは、下宿しなきゃ通えない今の学校ではなく、家から通える地元の学校を進めてくれたらしい。
けれど鈴木はそれを押し切って、地元から遠く離れた今の学校を受験して受かり、今は学校の近くで下宿しながら通っている。「俺のこのイケメン顔さ、前の父親にそっくりなんだよね。だから家に居たら迷惑じゃん?」と鈴木は冗談紛れに言っていたが、たぶんそれよりずっと深い理由で、鈴木は家を出たのだと思う。

「そっか。えっと……鈴木って実家は茨城だっけ。」どう返事していいか分からずに、出てきた答えがこれである。つくづく自分の無能さを呪いたい。
「ああ、うん。ちなみに水戸市な。高橋んとこよりかは田舎じゃないぜ。」
「むぅ、どーせ我島岡はド田舎ですよ。水戸……か。あ、あれだ。」
「アレって?」
「ほら……、納豆、とか特産品、じゃなかったっけ……。」もう駄目だ、俺はどうしてこんな変なことしか言えないのだろう。

すると鈴木がギャハハハハと盛大に笑い出した。「ちょ、納豆っておい、アハハハハ!なんだかそれじゃあ水戸中ぜんぶ納豆臭ぇみたいじゃんかよ!あ〜、もう高橋可愛いなぁ〜。別に俺相手に変な気ぃ遣わなくていいんだぜ。高橋のそういう不器用なトコロ、俺けっこう好きだぞ〜。グヘヘ。」


ああ、なんだ。全部バレてたのか。
そう分かると何だかスッキリしたと同時に、なんだか自分がとても幼いような気がして、恥ずかしかった。ふと、やっぱりこんなんじゃまだまだ駄目なのかな、と思った。

Re: 小説カイコ ( No.271 )
日時: 2012/06/25 08:37
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: 6.Nua64i)
参照: やっと文化祭終わった……あ、次は期末試験(泣)



                 ◇ 


「ねぇ、ハツ。」

高橋の去った後、静かになった高橋の部屋で二人でしばらくのんびりとしていると、急に太一が口を開いた。呼ばれたハツが、うん?と振り向く。
「僕たち、夢を見ているのかな。」
そう言って立ち上がった後ろ姿に、眩しい朝日が照り返した。「だってさ、ここに来るまで僕、高橋のこと綺麗さっぱり忘れてたもん。」

太一が窓の外を眩しそうに目を細めながら呟いた。鳥が、朝の歌をこだまのように麗らかに唄っている。

「そうね。そうかもしれない。」言われて、ただぼんやりと相槌を打つ。「私も忘れていたよ。高橋のことも、この世界のことも。……私が、弘化二年の夏の暮に、疫病で死んでしまったことも。それから、死んだ後、目が覚めたら……ふふ、可笑しいよね、蚕になってたことも忘れてた。ねぇ、太一。どっちが夢でどっちが現実なんだろう。蚕として百何十年も生きた時間が夢だったのか、それとも弘化二年の私たちが夢だったのか。それとも……。」
「今の僕らが夢、なのか?」悪戯っぽく笑うと、ハツも少し笑ってうん、と頷き返した。

「わっかんないね、頭がこんがらがっちゃうや。」あーあ、と面倒くさそうにため息をついて太一がベッドの上にでーんと胡坐をかいた。「そうだな、多分、今の僕らが夢なんだと思うよ。左廻りの高橋が見ている夢。つまりさ、」ハツが面白いくらいに不思議そうな表情になっている。思わず少し笑ってしまった。「確かに僕らは大昔にこの世界に生を受けて、弘化二年に一回死んだんだろう。それから蚕の姿に生まれ変わって、確かに平成の世まで生きた。あくまでも人外の者として。」

「それで……じゃあ、仮にそうだったとして、なんで私たちは今までそのことを全部忘れて、元の世界——— 弘化二年の世界に戻っていたのかな。そこが私にはぜんっぜん分からないんだけど。」
「蟲神様と高橋だよ。」はん、と太一が鼻で笑う。「高橋がカイの生まれ変わりだってことはハツももう分かっているよね?左廻り……つまり過去へと続く逆回りの渦を持った高橋は、カイの記憶のカケラを受け継いで生まれてきたんだ。それで、僕らを不憫に思った蟲神様は高橋と取引したんだよ。記憶のカケラの取引さ。あー、取引、って言い方は変かな。だって高橋は何も要求しなかったからね。ありゃあ心の底からお人好し野郎だよ。」ふぅ、と太一が一呼吸置いた。一気に喋りあげたので疲れたのだろう。「それで、究極のお人好し野郎高橋は、カイとして生きた時代の記憶を蟲神様にあげちゃった。あげちゃったつもりだったんだろうけど、それはどうやら違ったみたい。きっと逆なんだ、蟲神様は高橋の記憶を取り出して僕らに与えたんじゃなくて、高橋の記憶の中に僕らを閉じ込めちゃったんだよ。ハツと僕が、蚕として生きた時間、何もかもを忘れて、カイの記憶の中の世界、弘化二年の夏に戻れるように。」

「……ってことは、私たちは今まで蚕として生きたことを全部忘れて、高橋の頭の中で生きてた、ってこと?左廻りの高橋が持ってる弘化二年の世界で。」
「うん、多分。それが生きてた、っていうことなのかは微妙だけど。」
「そっか。」ハツが自分の両手を広げてしみじみと見つめながら呟いた。「そう、いうことだったのかもしれないね。だったら私たち、幸せ者だね。」

ハツが朗らかに笑って見せた。つられて、太一も自然と笑顔になる。
「そうだね、高橋にお礼をしなくっちゃ。それで……どうして、僕らは
今ここに居るんだろうね。記憶のカケラから抜け出して、この平成の世界に。」
「偶然じゃないとしたら、何か理由があるはずだよね。私たちがここに呼び出された理由。あ、そうだ、土我に連絡を取ったら?土我ならなんでも分かるんじゃないかな!」


「それがさ……、土我がどうしても答えないんだよ。実を言うとさ、僕さっきから心の中で土我のこと呼び続けてるんだよ?でも、全然応える声がしないの。いつもなら数秒もせずに 『何かあった?』って聞いてくるくせに。」
「それは変だね。海でも渡ったのかな。もし、すんごく遠くに行ってたとしたら心の声も届かないんでしょ。第二次世界大戦の時、満州とかドイツにふらふら行っちゃった時も届かなかったわけだし。」


「懐かしいな、そんなこともあったねぇ。」太一が胡坐を崩してごろりと寝転がった。「ま、ゆっくり待ちますか。どうせ高橋も月曜日の午後まで帰ってこないらしいしさ。」

Re: 小説カイコ ( No.272 )
日時: 2012/06/28 22:43
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: OHW7LcLj)
参照: ササカマ(知ってる?)旨いよー。

「飯塚ーー!ファイトー!」

吐く息も凍る寒空の下、駅伝、第一中継所。
冷え冷えとした大気とは正反対に、地上は目が回るくらい大人数の熱気で溢れ返っている。足先は寒いのに、第一中継所で人ごみに揉まれながら応援していると額に汗が滲んでくるのだから不思議だ。


駅伝が始まってからはそりゃあもう忙しかった。
七時半より少し前に中距離、長距離陣が到着して、ウォーミングアップを始めている間に俺を含め残りの短距離メンバーでほっしーの指示のもと、レースに向けて右往左往しながら準備を進めた。途中、津田先生の携帯がなぜか圏外になって繋がらなくなったり、アイシング用の氷がこんなクソ寒い中、どうした訳か全部溶けてしまっていて一番近くのコンビニまで俺と鈴木でダッシュで買い出しに行ったり、強風によりテントが半壊したり、他校の生徒が間違えて張先輩のエナメルを持って行ってしまったりと、なかなかハプニングが多かった。でもなんとか佐藤先輩の機転の利いた判断の数々で、競技スタート前までには万全の状態に間に合わせることができた。

で、さっきスタートのピストルが鳴って、しばらく俺と鈴木と飯塚は中継所で第一区(10㎞)走者の渡辺先輩が走って来るのを待ち構えていた。もちろん飯塚は選手として、俺らは応援要員かつ飯塚の付添いとして。

「うわーもー助けて。オレ今むっちゃ上がってるわ。」飯塚が小刻みに足踏みをしながら言った。いつものお気楽ぶりからは想像できないほど緊張している。「どうしよ、俺んところで抜かされまくっちゃったら……。うわぁぁぁー。」
「なーに今さら言ってんだよ、大丈夫だって、自信持てよ。」鈴木が飯塚の背中をパシパシ叩きながら言った。言われて、飯塚がウンウンと機械のように頷く。

ふと、時計を見るとレース開始から二十五分が経っていた。「あと五分で開始から三十分だね。そろそろ走る準備始めた方がいいかも。」
飯塚がキャーッ!と高い悲鳴を上げた。「わわわ、もう悩んでる時間も無いじゃんかよ!高橋、なんか女子力高いオマジナイかけてよ!絶対何でもうまくいく系の!!」
「女子力高いおまじないって(笑) なんだよそれ。」
「お願いだよ、何でもいいから何かこう、パワーが泉のように湧いてくるようなやつを頼む!高橋ならできる!!」
緊張しすぎて逆にハイになってしまったのか、飯塚がガッシリとした両手で俺の肩を掴んだ。

鈴木がそんな様子を見て明るく笑った。「高橋、かけてやれよオマジナイ(笑)。あれだよあれ、日曜の朝にやってる幼女向けアニメあるじゃん。プリキュアなんとかってヤツ。あんな感じでいいんじゃね?」

「あーあれね。うん、知ってる知ってる。妹が見てるからチラッとなら見たことあるよ。えっとね……どんな振りだったかな……。」
うろ覚えだったが、適当にそれっぽく回ったり跳ねたりして、最後に、『飯塚メタモルフォーゼ!!』と呪文っぽく唱えてやった。すると予想外に大ウケしてしまい、鈴木も飯塚もギャハハギャハハと何かの発作みたいに笑い転げていた。

「?? そんなにこれ面白かった?まぁウケてくれたんなら別にいいんだけど。」
「十分におもしれーよ!面白すぎるわこの野郎っ!」飯塚が腹を抱えながらゼェゼェと言った。「あーやっぱ高橋最高だわ、あはは、なかなか女子力高かった。なんだか不思議な力が体の奥底から湧いてくるようだぜ!!うおぉぉーっ、何だかみなぎってキターッッ!!」

「そりゃーどうも。お役に立てて光栄です。」
正直、こんなに笑ってくれるとは思わなかったのでちょっとびっくりだった。

それから急に元気になった飯塚は、ストレッチしたり少し走ったりして体を温めていた。しばらくもしない内に、そろそろ渡辺先輩が十キロを走り終わって、この第一中継所にやって来る頃になった。飯塚は来ていたジャージ一式と、ティーシャツに短パンも全て脱いで、ユニフォーム一丁になった。冬場にはあまりにも露出の多いユニフォーム姿は、見ているこっちまで寒くなってしまいそうだったが、テンションの上がった飯塚が「俺、美脚ぅ!」とか意味の分からないことを言いながら謎のウィンクを投げ掛けてきたので一気にそんな気も失せた。むしろ暑苦しいくらいだ。

その間にも、つぎつぎと他校の第一走者が道路の角を曲がってこちらへやって来るのが見えた。飯塚にタスキが渡るまでも、あと数分も無いだろう。

「おっ、あれ渡辺先輩じゃね? いち、にぃ、さん、し……五位だ!」

鈴木が遠くを指差しながら言った。その瞬間、飯塚の表情が急に真面目なものになった。ふざけた顔でもないし、さっきまでの不安げな表情でもない。ほどよく緊張した、まさにこれから走るべき人、という感じの顔になっていた。

第一位で通過してきた青いユニフォームを着た他校の選手がタスキを脱いだ。そして、最後の力を振り絞って一気にゴールまでの距離を走り詰めると、第一区のゴール、すなわち第二区のスタートラインの上に立った、同じ青のユニフォームを着た第二走者にタスキを力いっぱい渡した。

そして次々に第二位、第三位、第四位の学校がタスキを繋いでいった。

「渡辺先輩、ラストファイトー!」
そしてついに渡辺先輩から、飯塚にタスキが渡った。タスキを受け取ったと同時に飯塚はパッと走りだし、走りながらタスキを上から被るようにして肩に掛けた。あっという間に飯塚の背中は遠ざかっていき、小さくなっていき……見えなくなった。

Re: 小説カイコ ( No.273 )
日時: 2012/07/12 12:28
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: HDoKOx/N)
参照: 今日から更新速度うp宣言(゜∀゜)!

                ◇


午後四時。冬の一日は短い。陽は、今にも沈もうといている。

駅伝は無事に終わり、今はみんなでほっしーの家を目指してバスに揺られていた。なんとなく、やつれた雰囲気が誰一人例外なく漂っている。
駅伝の方はベストタイムが出たらしいのだが、それでもやっぱり上の大会に進めないことは悔しかった。長距離の先輩なんかはめちゃめちゃ悔しがっていた。

パンポーン、とバスの案内表示が調子のいい音を立てて替わった。あ、三十円高くなった……

「みんなここで降りるよ。」ほっしーが努めて明るい声を出して言った。

それからドヤドヤとバスの外に降りた。俺は最後に降りたが、ほかの乗客の顔を見ると、大きなエナメルバッグを背負った汗臭い高校生集団が去ったからか幾分かほっとした表情になっていた。なんだか申し訳ない限りである。

「ほっしー、田中ほっしー家までこっからどんぐらい歩く?俺もう体力の限界(笑)」小久保がヘヘヘ、と力なく笑った。
「すぐ着くよ。二分くらい。」
二分、その数字に驚いた。「すごいね、歩いて二分の距離にバス止まるんだ!」
「え、普通じゃない?」
「ははは、普通でもないよ。」鈴木がジジジ……、と白いウィンドブレーカーのファスナーを首元まで上げながら言った。「俺、実家は水戸市の端っこなんだけどさ、バス停までけっこう歩いたもん。バス来るのも一時間に一回とかだったし。」
「俺んとこなんかバス通ってないよ(笑) 一番近い公共機関が家からチャリで三十分だし。」しかも快速が止まらない駅である。
「えええぇー! それ大変じゃない?雨の日とかどうしてんの。」
「カッパ着てチャリ。けっこう気持ちいいよ。」ふと、時木と出会った雨の季節が脳裏に霞んだ。

すっかり暗くなってきた空を見上げると、町のあちこちのスピーカーから四時半を知らせるメロディーが流れた。遠き山に日は落ちて、たしかそんな曲名だった気がする。

「着いたよ、ここー。」電柱に止まったスズメを見ていたら、ほっしーが脇腹をちょんちょんと突いてきた。

「おお、着いた。って、ええっ……!?」
思わずびっくりした。俺の目の前に立っていたのは、家、というよりかは豪邸、という単語が似合いそうなくらい豪勢なものだった。
ちなみに古風な日本家屋である。威圧感満載の石の門柱には、黒い何かの大理石であろう表札ががっしりと据え付けられていて、白い文字で大きく 田中 と書かれていた。いかにもヤクザドラマなんかに出てきそうな大邸宅である。

「すっげー。」後ろで乙海が間の抜けた声を出している。後ろを振り返ると、乙海の隣に立っている中距離女子の宮本も おぉ、と驚いていた。

ほっしーがそんなみんなの様子を見て可笑しそうに笑った。
「ちょ、みんな何固まってるんだよ!早く中入ろうよ。寒いんだから。」
「お、おう。」飯塚と小久保が相変わらず顔面硬直のままほっしーに続いて門柱をくぐった。確かにこれはなんだか緊張する。
そのまま正面の屋敷の中に入るのかと思ったら、ほっしーは玄関の前を右に通り抜けて、そのまま庭のある方向に歩いていった。地面に置かれた丸い飛び石の上をみんなでぞろぞろと歩いていく。そこから見える庭もやっぱり途方も無いくらい広くて、なんと池まであって、大きな赤と白のコイが何匹もゆったりと泳いでいた。池からは小さな川も流れていて、庭を大回りに一周する形で水が透明な音を出して回っていた。……予想以上ガイすぎる。

「ほっしー、ところでどこ行くの?」飛び石の上を注意深く歩きながら長距離の山本が聞いた。「でもすごいな、家ん中で川が流れてるなんて……」
先頭を歩いていたほっしーが振り返った。「あはは、川なんか夏に蚊が沸くだけでいいこと無いよ。うんと、離れ に向かってる。ここからじゃ松が邪魔でよく見えないけど。一応みんなの分の布団用意してもらったし、あそこなら騒いでも怒られないからね(笑)」

なるほど 飛び石を踏み越え踏み越え、門柱から数十メートル程歩いたところに小さな家があった。小さな家、と言っても比較対象が豪邸なので小さく見えるだけで、普通に俺の家くらいの大きさだ。
ガチャ、と玄関から女の人が出てきた。たぶんほっしーのお母さんだろう。しかし驚きかな、着物を着ていた。

「あ、お母さん。ただいまです。」ほっしーがその人に向かっていった。
「お帰りなさい。ちょっとしばらく使ってなかったからヒーターつくか心配だったんだけど、今やったらちゃんとつきましたよ、安心したわ。」すると俺らのほうに振り返って、にっこりと笑った。「はじめまして、いつも誉志夫がお世話になってます。今日は駅伝お疲れ様でしたね。宿題もあってほんとご苦労様。」

みんなポカーンとしてしまった。その中でもいち早く平静を取り戻した鈴木がシャキシャキと挨拶をする。
「あ、いえいえ!こちらこそいっつもほっしーにはすごくお世話になってて……。それに今日は準備までしていただいて本当にありがとうございます!」
ペコリとお辞儀をした鈴木に続いて、俺も他のみんなも反射的にお辞儀をした。
いいのよ、そんなそんな。 とほっしーのお母さんは両手を胸の前で振りながら愛想よく笑った。余計に恐縮してしまうのは俺の性だろうか。

そしてほっしーのお母さんが居なくなると、みんなでドヤドヤと家の中に入った。玄関からすぐの居間には大きな机と、椅子が何脚かあるだけで、あとは何も無かった。あんまり使わないからすごく殺風景なんだよね、とほっしーが呟いた。

「ふぅ。」
とりあえずエナメルから にっくき数学の大束と筆記用具、裏紙、水筒と昼に食べるはずだった弁当を取り出して、あとの荷物は部屋の隅っこに寄せた。

それからとりあえず腹が減ったということで、スーパー飯タイムということになった。飯、といっても昼に忙しすぎて食べれなかった弁当である。ひんやりと冷えていて、ゴマのかかったご飯は軽く凍っていた。もうそんな季節なのか。

ひととおりみんな食べ終わったのだが、どうしたわけか恐ろしいほどに数学へのやる気が出ない。今日走ってない俺がこんな感じなのだから、今日駅伝に出た中長距離はさらにやる気が出ない。よってしばらくみんなグダグダと駄弁っていた。

「あー、眠い。眠すぐる。」小久保が大きなあくびをしながら言った。「俺ちょっと眠っていい?さすがに疲れた。」
「じゃあ俺もっ!小久保の隣で寝ちゃおうかなぁ〜。」
長距離の岡谷がスリスリと小久保の肩に寄りかかったが、小久保の キモイ、の一言で振り払われてしまった。なぜかそれを見た乙海と宮本がキャーキャーと喜んでいる。その横で、投擲種目の新条さんが半笑いで写メっていた。「あはは、ナイスツーショットだわ。アルバムに上げとくね。」

「ちょ、やめろよ。岡谷ととか死んでもヤダ。」小久保が抗議の声をあげたが、たぶんもう遅い。陸上部のホームページに今頃晒されているところだろう。

なんだか見ていて楽しかった。いつもあまり喋る機会の少ないメンバーでワイワイ集まるのもけっこういいな、と思った。(本来勉強するために集まったのだが 笑。)
同じ陸上部と言っても、種目ごとの隔たりはけっこう大きい。例えば俺や鈴木は短距離で、岡谷や山本は長距離なので顧問の先生も違うし部室も違うしで、めったに話さないどころかめったに顔も合わせない。乙海や宮本、新条の女子軍団とはやはりこれといった関わりが無いのであまり話したことが無い。
たまにはこうやって、楽しくふざけ合うのも青春なのだろうか。

それから、なんやかんだギャーギャー面白おかしく騒いだ後に、やはりみんな睡魔に襲われて仲良く熟睡してしまった。勉強なんて知るか。


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