コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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小説カイコ【完結】
日時: 2015/03/14 20:11
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: RQnYSNUe)
参照: http://mb1.net4u.org/bbs/kakiko01/image/188png.html


                  ◇
   
       そうやって何も考えずにこの先も生きていくんですか。

                  ◇






 そのあと俺は、上野駅で柚木くんと杏ちゃんと別れた後に、京王高尾線、とかいう聞きなれない電車に乗り換えた。ガタンガタン、と電車は心地好いリズムを奏でながら都会の風景を颯爽と次から次へと車窓に映してゆく。澄み渡るようなどこまでも青色の空が、やけに新鮮だった。
 ちょっと寄るところがある……、わざわざそんな言い方をしたのは、なんとなく遠回しにして二人には知られたくなかったからだ。考え過ぎだと笑われるかもしれないけれど、楽しい雰囲気に水を差すようなことは言いたくなかった。


 単刀直入に言うと、これからお墓参りなのだ。拓哉の。


 拓哉の葬式が終わってから、今日でちょうど、三ヶ月めだった。そろそろ行くべき時期だと思ったし、今行かないと、たぶん一生行けないような気がした。三ヶ月も放って置いたのだ、きっと怒っているかもしれない。そう考えると、あいつの頬を膨らませて怒った顔が、ありありと思い描けて何だか笑えた。

 ガタン、

 電車が、また一際大きく揺れる。


 なんとなく窓の外をふり仰ぐと、太陽の光が眩しかった。車窓から差し込む昼の日差しに照らされて、これから自分にとって一大事というのに、不思議ととても落ち着いた気分だった。
 


 平成23年、高橋任史、十六歳の秋。



                     ■



—————————————————————————————————————————

変な題名の小説書いて運営様マジすんません。
四年間お世話になりました。小説カキコがあったから、とても楽しい時間をすごせました。


□登場人物および世界観 >>115

◆幽霊からのテガミ編
☆扉絵 >>368
>>1 >>15  >>21 >>24-25 >>35 >>41 >>43 >>46-48
>>51 >>57 >>59-60 >>63 >>65-67 >>70 >>72-73 
>>75 >>77 >>80

◆左廻り走路編
☆挿絵 >>117(びたみん様作)
>>82 >>86 >>90 >>97 >>102 >>106-107 >>111-112
>>114 >>116-117 >>119-122 >>125-126 >>130 >>138
>>140 >>144 >>146 >>149-150 >>152 >>154 
>>157 >>161-162 >>165-166

◆ふりだし編
☆挿絵 >>178
☆挿絵 >>215
☆挿絵 >>253
>>170 >>175 >>178 >>181-182 >>186-191 >>194 
>>196 >>198 >>201-203 >>213 >>216-217 >>219-221
>>224-225 >>228-229 >>236-238 >>242-243 >>248-249
>>252 >>254-256

◆昨日の消しゴム編
★扉絵 >>349
☆挿絵 >>278 >>289
☆挿絵 >>295
☆挿絵 >>319
☆挿絵 >>391
>>260-262 >>265 >>269-273 >>276-277 >>283 >>287-288
>>290-292 >>296 >>298-300 >>303-304 >>308-314 >>317-318
>>320-323 >>325-337 >>339 >>342 >>348 >>352
>>353-356 >>358-361
>>362 >>367 >>369-380
>>381-388 >>390 >>392-400
>>401-405 >>406-409 >>410-411
>>415-423
>>424-427 >>444-452

◆番外編
>>431-442 鈴木編『たまには帰ってきなさいよ』

◆作者あとがき >>453


◆コメントしてくださった皆様
レイコ様 sue様 生死騎士様 小悦様 (朱雀*@).゜.様 ユキナ様 苺香様 ゆうか。様 月読愛様 麻香様 桐乃@様 満月の瞳様 姫星様 風様 蛾様 ♪ぱんだ♪様 桃咲優梨様 p i a f l 様 のちこ様  菫ーsumireー様 柊様 夜兎__〆様 ひゅるり様 meta-☆様 北野様 由ぴな様 ハーマイお兄様 ブチ様 ヴェロキア様 ミルクチョコレート様 びたみん様 イカ様 アリ様 nunutyu様 暦得様 しょうや様 *ユキ*様 チョコちゃん。様 小豆様 aya様 王様サマ うえってぃ様 悠様 Lithics様 杏月様

誠にありがとうございました!

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Re: 小説カイコ ( No.188 )
日時: 2011/12/03 22:20
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: hTgX0rwQ)
参照: 右横に出る楽天の広告にひよ子とkaico両手鍋が出てるw



               □

 
  弘化二年 夏


    深き深き奥山 出羽の里 
        嗚呼、瓜木の茂りしかの谷よ


    時知らぬ高き山々その嶺に、
            朝に夕に白き霧をば降りさしむ




               □





……蟲神神社でのお祭りがあった夕暮れ。
   僕は初めてカイに出会った。


弘化二年、夏
今は遠い夏の日、たぶんあれは一目惚れだったと思う。
初めての恋愛が一目惚れだなんて、恥ずかしいことこの上無いけれど、しょうがないと思う。だって好きになってしまったのだから。

弥助が言うには、僕は単純者らしい。まぁ、それ自体は格別悪いことでもないし、カイの方が僕よりもっともっと単純なので別にいいと思う。

「どげんした、太一。勝手に顔が笑ってんぞー。」弥助がやれやれ、と小馬鹿にしながら言ってきた。
「え、そうかな?」
カイと出会ってから毎日が、楽しかった。草を刈るだけの日々も、今までとは違った色合いを帯びていた。

カイは、どうした訳か木の実が特に好きだった。
それで僕はカイの喜ぶ顔が見たくて、いつも神蟲村に行く途中の道で、綺麗な色や面白い形をした木の実をたくさん集めて持って行ってやるのだった。

雨が降った日は空を恨んだ。
陽が沈むと太陽を悔しく思った。

陽が沈む前には、絶対に村に帰らなくてはいけない。
なぜなら、神蟲村と瓜谷村の間に流れる川には、夜になると人食い鬼が出るからだ。

だから、日が沈み始めると、いつも僕は不機嫌になった。
「あーあ、太陽が沈まなきゃいいのに。ずっとお空に出ていればいいのになぁ。」まるで小さいガキみたい駄々をこねると、カイがそうだね、と相槌を打った。
「でも、ずっとお天道様が空に出てたら、」カイが夕焼けで真っ赤に染まった、遠くの山を眺めながら言った。「お空はずっと青いよね。」
「? うん、きっと青いと思う。」
「私は、青いお空よりも赤いお空の方が好きだな。……ううん、違う。青いお空が嫌いなの。」

ちょっとびっくりした。空と言ったらやはり青空だろう。「どうして? どうして青いお空が嫌いなのさ。昼の方が人も、鳥も、川も、みんながみんな生き生きしているよ。」

「だって、」カイが、赤く染まった山から目を離して、僕の方をゆっくりと振り返った。キラキラと輝く綺麗な橙色の夕日が、静かにカイの黒髪を映した。「お空が赤くならないと、誰も私に会いに来てくれないから。お空が青いうちは、私はいっつも一人ぼっちだもの。」

「…そっか。」

カイは、きっと今までずっと一人ぼっちだったのだ。体がとても弱いから、小さい頃から家の外へ出してもらえなかったのだと、この間カイが話していた。

僕が昼の青い空の下で、弥助や妹と川や田んぼに居るあいだ、カイは暗い機織り部屋で一人、黙々と機を織っているのだ。
そんなカイの毎日を想像すると、なんだか可哀想な気がしてきた。

そんな考えにふける僕を横目に、カイはふふふっと笑った。「だから、私は赤いお空が好き。太一が会いに来てくれる赤いお空が好き。」

返す言葉が無くて、僕は黙ってしまった。少し照れ臭い気持ちと、カイのことを可哀想に思う気持ちとが、どうしても言葉にできなかった。会話が途切れると、烏の鳴く声が遠くからはっきりと聞こえた。

「あ、鈴。」突然、カイが僕の背カゴを指さした。「ここに付けててくれたんだ!」

「うん、だってお守りだって言ってたろ。」この前カイから貰った金色の鈴は、糸を通して背カゴに結び付けておいたのだ。残りの二つは弥助と妹にあげて、やっぱり二人もカゴに結んでいた。「友達と、妹も同じところにつけてるよ。二人ともカイにありがとう、って言ってた。」

するとカイは目を丸くした。
「私に? ありがとうって?」
「ああ、そうだよ。だってカイから貰った鈴なんだから、当たり前だろ。」

「わあっ、嬉しいな。どうしよう、ありがとうって言われちゃった!」言いながら、カイは嬉しそうに駆け出した。長い髪を揺らしながら、僕の周りに円を描きながら、跳ねまわっている。

正直、呆れる僕をお構いなしに、カイはずっと笑っている。
「カイはそんなんで嬉しいの? カイの変な奴。」
「む、太一の方が変な奴だもん。」カイが走り回っていた足を止めて、頬をぷくーっと膨らませた。その様子が可笑しくって、思わず吹き出してしまった。

「っ、笑ったな!」怒りながら、カイがぽこぽこと背中を叩いてきた。その様子さえ歯痒くって、余計に笑ってしまう。

ずっとここにいたい。カイと一緒にずっといたい。
けれど、これ以上は陽が沈んでしまう。日が沈めば、鬼が出て村へ帰れなくなってしまう。
口惜しさに眉根を寄せていると、僕の背中を叩く小さな拳が、叩くことを止めて、僕の肩をそっと掴んだ。

「もう、帰らなきゃ。」カイの小さな手を握ると、温かかった。
「明日も、来てくれる?」期待と不安の入り混じった、吸い込まれるような黒檀の、大きな瞳でカイが聞いた。


「うん。明日も明後日も。それからもずーっと会いに来るよ。約束だよ。」

それから、約束の指切りをした。
じゃあね、と手を振ると、カイがちょっぴり泣き出しそうな、けれども嬉しそうな顔で、またね、と手を振りかえしてくれた。


Re: 小説カイコ ( No.189 )
日時: 2011/12/11 22:18
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: hTgX0rwQ)
参照: 昨晩書いたのに、寝落ちてうpできんかった(笑)

              ◇

「高橋くーん、こっちこっち!」
杏ちゃんの高い声に呼ばれて、朝の改札を急いで通る。

午前六時。まだちょっとばかり肌寒い駅に、俺たちは集まった。
服装をミスった、と心底思った。杏ちゃんも柚木君もばっちりキメてきている。ジャージでいるのが恥ずかしい……
そんな俺の心中をお構い無く、柚木君が 陸部のジャージ格好いいね、なんて言って来たもんだから恥ずかしいことこの上ない。

しばらく電車に揺られて、上野で新幹線に乗り換えた。数年ぶりの新幹線に、高校生にもなってちょっと興奮した。
それからは特に話すこともなく、みんなでぼーっと車窓の向こうを眺めていたりした。
東京の高層ビルが林立する都会風景が過ぎ去ると、だんだんと緑が多くなってきて、山がちな地形が目に止まるようになってくる。そろそろ栃木過ぎて福島らへんかな、と杏ちゃんがポツリと呟いた。

「わー、やっぱ山ってデカいんだね。俺久しぶりだ、山見るの。」どーんと、いくつも大きな山がそびえ立っていた。
「そうだね、千葉じゃ山見えないもんねー。」杏ちゃんが頬杖を突きながら言った。「もうちょっと行けば紅葉とか見れるかな。」

紅葉……そういえばもう十月か。いつの間にか、すっかり秋になったもんだ。ついさっきまで蝉が鳴いていたような気がするぐらいなのに(笑)
何となく、携帯を開くとメールが10件も入っていた。普段メールなんてマックから来るくらいで全然来ないもんだから、けっこうびっくりした。誰からかと思ったら、全部鈴木とほっしーと、飯塚からだった。

“鈴木国由:よぉリア充、もう山形着いたか?(^ω^)”
“田中誉志夫:柏木さんと一緒なんだって!? 高橋意外とやるじゃん!がんばれ〜!”
“飯塚一弥: お 土 産 よ ろ し く ☆ ”
“飯塚一弥:あ、ちなみにお土産は白い恋人がいいな。”
“飯塚一弥:スマン、あれ北海道か。 じゃあアレだ、ひよ子でいいや。ひよ子”
“飯塚一弥:やっぱひよ子は取り消し。俺まりもっこりがいい。”
“飯塚一弥:あ、張先輩はひよ子食べたいって。やっぱし俺もひよ子でいいや。”
“鈴木国由:小久保がリア充爆発しろだってさ。笑。”
“飯塚一弥:津田Tマジ鬼。今からビルドだって、萎えー(´Д`川”
“飯塚一弥:そーいえば山形って菊食べるって本当?本当だったら写メ頼む♪”




……(-゛-;) まさかのメール攻撃。

携帯の画面を見て唖然としている俺の脇腹を、隣に座っている柚木君がちょんちょん、とつついた。「……外。」

「え、外?」
言われるがままに画面から目を離して、車窓を見た。




紅。

思わず息を飲んだ。
今まで見たことないくらい、山々は鮮やかな色で染まっていた。抜けるような秋の晴天に、よく映えている。こんなに綺麗な紅葉を見たのは初めてだった。
ところどころに、紅の中に黄色というか、それよりももうちょっと濃い山吹色の木がいくつか混じっていて、本当に綺麗だった。……夏は緑色だったあの葉っぱが、秋になるとこんな鮮やかな色になるのかと思うとちょっと不思議な気分だ。知識としては知っていたけれど、本物を見るとかなり圧巻だった。

「うわぁ、綺麗。」杏ちゃんが窓に額をくっつけて言った。「私、こんな綺麗なの初めて見た。」
カシャ、と音がして柚木君が紅い山を写真に撮っていた。「うん、すごいね。カメラ持ってきてよかった。」

柚木君に続いて、俺も携帯のカメラで撮った。何となく誰かに見せたくなったので、別に菊じゃないけど飯塚に送ってやった。

Re: 小説カイコ ( No.190 )
日時: 2011/12/15 00:11
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: hTgX0rwQ)
参照: 今んとこ赤点ゼロ\(^o^)/

そして来る山形。予想以上に山だらけだった。

「ふぅ…やっと瓜谷か……」

山形駅に着いた時には既に傾き始めていた陽が、やっと瓜谷に着いた今では、更に傾いて、オレンジ色の柔らかな光を放っていた。
駅のホームを下りると、ほぼ無人のロータリーに白いワゴン車が一台泊まっていた。

「おーい、任史ぃ。」ワゴン車の窓から、数年ぶりに会う衣田さんの笑い皺の多い顔が覗いた。
「あの人が衣田さん?」杏ちゃんが小さい声で聞いた。「じゃ、ここで一旦お別れだね。私たち二人とも明日のお祭り行くから、そこで会えると思う!」

二人にお別れを言い、衣田さんの運転するワゴン車に乗せてもらった。
「いやー、遠いとこんからはるばる申し訳ないねぇ。そういや任史もういくつだっけが。」
「16才です。高1。」
「へぇ、高1!」衣田さんが大きなあくびをしながら言った。「さっきのお友達もか?」
「ええ。あ、そういえば俺の隣に居た男子、柚木くんっていうんですけど。お兄さんの名前が柚木達矢さんなんですよ。」
「お、由紀子の旦那かぁ!そういやあ、似てたかもな。」バックミラーに映る目尻が、幸せそうな横皺を作っていた。「ごめんなぁ、由紀子が結婚しちまうからよ、任史に迷惑かけちゃってよ。」
「いやいや、俺どうせ暇人なんでむしろありがたいです(笑) それにしばらくこっちに来てなかったし。」

ワゴン車はいつのまにか、舗装されたコンクリートの道路を過ぎて、小刻みにガタガタと揺れる山道に入っていた。

「でも俺なんかでよかったんですか。さっき居た女の子から聞いたんですけど、蟲神神社のお祭りってかなり歴史が長いんじゃ……」
「ああ、それなら。」衣田さんが笑いながら答えた。「別にいいんだよ。第一、明治で暦が変わったべ。そんときから、古い歴史は終わって、新しい歴史が始まったんよ。」
「新しい歴史?」ふと、窓の外を見ると、紅葉で真っ赤に染まった山が、夕日の光を受けて、もっと赤く見えた。

「そうだな……任史、今十月だろ、お前十月の異名は分かるか。」
「異名?神無月ってことですか。」一体それが、“新しい歴史”に何が関係あるのだろうと思った。
「正解。じゃあなんで神無月と言うのかは知ってるよな?日本全国の八百万(ヤオヨロズ)の神々、すなわち日本の神様全員が十月には出雲(イズモ)の国に集まる。だから出雲以外の地では神が居なくなる。よってこの季節のことを神無しの月、神無月と言う。
当然、この事実に乗っ取れば蟲神神社の神様も今頃は出雲、まぁ島根県に居るはずだ。ここまで言えば分かったかな?」

「えっと、」紅葉の赤から目を離して、衣田さんの後頭部に話しかけた。「神様の居ない神無月に、お祭りをやるのは……変、ってことですか?」
すると、衣田さんはうーん、と唸った。「変、とは違うぞ。だから言ったろ?新しい時代なんだ、新しい歴史なんだ。……昔からの神無月、って考えじゃ神様は居なくなっちまう。でも十月と考えればちゃあんと神様はそこに居るわけだ。分かるかな、神様の有無っていうのは俺たち人間が決める事なんだ。例えばだ、古代の人間があるがままの自然を見て、畏敬の念を感じた、そこに神の存在を思った。けれどそれは人間が居なかったら神様も居なかったということだ。……ほら、そういうことなんだ。」

「はぁ。」正直、話が難しい。「でも俺驚きました。神主さんがそんなこと言うなんて。」
「ははは、俺は不謹慎者なんだ。」衣田さんが豪快に笑った。「まぁ、これも新しい歴史ってことよ。」

Re: 小説カイコ ( No.191 )
日時: 2011/12/18 20:44
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: hTgX0rwQ)
参照: さぁ、急展開のはじまりです(笑)

だんだんと話のネタも尽きて、延々と山道を走ること一時間半。相変わらず自然たっぷりで山以外には何も見えない。
本当にいくら進んでも見えるものは鋭角の、急な山々ばかりだ。空はすっかり群青色になり、星もいくつか瞬き始めた。
『東北の冬は早い』その言葉の真意を今初めて理解した。証拠にまだ十月だと言うのに夜になった今では吐く息は白くて、指先は冷えてきた。
いつになったら衣田さんの家に着くのだろう、といささか不安になり始めると、今まで木しか見えなかった山道が急に開けて小さな集落が現れた。もうすぐだ、と衣田さんが眠そうな声で呟いた。

蟲神神社は小さな丘の上にあった。
本当に小さい神社で、赤い丹塗りの鳥居が無ければ神社だとは気付かないかもしれないくらいだった。
車を降りて、衣田さんと一緒に鳥居をくぐり、石畳の道をしばらく歩いた。周りに明かりは一つもなくて、嘘みたいな話だけど月の光だけが頼りだった。
「もうちょっとだがや。本殿の裏が家になってるんだ。由紀子が待ってるから仲良くしたってな。」鼻歌を歌いながら衣田さんが言った。

神社の裏側の小規模な森が広がっているところが衣田家だった。玄関の横で、ベージュのチェック柄のエプロンをした女の人が猫を抱きかかえて立っていた。

「おかえりなさい!」その人が片手を振った。暗くて輪郭しか分からないが、この人がきっと衣田さんの娘の由紀子さんなんだろう。
「ただいま、こちら任史君。」衣田さんが俺の右肩にぽん、と手を添えた。
「ああ、任史君!随分と大きくなったねぇ〜。最後に見たときは私よりずっと小さかったのに。」由紀子さんは笑いながら、任史君たら身長この位だったのよ、と膝らへんを指差しながら言った。「達矢さんの弟さんと同じ学校なんだって?」
「あ、もう知ってたんですか。俺、昨日それ知ってかなりびっくりしたんですよ。」
「うん、私も今さっき知ったのよ。そだ、達矢さん今うちに来てるの。」

そう由紀子さんが言うとタイミングよく玄関の扉が開いて、中から男の人が一人顔を出した。けれどやっぱり暗くて顔はよく分からない。「寒いんだし早く中に入りなよ、」その人が言った。

「はーい、」由紀子さんが返事した。「じゃ、中でゆっくりしますか。そうだ!お寿司も頼んだのよ。」
言われるがままに玄関をくぐり、居間に入った。玄関の横には緑色のビニール傘が一本立て掛けてあった。
しゃれた部屋で、部屋の真ん中には大きなテーブルと華奢なイスがいくつかあった。そのイスの一つに柚木君とそっくりな顔をした男の人が座っていた。その横に由紀子さんがよいしょ、と腰かけた。居間の明るい電気のおかげで、その時初めて由紀子さんの顔をちゃんと見た。

「……え?」
予想していた顔と随分違った。それにどこかで見たことのある顔だ。
二十歳のわりには幼い感じだが、どこか芯の強さがある大きな黒い瞳。髪はまっすぐで黒く、肩に付くか着かないかくらいのショーットカット。それにエプロンの下には山吹色のパーカーを着ていて、

それは、それはまるで。


「……時木?」





かつて知り合った、中学生の幽霊。
最後に見たのは、鎌倉の青い空の下。
鈴木の姉で、今は亡き人。




   時木 杏



由紀子さんは、時木にそっくりだった。
あり得ないくらいに、そっくりだった。

Re: 小説カイコ ( No.194 )
日時: 2012/01/02 12:46
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: u6EedID4)
参照: ジャージは白だよね、白。でも自分で着るなら黒だな。

「……時木?」
「へ、」



見つめあった俺と由紀子さんの間に、冗談みたいなテレビの笑い声が、虚しく響いた。


「あ、いや、すいません何でもないんです。ただちょっと知り合いにそっくりだったもんで。それだけです。」
「ふぅん、」由紀子さんが興味有りげに相槌を打った。「時木さんって言うんだ。その人」
「え、ええ。」

その時、背後に座っていた柚木君のお兄さんが、勢いよく俺の手首を引いた。少し痛かった。
「ちょっと、その話聞かせて。」

俺の返事を待たずに、柚木さんはぐいぐい俺の手首を掴んだまま台所へ向かった。それから裏口の戸を開け、外に出た。
家の中の温度に慣れていたせいか、やけに寒い。吐く息は白いし、さっき上着を脱いでしまったので余計に寒かった。

「ねぇ、時木って言ったよね。」ずい、と柚木さんの顔が迫った。あー、こりゃ怒らせちゃったかな。
「はい、すいません。あんまりにも由紀子さんが知り合いの女の子にそっくりだったんで、つい……フルネームは時木杏って言うんですけど。」

その時、ある事実に気が付いた。「あれ? もしかして柚木さん時木のことご存知なんじゃないですか。俺の記憶違いかもしれないけど、確か、」
「知ってるよ。」柚木さんが俺の言葉を遮るように言った。「同じ小学校だった。じゃあもしかして高橋君もあの学校だったの?」
「いや。俺ずっと千葉に住んでるんで。」

柚木さんが怪訝そうに眉を顰めた。「じゃあ何でずっと千葉に居た高橋君がずっと茨城に居た時木杏のこと知ってるのさ。一体どうゆう繋がりなの?」
「えっと、それは…」どうしよう、どこまで喋っていいのだろう。「友達で、部活まで一緒の奴がいるんですけど。そいつ、時木の弟なんです。それで知ってるんです。」
「ああ、国由君だっけ、名前だけは知ってる。へぇ、同じ高校なんだ。すごいね、高橋君も国由君も、それに弟も同じ高校に通ってるってことか。」捲し立てるように、柚木さんは一気に喋った。「でもさ、さっき高橋君言ったよね、『俺の記憶違いかもしれないけど』って。あれどういうことかな。おかしいよね、だって国由君は当然だけど俺のこと知らないし。弟の朋祐だって時木杏のことは知らないはずだよ。」
「えっと、それはその……」

返答に詰まっていると、突然、数メートル目の前の茂みからガサガサと何かが動く音がした。音から判断するに、それは少し大きめの動物らしかった。
「なんだろ、嫌だな、イノシシじゃないよな。まさか鹿とかか?」言いながら、柚木さんが戸口にかかっていた懐中電灯に手を伸ばして、パッとライトを点けた。

ライトに照らされて、そこに居たのはイノシシでも無く鹿でも無かった。人だった。真っ青な服を着ていて、白髪まざりの髪は長くて腰まであった。
「…どなたですか、ここ神社の土地じゃないんですけど。」
「君、君じゃあないか。迎えに来たんだよ。」甲高い、けれど男の声でその人は答えた。
「はあ?」柚木さんが意味が分からない、という風に答えた。
「お前じゃあないよ、アンタの後ろに居る子だよ。そう、君、君。カイコ、君だよぉ。」その青い服の人は、間違いなく俺の方を指差して言った。

今、思い出した。この人は見たことがある。確か夏の合宿の時、森の中で会った人だ。いや、その前に、合宿初日の出発の時に我島岡の駅で会った人だ。……だけど、どうしてあの人がここに?
それに確か、我島岡駅で会ったとき、自動販売機の前の地面に小さな壁部屋が描かれていた。もし、もし仮にあの壁部屋が俺の見間違いなんかじゃなくて、この青服が描いたものだったとしたら……

「カイコ?」柚木さんが俺の方を振り向いた。
「ほぉら、早くこっちにおいでよ。」青服は、ケタケタと笑いながら手招きをした。「おいで、カイコ。」
その時、柚木さんがぽん、と納得したように手を打った。「やっと分かった!……高橋君、家の中に入ってて。」

「え、はい…」何が何だか全く分からないが、言われた通りに裏戸に手を伸ばした。


—————————— 開かない…?


「どうしたんだよ、家ん中入っててよ。」柚木さんが急き立てた。
「それが…、それが開かないんですよ!この扉。」いつの間にか、全身を泡立てるように鳥肌が立っていた。なんだか、物凄く嫌な予感がする。



「だぁーかーら、」青服がパンパン、と手を叩いた。「早くこっちおいでよ。それにね、君たちはもう世界から切り離されてるからね。」


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