コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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小説カイコ【完結】
日時: 2015/03/14 20:11
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: RQnYSNUe)
参照: http://mb1.net4u.org/bbs/kakiko01/image/188png.html


                  ◇
   
       そうやって何も考えずにこの先も生きていくんですか。

                  ◇






 そのあと俺は、上野駅で柚木くんと杏ちゃんと別れた後に、京王高尾線、とかいう聞きなれない電車に乗り換えた。ガタンガタン、と電車は心地好いリズムを奏でながら都会の風景を颯爽と次から次へと車窓に映してゆく。澄み渡るようなどこまでも青色の空が、やけに新鮮だった。
 ちょっと寄るところがある……、わざわざそんな言い方をしたのは、なんとなく遠回しにして二人には知られたくなかったからだ。考え過ぎだと笑われるかもしれないけれど、楽しい雰囲気に水を差すようなことは言いたくなかった。


 単刀直入に言うと、これからお墓参りなのだ。拓哉の。


 拓哉の葬式が終わってから、今日でちょうど、三ヶ月めだった。そろそろ行くべき時期だと思ったし、今行かないと、たぶん一生行けないような気がした。三ヶ月も放って置いたのだ、きっと怒っているかもしれない。そう考えると、あいつの頬を膨らませて怒った顔が、ありありと思い描けて何だか笑えた。

 ガタン、

 電車が、また一際大きく揺れる。


 なんとなく窓の外をふり仰ぐと、太陽の光が眩しかった。車窓から差し込む昼の日差しに照らされて、これから自分にとって一大事というのに、不思議ととても落ち着いた気分だった。
 


 平成23年、高橋任史、十六歳の秋。



                     ■



—————————————————————————————————————————

変な題名の小説書いて運営様マジすんません。
四年間お世話になりました。小説カキコがあったから、とても楽しい時間をすごせました。


□登場人物および世界観 >>115

◆幽霊からのテガミ編
☆扉絵 >>368
>>1 >>15  >>21 >>24-25 >>35 >>41 >>43 >>46-48
>>51 >>57 >>59-60 >>63 >>65-67 >>70 >>72-73 
>>75 >>77 >>80

◆左廻り走路編
☆挿絵 >>117(びたみん様作)
>>82 >>86 >>90 >>97 >>102 >>106-107 >>111-112
>>114 >>116-117 >>119-122 >>125-126 >>130 >>138
>>140 >>144 >>146 >>149-150 >>152 >>154 
>>157 >>161-162 >>165-166

◆ふりだし編
☆挿絵 >>178
☆挿絵 >>215
☆挿絵 >>253
>>170 >>175 >>178 >>181-182 >>186-191 >>194 
>>196 >>198 >>201-203 >>213 >>216-217 >>219-221
>>224-225 >>228-229 >>236-238 >>242-243 >>248-249
>>252 >>254-256

◆昨日の消しゴム編
★扉絵 >>349
☆挿絵 >>278 >>289
☆挿絵 >>295
☆挿絵 >>319
☆挿絵 >>391
>>260-262 >>265 >>269-273 >>276-277 >>283 >>287-288
>>290-292 >>296 >>298-300 >>303-304 >>308-314 >>317-318
>>320-323 >>325-337 >>339 >>342 >>348 >>352
>>353-356 >>358-361
>>362 >>367 >>369-380
>>381-388 >>390 >>392-400
>>401-405 >>406-409 >>410-411
>>415-423
>>424-427 >>444-452

◆番外編
>>431-442 鈴木編『たまには帰ってきなさいよ』

◆作者あとがき >>453


◆コメントしてくださった皆様
レイコ様 sue様 生死騎士様 小悦様 (朱雀*@).゜.様 ユキナ様 苺香様 ゆうか。様 月読愛様 麻香様 桐乃@様 満月の瞳様 姫星様 風様 蛾様 ♪ぱんだ♪様 桃咲優梨様 p i a f l 様 のちこ様  菫ーsumireー様 柊様 夜兎__〆様 ひゅるり様 meta-☆様 北野様 由ぴな様 ハーマイお兄様 ブチ様 ヴェロキア様 ミルクチョコレート様 びたみん様 イカ様 アリ様 nunutyu様 暦得様 しょうや様 *ユキ*様 チョコちゃん。様 小豆様 aya様 王様サマ うえってぃ様 悠様 Lithics様 杏月様

誠にありがとうございました!

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Re: 小説カイコ ( No.70 )
日時: 2012/05/06 19:12
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ijs3cMZX)
参照: 私のやる気スイッチを誰か探してください。

        ◆

コイツの馬鹿さ加減は笑える。

「邪魔なんだよ。」
まだ使い慣れないこの体を自由に動かすのは難しい。なにせ血は繋がってるとはいえ、いままで使ってきた身体よりもずいぶん大きいし、二十㎏以上は重い。それが祟ったのか足を離した瞬間に高橋を逃してしまった。

「ごめん、鈴木!」
高橋はそういいながら私を体当たりで後ろへ吹っ飛ばし、横に転がっていた“私”を素早く背負って円陣の外へ出ようとした。

……そうはさせるか。
苓見土我の壁部屋作りの腕はなかなかのものだった。けれど、精巧すぎたようだ。壁部屋の中では血を垂らした人間が絶対的な力を持つ決まりだ。血は円陣の一部として機能する。ちょうど、血液が身体の一部として機能しているように。結果、円陣の外側————— 苓見とカイコはこの中には手を出せないはずだ。
きっと苓見は壁部屋の中で私を消そうとしたのだろう。死んでから六年しか経っていない私の霊力なら高橋だけでもいけると思っての計画だったに違いない。

それに、確かに私にはこの男に勝つ自信がない。
だったらここで高橋に逃げられては後々面倒だ。

「……閉まれ。」
短く呟くと、期待どうりに円の線に沿って黑い壁が現れた。知れずに笑みがこぼれてしまう。想像以上に苓見の腕は確かだったようだ。

      ◆


「え、嘘だろ……」

鈴木の足が離れた瞬間を狙って逃げ、あと一歩で円から出られそうだったところだったのに。妙な、黒くて壁のようなものが突然目の前に現れた。後ろから鈴木が立ち上がる音が聞こえる。

「往生際が悪い。」鈴木が低く、呟いた。
「誰なんだ、お前。」
鈴木は俺の質問には答えず、足元の砂粒をさらさらと手にすくい始めた。
それから砂を握りしめて、ゆっくりと手を開いた。驚くことに平の上にあるはずの砂は無く、代わりに小さなナイフが握りしめてあった。

やばい。まじでやばい。
背中の時木はまだ気を失ったままだ。でも、このままじゃ俺も時木も危ない。しょうがない、時木はここに降ろすしかないか。
そっと背中から降ろして、向き直る。
鈴木は無言で自分自身の手首をナイフで勢いよく切っていた。数秒もせずに、鮮やかな液体が手首から平へ、指先へと流暢に伝ってゆく。黄土色の地面が、濃い赤色に染まっていった。

「……質量保存の法則って知ってるよな。あんなチンケな法則、この円の中でも通用してるみたいだぞ。」
そう言うと、鈴木はズボンのポケットから携帯電話を取り出した。「このくらい重さがあればいいかな。」

血が流れ続けている鈴木の右手で握りしめられた携帯電話は一瞬、眩い青色に光った後にぐにゃぐにゃとした動きで形を変えていった。気が付けば、台所によくありそうな包丁の形になっている。鈴木は携帯が動きを止めるのを見届けると、首から上だけ動かしてこちらを見た。口元が、微かに嗤いの形を作っていた。

……やばい。

Re: 小説カイコ ( No.72 )
日時: 2012/05/06 20:23
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ijs3cMZX)
参照: にょろぽよー。

そのとき、いい考えがひらめいた。
壁部屋の中からでも電波は通じるだろうか?

賭けに近い。うまくいくかどうかは分からない。
自分の携帯を取り出し、鈴木宛に電話をかけてみた。それからメールも。その間にも、鈴木と俺との距離はじりじりと狭まっていく。鈴木の足取りがいつもよりおぼつかない感じがするのは気のせいだろうか。

ピリリリリリリリリ ピリリリリリリリリリリリ
十数秒して、鈴木の手元から静かすぎる空間には不似合いな電子音が鳴り響いた。その後にはメールが届いたのだろう、ジージーとバイブ音が手元が狂うぐらいにずっと鳴っている。その様子に、鈴木は不愉快そうに眉を寄せた。

「小賢しいマネしやがって。」
ちっ、と悪態をついて携帯を地面に叩きつけてしまった。その場で立ち止まってこれ以上俺に近づいてくる様子もない。

「ねぇ、鈴木じゃないよね。君。時木でしょ。」できるだけ、刺激しないように言った。「なんでこんな事するんだよ。実の弟なんだろ、お前だってこんな事してなにも得なんか無いんだろ。」
「……自分の価値観で正義を振りかざす奴は嫌いだ。それに部外者に口を挟んでもらいたくないな。私はどうしてもやんなきゃいけないことがあるんだ。もういい、お前の退治はもうやめた。邪魔な事に変わりはないけれど、まぁせいぜい弟と仲良くしたってな。」

言うや否や、鈴木は円の淵まで走り出して行って黑い壁の中に吸い込まれていった。吸い込まれていった、と言うよりは壁に触れたとたんに消えた、と言った方が語弊がないかもしれない。
後には、俺といまだに気を失い続けている時木が残されただけだ。

この壁、通り抜けられるのかな。
黑い壁に触れてみると冷たかった。例えるなら氷水が一番近いかもしれない。冷たく、指先が痺れるような感覚に蝕まれていく。このまま腕も、体も突っ込んだらどうなってしまうのだろう。

その時、時木の呻き声が足元から聞こえた。
「時木、気がついた?」
「ああ、最高に最悪な気分だ。って、なんだその黒い壁は」
時木が驚いた様子で壁を見上げながら言った。
「ああ、これ。ごめん俺もよく分かんない。お前がぶっ倒れたあと鈴木が豹変してさ、大変だったんだよ。多分鈴木に憑りついたもう一人の方のお前が出てきたんじゃないかな。更にこんな壁残していきやがって……当の本人はやる事がある!とか言って、これに突入してどっかに行っちゃったみたいだけど。」
「はあ。」

時木が珍しく弱気な声を出した。見上げるように、黒い壁を眺めている。
しばらく二人で途方に暮れてしまった。どうしたらいいか分からない。完全にお手上げだ。

「なんかさ、笑えてくるよね。ここまでどうしようもないと。」
時木はうーん。と曖昧な返事を返した。額に指を当てて何か、考えに耽っている様子だった。
「あのさ、高橋。やる事があるって言ってアイツはこの壁からどっかに行ったんだったよね。」時木が壁を今度はじっと睨みながら言った。
「そうだけど……それってどういう意味だよ。」

振り向いて、時木はニヤリと不敵な笑みを顔に浮かべた。
「つまり入口は一つ。やるべき事も一つ。……行くぞ、私らも突入だ。」

Re: 小説カイコ ( No.73 )
日時: 2012/05/06 20:33
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ijs3cMZX)

              ◆

きょうは、お祭りの日です。


それにわたしのおたんじょうびです。

ことしの、お祭りでは国由がやっと3さいになりました。

お姉ちゃんのわたしがいっしょにいってあげなきゃいけません。

もんげんは、5じまでだけど。


スーパーボールすくいのおじさんに、きょうはたんじょうびなんだと言ったら、おまけをたくさんくれました。

わたしのお気にいりは、キラキラのラメがはいったうすいピンク色。

国由にも、きれいな水色のやつをわけてあげました。


家にかえると、

お父さんがかわいいお洋服をくれました。

お母さんがクラッカーをならしてくれました。

みんなでケーキをたべました。


きょうは、ほんとうに楽しい一日でした。


              ◆

最近、クラスが嫌で嫌でしょうがない。
クラスの女子がこぞって私を無視したりハブいたりする。

シカトの理由は簡単。ただの嫉妬だろう。
勉強も運動も人より抜群にできて、他の子よりもちょっと見た目もいい私は先生に可愛がられ、男の子達からも人気。さらに運動会や合唱祭、自然教室なんかでも目立った役をしていた私。馬鹿な彼女たちがよく使う言葉を借りて言えば、わたしは“うざい”存在らしい。

ついたあだ名はガリ子。いっつもガリ勉してるから。

だってしょうがないでしょ?私はあなた達とは目指すところが違うんだから。ガリ勉したり、したくもない学校行事の目立った役をやって内申点もキープしとかなきゃ受からない中学校に行くんだから。


     国立F大学付属中等学校


倍率は6倍近く。でも、
……絶対に、受かって見せる。

             ◆

ある日の夕焼けの綺麗な放課後、私は教室にいました。
その日は塾の自習室も、図書館の勉強室も閉まっている日だったのでしょうがなく学校の教室で勉強していたのです。

私の机には色とりどりのマジックやポスターカラーの落書きの跡。

クラスの馬鹿共が嫌がらせに朝早く学校に来て、私の机に落書きをやっていくらしい。毎日こんなことに時間を費やすなんて、本当に馬鹿なんだなとつくづく思う。


しね、うざい、きえろ、かす、きもい、


こんな汚らしい言葉の上で、私はノートと塾のテキストを広げて勉強します。5時のチャイムがなるまで勉強します。明日は全国模試があるからちゃんと実を入れて勉強しないと……


「杏ちゃんってさ、毎日頑張ってて偉いよね。」

突然、肩の後ろから声がしました。声を掛けてきたのはいつもクラスの隅っこで本を読んでいるような地味な男の子。会話を交わしたのも数回しかないような男の子。

きっと、悪口の書かれた机の上で黙々と勉強する私を憐れんでの言葉だったのでしょう。



だけど、何でだろうね。

私とっても嬉しかった—————————

             ◆

無事にF大付中に受かってから楽しい数か月が過ぎ、秋になった。
夏からずっと頭痛が続いていた私は両親に連れられて病院へ行きました。いくつかの検査の後に、聞いたこともないような病名が私に告げられました。

「早急な治療が必要です。」


……そして、私の入院生活が始まりました。
 
             ◆

入院してから数週間が過ぎ、秋も深まってきました。
今日は友達がお見舞いに来てくれました。

友達が帰った後、窓からの夕焼けが病室いっぱいに広がりました。すごく綺麗で、もう帰っちゃったあの子にも見せてあげたかったな。

その時、ふと思い出しました。

小学生のとき、いじめられていた頃。
あの日も綺麗な夕焼けの日だっただろうか。

私に声を掛けてくれた男の子。
なんて名前だったか思い出せないけど、

今はどこで何をしているんだろう?


          ◆

「ねえお母さん、私、もうすぐ死ぬんでしょう?」

雪の降る、寒い日でした。突然の私の質問に、母は驚いた後に悲しげな表情になってから無理矢理に笑顔を作って私にこう言いました。

————————— 絶対に、治るからね。大丈夫よ。

母が本当のことを言ってくれなくても、私はなんとなくわかっていました。もう、絶対に、治らないんだと。もうすぐ自分は死んでしまうのだと。

————————— どうして杏なんだ!国由が代わればいいじゃないか!!

狂ったように、お父さんが叫びました。お父さんは最近変です。前より派手な格好をするようになったし、仕事も辞めてしましました。言葉づかいも乱暴になりました。それに前からのことでしたが、国由に冷たく当たるようになりました。

————————— ちょっと、あなた、それどういう意味なのよ!

いつも温和で、何を言われても怒らないお母さんがヒステリックに聞き返しました。

————————— だって、アイツが生まれたせいで、真奈は死んだんだぞ!?今度は杏が!アイツさえ生まれなければ、アイツさえ!
————————— いい加減にしなさいよ!なんで国由のせいになるのよ!だいたい、あんたがそんなんだから悪いんじゃないの、なんだって仕事辞めたのよ!?私のパート代だって酒に回してんの知ってるんだからね!?もう、意味が分からないわ。ああ、可哀想な真奈!こんな旦那に……

————————— 真奈はそんな風に俺を言わない!お前なんていらない!



カラン。
後ろで、花瓶の落ちる音がしました。どうやら花瓶の水を汲みに行った国由が、病室のドアのところで今までの話を聞いていたようです。

国由は、私たちが振り返ると廊下へ走って逃げてしまいました。

「待って!国由待って!」
たまらず、私は国由を追いかけました。国由は足が速くてすぐに病院の外に出て行きました。長い入院と、病気に蝕まれて私はうまく足が動きません。

息を切らしながら病院の中庭に着くと、ほとんど雪で埋まってしまったベンチの上に座って国由は一人で泣いていました。




ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね——————
何千回謝ったのでしょう。私は国由を抱きしめながらずっと謝りました。


ごめんね、こんな体になってしまって。
ごめんね、嫌な思いをさせちゃって。
ごめんね、こんなお姉ちゃんで。



ごめんね。
最後の最後になって、隠し通せなかった。私と両親との秘密。
私はもうすぐ死んでしまうけど、国由はこれからもっと生きていかなくちゃいけないのに。




ごめんね。




私の家族は、もうすぐ終わるでしょう。

馬鹿な父親の手によって
継母のヒステリーによって
姉である私の死によって



……せめて、最後の瞬間くらい、本当の家族でありたかった。







最後の言葉は、ちゃんと話せたか分かりません。
ただ、国由がお姉ちゃん、お姉ちゃん、と泣き叫ぶ声だけが聞こえます。
もう、何も感じません。きっと、人はこうやって死ぬんでしょう。





ねえ国由。





いつか、夏になったら、

スーパーボールすくい、またふたりでいきたいな。


Re: 小説カイコ ( No.75 )
日時: 2012/05/06 21:01
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ijs3cMZX)

時木の少ない生前の記憶はなかなか壮絶なものだった。

悪時木を追って黒い壁に突入しようとしたのだが、時木いわく黒い壁の正体は悪時木の負の感情であり、生きている人間の俺が下手に触ると死ぬかもしれないらしい。さっき触っちゃったよ……
そして打開策として時木が俺に一旦憑りつくこととなった。時木が俺の中にスーッと入ってくるときには全身鳥肌立ちまくりでやばかった。それと同時に時木の生前の記憶が走馬灯のように頭の中で駆け巡って、何となく勝手に人の心を垣間見てしまったようで申し訳なかった。
それに、普段あんなにふざけている鈴木が、こんな幼少期を送ってきたとは思いもしなかった。

「どれ、じゃあ行ってみますか。」
黒い壁に突入してみるとさっき感じた冷たさや痺れは全く感じなく、代わりに胸にせり上がってくるような息苦しさがひどい。思わず吐いてしまうような、身体中を巡る、熱。

でも、それも数秒で終わる。
気が付けば、俺は一人、見知らぬ所に立っていた。

どんよりと曇った灰色の空に、赤錆びのひどい古びたアパート。
時々、生温い風がねっとりと不快に頬を撫でる。

「時木、ここ、どこだろう。」心の中で時木に問いかける。
『わからないけど……201号室の表札、時木って書いてあるな。』

成程、言われた通りにアパートに取り付けられた螺旋階段を登っていくと、201号室の表札には乱暴な字で“時木”と黒のマジックで書いてあった。
このアパートの造りは基本的に木造らしく、一歩歩くごとにギシッギシッと足元が不穏な音を立てる。201号室のドアは完全に開け放ってあり、中の様子がありありと見えた。
玄関からは居間らしき部屋までは短くて薄暗い廊下が細々と通じているだけだった。
そこにたった一つ、ローファーが置いてあるが、目に見える限り他に物は何も無いようだった。死んだような空気。死んだような家。

『高橋、中に入れよ。』
頭のどこかで、時木の声が響いた。
「え、だって人の家だし。勝手に入る訳には。」
『じゃあ、お邪魔しまーすとか言うのかよ。阿呆くさい。どうせ私の親父のアパートだ、勝手に入っていいよ。』

なんとも良心の揺らぐ所だが、ここは一歩踏み込んでみることにした。何の為にここに来たのか分からなくなってしまうし。

「あのー、時木さーん」
一応声をかけてみたが応答は無い。さらによく見たら廊下には土足で歩いた跡があった。きっと鈴木が歩いた跡に違いない。じゃあきっと、この部屋のどこかに居るはずだ。
すっごく悪いことだとは分かっているが、玄関に勝手に入った。とりあえずスニーカーを脱いで、薄暗い廊下から居間へと向かう。居間へのドアをそっと開けると、廊下よりかは明るかったが相変わらずに暗かった。

居間の中は廊下と同じく殺風景だった。部屋の中央にビールやチューハイの缶が散らばっていること以外は何もない。居間の隣は小さな和室になっているようで、畳の上に布団が一式グチャグチャに放置してあった。
その、グチャグチャの布団の中に男の人がいた。


さらに鈴木もいた。
布団の傍らに立って、じっと見下ろしている。一方、その男の人は全く気が付いていないようだった。一定のリズムを刻む、静かな寝息だけが聞こえる。
覗き見ると、年齢は四十代くらいで額には皺が深く刻み込まれていた。髭もきちんと剃っていない。少し目じりが吊り上っているところが鈴木に似ていて、昔は美青年だったであろう面影が少しだけ残っている。しかし、それは不幸な雰囲気を醸し出しているだけだった。


『随分と変わっちゃってるけど……やっぱり、お父さんだ。こんなところに居たんだ。』時木の静かな声がした。

しばらくして、ゆっくりと、鈴木はその男の人に覆いかぶさった。首を絞めかねない仕草だ。
とっさに止めに入ろうとしたが駄目だった。足と床が強力なボンドで張り付けられたようにぴたりとくっついて離れない。足だけではない、全身が凍ったようにぴくりとも動かない。金縛りってやつか。


「お父さん、」
鈴木が時木の声で語りかけた。

ゆっくりとまぶたが開かれた。
しかしこれといって驚いた様子はない。乾いた瞳で、疲れたように見つめ返すだけだった。その落ち着いた様子は、まるで前々からこうなることを知っていたかのようだった。

「私ね、どうしてもあなたのことが許せない。でも、憎むこともできない。わかるかなぁ?分からないよね。憎むことしか知らなかったあなたには。この気持ちはあなたにしか理解できないものなのに、あなたは理解してくれなかった。だから私はこんなふうになってしまった。こんなふうに、汚れた魂のカタマリになってしまった。」
今まで無機質だった時木の声にわずかながら熱みがこもった。

「……おまえ、国由か。」 時木のお父さんは右の手を鈴木の頬に添えながら言った。「大きくなったな。」
「そうだね、あなたが家庭を捨てて蒸発してから国由は大人になった。心も体もぐんと大人になった。でも、私はずっと中学一年生の子どものまま。心だけは子どものままどんどん老けていってさ。」時木はクククッと皮肉っぽく嗤った。「酷いもんだろ、これ。もう分ったろ、私は殺しに来た。このまま、永遠と悪霊として朽ちていくのが私の運命なら、あなたが悪霊となった娘に、あなたに苦しめられた息子の手によって絞め殺されるのもあなたの運命。これが、私が死んでから六年間迷って下した結論。あなたに下されるべき罰。」

ゆっくりと、鈴木の腕に力が籠る。でも、時木の父親はその行為自体には全く関心はなかった。

……娘は悪霊、息子は人殺し、か。

視界が、ぼうっと揺らいでいく。暗くなっていく。
急速に遠ざかる意識の中で、ただそれだけ思った。

Re: 小説カイコ ( No.77 )
日時: 2012/05/09 21:53
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: N.hBywMC)

ピロリリリリリリリリ ピロリリリリリリリリリリリリ



「あ、」
我ながら猛烈にバッドタイミング。いや、ナイスタイミングと言うべきなのか。
携帯電話のコール音が、静かな空間にけたたましく鳴り響いた。俺のポケットから。普段滅多に電話なんて掛かってこないのに。

さすがの悪時木も驚いたのか、首を絞めていた腕をほどき唖然とした顔でこちらを振り返ってきた。その瞬間、凍ったように動かなかった身体の節々が急に自由になる。……どうやら弾みで悪時木の金縛りが解けたらしい。

「本当に邪魔な奴……今度こそぶっ殺す。」
鈴木が俺に向かって、弾けるように飛びかかってきた。何か獰猛な獣を連想させる素速さだった。

「うっわ、」
とっさに足元に散らばっている空き缶の山を蹴り上げた。カランカラン、と乾いた音が予想外に大きい。俺も鈴木も思わず一歩退いてしまった。

『金縛りの暗示にかかるなよ、私もできるだけ手伝う。逆に暗示を掛け返してやるんだ、お前ならいけるはずだから!』

その根拠はどこから来るんだ、と思いつつ、怯んだ鈴木の虚をついて胸ぐらに掴みかかった。押し倒すようにして居間の壁に押し付ける。ダン、と大きい音と連動して、ボロアパートの各所で柱の軋む音がした。

瞬間、強烈な頭痛と目眩。
まるで意識を焼き切られるような、光と熱が脳裏に霞む。たぶん、これが暗示というものなのだろう。
しかし負けずに踏ん張った。もう金縛りにはかかるまい。

「高橋、アンタなんのつもりだ、邪魔ばっかり邪魔ばっかり邪魔ばっかり!アンタに関係ないことでしょ!?」
悪時木がヒステリックな声で俺を睨む。睨んだとたんに、再び殴られたような痛みが頭によぎる。

「関係大アリだ!お前は鈴木を人殺しにしてもいいのかよ!」
「アンタなんかに、あたしたち姉弟が分かる訳がないだろ!? この男さえ居なければあたしも国由もこんな思いをせずに済んだんだ!」
「でも、お前と鈴木はその男が居なければこの世に居なかったんだろ!」
「うるさい!」瞳を赤く燃やしながら悪時木が叫んだ。
「父親を殺して、弟を汚して、自分からお前は自分を悪霊へと追い込もうとしてるんだよ、頭冷やせ正気になれよ!」

頭痛はだんだんとひどくなってきている。どうやら悪時木は本気で俺に暗示をかけ続けているらしい。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。私は十二分に正気だよ。このまま死ぬこともできず、生きることもできずにこの男に対する恨みを抱えてこの世の終わりまで彷徨えっていうの?だったら、この手で殺してしまった方が楽じゃない、恨む相手が死人なら楽じゃない!」「殺して、私と同じようにしてやるのよ!!」悪時木は俺に、噛みつくようにそう叫んだ。
「だから、頭冷やせよ、親なら絶対に恨めない思い出があるはずだから!俺の中にいる時木と混じれば記憶は全て元に戻るはずだから!」
頭痛は、もう痛みを超えて耐えがたい熱となって意識を蝕んでいく。

「時木、どうにかしろっ……!」


頭痛と暗示を跳ね返すように、俺は鈴木の中に居る悪時木に暗示をかけ返した。
出ろ、出ろ、出ろ、出ろ、出ろ、出てこい、出てこい……こちらが強く暗示をかけると、頭痛もそれに比例して強くなっていく。立っているのも限界だ。視界がどんどんぼやけて、世界が薄らいでいく。
それでも力の限り正気を保った。頭が今にもぱっくりと割れてしまいそうなのを我慢して暗示をかけ続けていると、突然、鈴木の貌が苦痛に歪んだ。
鈴木の強張っていた体から徐々に力が抜けていき、そのまま手を放すと鈴木は壁に背をもたれたまま、ずるずるとその場にへたり込んでいった。

こちらも、焼けるような頭痛で、意識が朦朧としてきた。
耐えられなくなって、鈴木の横に座り込むと貧血の時のように目の前が真っ暗になった。何が何だか分からなくなって、急に眠くなる。






……時木がいない。
 
心の中で時木をいくら呼んでも応じる声が聞こえない。どうやら、時木はいつの間にか俺の中から抜け出して行ったらしい。








それを最後に、俺の意識はしばらく途絶えた。


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