コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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小説カイコ【完結】
日時: 2015/03/14 20:11
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: RQnYSNUe)
参照: http://mb1.net4u.org/bbs/kakiko01/image/188png.html


                  ◇
   
       そうやって何も考えずにこの先も生きていくんですか。

                  ◇






 そのあと俺は、上野駅で柚木くんと杏ちゃんと別れた後に、京王高尾線、とかいう聞きなれない電車に乗り換えた。ガタンガタン、と電車は心地好いリズムを奏でながら都会の風景を颯爽と次から次へと車窓に映してゆく。澄み渡るようなどこまでも青色の空が、やけに新鮮だった。
 ちょっと寄るところがある……、わざわざそんな言い方をしたのは、なんとなく遠回しにして二人には知られたくなかったからだ。考え過ぎだと笑われるかもしれないけれど、楽しい雰囲気に水を差すようなことは言いたくなかった。


 単刀直入に言うと、これからお墓参りなのだ。拓哉の。


 拓哉の葬式が終わってから、今日でちょうど、三ヶ月めだった。そろそろ行くべき時期だと思ったし、今行かないと、たぶん一生行けないような気がした。三ヶ月も放って置いたのだ、きっと怒っているかもしれない。そう考えると、あいつの頬を膨らませて怒った顔が、ありありと思い描けて何だか笑えた。

 ガタン、

 電車が、また一際大きく揺れる。


 なんとなく窓の外をふり仰ぐと、太陽の光が眩しかった。車窓から差し込む昼の日差しに照らされて、これから自分にとって一大事というのに、不思議ととても落ち着いた気分だった。
 


 平成23年、高橋任史、十六歳の秋。



                     ■



—————————————————————————————————————————

変な題名の小説書いて運営様マジすんません。
四年間お世話になりました。小説カキコがあったから、とても楽しい時間をすごせました。


□登場人物および世界観 >>115

◆幽霊からのテガミ編
☆扉絵 >>368
>>1 >>15  >>21 >>24-25 >>35 >>41 >>43 >>46-48
>>51 >>57 >>59-60 >>63 >>65-67 >>70 >>72-73 
>>75 >>77 >>80

◆左廻り走路編
☆挿絵 >>117(びたみん様作)
>>82 >>86 >>90 >>97 >>102 >>106-107 >>111-112
>>114 >>116-117 >>119-122 >>125-126 >>130 >>138
>>140 >>144 >>146 >>149-150 >>152 >>154 
>>157 >>161-162 >>165-166

◆ふりだし編
☆挿絵 >>178
☆挿絵 >>215
☆挿絵 >>253
>>170 >>175 >>178 >>181-182 >>186-191 >>194 
>>196 >>198 >>201-203 >>213 >>216-217 >>219-221
>>224-225 >>228-229 >>236-238 >>242-243 >>248-249
>>252 >>254-256

◆昨日の消しゴム編
★扉絵 >>349
☆挿絵 >>278 >>289
☆挿絵 >>295
☆挿絵 >>319
☆挿絵 >>391
>>260-262 >>265 >>269-273 >>276-277 >>283 >>287-288
>>290-292 >>296 >>298-300 >>303-304 >>308-314 >>317-318
>>320-323 >>325-337 >>339 >>342 >>348 >>352
>>353-356 >>358-361
>>362 >>367 >>369-380
>>381-388 >>390 >>392-400
>>401-405 >>406-409 >>410-411
>>415-423
>>424-427 >>444-452

◆番外編
>>431-442 鈴木編『たまには帰ってきなさいよ』

◆作者あとがき >>453


◆コメントしてくださった皆様
レイコ様 sue様 生死騎士様 小悦様 (朱雀*@).゜.様 ユキナ様 苺香様 ゆうか。様 月読愛様 麻香様 桐乃@様 満月の瞳様 姫星様 風様 蛾様 ♪ぱんだ♪様 桃咲優梨様 p i a f l 様 のちこ様  菫ーsumireー様 柊様 夜兎__〆様 ひゅるり様 meta-☆様 北野様 由ぴな様 ハーマイお兄様 ブチ様 ヴェロキア様 ミルクチョコレート様 びたみん様 イカ様 アリ様 nunutyu様 暦得様 しょうや様 *ユキ*様 チョコちゃん。様 小豆様 aya様 王様サマ うえってぃ様 悠様 Lithics様 杏月様

誠にありがとうございました!

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Re: 小説カイコ ( No.430 )
日時: 2014/02/27 00:31
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: KE0ZVzN7)


大学の前期試験終わったので!

更新再開!
ひゃっはー!



Re: 小説カイコ ( No.431 )
日時: 2014/02/27 00:38
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: KE0ZVzN7)


 本編に入る前に鈴木君の短編?番外編?なるものを投稿します。
 つーか風呂はいんねーと。自分クセーわwww





○帰郷


 『たまには帰ってきなさいよ』


 高校の終業式が終わった十二月中旬。
 吐く息も白い冬空の下、今日は部活も無いのでそのまま直行で下宿に帰った。学校の坂を一人下っていると、後ろから鈴木—、と呼び止められて、振り向くと高橋がこちらにむかって手を振りながら走って来ていた。

 「お、高橋じゃん。なんだよ、やけにニコニコしちゃって気色悪いぞ。どったのさ」

 「へへへ、」

 横に並んだ高橋は、それでも何だか嬉しそうだ。
 「通知表が良かったんだ。いやぁ、ついに上がりましたよ順位。やっと半分より上行った。どやどや」

 「おー、良かったじゃん。俺なんか美術赤評だったよ。もー最悪」

 「あはは、ありゃ才能の問題だからしょうがないよ。別に美術ぐらい落としても余裕でしょ、鈴木なら」

 「ま、ね。そういや部活のスケジュール貰った?」
 「いや、まだだけど」

 そっか、と言ってガリバのポケットに挟んでおいたスケジュール表を渡した。

 「ほら見てみここ。十二月二十五日から一月三日までがっぽりオフ。くっそ暇なんだけど」

 「あ、ほんとだ。しかもクリスマスがオフってところに悪意を感じるな。絶対これ佐藤先輩が金子先輩といちゃこらするためでしょ。でもなぁ、クリスマスも大晦日も正月もこの年になるとただただ暇なんだよね。彼女も居ないしさ、ネットぐらいしかやることないし。家に居たってつまんないし……って、あ、」

 「ん? どうした。実は彼女いましたーってか(笑)?」

 「違うわ馬鹿」
 高橋が不機嫌そうにため息をついた。

 「鈴木はさ、冬休み実家に帰らないの?」
 
 「あ……、そういや特に考えてなかったな。うーん、水戸が遠いんだよな。めんどくさい」

 「めんどくさい、っておい。さすがに入学してから一回も帰ってないのはマズイよ。そろそろ顔出しとかなきゃ。それに水戸なんて近い方でしょ。飯塚なんか宮崎のばあちゃんに半年ごとに会いに行ってるってよ」

 「宮崎かよ。遠いな。フォッサマグナをゆうに越えているではないか」

 「ぬん。まぁ帰りなって。鈴木もどうせ彼女いないんでしょ」

 「ふふ、一緒にするなし、馬鹿にするなし。俺ほどのイケメンなら作ろうと思えば今からでもいけるぜ」

 「あー、そうねそうね! そうでしたね芋男の俺なんかとは違いましたね! しっかしもったいないよなぁ、どうして告られても毎回振っちゃうんだよ。この前乙海から聞いたんだけどさ、鈴木君ホモ説が女子の間じゃ広まってるらしいよ。お前がぜんぜん応じないから」

 「ちょま……ホモって……。女子って怖ぇ」
 
 「それだけじゃないよ」
 ふふふ、と高橋が不愉快そうに引きつって笑った。


 「しかも相手が俺だって。いっつも二人で居るからだってさ。つまり俺もホモ設定にされてんだよ!!」

 しばしの沈黙。俺はゆっくり目を閉じた。

 「そっかぁ。バレてたのかぁ……」

 「え」

 「俺がお前のこと好きだって、こと……隠してたのに……」

 「ちょっ。えぇええええええ!?」


 高橋がびっくりしすぎて後ろにケツから倒れた。大目玉かっぴらいて下からこっちを見てくる。


 「バーカ、んな訳あるかよ。俺が十人いても高橋を掘りたいなんて思わないね」


 まさか本当に信じるとはまぁ高橋なら無くも無いかな、ぐらいに思ってたけれど、本当に信じたからけっこう面白かった。当の高橋は顔を真っ赤にしてカンカンに怒っている。非常に面白い。



Re: 小説カイコ ( No.432 )
日時: 2014/02/28 22:44
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: KE0ZVzN7)



 それから坂下の分かれ道で高橋と別れ、下宿に着くと俺宛てに封筒が届いていた。家からだ。しかも今の父親からでビビった。案外、達筆でさらにビビった。
 さっきの話題が話題だったので、予想はしていたがやっぱり内容は、文章の一行目から正月ぐらいは帰ってきなさいよ、というものだった。同封されて、一万円が入っていた。どうやら交通費らしい。

 「おいおいさすがに一万もかかんねぇよ……そんなに水戸は遠くねぇよ……」

 他の事に使っちゃおうかな、と一瞬頭に掠めたけどやめておいた。そういやお金って普通に郵送しちゃいけないんじゃなかったっけ。

 「ヨッス! おう鈴木やん」
 今閉めた玄関の横戸がガラガラと音を立てて開いて、大学生の上野さんが入ってきた。ちなみにこの人、どっからどう見ても能天気なアホに見えるが、東大生である。

 「あ、上野さん。こんにちはー」
 「なんじゃお手紙か。誰だれ? カノジョー?」
 「いや……家です」

 「おほー帰郷ですかぁ。正月だもんねぇ。俺も帰るぞ家に。お前は? そういやどこ出身なん? 高校から下宿も今時あんまないじゃろ」

 「俺は茨城の水戸です。寒いですよ何も無いし。県庁所在地の割には土浦とかつくばの方が栄えてるし」

 「へぇ、まぁ故郷っぽくてええやん。あんま都会都会してるのも風情無いじゃろ」

 「はは、素敵なフォローありがとうございます」


 上野さんが愛してやまない実家の話を始めそうだったので、急いで振り切って自室に逃げた。それからゆっくりと手紙の続きを読んだ。

 実は、今の父親からもらう手紙は初めてである。だいたい、こういうのは今まで母親が送ってきていたから。
 万年筆で書いたらしき、細くて堂々とした達筆な字を、上からじっくり読んだ。




 国由へ、

 たまには帰ってきなさいよ!
 国由、僕含め、お母さんも葵も寂しがってます。十代の成長は早いからね、たぶん今頃東京の雑踏に揉まれて見違えるほど逞しくなってるんじゃないかな。
 同封した一万円は片道の交通費です。万が一にもそうゆうことは無いと思うけど、他のことに使ったら呪い殺します。一万円も投資した僕の気持ちを考えて、帰ってきてください。
 正月にはみんなでコタツでおせちとピザ食べような! なんか他に食べたいものあったら遠慮なく言って下さい。
 それに12月30日は葵の三歳の誕生日だよ! 葵、国由が来てくれるのを楽しみにしてるからね。来なかったら怖いぞー。
 あ、それともしも帰って来てくれなかったらの話ですが。
 家族総出で、国由の下宿にお邪魔しに行きます。さらに国由が部活で頑張っている姿も見たいので、部活にもついていきます。バカ親っぽく黄色い声で応援しながら、走ってる国吉をホームビデオで録画しちゃいます。
 じゃ、待ってるからね!


 父より



 「うわぁ……」
 なんかほぼ脅迫状みたいじゃないか。これ。しかもあの人なら冗談じゃなくやりかねない。
 バカ親っぽく、ってところが何だかくすぐったいけれど、まぁ照れ臭いので置いておく。


 「あーあ、」

 これじゃあ、帰らざる負えないじゃないか。まさかこっちにわざわざ出向かせるわけにもいかないし。葵が待ってるらしいし。一万円も貰っちゃったし。……他の事に使ったら呪い殺されるらしいし。
 俺なんか放って置いてくれていいのに。というかその方がこっちも気楽なのに。母さんと、隆光さんと、葵と。あの三人だけだったら、完璧な家族なのに。俺も、他人でいる方がよっぽど居心地がいい。

 「あーあ!」
 なんかむしゃくしゃしたのでとりあえず昨日賞味期限の切れた食パンを連続で三枚ほど平らげた。乾燥してて、口の中でぽそぽそして飲み込みにくい。頑張って飲み込もうとしたら喉に詰まって一人で悶えまくった。

 「ちっきしょ、このやろう!」
 何にいらだっているのか分からなくなってきたけど、適当に足元にあったダンボール箱を蹴っ飛ばした。案外軽くて、中からプリント類がたくさん飛び散る。廊下の向こうで、上野さんが「ひぇえー」とか言っている。


 「何ですか上野さん!」
 廊下に向かって怒鳴り散らした。

 「いやぁ、えらい事になってんなぁ思って。あっはっは。モラトリアムじゃなぁ〜」


 壁越しにくぐもって聞こえる上野さんの陽気な声を聴いていると、なんだか自分がひどく馬鹿でガキみたいに思えてきた。そのまま意気消沈して布団に倒れ込む。昨日食い散らかしたポテチの匂いがした。

 「はぁ……」
 制服のポケットから、意味も無くスマホを取り出して、エロサイトでも見よっかなーとか思って画面を点けようとしたら、真っ黒な画面が鏡になって、自分の顔が写ってギョッとした。
 もう嫌だな。年取るにつれて、どんどん前の親父そっくりになってく俺の顔面。きっと母さんもアイツの顔に騙されたんだな。怖い怖い。


 「母さん、か。俺もどういう星の巡り合わせなんだろうね」

Re: 小説カイコ ( No.433 )
日時: 2014/02/28 23:01
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: KE0ZVzN7)



 ちなみに俺の母さんは俺の母さんでは無い。ここらへんは高橋にも言っていない話だ。
 だから俺は本当に他人でいいのだ。母さんとも、隆光さんとも血の繋がりは無いのだから。

 俺を生んだ人は、俺を生むときに脳卒中で死んだらしい。そんなことあるのか、と俺もはじめ聞いたとき驚いたが、そこそこある話らしい。
 その後、シングルファザーとなった前の親父だったが、どういう顛末か俺の生みの親の双子の妹、すなわち今の母さんと再婚した。
 母さんがどうしてそういう気になったのかは未だに不可解だが、まぁそうなったものはそうなったものなのだ。母さんたち双子の姉妹はシングルファザーの元で育ったらしく、その経験上母親は大切だと思ったから、とか何とか言っていた。でも未だによく分からない。

 ちなみにこのことの大筋を俺が知ったのは、姉ちゃんが死ぬ前日だ。だから小学生の時だ。

 雪が降っていたあの日、病院に姉ちゃんのお見舞いに行った。花瓶の水を替えてきて、と頼まれたから一人で水道まで歩いて行った。
 で、病室に帰ってくると夫婦喧嘩が始まっていた。何となく入れる雰囲気じゃなかったので、ドアの前で喧嘩が収まるまで待っていようと思ったら、今でも忘れない、アイツの暴言を聞いてしまったのだ。


 “どうして杏なんだ!国由が代わればいいじゃないか!!”

 「ちょっと、あなた、それどういう意味なのよ!」

 「だって、アイツが生まれたせいで、真奈は死んだんだぞ!? 今度は杏が! アイツさえ生まれなければ、アイツさえ!」

 「いい加減にしなさいよ! なんで国由のせいになるのよ! だいたい、あんたがそんなんだから悪いんじゃないの、なんだって仕事辞めたのよ!? 私のパート代だって酒に回してんの知ってるんだからね!? もう、意味が分からないわ。ああ、可哀想な真奈! こんな旦那に……」

 「真奈はそんな風に俺を言わない! お前なんていらない!」


 俺はあまりのことに、両手の力が抜けて、花瓶を床に落としてしまった。それに気が付いた姉ちゃんが、病気で痩せた体を引きずりながらこっちに来たが、俺はもう悲しくって、意味が分からなくって、泣きながら走って逃げた。

 それで病院の中庭のベンチで隠れるように、一人、泣いていた。真っ白な雪があとからあとから冬空から降って来て、やけに悲しかった。

 気が付けば、いつの間にか追いついたパジャマ姿の姉ちゃんが、俺の背中を抱いて何回も、何回も謝っていた。ごめんね、ごめんね、と。国由はまだ生きて行かなきゃいけないのにごめんね、と。

 姉ちゃんはガクガク震えていた。俺は寒いのかな、と思った。だってパジャマだったし。
 しばらくすると、ごめんねと謝る声も止んで、俺を抱いていた細い両腕の力がずるりと抜け、姉ちゃんは降り積もる白雪の上、バッタリと倒れた。
 雪と同じくらい、顔が白かった。
 
 翌日の深夜、姉ちゃんは息を引き取った。
 静かな病室で、お前が殺したんだ、と呪うような親父の低い声が何度も何度も俺に向けられた。
 俺のせいで死んじゃったんだ、って俺は何度も何度も心の中で繰り返した。母さんが一生懸命、優しい声で俺に泣きながら何か言っていたけれど、俺は聞かなかった。


 その後、母さんは離婚した。当たり前だ。あんな奴と一緒に居れる方がおかしい。


 俺の名字は、時木から宮川になった。母さんの旧姓だ。
 あの忌々しい親父と同じ時木という名字は嫌だったが、姉ちゃんと違う名字になってしまうのは、繋がりが全部無くなってしまうみたいで、それも悲しかった。

 姉ちゃんと過ごした前の家を出て行き、車で新しいアパートへと向かった。その車内で、俺は俺の家族の秘密を全部母さんから引き出したのだった。


Re: 小説カイコ ( No.434 )
日時: 2014/02/28 23:22
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: KE0ZVzN7)


 そしてそこらへんから、俺は病んできた。誰とも遊ばなくなったし、学校の休み時間は寝たふりをして人との関わりを絶った。

 なんの障害も無く幸せそうに生きる同級生たちを見ると、無性に腹が立ったし、みんなも俺と同じ目に遭えばいい、とまで思った。あの頃は本当に性格が歪んでいた。
 しかもリストカットなんてものにも手を出していたので、ますます人と関われなくなった。

 リストカット、あれは本当に怖い。一度始めると癖になって何度でもやってしまう。痛みに慣れると軽く切ったくらいじゃ満足できなくなって、回数を重ねるごとにどんどん傷が深くなる。治らなくなる。グロい傷跡に慣れると、それが本当に自分の身体の一部なのかも曖昧になってくる。

 今でも、その傷跡は左手首にしっかりと残っている。部分的に妙に褐色になってしまった細長い傷。おかげで腕時計が外せなくなってしまった。部活中も腕時計をしっぱなしだから、この前高橋に、邪魔じゃないの?とか聞かれてかなり言い訳に困った。
邪魔だよ、確実に。


 ……で、そんな風に派手に傷跡を増やしていっていたので、ある日担任の先生にバレた。どうやら俺の傷に気が付いた生徒の誰かが、先生に教えに行ったらしい。

 養護教諭がすっ飛んできて、それから親まで学校に呼ばれて、なんか大事になってしまったのを覚えている。夕方の五時までみっちり話を詰められた。
 その後は学校から家まで母さんと二人で帰ったわけだが、その途中でいきなり平手打ちされた。パーン、といい音がして、かなりびっくりした。それから泣きながら、馬鹿なことはもうよして、とか何とか言われて、もうしないことを約束した。

 当時の俺は単純だったのか何なのか、それ以来リストカットはやめた。今まで自分の部屋にベッドがあって、夜は一人で寝ていたのに、その日からベッドを母さんの部屋に移されて、否が応でも夜は一人になれなくなったのだ。しかもカッター類も全部没収された。結果、リストカットもできなくなった。というかそこまでされて、再びやろうとも思わなかった。


 そして時は巡り小学六年生になった秋ごろ。
 その頃、何となく母さんは毎日ウキウキしていた。小学生の目にも分かるくらいに、ウキウキしていたし、なんか若干綺麗になってきた気もした。服装も化粧も前よりずっと明るくて、若い。
 好きな人でもできたのかね、なんて小学男児にしては鋭い考察をしていた俺だったが、ずばり当たってしまった。ある日の夕食で、ねぇ国由さぁ、お父さん欲しくなぁい? とか聞かれて、これはきたな、と思った。

 別に断る理由も無かったし、好きにしたら、と言ったら翌日早速家に連れてきてビビった。鈴木さんという人らしい。

 その男の人は、いたって普通な体型で、温和そうな人だった。喋り方がゆっくりで、見た目の割には若干仕草や動作がおじいさんっぽい。この人が今の父親、隆光さんである。
 なんか一目見ただけで、いい奴だな、と分かった。前述したとおり、その頃の俺は性格が歪んでいたし、小学生にしては鋭すぎる考察力も兼ね添えていたので人の人格を探るのには慣れていた。

 まぁ、そんな訳で、俺が小学校を卒業した春休み中に、二人は結婚式を挙げて、籍を入れて、結婚した。俺の名字が宮川から鈴木になった。

 隆光さんのことを、最初何て呼べばいいのか分からなかった。
 何て呼べばいいですか、と聞いたら隆光さんは困ったように笑いながら、お父さんって呼んでくれたら嬉しいけど、別に無理しなくていいよ。と言った。
 母さんは隆光さんのことを隆光さんと呼んでいたので、俺にとっては隆光さんという言い方が一番自然だった。だから、隆光さんと呼ぶことにした。

 それから数か月後、母さんが妊娠した! とか言って嬉しそうに騒いでいた。
 俺もまぁ嬉しかったけど、悲しいかな、れっきとした中学生男子だったから変な方向にしか頭が働かなかった。みんなで同じ部屋で寝ていたのに、いつやったんだ?とか思って一人で逆算したら、たぶん俺の部活の合宿の時だ。大人って怖い。

 で、年末にめでたく葵が生まれた。体重が五キロもあったらしい。

 正月はみんなで母さんの入院先の部屋で過ごした。暖房の効いた、温かい室内から見える窓の向こうでは真っ白な雪がさんさんと降っていた。
姉ちゃんが死んだあの日と同じ、真っ白な雪が。


 その雪をずっと見ながら、その日、俺は決意した。この家を出よう、って。

 この幸せな家族に、俺みたいな奴が暗い影を落としてはいけない。
 母さんも実の子が生まれたのだ。俺なんかいない方がいいだろう。
 新しく生まれた赤ちゃんのためにも、得体の知れない兄なんて居ない方がきっといい。優しい父母に愛されて、俺みたいに歪まずに育ってほしい。


 それから俺はどうやったら家を出れるかをずっと考えた。
 
 さすがに家出は駄目だ。また大事になってしまう。
 じゃあ、どうしたらいいのか。迷惑をかけずに、自然な感じでこの家族から姿を消すためには。

 答えは半日考えて、あっさりと出た。
 そうだ、高校受験で遠い高校を受ければいいんじゃないか。家から通うのが難しいぐらい遠くの高校に行けば、下宿することになるだろう。それで万事解決だ。

 調べたら、県立高校では保護者同伴の義務うんたらかんたらで下宿は無理だった。市立高校も然り。私立なら寮付きのところがあったけれど、おそろしく学費が高かった。ちっくしょー、と思って知恵袋で “下宿できる高校はありませんか?” って聞くと、どうやら国立高校なら下宿オッケーらしい。現に、下宿生の人からも解答をもらったのだ。

 で、その日からガリ勉して今に至る。
 東京というのは本当に恐ろしい街で、色んな背景を持った、色んな人がわんさか居る。はじめ、下宿で上野さんに出会って、生まれて初めて生の関西っぽい方言を聞いたときには日本って広いんだなぁ、とかまじまじと感動した。
 
 ちなみに高校に入学して、何となく中学の時もやっていた陸上部に入って、一番びっくりしたのは俺と同じ新入部員のなかに、隆光さんそっくりな奴がいたことである。

 いたって普通の外見に、田舎っぽい温和そうな雰囲気。年の割には変に落ちついた、じいさんみたいな仕草と動作。
 言わずもがな、高橋である。高橋と隆光さんがそっくりすぎるのだ。笑った時の顔が一番似ている。



 ふぅ……、とここまではいいものの。
 人がこういった感じで一大決心をして茨城のド田舎から東京に出てきたのに、正月にまた帰ってこいとは……まったく弱ったな。 
 ほんと、もう、だから放っておいてくれればいいのに。俺ももう十六歳だ。二百年前だったらとっくに成人してるのに。
 というか反応が怖いじゃないか。特に母さんの。久々に見た連れ子が前の旦那そっくりに成長してたら俺だって嫌だよ。くっそー。


 「あー駄目だ。鬱になってきた。寝よ」
 一人でそう呟いて、夕飯まで寝ることにした。鬱になったら寝るのが一番。これは間違いない。


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