コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- 小説カイコ【完結】
- 日時: 2015/03/14 20:11
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: RQnYSNUe)
- 参照: http://mb1.net4u.org/bbs/kakiko01/image/188png.html
◇
そうやって何も考えずにこの先も生きていくんですか。
◇
そのあと俺は、上野駅で柚木くんと杏ちゃんと別れた後に、京王高尾線、とかいう聞きなれない電車に乗り換えた。ガタンガタン、と電車は心地好いリズムを奏でながら都会の風景を颯爽と次から次へと車窓に映してゆく。澄み渡るようなどこまでも青色の空が、やけに新鮮だった。
ちょっと寄るところがある……、わざわざそんな言い方をしたのは、なんとなく遠回しにして二人には知られたくなかったからだ。考え過ぎだと笑われるかもしれないけれど、楽しい雰囲気に水を差すようなことは言いたくなかった。
単刀直入に言うと、これからお墓参りなのだ。拓哉の。
拓哉の葬式が終わってから、今日でちょうど、三ヶ月めだった。そろそろ行くべき時期だと思ったし、今行かないと、たぶん一生行けないような気がした。三ヶ月も放って置いたのだ、きっと怒っているかもしれない。そう考えると、あいつの頬を膨らませて怒った顔が、ありありと思い描けて何だか笑えた。
ガタン、
電車が、また一際大きく揺れる。
なんとなく窓の外をふり仰ぐと、太陽の光が眩しかった。車窓から差し込む昼の日差しに照らされて、これから自分にとって一大事というのに、不思議ととても落ち着いた気分だった。
平成23年、高橋任史、十六歳の秋。
■
—————————————————————————————————————————
変な題名の小説書いて運営様マジすんません。
四年間お世話になりました。小説カキコがあったから、とても楽しい時間をすごせました。
□登場人物および世界観 >>115□
◆幽霊からのテガミ編
☆扉絵 >>368
>>1 >>15 >>21 >>24-25 >>35 >>41 >>43 >>46-48
>>51 >>57 >>59-60 >>63 >>65-67 >>70 >>72-73
>>75 >>77 >>80
◆左廻り走路編
☆挿絵 >>117(びたみん様作)
>>82 >>86 >>90 >>97 >>102 >>106-107 >>111-112
>>114 >>116-117 >>119-122 >>125-126 >>130 >>138
>>140 >>144 >>146 >>149-150 >>152 >>154
>>157 >>161-162 >>165-166
◆ふりだし編
☆挿絵 >>178
☆挿絵 >>215
☆挿絵 >>253
>>170 >>175 >>178 >>181-182 >>186-191 >>194
>>196 >>198 >>201-203 >>213 >>216-217 >>219-221
>>224-225 >>228-229 >>236-238 >>242-243 >>248-249
>>252 >>254-256
◆昨日の消しゴム編
★扉絵 >>349
☆挿絵 >>278 >>289
☆挿絵 >>295
☆挿絵 >>319
☆挿絵 >>391
>>260-262 >>265 >>269-273 >>276-277 >>283 >>287-288
>>290-292 >>296 >>298-300 >>303-304 >>308-314 >>317-318
>>320-323 >>325-337 >>339 >>342 >>348 >>352
>>353-356 >>358-361
>>362 >>367 >>369-380
>>381-388 >>390 >>392-400
>>401-405 >>406-409 >>410-411
>>415-423
>>424-427 >>444-452
◆番外編
>>431-442 鈴木編『たまには帰ってきなさいよ』
◆作者あとがき >>453
◆コメントしてくださった皆様
レイコ様 sue様 生死騎士様 小悦様 (朱雀*@).゜.様 ユキナ様 苺香様 ゆうか。様 月読愛様 麻香様 桐乃@様 満月の瞳様 姫星様 風様 蛾様 ♪ぱんだ♪様 桃咲優梨様 p i a f l 様 のちこ様 菫ーsumireー様 柊様 夜兎__〆様 ひゅるり様 meta-☆様 北野様 由ぴな様 ハーマイお兄様 ブチ様 ヴェロキア様 ミルクチョコレート様 びたみん様 イカ様 アリ様 nunutyu様 暦得様 しょうや様 *ユキ*様 チョコちゃん。様 小豆様 aya様 王様サマ うえってぃ様 悠様 Lithics様 杏月様
誠にありがとうございました!
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- Re: 小説カイコ 【一周年記念に校正中です(笑)】 ( No.254 )
- 日時: 2012/04/29 21:43
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ijs3cMZX)
- 参照: 保留の続き書きますた(゜∀゜)
その時、ズボンのポケットに突っこんでいた携帯電話が着信を知らせた。
たぶん親戚の誰かだろう。急いで携帯を開いて耳に当てる。
「はい、もしもし任史ですけど、」
『高橋君?』
杏ちゃんだった。一気に頭の中が真っ白になる。
『……高橋君?』耳元で再度高い声がした。
「あ、はいっ。」手汗が大変なことになっている。
『今日さ、お祭り一緒に回れる?私一緒に行く人が居なくて……柚木君はさっき年下のいとこと出かけちゃったし。』
「えっ……」
『あ、嫌ならいいの!』杏ちゃんが焦ったように付け加えた。『それに高橋君、今日神子さんやるんだよね。そんな暇無いよね。ごめんね急にこんな話振っちゃって。私ったら何も考えてなくて。』
「いや、暇、ならある、よ。」
『ううん、無理しないで!』ハハハ、と陽気に笑う。『それより今日の演舞頑張ってね!じゃあ、』
やばい、このまま電話を切られてしまう。
「いやいやいや全然、忙しく無いし、えっと……」ああ、どうしてこうも言葉が続かないのか。「えっと、あっと、是非一緒にお祭り回っていただきたいですというかこちらからお願いします俺なんかで良ければ!!」
それから、しばらく間が空いて返事が返ってきた。『本当に大丈夫?私迷惑じゃないかな。』
「え、ああ。」声が震えるもう助けて。
すると電話の向こうから無邪気に笑う声が聞こえた。『そっか、良かった。じゃあ時間はどうしようか。』
「水車小屋の前で……四時とか、どう?」
『了解! じゃあまた後でね!』
「あ、うん。」
やっと電話が切れた。五キロ走るのよりも疲れた。手汗で携帯に水滴が付いている。もう駄目だ、鈴木のようにはペラペラと口が回らない。どうしよどうしよどうしよどうしよどうしよ……!
「任史、どうした?」衣田さんがお茶をすすりながらのんびりと聞いてきた。
「いや、何もないです。」
「なるほど、女か。」
「いや、違います。」
そこにおばさんも参戦してきた。「えーでも顔真っ赤になってるわよぉ。大丈夫かしら。風邪だったら大変。」
「大丈夫です。熱とか出てないし風邪じゃないです。」
すると衣田さんが大笑いした。「なんだー、恋の病は風邪に分類されないのか!」
「うわああ! もうやめて下さいよ!俺一体どうしたらいいんですかもう死にそうですよわぁああああ!!」
「まぁまぁ落ち着きなさいって。」言いながら、おばさんは俺の湯飲みにお茶を注いでくれた。
……もうどうすればいいんですか。
それから、演舞の衣装の準備も整ったところで衣田さんの家に到着すると、時刻は三時をとうに回っていた。
今の恰好は去年買った普通の紺のジーパンに、なんかダサい青と灰色のチェック柄のシャツ。そりゃもう田舎者丸出しルックである。持ってきた服なんて、今着ているもの以外は昨日着ていた陸上部のジャージしかない。もうやだ消えたい。第一服なんて今まで気にしたことが無いし、何を着ればいいのかさっぱり分からない。
「わぁぁー」
気が付くと、あくせくする俺の背後で由紀子さんが半笑いでこちらを見ていた。
「任史くん、これからデートなんだってぇ?」
「もういいですよ、何とでも言ってからかって下さいよ。」きっと衣田さんが由紀子さんに喋ったのだろう。
「どうしたのよ、そんなにそわそわしちゃって。」柱に背を預けた格好で由紀子さんがそう聞いてきた。
「服ですよ、服。」思わず頭を抱える。「俺服なんて気にしたこと無くて。いつも制服かジャージしか着てないからもうどうしたらいいか分かんなくて。どうすればいいですか本当に……」
「えー、気楽にいけばいいと思うよ。そうだ、いつも友達とかはどんな格好してるのよ、遊びに行くときとかさ。」
「みんな都会の人なんですごくオシャレですよ、でも男同士だしあんまり恥ずかしいとか思ったことも無くて。」
「いいのよ、それで。」由紀子さんがウィンクと共に親指をぐっと立てて俺に向けた。「こんなド田舎で洒落っ気出す方がアホらしいわよ。第一ね、そのまんまでも十分格好いいから大・丈・夫!」最後の大丈夫は相当ワザとらしい。
「う、嘘だ……」
ケラケラと笑い声を残して由紀子さんが向こうの部屋に消えた。
それから服のことは諦めて、台所に麦茶を飲みに行った。ちょうどよく冷えていてとてもおいしかった。
「おーい、任史ー、居るかー」玄関から衣田さんの呼ぶ声が聞こえた。
「あ、居ます。」
どしどしと衣田さんが台所までやって来た。「おお良かった。やっぱ六時には帰って来い。意外と全部着るのに時間がかかるから。あと後で高橋のおばさんにちゃんとお礼言っとけな。」
「分かりました。あの、演舞って誰が見に来るんですか?」
すると衣田さんは驚いたように目を見開いた。「誰がって、お前、この村のみんな見に来るはー。ボケたばあさんでも無理して来っぞ。」
「えええっ、そんなにですか。」不安すぎる。ほぼ余所者のような俺がやっぱりやるような役目じゃなかったんじゃないか。
「大丈夫だ。安心しろお!」急に衣田さんの口調が励ますようなものになった。「任史は覚えもいいし、とちっても気にすんな。何も引け目を感じることはないから。」
「でも、」
言いかけた俺の肩を、衣田さんは無言で笑って力強く叩いた。それは何だか、これから起こること、全てがうまく行くような、そんな笑い方だった。「……頑張ります。」
- Re: 小説カイコ 【一周年記念に校正中です(笑)】 ( No.255 )
- 日時: 2012/05/03 20:07
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: N.hBywMC)
- 参照: ふりだし編、もうすぐ完結!
その後、どうなったかは想像にお任せすることとしよう。
とりあえず、上がりまくった。ちゃんと日本語を喋れたのかが分からない。変な事を口走っていなかったか今でも心配だ。けれど何を言っても、どんなにつまらないことを喋っても、杏ちゃんが花のような笑顔を返してくれるのでその都度安心した。
そして今、演舞も無事終わった午後七時半。
陽がすっかり沈んでから行われた奉納演舞は、たぶん上手にできたと思う。袴を衣田さんの怪力で相当にキツく閉められてしまったので、動くたびに布が擦れて腰が痛かった。それと観客は目が回ってしまうかと思うくらいに大勢いて、こちらから見える範囲ではお年寄りばっかりだったが、後ろの方では由紀子さんや衣田さん、それに杏ちゃんと柚木君一家も見てくれていたらしい。
「はぁー。疲れた。」ぐったりしながら出されたお茶を飲んだ。今は、衣田家で由紀子さんと衣田さんと一息ついている。
「いやはや、上手だったわよ。ちょっと動きがぎこちなかったのが惜しいけど。来年もよろピクねー。」由紀子さんがテレビのリモコンを探しながら言った。
「げっ、来年もやるんですか。でもまぁ、大季がやってもいいんですよね!ってあいつ来年受験か……しまった……。」ちなみに優羽子が中学に入ったらアイツがやるらしい。
衣田さんが台所からビール缶を両手に持ってやって来た。「祝い酒だ!飲め飲め!」
「わーい」由紀子さんがすぐに食らいついた。「任史くんも飲む?イッキかな?」
「やややや、俺未成年ですから。どうぞお二人で楽しんでください。」
「なんだがや堅ぇーなー。せっかく任史の素ん晴らしい演舞のお祝いなのによぉ。」とか言いながら、衣田さんはもう既に缶を開けている。最初から自分が飲みたかっただけでしょ……
二人ともぐびぐびと一気に缶を飲み干した。「んじゃ、アルコールも入ったところで戦線に戻りますか。」由紀子さんがよっこらしょ、と腰を上げた。
「え、まだ何かあるんですか?」
「あるわよ。今年は自治会でお金出して花火やるのよ。ああ、それにあれじゃない、葉っぱ燃やさないと。」
「葉っぱって、演舞で使ったあの桑の枝ですか。」
その昔、この村は機織りで栄えたらしい。機織り、元を辿れば瓜谷村の養蚕である。そしてその流れを汲みとってなのか、蟲神神社の奉納演舞では桑の木を使う。
「そうよ〜お年寄りはあれ好きだからね〜。燃やした灰をね、自分の畑に撒くとその年は豊作になるのよ。んで、任史君はその灰を配らなきゃいけません。」
「うっわ、それけっこう重労働ですね……。」
「あはは、あたしだって去年まではやってたのよ。まぁだから、花火くらいはしっかり楽しんできなさいよぉ。」いつもより調子よく言いながら、由紀子さんはバン、と俺の背中を勢いよく叩いた。ちょ、ちょっと痛いです。
衣田家を後にして、再び神社の境内に入ると、衣田さんはすぐに中年の飲み組に合流していた。境内の地面に敷かれたブルーシートの上で楽しそうに騒ぎまくるオジサン達は見ていて面白かった。(酔ったおっさんに何度も飲まされそうになったのは秘密である。)
それから、由紀子さんと俺は柚木兄弟と杏ちゃんを探してブラブラと歩き回った。すぐにみんな見つかって、近くの丘まで歩いて行くことにした。どうやら神社の裏の空き地で花火を打ち上げるらしいので、ここが一番見やすいと言う。
「わーでもなんか、格好いいね。」柚木君がしげしげと俺を見ながら言った。「神主スタイル?っていうのかな、これ。似合ってるよ。」
「マジで?何かそう言われると嬉しいな。」
「写メっていい?私さぁ、田中君に頼まれてるんだよねー(笑)」杏ちゃんがニヤニヤ笑いながら言った。
「えっ、ちょ。」抵抗する暇もなく、フラッシュの眩しい光が走った。「わー!!頼むからやめて!鈴木とかに転送さられたらどう悪用されることか……」阻止しようとしたら、ひらりと軽くかわされた。
「ごめーん、もう送信しちゃった。」全く悪びれず、杏ちゃんが小さく舌を出した。「ちなみに柚木君も一緒に映っちゃってた。」
すると柚木君がどれどれ、と杏ちゃんの携帯の画面を覗いた。「あ、ホントだ。っていうか高橋白目っぽくない?」
「し、白目!?」
「あはは、冗談ですよ。」柚木君がピースサインを作った。「大丈夫、ちゃんとイケメンに映ってるから。」
「ああ、もう!みんな寄ってたかって俺のこと馬鹿にして!!」
それから、なんだか可笑しくなってしまって、みんなで笑った。
いつの間にか、花火が始まっていて、とにかく綺麗だった。小さくて本数も少なく、決してテレビで見るような華やかな花火大会ではなかったけれど、今までで経験した花火で一番綺麗だった。
—————————————————————————————————————————————————
翌日。ついに帰郷である。
たった二日の間だったけど、とてもお世話になった衣田さん、柚木さん、高橋のおばさん。それに村の人たち。
カイコは相変わらず行方不明のままだった。けれど、これでいいような気がした。きっとどこか俺の知らない場所で、元気にしているに違いない。それで、しばらくしたらまたひょっこり俺の前に現れてくれるだろう。
左沢線を上り、新幹線に乗車。そのまま一気に東京である。
途中、飯塚にお土産を頼まれていたことを思い出した。柚木君に何かいいお土産知らない?と聞くと、即答で「ひよ子。」と言われてしまった。……まぁいいか。
上野に着いて、二人と別れた。もう午後の三時だった。
「え、高橋君、千葉に帰るんじゃないの?」杏ちゃんが不思議そうに聞いてきた。
「うん、そうなんだけど、俺ちょっと寄るところがあるから。ここでお別れ。」
「そっか。じゃあ気を付けてね。それとお疲れ様。」柚木君が言った。
「ありがとう。二人も気を付けて。」
反対方面のホームへと歩き出した二人を、手を振りながら見送った。
あの二人と、来年も山形に行けたらいいな、としみじみと思った。
- Re: 小説カイコ 【一周年記念に校正中です(笑)】 ( No.256 )
- 日時: 2012/05/12 12:04
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: N.hBywMC)
- 参照: ふりだし編、ついに完結!
それから一人、京王高尾線とかいう、聞きなれない電車に乗り換えて西八王子駅で降りた。天気がよく、青空が清々しかった。鳥の声が、響いていた。
東京といえど、さすがにここまで郊外になると親しみの沸く風景が見れるようになってくる。やっぱり緑が多いことはいいことだ。
“ちょっと寄るところ。” そう二人に言ったのは、何となく遠回しに言った方が良いような気がしたからだ。気を使いすぎていると笑われるかもしれないが、楽しい雰囲気に、水を差すようなことは言いたくなかった。
単刀直入に言うと、これからお墓参りなのだ。拓哉の。
今日でちょうど三ヶ月目だった。色々と心の整理もできたし、そろそろ行くべき時期だと思った。今、行かないと、多分一生行けないような気がした。
駅から降りて、携帯で地図を見ながら目的地を目指した。小さなお寺で、聞いたところ拓哉のお母さんの実家がその寺の檀家だという。
途中、ちょうど良く花屋があったので入った。やっぱり、お墓参りといったら花ぐらい用意しないと悪い気がする。
今まで花屋なんて一度も入ったことなんて無かったが、なかなか洒落た店だと思う。煉瓦づくりを装った感じで、上品なチョコレート色を基調としている。なんとなく恥ずかしさを感じながら店内に一歩踏み入れると、頭上でチリンチリン、と小さな鈴が鳴る音がした。
店員にとりあえず会釈し、どの花にしようかと、どの花にすればいいのかと永遠と考えた。色んな種類の花があったが、その中でも淡い桃色と白の混ざったコスモスが一番綺麗だと思った。でも墓前は普通、菊の花だよなぁ……でも菊の花じゃ爺臭いかな。けど、あの拓哉に菊の花っていうのも……
「プレゼントですか?」
女性の店員に声を掛けられた。ニコニコと笑っていて、感じのいい人だった。たぶん、これから俺が彼女かなんかに花束でもプレゼントすると思っているのだろう。
「あ……いえ。ちょっと見ていただけです。お邪魔しました。」
恥ずかしくなって、そのまま何も買わずに店を出てしまった。もういいのだ。あの拓哉にお花なんて可愛らしいもの、絶対に似合わない。
けれど手ぶらというのも申し訳ない気がしたので、近くにあったコンビニで、よく拓哉が飲んでいたファンタのオレンジ味の缶ジュースを買った。缶ジュースくらいならお寺の人に怒られないだろうし。第一、花なんかよりも拓哉は喜ぶだろう。
それから十分ほど歩くと、すぐにそのお寺に着いた。
お寺の人に場所を聞いて、拓哉の場所へと向かう。
「……?」
教えられたところに、誰か居た。ちょうど後ろ姿で見えないが、女の人だ。髪型は暗い茶色のショーットカットで、手に持った柄杓で墓石に水を掛けている。その墓石は、「切崎家代々之墓」と掘られていた。じゃあ、拓哉の親戚の誰かだろうか。
ふと、その人が振り向いた。俺と目が合うと、すぐに目を逸らした。俺と同じくらいの年の女の子だった。
そして下を俯いたまま、口を開いた。「拓哉君の……親族の方ですか。」
「あ、いえ。友人です。」
「へぇ。友達か。」その人はそれで安心したのか、急に表情を明るくした。「あたし、拓哉の元カノ。悠って呼んで。あんたは?」
「高橋。えっと、拓哉と小学校と中学校が同じだったんだ。まぁ、中学はアイツほぼ居なかったけど(笑)」
「あたし、あんたの事知ってるよ。」悠さんは、柄杓を桶に戻しながら言った。「タカシ、って奴だろ。よく拓哉が話してた。」
「……よく?そんなにアイツ、俺のこと喋ってたんだ。」
「あー、ミスった。今のナシナシ。あれだな、昔の話する時さ、アイツあんたの話しかしなかったんだよ。地元どこ?って聞いてもアンタとのエピソードばっかだったし。まぁ友達居なかったんだろうから当たり前っちゃ当たり前だけどさ。」
「ああ、なるほどね。」
それなのだ。それで、けっこう拓哉には申し訳ないことしたなぁと長らく思っていたのだ。
どんなに過去を美化しようとしても、俺にとっての拓哉は、大勢いる友達の中の一人に過ぎなかったのだ。俺はきっと、拓哉がこんなことにならなければ、高校でできた新しい友人との楽しい時間に追われて、拓哉のことを思い出しさえもしなかっただろう。
けれど、拓哉にとっての俺は、地元でたった一人の、友人だったのだ。昔っからの、たった一人の友人。
中学の受験勉強真っ只中の時。
塾の帰り、夜遅くに駅に着くと、かなりの高確率で偶然、拓哉と遭遇した。
任史は大変だなあ、ガリ勉は大変だなぁ、と毎回可笑しそうにからかってきた。正直、中卒前提で、気楽に生きてる拓哉が羨ましかった事も多々だ。
大抵は拓哉が一方的に喋りまくる感じで、俺が聞き手だった。そして拓哉は駅から俺の家まで毎回ダラダラとついてきた。けれど、それはとても楽しかった。夜の、拓哉とのお喋りタイムは、受験期のささやかな楽しみでもあったのだ。
でも、今思い返してみると、拓哉とあんなに駅で遭遇できたのは、偶然でも何でもなかったのかもしれない。ただ単に、拓哉が俺に時間を合わせてくれていたのかもしれない。
「ねぇ、あんたのことなんて呼べばいい?」回想に耽っていた俺の意識が、悠さんの声で呼び戻された。
「えっと……悠さんの呼びたい風でいいよ。」
「やだぁ、悠サンだなんてやめてよ。悠でいいよ。そうだな、じゃあ拓哉がタカシって呼んでたから、タカシね。」
「わかった。悠って呼ぶよ。」
それから悠はしばらく俺に時間をくれた。取りあえず買ってきたファンタを墓前に置き、持参の線香に火を付けた。線香の煙は、よく晴れた空に高々と昇って行った。
「……もう終わったの?」悠が後ろから声を掛けてきた。
「うん。もう帰ろうかな。悠はどこから来たの?」
「うーん、あっちの方。」悠は適当に東の方を指差した。「あ、でもタカシ駅から来たんだよな。じゃあ駅までは一緒に帰ろうぜ。んでさ、拓哉の話聞かせてよ。あいつがまだ可愛かった頃のさ。」
それから、俺たちは随分長い事話し込んだ。俺は悠の知らない拓哉を、悠は俺の知らない拓哉のことを話した。駅へ帰る途中、ちょうどよく公園があった。ベンチと砂場だけのシンプルな公園だったが、もっと話していたくなった俺たちは、二人でそのベンチに座って喋り続けた。
この俺の隣に座る悠は、拓哉と恋仲だったのだ。
ふりだしのない、巡り巡る思いは、聞いていて切なかった。
何故かふと、弘化二年の夏に生きた、太一とカイが心に浮かんだ。
「あのさ、許してくれる?」悠の短い髪を、夕風が揺らした。「拓哉がさ、死んじゃったの……あたしのせいなんだ。」
「へぇ。」
「タカシは、なにも責めないんだね。」どこかで、同じセリフを聞いたなぁ、と思った。
「うん。俺にそれを責める権利なんて無いし。それに拓哉だって責めて欲しいと思ってなんかないと思うから。」
「あはは、何も言ってないのに分かったような事言ってくれるじゃない。」悠が哀しげに笑った。「拓哉がさ、タカシの事、好きだった理由、何となく分かるよ。うん、わかった気がする。」
「……そっか。」
気が付けば、澄み渡るような青色だった空は、いつの間にか真っ赤に染まっていた。目を見張るような夕焼けに、どうして今まで気が付かなかったのだろう?
「そろそろ帰ろうか。」
そう言って、悠が立ち上がった。俺を振り向いた悠の横顔が、赤い斜陽に照らされている。砂場も、鮮やかな色に染まっていた。
それからは二人とも無言で駅を目指して歩いた。鮮やかな朱の世界に、二人分の長い影がゆらゆらと伸びている。少し季節外れの蝉が、どこか寂しげな恋しさのある声で鳴いていた。
「あ、コンビニ寄っていい?さっきタカシが持ってきたファンタ見たらさ、飲みたくなっちゃった。あれさ、よく拓哉がうまそうに飲んでたんだよ。」
「いいよ、寄ろう。俺も飲みたい。」
なんだかよく分からないが、二人で顔を見合わせて笑ってしまった。
それからファンタを二人分、買い終わって、ちびちび飲みながら歩いた。すぐ駅に着いてしまった。
「じゃあ、ここでお別れだね。」
何となく、名残惜しかった。たぶん、もう二度と出会うことも無いのだろう。
すると、悠は無言で笑顔を作った。そして、右手に持ったファンタの缶を、俺に押し付けてきた。
「最後にお願い。駅のごみ箱に捨てといて。どうだよ、エコだろ?」
「エコって……使い方違うと思うけど。いいよ、捨てとく。」
拓哉に少し似た、強引さに思わず笑ってしまった。
すると悠は じゃあな!と手を振り、燃えるような夕焼けに染まった道を一人、歩いて行った。
赤い世界での、永遠の、お別れ。
〜ふりだし編、完結〜
- Re: 小説カイコ ●第三話完結● ( No.257 )
- 日時: 2012/05/03 19:35
- 名前: 北野(仮名) ◆nadZQ.XKhM (ID: IPa3Cr.F)
- 参照: 明日インハイ地区予選……緊張が……
ついに三話完結ですか、お疲れ様です。
思い返すと高橋にも色々あった模様……その立場にいたら発狂しそうな俺です……。
ひよこで思い出したのですが、結局土我さんはどうなったのだろう?と考えてます。
次の章はどういう話なのか気になりますね。
更新頑張ってください。
- Re: 小説カイコ ●第三話完結● ( No.258 )
- 日時: 2012/09/02 23:52
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: rOrGMTNP)
コメントありがとうございます(゜∀゜)!おかげさまでどうにか3話完結までいきました……
ちなみに次の最終話で土我さんについて深く触れるつもりですー。
明日地区予選ですか!
自分は先週でした。が、あと0.2秒で上大会を逃してしまいました……orz
狒牙さん、頑張ってくださいね(o゜▽゜)o!!
ベストが出ることを祈っておりまするヽ(´∀`)ノ
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