たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~
作者/ゆかむらさき

1> 塾一日目(武藤なみこちゃん 主人公)
「武藤さん。今日の部活はいいから、後で職員室に来てください」
――――先生に呼び出しされるの……今学期始まってこれで何度目、だろ……
ここは、あたしの通う中学、原黒(はらぐろ)中学校。
先日、三者面談があったばっかりのはずなのに。
どうせ、いつもの様にガチャガチャと“ああしろ、こうしろ”言われるのだろう。
多分……先生にとって扱い辛い、迷惑な生徒だから。
今日何度目か分からないため息をつきながら教室のドアを開け、あたしは廊下に出た。
迷惑な生徒……とはいっても、別にケンカっぱやいってワケではない。 ……っていうか、ケンカができる相手も度胸すらもない。
校則は一応は守っている。
彼氏がいるとか、オシャレに敏感で興味を持っているとかいうクラスの子達はスカート丈を若干短くしている。 正直膝丈の子の方が少ない、と言ってもいいくらいだ。 ちなみにあたしは両方とも当てはまらないのでキッチリ真面目(?)に膝丈だし。
学校の日は毎朝お母さんに布団を取り上げられる起こされ方ですっきりと目覚め、登校時間に間に合うように強引に家から追い出されるからよっぽど遅刻なんてものはしない。
そして、面倒くさいと思いながらもサボるという度胸も無いし、仲のいいお友達もいない事で授業も毎時間最後まできちんと受けている。 ただ、教科書は学校にいる時にだけ“飾り”として机の上に置いているだけで、家ではめったに開いた事はない。 先生が『テストにでるぞ』と言った要点箇所を蛍光ペンでラインを引いた跡など無く、新品同様でとても綺麗だけど。
そう、学校には勉強をしにではなく、お昼の給食を食べに通っている、という感じ。
部活(所属している陸上部)にもきちんと参加している。 参加……とはいってもいつもストップウォッチ片手に、ゴール地点でボーッとつっ立っているだけだけど。
職員室へ続く廊下がひんやりと肌寒く感じる――――
「しつれいします……」
そっと職員室のドアを開けると、まるであたしが来るのを待ち構えていた様に腕を組んでいる先生がドーンと立ちはだかっていた。
☆ ★ ☆
案の定、先生の言いたい事は全教科、平均点の半分にも及ばないあたしの成績の事。 そして人とコミュニケーションの取るのが苦手な性格の事だった。
「頑張ればできる」
口ではそう言っているけれど、『どうして君はそんなに要領が悪いんだ』と、組んでいた両腕を腰に当ててあたしを上から見下ろす彼の冷たく血走った瞳から心の声がビシビシと伝わってくる。
目を合わすのが怖くて……我慢ができなくなって逸らしたら、
「真面目に聞きなさい!!」と叱られた。
もう早くおうちに帰りたい……
『保護者の方にも話をしておいた』――――なんて言っていたけれど、一体何を吹き込んだのだろうか。
まさか『塾に通わした方がいい』とか言って薦めたりなんかしていないだろうか。
はっきり言って“ありがた迷惑”だ。 不幸にも一年生の時から続いてあたしのクラスの担任の……しかも陸上部顧問というヒドイ巡り合わせなこの先生、森田金八先生は熱血どころか、一方的に自分の理想を押しつけてくる人なんだ。
『頑張ればできる』――――。
できないよ…… どうやったら頑張れるの? 他人事だからって自分を基準にした様な言い方で簡単に言わないでよ……
そんな事言われたって、どうしようもないんだもん。 こんなあたしの性格じゃ――――
☆ ★ ☆
カラスが寂しく鳴く夕暮れ時。 とある住宅街の道端で、オーバーな身ぶり手ぶりで何やらペチャクチャと話に花を咲かせている、歳は四十代後半のおばさん二人。
そこに学校帰りだろうか。 セーラー服を着た天然パーマのショートヘアの小柄の女の子が、下を向きながら歩いて通り掛かる。
「あらっ、なみちゃん、こんにちは」
彼女に気付いたおばさんの一人が声を掛けてきた。
「……こんにちは」
女の子は顔を少し上げて、恥ずかしそうに返した。
――――彼女の名は武藤なみこ。 中学二年生。
学力はガッカリするほど、落ちこぼれ。
恋愛経験、まるっきし なし。
親友、ナシ。
そんなグダングダンな彼女に、実はこれからスッゴいコトが次々と起こるのデス。
2>
通り過ぎたあたしの後ろ姿を見ながら、彼女たちは再び甲高く、ヘタすると五軒くらい先の家までにも響き渡る程の大きな声で話し出した。
どうせ隣同士の家に住む主婦の会話なんだし、スーパーの特売の話とか、お昼にテレビで見たワイドショーの話がネタだと思うんだけど――――
「いいわよねぇ、女の子は。可愛くって羨ましいわ」
「あらまあ、松浦さんったら何言ってんのよ。おたくの鷹史くんハンサムだし、頭もいいじゃない。ほーんとにもう、あの子ときたら勉強はしないし、かといって家の手伝いも全然しなくって――――」
まさかあたしの話をしているとは。 しかも余計な事ベラベラ言っちゃって……
(聞こえちゃってるよ“お母さん”……)
五軒どころじゃない。 おそらく七、八軒先まであたしの“ぐうたらネタ話”が届いているのかも……
あたしは歩くペースを競歩大会の選手の様なペースに上げ、逃げ出した。
(もういや…… もう少し声のボリューム落としてよ……)
家の玄関の前に着いたというのに、まだ彼女達の会話が聞こえている。 もしかしたら、あたしの家の家庭内事情は町内中に知れ渡っているのかもしれない。
「……はぁ。一応申し込んでみたはいいけど、“あそこ”に行けば少しは変われるかしら、あの子……。
――――あんな子だけど今日からよろしく、って鷹史くんに伝えといてくださいね、松浦さん」

小説大会受賞作品
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