たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~

作者/ゆかむらさき

93> 日曜日(武藤なみこちゃん 主人公)



     ☆     ★     ☆


(ここ……高樹くんのおうち?)
 あたしの目の前に、一見ヨーロッパの洋館をイメージするような大きな豪邸がたちはだかっている。 赤茶色のレンガでしきつめられた高い塀と家の壁。 屋根の上にはサンタクロースが余裕で入れるくらいの大きな煙突がある。 一瞬、「ここ……日本、だよね?」と、混乱してしまった。
 改めて自分で自分をファッション・チェックしてみた。
 出かけ始め、全力疾走で走ったためにボッサボサになった髪。 太り気味のお母さんに、最近買ったはいいけれど、どうもサイズが合わなかったらしく、「着てくれる?」と昨夜、 あたしの部屋のタンスの中に了解も得ないで勝手にしまわれたダボダボのベージュ色のセーター。 そして、デニムのショートパンツにピンク色の星の柄がちりばめられた黒いスニーカー。 ……唯一、ファッションで光っているのは、さっき高樹くんにプレゼントされた髪の毛のピンだけだった。
(最悪だ……。 こんなのは、まさに招かざれる客だ……)
 まるでシンデレラにかけられた魔法がだんだんと解けていくような気持ちになった。


 ガレージに自転車を片づけている高樹くん。
 乗用車が五台くらい入りそうなガレージの中に一台、フロントに“跳ね馬”のエンブレムを着けた左ハンドルの黒いスポーツカーが止めてある。
 あたしにかけられた“高樹くんにされたキス”の魔法がこれで完全に解けた。 
 手なんて届くワケないよ……。  あたしの頭の中から“高樹なみこ”を取り消そうとした。


「お待たせ!  ……じゃ、入ろうか」
 ガレージから戻った高樹くんはさりげなくあたしの腰に手を回し、エスコートしてくれた。
「ビックリした……。 なんか、スゴイね…… ホテルみたい……」
「……プッ! ホテルって……。 ふふっ、……何なら泊まってく?」
 高樹くんは突拍子もない言葉で誘ってきた。
「え!!  だめだよ、明日学校だし!!」 (……っていうより、男の子のおうちに泊まるだなんて!!)
 取り乱して困っているあたしの反応を見て高樹くんは手を口に添え、顔をそむけて大爆笑をし、舌をペロッと出して答えた。
「冗談、だって」


 ――――冗談なんかに聞こえない。
 大胆にも出会って僅か三日しか経っていない男の子といきなりデートをすることになって、しかも初めてのデートを彼の家で過ごす事になっている。
 いつも自分の部屋で読んでいる少女マンガのストーリーの様な事が、現実の中で次々とあたしの身に起こっている……。
 ヒロイン(あたし)の恋の相手は高樹くん……。  今、隣にいる大好きな高樹くん…… 嬉しいんだげど……  正直、少しだけ……コワい。
 ショートパンツ越しに彼に触れられている腰が――――すごく熱い。


 深紅の花で飾られたアーチをくぐり抜け、玄関に辿り着いた。
 あたしの家の1.5倍くらいあるドアの取っ手のそばに付いているセンサーに、高樹くんが手をかざすと鍵の開く音がした。
 ドアを開け中に入ると、案の定、高級ホテルを再び連想させるようなロビーが目の前に広がった。
 靴をはいたままで、綺麗に磨かれた白い石で敷き詰められた床を高樹くんに連れられて歩きながら、あたしは口を半開きにして脇に置かれている西洋アンティークな家具や、壁に掛けられてある金色の額縁に入った油絵の絵画を見ていた。


 実は高樹くんの家に足を踏み入れてからずっと気になっている事があった。
 ロビーの中央にある、らせん階段を昇りながら、あたしは尋ねた。
「おうちの中、静かだけど……あたしと高樹くんのほかには…… もしかして今、だれも いないの?」
「………。」
 何も言わない高樹くんに連れられて二階に昇ってきた。
(あれ? ……聞こえなかった、かな?)
「広いおうち……。  家政婦さんとか……雇ってるの?」
「うん…… 一応、ね……。  あ、ここ僕の部屋……。 どうぞ、入って」
 やっと返事を返してくれた。 こんなに大きな家の中に高樹くんと二人っきりではなかったことにホッと胸を撫で下ろし、あたしは彼の開けたドアから中に入った。


 ――――高樹くんのお部屋(初公開!)
 部屋の中に入ってまず初めに目に飛び込んできたものは、あたしの部屋のベッドの倍くらいの広さのある柔らかそうなベッドだった。 ホテルのベッドを見るとダイブしたくなる小さい頃からのヘンなクセで、思わず飛び込んででしまいそうになったけれど、今日だけは堪えた。
(だって……そんなコトしたら…… ねぇ……)


「……僕の親ね、今、二人とも仕事で中国にいるんだ……。
                    まだ出掛けたばっかりでね……しばらくは帰ってこない……」
                                                       (え……?)


 ……バタン。
 ドアを閉め、持っていた肩掛けカバンの中からDVDレンタルの袋を取り出し、ベッドと向かい合わせの壁にある、100インチ以上はある大きなスクリーンのそばの棚に置いた。
(“アレ”であのDVDを観るんだ……。  困ったな…… 無駄に迫力ありそう……)
 気が付かないうちに、またもやあたしの口が半開きになっていた。
 20畳以上はあるのかもしれない……それにしても広すぎる高樹くんの部屋。
 気持ちが落ち着かない……。 部屋が広すぎて落ち着けないわけではない。
 落ち着かない本当の理由は――――
「なみこちゃん……」
「うっひい!!」
 名前を呼ばれるだけで過剰に反応してしまうあたしの顔を見て、彼は「プッ」と笑い、あたしの両肩にそっと優しく手を置いて……ベッドの上に座らせた。


「……家政婦さんにはね、親に内緒で僕がこっそり連絡して、今日だけ休んでもらったんだ。
 どうしてなのか……分かる?  ……分かるでしょ?
 ――――なみこちゃんと二人っきりで過ごしたかった、からだよ」