たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~
作者/ゆかむらさき

32> 塾二日目(武藤なみこちゃん 主人公)
「なみこちゃん…… 足はやい……」
息を切らしながらあたしの耳元で囁く高樹くんの声が、男の子なのにセクシーに感じてしまう。
彼の声とともに温かい吐息があたしを刺激する。
「……恥ずかしいから……みんなが見てる前で こういうことしないで……」
肩に巻きついている彼の腕をほどいて、顔を反らした。
すると彼は、今度はあたしの両肩に手を置いて向かい合わせてきた。
「ねぇ…… こっち見てよ……」
「………。」(恥ずかしい、って言ってるのに……)
“こっち見て”だなんて言われても、高樹くんの顔をまともに見ることができない。
「……ふっ」
きっと真っ赤になっているあたしの顔を見ておもしろかったのだろう。 彼は小さく笑い、あたしの頬に指を添えて顔を覗きこんできた。
「誰も見てないから……いいじゃん……」
薄暗く、シン、と静まりかえった三階の廊下――――。
息を切らしたセクシーな声の高樹くんの顔が、ゆっくりと近づいてくる……。
再び、心臓が発作を起こしだした。
(今度こそ……キスされる……)
あたしは、息をころして目を閉じた。
33>
「――武藤さーん! 武藤なみこさーん!!」
下の階で先生達が、何度もあたしの名前を呼んで探し回っている。
「先生 来ちゃう……」
あたしは目を開け、立ち上がった。
あと三センチ…… いや、一センチ……? もう少しであたしのくちびるは、高樹くんに奪われていた。
コツ コツ コツ コツ……
だんだんとこっちに近づいてくる足音が聞こえる。
階段の方に目をやると、黒い影が見えた。 ――――誰かが三階に昇ってきた。
「君たち…… こんなところで何をしているのかね」
あたし達を見つけ、一瞬、驚いた顔をした蒲池先生が、今度は不思議そうな顔をして歩み寄ってくる。
――――当たり前だ。 講習が終わって、みんな帰らなくちゃいけないはずの時間に、関係ない三階にいるのだから。
「あ、なーんだ、 こんなトコにいたんだー。 めっちゃ探したんだぞー」
「おや? ウワサの“なみこ嬢”も一緒でござるな?」
(ウワサ……?)
先生の後ろから、まだ話したことはないけれど、前に何度かチラッと見たことのある二人の高樹くんの友達が歩いてきた。
「すッ、すみませんでした!
……あの、あたし……高樹くんに悩みごとを聞いてもらってたんです……。
高樹くん……一緒のクラスだし、席もとなりだし……
その……友達だから……」
とにかく、まずは先生に謝らなければいけないと思い、あたしにしては珍しく冴えた“言い訳”セリフが勢いでポンポンと出てきた。
(だ……大丈夫 かな? 怒られないかな? 怒られても仕方ないよね……)
冷たい汗が背中をつたっていく。
初めは心配のあまり顔を青ざめさせていた先生の顔が、少しずつ穏やかになっていった。 彼はあたしの肩に手を置き、ニッコリと微笑んだ。
「保護者の方が心配されます。 すぐにバスに乗ってください」
34>
あたしたちは蒲池先生の後について歩いた。
「武藤さん、見つかりました!」
蒲池先生は、一階づつ階段を降りながら、大きな声で報告をしている。 先生の少ない髪の毛が海岸の岩に貼り付いているワカメの様に、たっぷりの汗をふくんで頭皮にベッタリとくっ付いている。
蒲池先生と一緒にあたしのことを探してくれていた先生たちは、安心した顔で、「気をつけて帰りなさい」と見送ってくれている。
「本当に……すみませんでした……」
(マジメにやるんだって……さっき決めたばかりだったのに……)
階段を降りている蒲池先生の猫背の背中を見ながら、あたしは自分の情けなさに呆れてため息をこぼした。
「んもう、なみこチャンったら。 悩みなら、これからは高樹にだけじゃなくって俺たちにも打ちあけてくれよ。 ん? 恋の悩み? ……それともカラダの悩み?」
「上手な接吻の仕方ならば、日々数々の経験を積んだ拙者が手とり足とり腰とり、かつ濃厚に教えて差し上げまつる! ……ところで先ほどから気になっていたのでござるが、一体何センチなのでござるか? おぬしの背丈は。」
あたしの両側に、二人の高樹くんの友達が馴れ馴れしくくっ付いてくる。
(身長のこと、ふれないでよ……)
高樹くんのことは好きだけど、彼の友達は好きになれない。 はっきりいって……苦手だ。
「僕の大事な友達に触らないで」
“友達”というところを強調した口調で、高樹くんはあたしにベッタリとくっ付いている彼の友達を切り離して、肩に手を回してきた。
「これは愉快…… 一丁前に独占欲あふれてござるな」
「まだ“友達”のくせに」
冷やかしてくる友達に「うるさい」と、言うように高樹くんは肩に回した手に力を入れ、さらにグッと寄せてきた。
「ほう…… やるのう、おぬし……」
「ヤれヤれ ヤっれー もっとヤれー」
それでもめげず、あたしと高樹くんの気持ちもお構いなしに面白がってわざとグイグイと近づいてくる高樹くんの友達。 ――――もう、はっきり言いたい。 ……迷惑だ。
彼らは、本当に高樹くんの友達なのだろうか……
――――信じられない。
「フーン……」
ニヤニヤしながら、高樹くんの友達の一人が、あたしのお尻を触りながら聞いてきた。
「ねェ……。 なみこチャンって……処女なの?
あ、もしかして……もうすでに“あげちゃった”のカナー……
いとしの高樹クンに……」
35>
「コッ、コラ! いい加減にしなさい、君たち!」
蒲池先生が、広いおでこに血管を浮かばせて怒った。
「さあ武藤さん、早くバスに乗りなさい。 ホラホラ、君たちも早く帰りなさい」
先生は腕時計を見て大きくため息をついた。
気が付くと、あたしはバスの前に来ていた。 塾の外の駐車場と自転車置き場は、もうみんな帰ってしまった様でガランとしている。
あたしの隣で、両手を腰にあてた先生が、片足のかかとを付けたつま先でアスファルトの地面を小刻みにトントン叩いている。 きっと、ふざけた態度でなかなか帰ろうとしない彼らにイライラしているのだろう。
「バイバーイ なみこチャーン」
「応援いたす! さらば!」
高樹くんのヘンな……じゃなくって、とても特徴的な友達は、投げキッスをしながら大きく手を振って、自転車置き場の方へと走っていった。
「はい、ほらほら高樹くんも。 まっすぐ帰るんですよ」
「………。」
「――――どうしたんです? 高樹くん、早く帰りなさい」
先生に何度も言われているのに、高樹くんは全く帰ろうとしないであたしの顔を見つめている。
「高樹ー、 おいてくぞー」
高樹くんの友達が呼んでいるのに、返事もしないで彼はまだあたしの顔を見つめている。
先生は頭を掻きながら、
「まったく君はいつも――――
……もう知りませんよ」
呆れた顔でため息をついて、バスに乗りエンジンをかけた。
36>
(今、何時だろう……)
きっと松浦くんがバスの中で待ちくたびれて、イライラしながら待っている。 それに、先生だって早く仕事を終えて家に帰りたいに違いない。
「……またね、高樹くん」
ずっとあたしの顔を見つめたままで動かない高樹くんに戸惑いながら“さよなら”を伝え、あたしはバスに乗ろうと後ろを向いた。
「!」
突然、後ろから高樹くんに強く抱きしめられた。
「友達だなんて……いうな……」
あたしの耳元で囁く声……。 高樹くんの激しく刻む心臓の音を背中で感じた。
バスの窓から松浦くんが、あたしたちの方に向けて冷ややかな視線を流している。
「さっきキスできたら…… よかったね……」
高樹くんは腕をほどき、あたしの肩をトン、と叩いて自転車置き場へ走っていった。

小説大会受賞作品
スポンサード リンク