たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~

作者/ゆかむらさき

97> 日曜日(武藤なみこちゃん 主人公)


「なみこちゃん…… 可愛い……っ」
 高樹くんは声を震わせながら、あたしを抱き締める腕に力を入れた。


『可愛い……。  可愛いよ、なみこ……』


 今、一緒にいるのは高樹くんなのに……まるでフラッシュバック現象の様にあたしの頭の中に松浦くんの顔が浮かんだ。
 ――――そして思い出した。 以前、夜の駐車場に停めてあった塾のバスの中でガリバーに迫られた時に“演技”で彼にキスをされたことを……。
(……やだっ! どうしてこんな時にあんなコト思い出しちゃうワケ!?)
 あたしは目を閉じて高樹くんを抱き締めた。
 あの記憶だけはどうしても消したかったのに、あたしの頭の中の隅っこに今だにしつこくこびり付いている。
 荒々しい息使いであたしの耳元で囁いた松浦くん。 彼のイメージからは想像できない、あの甘い言葉…… 生温かったミントの香りの吐息――――


『ふふっ……  いいぜ、その顔……』
                (ほら、もっと思いだしてみろよ……)


 まるであたしにそう言っているかの様に“あの時”と同じ薄笑いを浮かべた顔で松浦くんがあたしににじり寄ってくる――――


「いっ……  いやあ――ッッ!!    
                  こっち来ないで松浦くんっっ!!」


「……松、浦?」
 無意識であたしはとんでもない言葉を叫んでしまった。
 気が付くと、あたしの前で顔をこわばらせて固まっている高樹くんがいる。
 最低だ……あたし……
 さっき高樹くんと一緒に行ったお好み焼き屋さんの時に続いて、一度ならず二度までもデート中に松浦くんの名前をうっかり口に出してしまうだなんて!!
 本当は薄々気付いていたんだ。 何となく“高樹くんが松浦くんを嫌っている”んだって……。 理由が何なのかは分からないけれど、正義感の強い彼の事だから、きっとあたしを陰でコソコソ苛めている松浦くんが気に入らないのだろう。


「ごめんね…… 高樹くん……」
 申し分けない気持ちでいっぱいで高樹くんの顔が見れないあたしは、彼の胸に顔をうずめて小さな声で謝った。
「あはは。 やめてよ、なみこちゃん……  そんなふうに謝られちゃうと、なんか惨めだ、僕……」
 あたしの両肩に置いた彼の手がもの凄く震えていた。
 そして、あたしの顔を覗き込んでむりやり作った様なぎこちない笑顔を見せる高樹くん――――。
「……参ったな。 まさかこんなところまでジャマしにくるとはね  ……あいつ」
 高樹くんはベッドから身を乗り出して手を伸ばし、テーブルの上のフルーツを一かけフォークで刺して、再びあたしの口の中に入れた。
(“あいつ”って……やっぱり松浦くんの事なのかな……)
 高樹くんと甘いキスを交わした後だからなのかもしれない。 あたしの口の中のフルーツは、さっき食べたものよりも甘くない感じがした。
「高樹くんは……たべないの?  ……おいしいのに」
 もごもご口を動かしながら、あたしは彼に尋ねた。


「じゃあ……  たべて いい?」


「 !! 」 (たっ…… 高樹、くん!?)
 高樹くんは、いきなりあたしの前で――――着ている自分のシャツを脱ぎ出した。
 ……ごっくん。
 口の中のフルーツを飲み込んであたしは考えた。
 あ…… 暑いから脱いだのかな……?
 それともあたし、これから高樹くんに――――
(どどど、どうしよう!!  と……トイレ行くフリして、いったん部屋を出たほうが、いいのかな……)
 ……と思った瞬間、あたしの両腕は上半身裸の姿になった彼につかまれ、そのままベッドの上に押し倒された。


 ――――もう逃げられない。


 思えばさっきもそうだった。 あたしが松浦くんの話をすると、高樹くんがおかしくなる……。
 もしかしたら高樹くんは“あたしが松浦くんのことを好き”だって思っているのかもしれない。
 ――――ちがうよ!  ……違うの。 だって、あたしが好きなのは……
「ちょっ、ちょっと高樹くん、待って……  靴がっ――――」
 両腕をシーツに押し付けて、あたしの上に覆い被さってまたがっている高樹くんは、耳元にキスをしてから囁いた。


「……大丈夫だよ。
            僕が脱がしてあげる……
                                        ――――全部。」