たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~

作者/ゆかむらさき

101> 日曜日


「鷹史兄ちゃん!!」
 遊んでいた公園から帰ってきたのだろう。 左手の脇にサッカーボールを抱えて手を振りながら、俺に向かって走ってきた男の子。 彼は向かいの家に住んでいる小学生の――“貴志”。
 漢字は違うけれども読みかたは俺と同じ“たかし”。 今たしか……三年生……だった かな?
「ぼくのリフティング 見て見てっ」
 俺の前で得意気にリフティングをやってみせはじめた貴志。 小学校に入学した頃は泣き虫で、家の中に引きこもりがちだったのに……。 彼の母曰く、俺が“サッカー教えてやる”と外に出るように誘い出した時から熱中し始めたらしく、その後自らの意志で“少年サッカークラブ”に入部し、今はもう こんなにも上手に…………
「へへん。  この前ぼく、100回クリアしたんだっ、 100回だよ!」
「おっ、 ほんとかー! ――ずいぶんとうまくなったもんなあ、貴志。」
 “そろそろ帰らなくちゃお母さんに叱られる”と、始めてから一度もボールを落とさずに続けていたリフティングをやめた貴志は、俺に礼をこめた笑顔を見せて家へ向かって走って帰っていった…………かと思ったら、再び俺のもとへ戻ってきた。


「――――そういえばさぁ、 友達から聞ーたんだけど……鷹史兄ちゃんと、鷹史兄ちゃんのとなりの家に住んでいる“ヘンなお姉ちゃん”が恋人同士……って話って……ほんとなの!?」
「――プッ!」
 真剣な顔で突拍子もないことを聞いてきた彼に、思わずふき出してしまった。 貴志の後ろから来た車に気付いた俺は、彼の肩に手を置き、内側に寄せた。
 “ヘンなお姉ちゃん” ……それに“恋人” って……――ヤバい。 笑いが止まらない…… マジで。
 貴志はとなりで“鷹史兄ちゃんって こんなに笑うんだ”というような表情をして俺の顔を見上げている。 たしかに人前でこんなに笑ったのは久しぶりなのかもしれない。


「あはははは…………!
               違うよ、違う……クックック……
                                           ――――“片想い”だよ。」


「そ、そうだよね!? 鷹史兄ちゃんがあんなお姉ちゃんと恋人だなんてありえないよね、
                                      ごめん、へんなこと聞いちゃって。 ――――じゃあね!」
 俺のことをまるで“兄”のように慕っているように輝かせた目をして手を振り、彼は家へと戻っていった。


(――――片想いだよ。  “俺の”な…………)
 “あれ”を聞いて貴志は100パーセントの確率で“武藤が”俺に想いを寄せつけていると思っていただろう。
 彼女が愛しているのは 高樹なんだ……。
 今の俺に“幼かった頃の俺”の影が重なる。 あの頃も…… 今も…… 彼女はこんなにも近くにいる俺を飛び越して別のものを見ている。
 そんなに欲しいのならば手を伸ばせばいいのに、彼女への想いを認めることができなくて 逆につらくあたっていた。
 誰かに取られないように“見えない鎖”でいつまでも縛ってつないでなんかいないで、“あいつ”のように正々堂々としめせば良かったじゃないか。
 俺の上の街灯のあかりに蛾(ガ)が羽音をたてながらむらがっている。
――――俺の場合、そんなことしたら絶対気持ち悪がられると思うが…………


“I want to……spend the rest of my life with you.”
                                ――――君とずっと……  一緒にいたい…………んだ。