たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~
作者/ゆかむらさき

91―11> 日曜日(武藤なみこちゃん 主人公)・裏ストーリー(第十一話)
☆ ★ ☆
「……ひゃっ!」
(ちょっ、 ちょっと……おいっ!)
バスが走っている途中に急カーブに差し掛かり、武藤が俺の肩に寄り掛かってきた。
さっきAクラスの入り口のドアの所で嗅いだ彼女の頭のシャンプーの香りがした。 彼女は何も言わずに体を起こし、元の体勢に戻した。 ……もう少し彼女の香りを嗅いでいたかった。
「!」
気が付くとマルハゲのバッグが横に倒れている。 バッグのふたが開いており、中から鍵の束が飛び出しているのが見える。 彼は塾の講師兼、バスの運転手。 忙しい中、少しでも早く俺たちを家に送り届けようと急いでいたせいなのか、バックの留め具をロックすることを忘れてしまっていたらしい。
鍵の束は、なんとか足を伸ばしたら届きそうな位置にある。 ――――俺は運が良かった。
目の前に裸で転がっている鍵の束。 その鍵の中に 学習机に付いている様な薄っ平い小さな鍵がある。 その鍵には他の鍵とは違う、百円ショップに三つセットで売っているような安っぽいキーホルダーが付いていて文字が書いてあった。 ――――“資料保管棚”と。
床の上で光っている棚の鍵。 この鍵を奪えば“あの”答案用紙を取り戻す事ができる……。
マルハゲは俺が鍵を奪おうとしている事など全く気付いていない様子で、鼻歌を歌いながらハンドルを握っている。
チャンスは充分にある。 ……それなのに俺は鍵を奪おうとはしなかった。 バスに乗る前までは、あんなに必死にマルハゲから鍵を奪うことを考えていたのに……
今はもう鍵なんて欲しくない。 ……欲しくなくなった。
鍵なんてよりも……もっと欲しいものができたから――――
交差点でバスが赤信号で止まった。
「先生。 バッグが倒れましたよ」
そう言うと先生は俺に礼を言って、飛び出した鍵の束をバッグの中にしまい、今度はしっかりとロックをして置いた。
信号が青になり、バスが動き出した。
俺の隣の窓際の席に、さっきキスをしようとした時からずっと無口でいる武藤が、いつかまた俺に手を握られると思って警戒をしているのだろう、あのまま変わらずももの下に手を入れたまま下を向いて座っている。
「……プッ!」
思わず笑ってしまった。
武藤は笑った俺の顔を見て、珍しいものを見てしまった様な顔で目をぱちくりとさせている。
“ゴメン。” ……そう言って、高樹がやっている様に彼女の頭を撫でたかったけれど……できなかった。
「おい、なみこ。 ……おまえ、今日のテストの“デキ”は どうだったんだ?」
実はこれが今、一番気になっている事。 俺はさりげなく聞いてみた。
「~~~♪」
わざとらしいタイミングで、マルハゲがあの有名歌手“オザキ”の“I love you”を鼻歌で歌い出しやがった。
「できなかったよ……。 だって松浦くんって分かんないとこだらけなんだもん…… チャーム・ポイントなんて、ないしさ……」
(チャーム・ポイント……?)
どうやら武藤の受けたテストの内容が、最後の問題以外も俺の受けたテストの内容と全く同じらしい。
「そんなに知りたいのか……俺の秘密……」
彼女の困った顔が見たくて、俺はわざといたずらに微笑み、問い掛けた。
「別に……」
彼女は予想通りのリアクションで俺から目を逸らし、窓の外を見た。
「……答えだけじゃないよ。 あのテスト……問題の意味も分からなかったんだもん……」
「……プッ。 バカだもんなァ、おまえは」
「じゃあ全部分かったの? 松浦くん」
「フン! あたりまえだ。 全部埋めた」(……っつーか、埋めてしまった)
「やっぱりすごいね、松浦くん。 あたし最後の問題だけだよ。 答えられたの……。 でも、あのテストの最後の問題が、松浦くんに採点されるだなんて思ってなくって…… やだなぁ、なんか恥ずかしいな……」
「………。」(恥ずかしい……?)
俺は最後の問題に武藤がどう答えたのか少し……いや、かなり気になった。
(もしかして、こいつも……俺みたいな答えを……書いたの か?)
「ねぇ、松浦くん……」
窓の外を見ていた武藤がゆっくりと上目遣いで俺を見て、手の平をこすり合わせながら聞いてきた。
「……なんだ」
嫌な予感がする……。 このパターンは……確か前にも……
(こいつ…… また変なこと聞ーてきやがるんじゃねぇだろうな……)
「えっと……“たいくらい”って……なに?」
「……はあ!?」
案の定、俺の“いやな予感”が的中した。 「なんだ、それ!」――俺の方が聞きたい。
「漢字が読めなくって……。 テスト終えた後、由季ちゃんに聞こうと思ったんだけど…… 帰っちゃったから……」
(“たいくらい”……
テスト……
ああ、アレか……)
確か、マルハゲテストの第十九問目の問題――――“武藤なみこの好きな___を答えなさい。”
“経験してないから分からない”……と、答えた問題だ。
「そ、 そんなの、口で説明しても……分かんねぇ よッ!!」
俺が曖昧に返すと、運転席で鼻歌を歌っていたマルハゲが突然吹き出していやらしく笑い出した。
(くそっ……! 俺にならともかく、こいつにあんなヘンな問題出しやがって…… このハゲ!!)

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