たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~

作者/ゆかむらさき

19> 塾一日目(松浦鷹史くん 主人公)


     ☆     ★     ☆


 講習が終わり、俺は教室のドアを開けて廊下に出た。


 Bクラスの教室の前を通ると、武藤のバカ顔が頭に浮かんだ。
 そういえば……この塾は、他のところに比べてレベルが高かったんだ。
 学校のレベルにさえ全くついていけてないあいつが、どう考えてもここで続けていけるわけねぇんだ。 一体あいつの母さんは何考えてんのか分かんねぇケド、あんなのを塾なんかに通わせるなんて、はっきり言って金をドブに捨ててるようなものだ。 ああいう、“勉強の仕方から分かっていない”ようなやつには、せめて家庭教師の先生を頼むとかにしとかねぇと。
 たしかに、あんなにヒドすぎる成績じゃあ心配する気持ちがイタいほど解るけれども、イヤイヤ勉強なんてしたって頭に入るわけがない。
 やりたくない事をムリヤリ押しつけられて、あいつもまぁ、可哀そうにな……
(……って! か、かわいそう!?  ――はあっ!? なに考えてたんだ、俺っ!!)
 塾の外に出た俺は、月の光を浴びながら長く深呼吸をした。
(――フン! い……いい気味だぜ!)


 駐車場の脇の自転車置き場から、俺に向かって大きく手を振っている徳永さんがいる。
 いらない愛情をムリヤリ押しつけられている俺の気持ちと武藤の気持ちがなんとなく似ている気がして、「ふっ」と思わず笑ってしまった。
 さて……と、あいつの疲れきって青ざめた顔をバスの中でじっくり見てやるかな……
 わざと徳永さんに“気付かないフリ”をして、俺はバスへと向かって歩いた。




20>


「松浦くん」
 バスに乗ろうとしたら、背後から誰かに声を掛けられた。
 足を止め、振り返ると、上品な顔をした男が近づいてくる。
(ああ…… こいつはたしか……)
「高樹ー、はやく来いよー」
 そうだ、高樹だ。 見覚えがある……。 今、この男をを呼んだ健(俺と同じクラスの結構仲のいい友達)と、よくつるんでいるBクラスのやつだ。 
 クラスが違うから話をしたことは、まだ一度もないが――――
「いーよ。 健、先いってて」
 髪の毛を指でかきあげてニコッと紳士的な笑みを浮かべ、彼はゆっくりと話しだした。
「どうも。 僕、二年生Bクラスの高樹純平です」
 律儀にまず自分の名を名乗り、ニコリと微笑む“高樹”とやらいう男……。 誰にでも好かれるような甘い声で優しい瞳をしている男だが、なんとなく感じる。 まるで俺に対して挑発をしているかのように……
――――どうも、うさんくさい。
 健の友達だから、あまり悪くは言いたくないのだが――――
(こいつが俺にいったい何の用なんだ……)
 ジャケットのポケットから出した右手を腰にあてて目を細めると、高樹……というやつは俺の顔色を探りながら聞いてきた。


「今日、君と一緒にバスに乗ってきた女の子のこと、聞かせてくれない?」




21>



     ☆     ★     ☆


 帰りのバスで、また俺はわざと武藤の隣の席に座ってやった。
(さて……と、今度はどんな攻撃カマしてやろうか……)
 ワクワクする気持ちが抑えきれず、思わず笑みがこぼれてしまう。
 思った通り、隣で武藤はとても疲れた様子で口を半開きにして窓の外を見ている。
「きれいな月だなァ、武藤」
「…………」
 おそらくいきなり俺にこんな事を言われて驚いているのだろう、彼女は何も返してこない。
 コレは手応えのある反応だ。 この調子で次の俺の発する言葉に毒を盛る。
「このバスから、おまえと一緒にこの月を何回見れるんだろうな。もしかしたら……今日で最後、だったりしてな! ハハッ!」
(さあ、どんな反応くれるかな?)
「…………」
 彼女は何も返してこない。
「!」
 もしかしたらこいつは生意気に俺の事無視しやがる気なのか!! ……クッ!
 予想外の彼女の反応に迂闊にもカッときた俺。
(上等じゃねーか、コイツ……まさかそうきやがるとはなあ!!)
 首を伸ばして俺は窓の外を見ている彼女の顔を覗き込んだ。
「……チッ!」
 舌打ちをして俺は鼻でため息をついた。
 ――――彼女は見事に寝ていやがったんだ。 俺と同い年とはとても思えない、幼少時代からまるっきり成長していないような顔をして。
 楽しい夢でも見ているのだろうか。 幸せそうに笑みを浮かべている彼女のくちびるを思いっ切りつまんで現実に引っぱり出してやりたくなる。 無性に――――


「可愛いお友達ですね、松浦くん」
 ハンドルを操作しながら俺に呟く蒲池の言葉に『どう見たって“友達”になんか見えねぇだろうが!!』と心の中でツッコミを入れながら武藤の寝顔に視線を流す。
(――――たしか高樹、といったな……)
 さっきバスに乗る時に、こいつの名前とか俺との関係とか、色々聞いてきた男の事を思い出した。


 ゴツッ!
 いきなり俺の傍ですごい音がした。
 武藤が寝ぼけて窓に思いっ切り顔をぶつけたようだ。
「プッ!」(……バーカ)
 ――――なんて笑ってる場合なんかじゃない。 その後、彼女は俺の二の腕に寄り掛かってきた。
 小さな白い額に、ほんのりと赤い跡が付いている。
「く、来んなよ、バーカ」
 俺はひじを使って彼女を押し返した。
 すると、一昔前のコントの様に、再び寄り掛かってきやがった。
「はーっ! ……クソッ!」
 俺は諦めて腕を組み、後ろにのけ反った。


 俺の腕を図々しくも枕にして、鼻の音をピーピーさせて寝ている武藤を見ながら思った。
(こんな奴のどこがいいんだ……)
 高樹の気持ちが分からない。
(まてよ、もしかしたら……
 高樹の奴は、誰でもいいからただ単に女とヤリたいだけなんじゃないか?
 こいつバカだから、なんとか上手いこと騙して、思う存分弄んで終いにはポイするって魂胆か……)
 考えてみれば、あの紳士的な態度といい、純粋“そうに”見える顔つきといい、あんなのに限って意外に“そーゆーやつ”が多いんだ。
(――――ん? だがしかし、なんでよりにもよって、こんな女をターゲットにしたんだ? もっとましなやつ、いたんじゃねぇのか?)
 ますます彼の気持ちが分からなくなった。
 俺だったら金をしこたま積まれて土下座で頼まれたって、こんな女はお断りだぜ……




22>


(ん? なんだ? 冷てぇな……)
 俺の手の甲に何か変なものが落ちた。
 ふと手元に目をやると、半開きの武藤の口からよだれが滴り落ちている。
「!」
(こっ! こいつッ――!!)
 慌てた俺は、ポケットの中に入っているハンカチを出そうと思って右腕を少し動かした。
 ズルリ。
 そのせいで武藤の頭が俺の腕から滑り落ち、今度は膝の上にやってきた。
(おい…… マジかよ……)


 とにかく武藤のよだれをどうにかして止めなければ、と自分の手よりも先に彼女の口をハンカチで拭いた。
 その時、俺の指がかすかに彼女のくちびるに触れた。 小さくてプルンとした……柔らかいくちびるだった。
 彼女の着ている黄緑色のVネックのカットソーの脇から、右の鎖骨がちらりと覗いている。 シャワーを浴びたらお湯がたまりそうな深い鎖骨が――――


「ゴクリ。」
 俺は無意識で生つばを飲みこんでいた。




23>


「痛い! ダメッ! そんなコトしないで! 松浦くんッ!」
「!」
 武藤が、いきなり寝言でとんでもない言葉を叫びやがった。
 ――キーッ!
 バスが急ブレーキをかけて止まった。
 何故こうしたのかは自分でも分からないが、俺は反射的に膝の上の彼女を落ちないように手で押さえ、守っていた。 ――っつーか、よっぽど勉強に疲れたのか、武藤はまだ目を覚まさない。
(いーかげん起きろって……)
 蒲池が、運転席から首を出して心配そうに振り向き、俺たちの事を見ている。
「なッ……! ななな何もしてませんッッ!!」
 俺は(不自然に動揺しながら)必死で訴えた。


(こいつは確かに、はっきりと俺の名前を叫んでいた。
                      痛い……ってドコが……?
                                 そんなコト……って……
                                      ――――夢の中で、俺がおまえに、ナニをシタんだ……?)
 塾に行く前に見た武藤の下着姿とさっきの叫び声が、頭の中で合成されて一つの映像になった。
(松浦くんの……エッチ……)
 モンモンと俺の中で武藤のエッチな映像が勝手にエスカレートしてゆく……
 俺が今何を考えているのかも知らずに、彼女はまだ俺の膝の上でのん気に寝ている。
 俺は武藤の口をハンカチで押さえながら、ため息をついた。
(なんでこんなやつのために、俺がこんなに……)
 彼女のよだれのせいで俺のズボンは今大変なコトになっている。 大変になっているトコロが……“股間”じゃなくて良かったが。
 蒲池がバックミラーを俺たちが映る位置に合わせて、さっきから何回もチラチラと見てくる。


「も……もうすぐ着きますよー……」