たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~
作者/ゆかむらさき

110> 日曜日
「……っつーか、おまえさぁ」
「え?」
パジャマのボタンをとりあえず掛け直し終えて顔を上げると、松浦くんと目が合った。
彼は、あたしの手元を見て大きなため息を吐き出し、自分の顔を手で覆い隠した。 覆い隠した手の指と指の間から視線を送りながら、呆れた様な口調で話し出す松浦くん……。
「さっきはあんなに必死になって隠してたくせに、どうして普段はモロ出しストリップショー見せてくんだよ……」
「もろ だし?」
「ベランダ越しのストリップショー。
結構バラエティーに富んでるよな。 セーラー服生着替えバージョン、そしてパジャマ生着替えバージョン、っと。 ああ、そういや今朝のやつが今までで一番スゴかったよな。 上下いちご柄の下着姿で抱き枕足で挟んで抱き付いてベッドの上であんなパフォーマンスを見せてくれるとは……。 ちなみにケツ半分出てたな……」
「やっ! やだもうっ! 松浦くんのエッチ!」
今朝の自分の寝起きから着替えて部屋を出るまでの一部始終を、彼にずっと見られていたなんて……。 しかも年頃の女の子に向かって“ケツが見えてた”とか、信じられない――――!
恥ずかしくなって両手で顔を隠して下を向いていると、あたしの頭を“何か”で軽くポンッと叩かれた。
「ストリップの観賞代だ」
(観賞…代……?)
彼曰く、“叩いたモノ”をくれるらしい。
受け取った“それ”は一冊のキャンパスノートだった。
(これ……って……)
ノートのページをめくった手が震え出す。
勉強の参考書なんてモノは今まで買ったことなんて一度たりとも無かったけれど、おそらく……市販で売られているどんな参考書よりも親切に、あたしが見ても理解し易い様に何色もの色のペンを使い、細かい説明を入れて書かれている。 あの“面倒くさがり屋”のはずの松浦くんが――――
ノートいっぱいびっしりと書かれた文章に込められた彼の愛情を、僅か一ページ目を見ただけで感じた。
電気が点けられて、部屋の中が明るくなるまで気が付かなかったけれど、普段の様にカッチリとセットされていないラフな髪型、彼らしく強がって隠しているつもりだが、それが余計に不自然な程疲れきって眠たそうな顔。
松浦くんは、あたしが高樹くんとデートをしている間……いや、それよりも何時間も前からずっと睡眠時間を(たぶん全部?)削ってまでして“このノート”を作ってくれていたんだ。 ――――あたしのために。
どうしよう……。 また涙が出てきちゃいそう……
「貧相な裸姿に不覚にもムラムラきちまった……。 俺だってこれでも一応は健全な“男”なんだから注意しろ。
……まぁ、“見せたい”のなら勝手にすりゃあいーけどな。 ……じゃあな。 俺、もう帰るわ」
ベッドの上に転がっている黒い拳銃と、あたしの腕の中のノートを残して松浦くんはサッサと部屋を出て行ってしまった。
――――あたしがまだ……高樹くんか松浦くんの“どちらか”を選べない事を感じ取っていたのかの様に。
「ちょっと待って!」
呼び止めるあたしの声を「来なくていい」とドアを閉めて遮られた。
『まだ言うな……』 そう言われた様な気がして、彼を追い掛けようとしてドアノブに掛けた手を離した。
せめて一言お礼を言いたかっただけなのに――――
「あら、鷹史くん、もう帰っちゃうの? もっとゆっくりしてってもいいのに」
きっと松浦くんが階段を降りようとした辺りだろうか。 ドアの向こう側からお母さんの“よそ行き仕様”の高い声が聞こえる。
「寝仕度をしていたところ、失礼しました。
なみこさんに大事な話がありましたので……。 すでに遅い時間ですし、後日再びゆっくりお邪魔させて頂きます」
“大事な話”……
ドアに背中を付けもたれながら、あたしは激しく刻んでいる胸の中のノートをギュっと抱きしめた。
『ありがとう』って…… 明日、ちゃんと言おう――――
☆ ★ ☆
「入るわよ、なみこ」
おそらくあたしと松浦くんに出すつもりだったのだろう。 ドアをノックして二脚のマグカップを乗せたお盆を持って部屋に入ってきたお母さん。
砂糖を入れるのかも聞かずに彼女はあたしのピンク色のマグカップに三個の角砂糖をコロンコロンと放り込み、スプーンを突っ込んで渡してきた。
中身はカフェ・オレ。 ほんのりと苦い、甘い湯気があたしの顔を包みこむ。
(んっ…… いい香り…… うふ。 パジャマ姿で眠る前、こうやって飲むカフェ・オレって、最っ高……)
「……何してたの? あんたたち」
「んえッ!?」
マグカップを受け取ったと同時に単刀直入にえらい質問を投げ付けてきたお母さん。 150Km/h超えの内角ギリギリ直球(ストレート)ボールをわたしはわざと見逃して、慌てて手元のカップに口を付けた。
「熱っつ!!」
手が震えてカフェ・オレを派手にこぼしてしまった。
「もうっ! おっちょこちょいなんだから!
熱い物を飲む時は気を付けなさいって! もっと女の子らしくおしとやかに振る舞いなさいって、いつもあれほど言ってるでしょ! 全くホントにあんたは……」
お母さんに“おしとやかに”なんて言われたくない…… しかし、ブツブツ文句を言っていながらもカフェ・オレをこぼしたあたしの手を優しくポンポンとふきんで拭いてくれているお母さん。
「……大丈夫?」
「う、うん、大丈夫。 殆ど床にこぼれて、ちょこっとしかかかってないから……」
ふきんをお盆の上に乗せ、彼女はあたしの右手をそっと両手で握り、何かを呟き出した。
「……思い出すわ。 確か昔もあったわよね……“こんな事”……」
(え……? 知らない……)
「鈍感で無神経なあんたに、鷹史くんが“やきもち”妬いてすごく怒った事……」
(だから知らないって…… 何言ってるんだろ……お母さん……)
「頭がいいし、優しいし、なんてったってあんなにも男前。 さぞかし女の子にモテてるでしょうね、彼」
“優しい”の所だけは絶対違う様な気がするけれど、お母さんはあたかも松浦くんの“私情”を知っているかの様にベランダ越しに彼の部屋を遠い目で眺めながら語り始めた。 あたしも人の事を言えないかもしれないけれど、少々強引な“都合の良すぎる妄想癖”のある彼女の話を七割がた削って聞いておいた。
「どっこい しょっ、と」
あたしのベッドの上に大きなお尻をドカッと乗せたお母さんの隣に、あたしも彼女がカフェ・オレと一緒にお盆の上に乗せて運んできたロールケーキを一切れつまんで腰を下ろした。
「大事な話……って何だったのかしら? あなた達の楽しそうな笑い声、一階まで聞こえてきたわよ。
あらっ? “コレ”を渡しに来たのかしら? ……交換日記?」
――――聞かれていたのは笑い声“だけ”だったのだろうか。
「ごほ! ……んごっ」
ロールケーキを口の中に一気に押し込んだせいもあり、むせ込んでいるあたしの背中をさすり、彼女は自分のマグカップを手に取って『飲みなさい』と渡してきた。
「さっき、おしとやかにしなさい、って言ったばかりなのに……」
ため息をつきながら『見せて』の断りもなく、彼女はあたしの膝の上に乗せたノートを勝手に手に取り、パラパラとめくり始めた。
もう、このお母さんときたら、プライバシーもへったくれもない…… まぁ、どうせ“手作り参考書”なのだし、見られて困る事は(多分)書かれていないだろうけれど……
(ま、いっか)
あたしは諦めてカフェ・オレをすすった。
――――交換日記、か……。 もし本当にあたしと松浦くんがそんなコトをしていたとしたら、“ダメ出し”を毎回びっしり書かれるに違いない。
「ふぅ……っ」
今日一日であたしの身に起こった色んな出来事をカフェ・オレで流し込んでひと息ついたら、お母さんはさらにとんでもない事を言い出した。
まるで、あたし達の笑い声だけではなく、今彼女と一緒に腰を掛けているこのベッドの上でついさっき松浦くんと交わした“裸のやりとり”を見ていたかの様に――――
「今度、鷹史くんがうちに来た時はチーズケーキをご馳走しなくっちゃね。 彼に食べてもらうの何年ぶりかしら。 腕振るっちゃうわよ、お母さん。
そうだわ! お母さん付きっきりで“レシピ”教えたげるわ。 ――――あんたが作りなさい! それがいいわ!
絶対喜んでもらえるから!
こんなにズボラで女らしくもないあんたをもらってくれるのは彼しかいないんだから。 ……ねっ?」

小説大会受賞作品
スポンサード リンク