たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~

作者/ゆかむらさき

58> 塾三日目(高樹純平くん 主人公)


《ここからしばらく高樹純平くんが主人公になります。》


「――純平。 急な話ですまないが……ちょっと来てくれないか」
(朝から、どうしたんだろ……)
 バスルームから出た僕は、濡れた髪をタオルで拭きながらリビングのソファーに座り、父さんの話を聞いた。


 どうやら父さんと母さんは、二人で経営している女性物の下着の会社の都合で、急きょ明日から中国に一週間滞在することになったらしい。 ――――まあ、昔からこんな事はしょっちゅうあるんだけど……ね。
(明日から一週間――。 この家には僕だけしかいない…… か。)
 フッと頭の中になみこちゃんの顔が浮かんだ。
 前に見た“夢”の続きを見たい……
 もう一度会いたい……。 あの可愛い“エプロン姿”のなみこちゃんに――――
 母さんが大きなため息をついて、父さんと僕にコーヒーのおかわりを注いだ。
「……分かっているとは思うけど、純平、家に親がいないからといって、調子に乗って友達と外で夜遅くまで遊んでばかりいるんじゃないわよ。 ……近所の目もあるんだから」
 僕はテーブルの上に何冊か重ねて置いてある、父さんと母さんの会社の通販カタログを一冊手に取り、膝の上で広げてペラペラとめくった。
(あっ、これこれ、こーゆーの……なみこちゃんに着けて欲しーなー、 ふふっ。)
「学校の成績がいくらいいからといっても、あなたは生活態度がメチャクチャでしょう……」
(ああー、コレはもっと大人になってからのほうが――――)
「はぁ……。 お母さん、わからないわ……
                       だいたい純平、あなたはいつも何を考えて生きているのよ……」


 ――パタン。
 僕は見ていたカタログを閉じ、小さくせきばらいをして立ち上がった。 そして片手を頬に付け、目を細めてジーッとこっちを見て反応を待っている母さんの肩に手を置いた。
「母さん……。  父さんと二人っきりで一週間…… 忘れちゃった愛をたしかめあってきてね……」
「――っ!!」
 僕の言葉が彼女の頭に角を生やした。
「遊びにいくんじゃないわよ! 仕事でいくの! ――――まったく!  いったい誰に似たのかしら、この子は……」
「まあ、まあ、まあ……」
 父さんの方はまんざらでもないらしく、楽しそうに笑いながら母さんをなだめている。
 僕は手ぐしでヘアスタイルを整えて、母さんが注いでくれた温かいコーヒーを飲みほした。
「いってきまーす」
 学校のカバンを持ち、父さんと母さんにVサインをして部屋を出た。


 ――――僕の名前は高樹純平。 純平の『純』は……純粋の『純』。
      友達は結構いる。
      その中には女の子の友達も何人かいるけれども、恋にはならなかった。
      しかし、ある日突然塾で出会った女の子“なみこちゃん”。
      彼女に出会った瞬間――――僕は生まれて初めて恋を知った。


 玄関のドアを開けて、眩しく降り注ぐ太陽の光と風の香りを感じながら、僕は大きく深呼吸した。 やっぱり空気がいつもとは違う。


(今日は塾の日――――。 はやくなみこちゃんに……会いたい……)




59>


     ☆     ★     ☆


「よ、よぉーっし、 じゃ、“お姉ちゃん”が君の靴に“魔法”をかけてあげよう!  1・2・さんっ、 えーいっ!」
「うんっ、 コレで大丈夫!」
「……ほんとう?」
「たぶん…… いや! 絶対!
                     ――――だからもう泣いちゃだめだよ、 ね?」


     ☆     ★     ☆


――――ここは僕の通っている釜斗々中学校。
 今は昼休み。 僕は廊下の壁にもたれながら、窓の外で交尾をしているトンボを見ていた。


「やあやあ高樹殿、本日はお待ちかねの塾でござるなあ。 愛しのなみこ嬢との甘い愛の戦略を練っておられるようで? 邪魔してすまんな……」
「会いたいのにぃー……週二しか会えなぁーい……。 どうしてあなたは原黒中なの? どうして処女なの?  ――痛ッて! 何すんだ由季ッ!」
「……ばーか。 もうっ、ごめんね高樹くん」
 ヘンなやつらだけど、一応彼らは僕の友達。 時代劇役者(?)口調の聖夜と、「少年よ、オンナを抱け(いだけ)」が口癖の、見ての通り“チャラ男”な健。 そして“はきだめに鶴”、日本人形のようなしとやかな顔をしているこの女の子は……信じられないけど、まさかの“あの”健の彼女の由季ちゃん。
 なんだかんだ言っていつも彼らとつるんでエッチな話に花を咲かしているんだけど――――
                                            今は由季ちゃんがいるから無理だな……。


「え! ウソ! マジで今日告るの!? 静香!!」
「……ウン」
 廊下にいる僕に“わざと聞こえるように”アピールしているのか大きな声で教室の中からぞろぞろと出てきた女の子たち。 三人いる中のひとり、一番スカート丈の短い中学生離れしたグラマーな体型をした“今日告白するらしい”女の子は“徳永静香さん”。 彼女は見ての通りクラス……いや、この学校の名物キャラだ。
 その名物、徳永さんがお尻を振りながらゆっくりと歩いて近付いてきて、僕の横に香水の香りをフワフワと漂わせながらもたれてきた。
 彼女は赤茶色の縦ロールの長い髪を指で少しつまみ、毛先を僕の鼻のそばに近づけて、上目づかいで話し出した。


「高樹クン……  静香をフったコト……今に後悔させてアゲルから――――」


「おおうっ! 今日も色っぽ……いや、エロっぽいよ!静香御前」
「よッ! 女泣かせの色男、高樹源氏!」
 僕と徳永さんの前で健たちがワケの分からない事を言ってはやしたてている。
 僕は自分の鼻の前にチラついている徳永さんの髪を手で払いのけ、「ふっ」と小さく笑った。


「胸の谷間に着火したダイナマイトはさんで挑む覚悟がないと……無理だと思うよ……。
                                        ――――頑張って。 本気で応援してるから」




60>


 ――――前に健から聞いたことがある。
         徳永さんが今、熱をあげている恋の相手は――――松浦鷹史。


     ☆     ★     ☆


 部活(バスケ部所属)を終え、学校から帰った僕たちは自転車で塾へ向かった。
(もうすぐ、なみこちゃんに会える……)


 いつもかったるかったこの急坂が、なみこちゃんと出逢ってからは何とも思わない。
「ちょっ、 待てよ、高樹ッ――!」
「愛のチカラ……おそるべし……」
 気が付くと、僕のいる50メートルくらい後ろで健たちがへたばっている。
 僕はそのままペースを落とさずに高台まで上り、自転車を止めて、下に広がる街の景色を見ながら深呼吸をした。 心地いい風が髪を優しく撫でる……。
(うん……  ちょっと焦りすぎだな……僕)
「あせりすぎでござるぞ、おぬし……」
(――やっぱり)
 汗だくになりながら息をきらしてやっと追いついてきた聖夜に怒られた。
 いくら急いで早く塾に着いたって、なみこちゃんが乗っているバスが来る時間は同じなのに……何やってるんだ、僕……。 舌をペロッと出して「ごめん」と彼らに謝っておきながらも、再び高速スピードで塾へ向かって走った。 この胸のドキドキは自転車のペダルを思いっきりこいだからではない。 たぶん、それは――――


     ☆     ★     ☆


「あ、 なんだ? 高樹、それ。」
 塾の自転車置き場に着いてから、昨日サイクルショップで僕の自転車の後ろに取りつけた荷台に、健がやっと気が付き、指をさしている。
「もっと早く気付いてよ……」
 自転車に鍵をかけ、僕は健に向けて手の指をピストルの形にして「バーン!」と撃った。
「……ほほう。  これは羨ましいでござるな。 背後から手を回されて……なみこ嬢の可愛らしい胸が密着とは……  うむむ――――純情そうな顔しておぬしもなかなか……」
「――聖夜。 こいつ最終的には“自分の上に”乗せる気だぞ。 まったく、けしからんヤローめ。」
 “恒例”の(下ネタ)妄想トークがはじまった。 こーゆーのホント好きだな、こいつらは……
「ふふっ。 いつかはね――――って、何いってんだよ。」


 そうこうしているうちに駐車場に塾のバスが入ってきた。


「!」
 バスから出てきたなみこちゃんが、松浦鷹史に強引に腕を引っ張られて、泣きそうな顔で怯えている。
(何しやがる、あいつッ――!!)
 僕は健たちをほったらかしにして、急いで彼女の元へ走った。




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「悪ィな、高樹君……。 少しこいつ借りてくわ。
            大丈夫、大丈夫、あとで、ちゃんと返すって。 な?」


 松浦鷹史は僕のなみこちゃんへの気持ちを知っていながら、わざと神経を逆なでするかの様に挑発的な笑みを浮かべ、彼女を塾の中へ連れこんでいった。
「助けて」
 なみこちゃんは何度も振り返り、目で僕にうったえていた。
(――――待ってられるか!! 大丈夫じゃないだろ!!)
 これも生まれて初めての感情だった。 僕の中で何かがブチッときれた。
「――っ!」
 僕はすぐになみこちゃんを連れた松浦鷹史を追いかけ――――――――――られなかった……。


「高樹クゥーン……」


「!」
 僕の腕に徳永さんが大粒の涙をボロボロとこぼしながらしがみついている。
(ああ…… 彼女もアレを見たんだ……)
 バスから降りてきた松浦鷹史をつかまえて“いざ”告白しようとしていたのだろう。 可哀そうに……
 気合いを入れてまつ毛にマスカラをたっぷり塗りつけていた様で、目の周りがパンダの様に黒くなっている。
「ヒドイィ……  ヒドすぎるゥー……」
 さらにラメ入りの真っ赤のリップグロスが前歯にベットリと付いている。
「……大丈夫だよ」
(ああ……僕、今こんなことしてる場合じゃないのに――――)
 塾に来る人達が、みんな立ち止まって僕たちの事を見ている。
(――勘弁してよ……)
           ――これじゃあまるで僕が徳永さんを泣かしてるみたいじゃないか……
 僕は自分の腕から彼女の腕をそっと外して、なんとか落ち着かせようとした。
「……まだ伝えてないんでしょ、 ……泣かないで」


「!」
 彼女は今度は僕に抱きついてきた。
「おおーっ!!」
 周りが一気にざわめき出した。 野次馬の中にいる“徳永さんのとりまき(?)”の二人の女の子は、予定外の彼女の行動に驚きながらも小さく拍手をしている。 これはマズい……。 もしもコレがヘンなウワサになってなみこちゃんの耳にでも入ったら――――
 僕に磁石の様にひっついている徳永さんを引き離し、
「……おいで」
 僕は彼女の手を引いて自転車置き場に戻っていった。


「ごめん!聖夜、あとたのむ! なぐさめてあげて!!」
 いきなり“そんな事”を押し付けられて目を丸くしている聖夜の手に、徳永さんの手をムリヤリつながせて、僕は塾の中に飛び込んだ。


(――どこにいる松浦鷹史……!  なみこちゃん……!!)




62>


(一階は職員室と三年生の教室だから……おそらくいないな……
                                            ――二階にいくか……)


「……高樹。」
 階段を昇ろうとしたら、誰かに声を掛けられた。
(こんな時に限って誰だよ……って、 うわっ!)
 引退したのだから、もう関わることはないと思っていたのに……。 誰がどう見たって成人男性様な彫り深い顔、そして怪物の様な雰囲気を漂わせるこの男は、同じ学校の、僕の所属している男子バスケ部の部長を以前務めていた黒岩先輩だった。


「――――話がある。  来い……」
 低く重たい声で、身長180センチ以上もある黒岩先輩が腕を組んで僕を見下ろしている。 相変わらず視線だけで目の前のものを覆い尽くしてしまう様な威圧感で、思わず生つばを飲んでしまう……
 実は、僕は彼が苦手なのだ。 厳しいからでは ない。
                        乱暴だからでも、ない。
                            陰険だからでも、ない……
                                  ――――それは……  “僕だけ”に異常に優し過ぎるから……