たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~
作者/ゆかむらさき

68> 塾三日目(高樹純平くん 主人公)
☆ ★ ☆
前半の講習を堂々とサボって甘いひと時を堪能した僕達は、休み時間に教室から出てくる人たちに紛れて何食わぬ顔でBクラスの教室に戻った。
なみこちゃんはこのクラスでたった一人の原黒中出身、そして僕は普段から頻繁に講習を抜け出してサボっていた事がちょうどカモフラージュになっていたからだろうか、教室にいなかった僕達に対してアレコレ詮索してくるような人はいなかった。
「……楽しかったね」
「………。」
言葉では何も返してこないなみこちゃんだけど、頬を赤らめながらつないだ手をギュッと握り返してくれた。
僕の場合は先生に気付かれさえしなければそれでいい。 なみこちゃんと“ヤリまくり部屋で愛し合う関係”なのだと公表したって構わない。 ――――でもなみこちゃんは女の子だし、もし、そんなコトになったらきっと困らせちゃうだろう。
なみこちゃんと僕の……二人だけの秘密、か――――
「!」
なみこちゃんとのデートの事で浮かれていて、さっき彼女と一緒にいた“あの部屋”に僕のジャケットを忘れてきてしまった。
「――ごめん。 ちょっと待ってて」
なみこちゃんのフワフワした柔らかい髪をクシャッと撫でて、僕は教室を出て再び三階へ昇った。
階段を昇る途中で僕は足を止めた。
何やら三階の廊下で大きな声が聞こえる。 耳にツンと突き刺さる様な甲高い女の子の声だ。
(ああ、あの声は……)
どこかで……いや、何度も聞いた事のある声。 以前は健たちよりもといってもいい位な程、僕のそばにいたけれど、“ある日”を境に離れていった女の子――――
「どうして!! 静香のドコが気にいらナイっていうのヨッ!!」
――――やっぱり徳永さんの声だった。
(ケンカかな……)
彼女は見た目もハデだし自意識が強く、いろんな意味で先輩に目を付けられる事が多い。 なんてったってあのダイナマイトな体型。 “逃したマーメイドは大きいぞ(胸が)”と部活の先輩達にことごとく冷やかされたっけ……
(マーメイド、か……。 地味にしてたら結構かわいいと思うのに……)
「――――静香のコト…… アナタの自由にシテもいいって言ってルのに……」
「――ぶっ! ごほ! ごほごほ……」
あまりにもロコツなマーメイドのコトバに驚き過ぎて咳が出てしまった。
(ちょっと待ってよ……なんだあの、へんな告白…… ん? 告白?)
告白の相手、って…… “あの部屋”には、入ったのか……?
階段を昇りきったところで“相手の男”の冷たい声が聞こえた。
「……じゃあ、もう俺につきまとうの……やめろ。」
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三階の廊下で徳永さんが、松浦鷹史に愛の告白をしていた。 ――――しかし(やっぱり)うまくはいかなかった様だ。
(あんな告白の仕方じゃあムリないよ……)
いつも高飛車で自信に満ちあふれている徳永さんが、床に両手を置き、ひざまずいて泣きじゃくっている。
そんな彼女に一切目も触れず、松浦鷹史は片手に僕の忘れたジャケットをぶら提げ、窓の外の遠くの景色を見ながら大きなため息をついて話しだした。
「……悪ィな。 俺、今、好きな女がいンだよ。
――――でも、まァ……“そいつ”をまだ俺の女にしてねぇ事だし、見返りを求めずタダで奉仕してくれるんなら、それはオイシイ話だが……
……おまえとだけは、死んでもヤル気になんねぇなァ、ハハ。」
「――ッ!!」
階段の陰から二人のやり取りを見ていた僕は、我慢ができなくなって飛び出した。
そして、涙でベタベタになった床に突っ伏せて丸くなっている徳永さんのそばに歩み寄り、腰を落として背中に手を置いた。
「教室に……戻ろうか……」
すると松浦鷹史は手に持っていたジャケットを僕に向けて投げ付け、
「紳士だねェ……。 武藤と、どさくさに紛れてヤリまくってたくせになァ!」
――――片手を腰に当て、いやらしい顔でニヤニヤしながら僕の方に歩み寄ってくる。
「――ごめん。 今、ティッシュしか持ってなくて」
ズボンから出したポケットティッシュをそっと徳永さんの手に握らせて、僕は立ち上がり、彼を思いっきり睨み付けた。
「んん? 高樹君。 どうしたのかな? そんなこわい顔して……
かわいい顔が台無しじゃないか……」
「………。」
(まだ女に、してねぇ……?)
歯を食いしばりながらずっと彼から目を逸らさなかった。 許せない……。 “恋敵”だからとか、そんなカワイイものじゃない。 こいつは“もうすでにスイッチの入った時限爆弾”だ。 こんな男のそばになみこちゃんを置いておくなんて危険すぎる。 さっきはたまたま“未遂”で終わったのだろうけど、いつか、そのうち僕の知らない間に、僕が見ていないところでこの男はなみこちゃんを――――
暗く静かな廊下に徳永さんの泣く声だけが哀しく響き渡る。 哀しいのは彼女だけではない……。 彼の黒い泥に濁った心も――――
松浦鷹史もずっとそのまま僕の顔から目を離さずに白い歯を見せて「ククッ。」と嘲笑い、徳永さんを足で指した。
「なァなァ、どうだよ、その女……。 そいつと付き合うと、もれなくスッゴいサービスが、てんこ盛りで付いてくるらしーぜ。 高樹君……」
「――――松浦アッッ!!」
僕は彼の胸ぐらをつかんで叫んだ。
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「――――もォいいよ。 高樹クン……
ゴメンね、松浦くん……」
体を起こし顔を上げた徳永さんは、わずかに残っているプライドをかき集めた様な笑顔を僕に見せて走って教室へ戻っていった。
「ありがとう」
真っ赤に腫れ上がった彼女の瞳が、まるで僕にそう言っているかの様に感じた。
いつもつま先立ちで背伸びをしていた彼女が、“飾り”を全て外した笑顔は、思った通りやっぱり可愛かった。
“こんな男よりも、もっとあなたに相応しい人は必ずいるから……大丈夫だよ。”
徳永さんの背中に視線で送りながら、僕は松浦鷹史のシャツをつかんだ手を離し、いかりで乱れた呼吸を整えた。
「……ねぇ、松浦くん、 さっき徳永さんに言ってた“好きな女の子”って…… だれ?」
松浦鷹史は廊下に転がっている小さな空の段ボール箱を足でポーンと蹴飛ばして不敵に笑い出した。
「プッ、 ククククッ……。 ――――何? なんでソレ、友達でも何でもねぇおまえなんかに教えなきゃあ、いけねーの?」
強がっているつもりだろうけれど、彼の言葉の中にはっきりと焦りが見える。
動揺している表情を僕に見透かれてしまうのが嫌だったのだろう。 松浦鷹史は急に僕から視線を外し、再び窓の外を見た。
「関係ねーだろ、 ……ンなの」
彼は何とかごまかして僕の質問から逃げようとしている。
“アレ”は徳永さんの交際の申し込みを断るために作った嘘なんかではない。 僕は気付いていた。 彼と初めて言葉を交わした時から、いや違う、顔を見た瞬間に直感で。 “同じ女の子に想いを寄せている”んだってね……
「――じゃあな。 俺、もう戻るわ」
「教えて」
僕は松浦鷹史の前に回りこんで、左手を横に伸ばして行く手をはばみ、逃げられるのを止めようとしたが、
「どけ。」
彼の手の平で胸を押し返された。
「……関係あるでしょ」
「じゃあな。」
「ちゃんと聞いて」
「………。」
――――もっと崩してやる…… そのポーカー・フェイスとやらを…… 今からあんたに見せるロイヤル・ストレート・フラッシュでね。
「――ねぇ、その女の子ってさ…… 塾が同じ子なの?
学校が同じ子なの?
――――それとも……塾も学校も同じ子かな?」
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「……最後のは、冗談だろ?」
松浦鷹史は笑いながら、また一つ段ボール箱を蹴飛ばした。
(当たってるくせに……)
彼の笑顔が動揺して引きつっている。 その顔があまりにも滑稽で思わず僕も一緒に笑っちゃいそうなくらいだ。
彼だけは許しておけない。 徳永さんと同じいたみを存分に味あわせてやりたい――――
「――さっき、さ、“松浦くんと塾も学校も同じ女の子”から
デートに誘われちゃっ、た」
ゴロ ゴロ ゴロ ゴロ……
秋はもう深まってきているのに季節外れの雷が鳴り出した。
「……嬉しかったよ。
松浦くんはもう知ってると思うけど、僕もずっと“彼女”のことが気になってたからね。
デートの約束は、今度の日曜日……」
まるで戦いの始まりを知らせるゴングの様に窓の外で激しい稲妻が横切り、雨が凄い音をたてて降り出した。
「ハハ。 どしゃ降りになりゃあいいよな、その日……」
松浦鷹史はまだ引かない。 ここまで言われてもまだ窓の外を見ながら笑っている。 ――――おそらく表面だけ……だけど。
(でも、これで“終わり”だよ……)
「どしゃ降りになったら、か……。 ふふっ。 でも、もしそうなれば“おうちデート”に持っていけるし……
実は僕の家、明日から一週間、両親が仕事で外国に行く事になってるから、その間ずっといなくってね。
一つ屋根の下で、あんなに可愛いなみこちゃんと二人っきりで何時間も一緒にいたら…… 絶対、何か起こっちゃうよね」
松浦鷹史から完全に笑顔が消え去った。
「高樹…… おまえ、初めてのデートでいきなり武藤を家に連れこむ気か……?」
彼の鋭い視線が僕を突き刺す……。
「……だから、僕が紳士でいられるように……
――――祈っててね、松浦くん……」
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松浦鷹史は教室へ戻っていった。
つい勢いで飛び出てしまった言葉だったけれど、本当は彼に“なみこちゃんとのデート”の事を教えてやりたかったのかもしれない。
彼と同じで実は僕も焦っている。 学校が同じで家がとなり同士、というハンデがあるから……。
彼が去り際に残していった言葉が胸に引っ掛かっている――――
――――「なぁ、高樹君、“北風と太陽”っつー物語……知ってるか?
旅人の上着を脱がすために、北風と太陽が勝負する……ってヤツ。
一応、物語では太陽が脱がした事になってンだけどな……
北風が、もう少し強い風を起こしてたら――――
旅人の上着を剥ぎとばすことができたんじゃないか……って、思って な……」
窓の外を見ると、さっきはあんなに荒れ狂っていた空がウソだったかの様に穏やかになっている。
「通り雨か……。 きっと自転車ベタベタだな……」
床の上に落ちたままになっていたジャケットを拾い上げて肩に掛け、僕も教室へ戻った。
(――確か、塾の帰り道の途中にあるドラッグ・ストアーって九時閉店だったっけ……。
急いで帰れば……なんとかギリギリで間に合うかな……)

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