たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~

作者/ゆかむらさき

102> 日曜日


     ☆     ★     ☆


「――ふうっ。」
           ――まさかこんな時間になってるなんて……
 ちょっぴり気の早いクリスマスモードのレストランの電飾や、居酒屋ののれんを灯す赤ちょうちんをバスの窓から眺めながら ため息をついた。
 (もう五時過ぎちゃってるな……)
 普段おつかいなんて頼まれることはないし、お友達もいなかったから遊びになんても行かなくて、いつも家でゴロゴロしてばっかりなあたしが、こんな時間に外に出る、ということが何カ月ぶりか分からないくらい久しぶりだ。 もうカラスもおうちに帰っていってしまったみたい…… 五時なんてまだ明るいから大丈夫だ、って思っていたけど、一人だと塾に行く時とは違ってやっぱりちょっと怖いかもしれない……


 “アノ後”は二人、ちゃんと服を着て、ホント……本当に何もなかった。 うっかり口を滑らせて松浦くんの話をしてしまわないように気をつけながらお互いの学校のことを話したり、実は想像以上にたくさんいた高樹くんのお友達のお話を聞いたりして“平和”なひとときを過ごした。
 ただ……前に高樹くんが話していた“あたしの出てきた夢の話”が急に気になりだして……さりげなく聞いてみたはいいけれど――――
 「……でも なみこちゃん、さっき“もうムリ”って言ってたよね、
                   ホントにイイの……? そんなに知りたいなら……  教えてあげてもいいけど――――」
 彼は再び着ていたシャツを脱ごうとした。 その時点であたしは夢の内容を理解した。 目の前にある、結局恥ずかしくって聞けなかった“メロン以外は名称不明なセレブご用達(?)フルーツ”を あたしは心臓をバクバクさせながら食事中のリスのようにバクバクとほおばってごまかし、なんとかうまく(?)回避した。
 こんなに何回も求めてこられるなんて…… やっぱり高樹くん男の子なんだ……。 
                                            あたしもちゃんと……女の子なんだ――……


「家まで送る」
 高樹くんはそう言ってくれたけれど、お昼ゴハンをごちそうになっちゃった上に、わざわざ遠くまで往復してもらうなんて悪いし、それに……あたしは今日経験した甘酸っぱい夢(のようなできごと)にひとりでどっぷりとひたりながら帰りたかった。 「心配だ」なんてこんなあたしなんかに本気で思ってくれている高樹くん……。 本当に大丈夫、って言っているのに……彼は彼の家のそばのバス停まで送ってくれた。 ちょうどまわりには人がいなかった。 バス停のベンチに腰を掛けて手をつないでいただけで何も話さなかったのに二人の“同じ”気持ちが重なった。
 その時にした“キス”は “さよなら”じゃなくて……“もっと一緒にいたかった”のちょっぴり名残おしいキスだった。


     ☆     ★     ☆


「きゃっ、やだっ、 うふっ。」
 バスの中で自分のくちびるに手を触れながら、何度もあたしはだらしない顔でニヤけては、キリッとした顔に戻していた。
(舞ちゃんは どうだったのかな……)
 こんなに遅い時間だし、もうおうちに帰っていることだろう。 “あの時”は初めてのデートでピリピリしていたけれど、大好きなひとに可愛い笑顔をいっぱい見せていたんだろうな……。 今、おうちでおいしくゴハン食べてるかな――……
 グルルルル…………
           「ぎゃっ、やだっ もうっ!」
 日曜の夕方でたぶん平日よりも人の少ない静かなバスの中(まさか こんな時にかぎって!なタイミングで)、あたしのお腹が女の子らしくない音で鳴り響いた。 通路をはさんであたしの反対側のシートに座っている、白と黒のストライプ柄のスーツを着た、ガラの悪……コワモテ系のおじさんが携帯電話をいじりながら背中を震わせている。 濃い茶色のサングラスに目が隠されていて、彼がどんな顔をしているのか分からない。
(あ、 あたしのせいじゃ ないもん……)
 きっとおもしろいサイトでも見ていたんだ! ――――勝手にそう思いこみながらも、いち早くこの場から逃げだしたい気持ちになったあたしは、まだ降りるには早い一つ前のバス停にもかかわらず、“とまります”のボタンを押した。


     ☆     ★     ☆


 バスから降りて辺りを見渡すと、すでに真っ暗になっていた。
 せっかくあわてて降りたのに、さっき“おもしろいサイトを見て笑っていたあのおじさん”も、困ったことにあたしと一緒に降りてきてしまった。
 “チカンに注意!!”と歩道の脇に立っている町内掲示板に貼られた赤いポスターがあたしに警告をしてくる。
『はい、コレ。僕の携帯の番号。 家に着いたら電話してね』
『う、 うん。 わかった』
             (本当、高樹くんってば、心配性なんだから……)
『ああ、でも女の子だし…… なみこちゃん可愛いから心配だな…………』
 バスに乗る前に彼がつぶやいた言葉が頭をよぎる…………


 コツ コツ コツ コツ…………
 あのおじさんの足音が近づいてくる……。 彼のくわえているタバコの煙のにおいもだんだんと強くなる……。 怖くてふり向くことができない。 サングラスをかけていたから顔がよく分からないけれど、歳は大体50~60歳。 “女であれば誰でもいいから獲物を狙っていた”のかもしれない。 こんな暗い夜道を一人で歩く女子中学生…… 


――――あたし……絶好の獲物だ!! 


 さっきバスの中で笑っていたのは、お腹の鳴る音を聞いたからではなくて、おもしろいサイトを見ていたからでもなくて……
――――このひとチカンなんだ!!
                 (……怖い!! どうしよう!!)
 ちょうど街灯もなく車通りも少ない、脇に竹やぶ林が続く道にさしかかった。 そういえば日が落ちるのが早いこの時期は、特に不審者に気を付けて なるべく一人で出歩かないようにと学校で先生に言われていたことに今ごろ気付いた。 一つ前のバス停で降りたりなんかしないで、きちんと家のそばのバス停で降りればよかった――――
 コツコツコツコツ…………
                ――――チカンがくる!!
 (何で!! どうしてこのおじさんあたしなんかを狙うの!?  胸のサイズなんてAカップも満たしてないんだよ!! 
 だってそれに……さっきヘンな音でお腹鳴らしてた女の子だよ!! 
 誰か助けて…… この前みたいに……
                        ――――松浦くんでもいいから!!  お願い!!)
――って、こんなに遠く離れているバス停のそばを、こんな時間に彼が歩いているワケがない。 一応学校で“カタチだけ”陸上部に所属しているあたしは 歯をくいしばって早歩きの足を全力疾走に変えて走った。


     ☆     ★     ☆


「 !! 」
 がむしゃらになって走り、ようやくあたしの家の前のバス停までたどり着いた時、背格好が松浦くんによく似た人が立っているのが見えた。
(幻覚……?)
         ――――違う。 幻覚なんかじゃない。
「――武藤」
 “本物”の松浦くんはあたしに気が付くと、こっちに向かってゆっくりと歩いてきた。
 あたしは――――彼の胸に思いっきり飛びこんだ。