たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~
作者/ゆかむらさき

105> 日曜日
☆ ★ ☆
バスルームの脱衣所のかごの中の一番上に放りこんである、いちご柄の散りばめられたなみこちゃんのパンティー。
彼女はただいま入浴中なので、ここから先はご遠慮願い――――
チャプ……
(勝負下着……かぁ。)
ぬくぬくと湯船につかりながらあたしは考えていた。
今まで服はすべて、下着までお母さんにまかせて買ってもらっていた。
「あら、コレ可愛いじゃない。 あんたにピッタリよ」……だなんてお母さんは自分ばっかり通販で“ウエスト矯正”だとかいった海外製の値段の高い下着ばっかり注文して着けているくせに、あたしには上下まとめて三点セットで売っているようなお値打ち品の……しかも“児童用”の下着を買ってくる。 実は今日着けていた下着も残念なことにそうだった。 まさか、“あんなコト”になるなんて思ってもいなかったし――――
「わ。 いちごだっ、可愛い!」
――と、そんなふうに高樹くんは褒めてくれたけれど、きっと気配りの上手な彼のことだからだったと思う。 あたしはものすごく恥ずかしかった。
――――とはいっても、いきなり“リボンとかレースのフリルの付いた下着が欲しい”だなんてねだったりなんかしたら、“おかしい”って思われるかもしれない。 漫画を買うのをしばらく我慢して、コツコツ貯めたおこづかいで買っちゃおうかな……
高樹くんのためならば、そんなこと“くらい”我慢できる。 漫画なんてもういらないくらい。 ――だって……あたしが読んでいる漫画なんかよりも何倍も素敵な恋愛体験を現実のなかでしているんだもん。
「はぁ……」
浴槽のふちにかけた腕の上にほっぺたをつけてあたしは大きなため息をついた。
最近、学校で行われた体重測定の事を思い出して急にむなしくなってきた。 そういえばクラスの女の子の大半がブラジャー、もしくはカップ付きのタンクトップを着けていた。 あたしはクラスで一番……極端に背が低くって……胸も小さい。
(“ここ”はお母さんから遺伝しなかったなぁ……)
口先をとんがらせながら、あたしは湯船の中につかっている胸に視線をおとしてもう一度ため息をついた。 湯けむりのなかにぼんやりと見えるペッタンコな胸。 すこし体をゆすってみたけれど、お湯の表面が揺れるだけで“あたしの”は全く揺れない。
「あれっ?」
胸ばっかりずっと見ていて気がついた。 右胸と左胸の間にほんのりと赤い小さなアザができている。
(――こんなところ ぶつけたっけ?)
思い当たるふしがなく不思議に感じながらお風呂を出て脱衣所でバスタオルで体を拭いている時に、太ももの内側にまた一つ胸に付いていたものに似ているアザを見つけた。
ホントにドジだなぁ……。 ケガした事にも気付いていないなんて……。 こんなんじゃまた高樹くんに笑われちゃ……
「 !! 」
のん気にお風呂なんかに入っている場合ではなかった。 家に着いたら電話するって約束していたのに!
あれからもうずいぶんと時間が経っていることだし、連絡が来なくて心配しているにちがいない。 あきれちゃう。 本当にあたしは一体何をやっているのだろうか……。 自分で自分を叱りながら、手に持っているバスタオルをグルグルと体に巻いてバスルームを飛びだした。
(ちょっと待てよ……)
電話はリビングにあるのだけれど、こんな格好で使っている所をお母さんに見つかったら叱られる。 それに、男の子と話している会話を聞かれて、“誰だ”とか“どこに行ってた”とか後から根掘り葉掘り聞かれるのは……ましてや“何をしていた”だなんて、口が裂けても言えない!!
あたしは二階の廊下にある“子機”を使ってかけようと、かけ足で階段を昇った。
廊下で子機の受話器を手に取り、自分の部屋に入った。
左腕に抱えているパジャマと下着を足もとに落として一回深呼吸した。
高樹くんと今日、日中、あんなにも二人で一緒に過ごしていたはずなのに、やっぱりドキドキする。
(やだっ…… どうしよ……なに話そ……)
「 !! 」
――しまった!!
別れ際に渡された高樹くんの携帯番号の書かれたメモが今日はいていた……さっきバスルームで脱いだショートパンツのポケットの中に入れっぱなしになっていたことに気が付いた。
(もうっ! あたしのバカッ!!)
タオルを巻いたままの格好で急いで再び一階のバスルームに戻り、脱衣かごの中のショートパンツのポケットからメモを取り出して二階に行こうと階段を昇りかけた時――――
ピーンポーン……
インターフォンが鳴った。
誰だろう……。 こんな夜にお客さんだなんて……。
お父さんが来るのは明日だって、さっき確かお母さんが…………
(まずい……!! お母さんが来るっ!!)
ずり落ちそうになったタオルを手で押さえながらあたしは自分の部屋へ戻った。
カーテンが開けっぱなしのまま、電気も点けずに暗い部屋の中、震える手で受話器のボタンを押して耳にあてる。 呼び出し音が一回鳴るたびにあたしの鼓動が速くなる……。
『なみこちゃん…… また忘れてたでしょ……』
まるで帰宅してからの一部始終を見透かされていたように受話器の向こうの高樹くんにいきなり言われてしまった。
「ごめんなさい!!」
連絡するのを忘れたことをあやまったけれど、その後、何を話せばいいのか分からなくなってしまい戸惑っていたら、小さく笑った彼が会話をつなげてくれた。
『ふふっ。 今度の塾で“おしおき”だから覚えておいてね』
つながったけれど、余計にどう返したらいいのか分からない。 “塾でおしおき”と聞いて、あたしの頭の中に浮かんだのは――――三階の“やりまくりべや”…………
『何考えてたの? なみこちゃん……』
「な!! なんにも!! うんっ!」
聞かれて必死で頭のなかの映像を消していると、誰かが階段を昇ってくる音が聞こえた。 だんだんとあたしの部屋に近づいてくる……
――――お母さんだ!!
こんな時に……高樹くんとせっかくのラブラブ(?)コール中に限って一体何の用なんだろう。 再びずり落ちそうになったバスタオルを押さえた。 しかもこんな格好なのに――――
高樹くんともっとお話したい気持ちだけれど、仕方がない……。 電話を切らなければ――――
「ごめんね、高樹くん…… 実はあたし今バスタオル一枚だけなんだ……。
お風呂の中で急に“高樹くんに電話かけること”思いだしちゃって……
だから……」
ガチャッ。
――――電話を切った音ではない。 いくらなんでも“おやすみ”も言わないでいきなり電話を切ってしまうなんて失礼だから。
これはあたしの部屋のドアを開ける音。 やっぱりお母さんが入ってきたんだ。
『バスタオル一枚……って……
すげっ……』
「はい…… そう です……」
受話器を持ちながら急に敬語になったあたしはバスタオルを片手で押さえながらヘナヘナとその場に座りこんだ。
背後にすさまじい冷気を感じる……。 きっと腰に手をあてて頭から角を生やしたお母さんがいる…………
ゆっくりとふり向くと、なんとそこにいたのはお母さんではなくて――――
――――松浦くんだった。

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