たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~
作者/ゆかむらさき

99> 日曜日
☆ ★ ☆
○want to ~ =~したい(と思っている)
○like to ~ =~するのが好きです
○start to ~ ・ begin to ~ =~し始める
――――実は俺は、“あいつ”と生まれる前から“となり同士”で過ごしてきた。
これは、ずっと前に母さんから聞いた話なのだが、15年前に大きなお腹を抱えて母さんは父さんとこの土地に家を建て、引っ越してきた。
家の設計は、“これから生まれてくる俺に元気に伸び伸びと育ってもらえる様に”と思いを込めて、父さんが寝る間も惜しんで考えたものらしい。 今思えば、“伸び伸びと育つ”はずの肝心の俺の部屋の位置&ベランダの向きが、“伸び伸び”なんてできないコトになっているのだが、あの頃の父さんの気持ちを踏みにじる事はしたくなくて俺はずっと部屋の事に関しては何も言わずに過ごしてきた。
田舎から嫁ぎ、実家から遠く離れたこの街に引っ越してきた母さん。 今の彼女を見るととても考えられないが、当時は引っ込み思案だったという母さんは、近所の人達と上手く馴染めるのだろうか、そして“初めての出産”という悩みを抱えていた事もあり、母さんは“嬉しさ”よりも“不安”を抱いていた。
「あらっ、 奥さんも“もうすぐ”なんですね、出産」
引っ越してきてから母さんに一番初めに声を掛けてきたのは“あいつ”……武藤の母さんだった。
当時、武藤の母さんも、俺の母さんと同じ位の大きさのお腹をしていた。 彼女ももうすぐ初めての出産、ということで、彼女たちはお互いの話をしていくうちにすぐに打ちとけ、仲良くなっていった。 ……しかも出産予定日は偶然にも同じ日であったらしい。
気さくな武藤の母さんに影響されて、母さんの性格にだんだんと灯がともり、心配していた近所付き合いの悩みはスッと消え……俺も無事に産まれた。
ちなみに俺と武藤の誕生日はほんの一日違い、ということで、毎年、武藤の家か、俺の家で“合同誕生会”をして、家族ぐるみで温かく祝ってもらっていた。
武藤の母さんが焼くチーズケーキがとても美味しかった。 そういえば小さかった頃はあのチーズケーキが目当てで俺はしょっちゅう彼女の家に遊びに行っていた。 言っておくが、断じて“あいつ目当て”なんかではない。
“ケーキ食べたさ”で、俺は彼女の家に行く度に近くの公園で一輪の花を摘んでから会いにいった。 決して“武藤の喜ぶ顔が見たい”からではない。 よその家に手ぶらでじゃまするのが気が引けるからだ。 それにしても、あんな女でも一応、女は女。 やっぱり花が好きな様で、俺から花を受け取る時の彼女の顔が今でも忘れられない。 恥ずかしそうに頬を染めて、「ありがとう」だなんて言いやがる。 ……ホント笑えるくらい単純な奴だった。 なにも武藤のために摘んできたわけではない。 ……“ケーキのため”なのに。
いつからだろうか……
“義理”でしばらくの間、武藤と仲良くしていたのだが、俺が彼女を遠ざけ、はねのける様になったのは――――
そう…… 確か“あの時”からだった。
――――あれは俺たちがまだ幼稚園に通っていた頃……。 幼稚園のバスから降りてすぐ公園に花を摘みに行き、相変わらず俺は毎日の様に武藤の家を訪れていた。
彼女の家のリビングで彼女の母さんが焼いたチーズケーキをよばれながら、俺たちは二人で仲良く寄り添って座り、テーブルの上に置いた白い紙に絵を描いて遊んでいた。
俺の隣で武藤が楽しそうに結婚式のファンファーレのメロディーを口ずさみながら、白いウェディングドレスを着た女の子と、同じ色のタキシードを着た男の子の絵を描いている。 ウェディングドレス姿の女の子はおそらく“武藤”だろう。顔は多少美化されてはいるが、髪型や目の特徴が表れている。
しかし……タキシード姿の男の子は、髪型も、顔も、体型も……どう見たって“俺”ではなかった。
「なみちゃん…… ぼく、 こんなに太ってないよ……」
そう指摘された武藤は何食わぬ顔をして、こう答えたのだ。
「だって…… この子、鷹史くんじゃないもん……
……太くんだもん」
(ふと し……?)
ウェディングドレス姿の彼女の隣にいたのは……生まれる前からずっと一緒にいた俺ではなく、他の男だった。
(う……うそだよ、ね? なみちゃん……)
わざと俺の気を引こうとして巧妙な手を使いやがったのか……。 ……でもわずか6歳。 加えて“単純”ときている彼女がこんな手の込んだ事をするわけがないだろう……
俺は彼女が描いた絵を、黒のクレヨンでぐじゃぐじゃに塗り潰した。 取り乱してがむしゃらになって塗り潰している間、さらに俺の肘がテーブルの上に置いてあったオレンジジュースの入っていたグラスに当たり、コトン、と倒してしまった。
絵はジュースまみれになった。
「鷹史くん!! 大丈夫!?」
武藤の母さんが驚いた顔をして俺達のそばにタオルを持って走ってきた。
“大丈夫”なんかじゃ……ない……
「脱いで乾かしたほうが、いいかしら……」
そう言いながらジュースがかかった俺のズボンを拭いている武藤の母さんの手からタオルを取り、俺はテーブルと床を拭いた。
「ごめんなさい。 おばさん……」
(なみちゃんの目の前でズボン脱げるワケないじゃん……)
「う、うん、 大丈夫です! ちょっとしか汚れてないから……」
俺のズボンを脱がそうとする武藤の母さんに必死で抵抗しながら思う――――
きっと、おばさんはぼくたちのこと、兄妹かなんかだと思ってるのかな……
ちがうのに…… なみちゃんは、ぼくの……
およめさんになるはずだったのに――――
ズボンはさほど汚れていなかったけれど、“あの時”から俺の心は徐々に汚れていった。 ――――暗黒のクレヨンで。
武藤に“は”謝らなかった。 ……絶対に謝りたくなかった。
テーブルの上のベタベタになった黒い絵を悲しい顔で見つめている武藤を見下ろして、俺が彼女に投げ付けた言葉はたしか――――
「……フン! よりにもよって太だなんて!! あんなデブで、ブサイクで、足遅くって……乱暴なやつのドコがいいんだよ!!
あんなのがイイだなんて、なみちゃんって、やっぱりおかしいよね!!」

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