たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~
作者/ゆかむらさき

100> 日曜日
――――その日以来、彼女の家には行かなくなった。 ……っつーか、行きたくなかった。
会えば毎度の様に聞かされる“太”の話。 ……そんなに好きなのなら潔く自分で気持ちを伝えりゃあいいのに(まぁ、“あいつ”になんてできやしない……とは思うが)、遠回しに“俺になんとかしてくれ”みたいな事を言ってきやがって……。 いちいちそんな事なんかしなくたって、あいつは…… 太は……
俺は今までずっと見るのが苦痛なために、“あの時”から一度も開ける事の無かった机の引き出しをゆっくりと開けた。
引き出しの中から出てきた“黒い”モノ――――それは本物そっくり(?)の“おもちゃ(?)”の拳銃。
太のやつも、あいつ……高樹のような金持ちのボンボンだった。 この拳銃は海外を渡り仕事をしている彼の父親からのお土産だそうで、本当なのかどうだか分からないが、ハリウッド俳優が映画の撮影で使っていた“ステージ・ガン”らしく、とても希少価値なモノだと言っていた。 彼はそれを宝物のように大切にしていて、家からこっそり持ち出してきては、クドいくらいに何度も見せびらかされていた。 武藤の隣の家に住んでいる、ということで、どうやら彼に嫉妬をされていたらしく、しょっちゅう俺はつっかかれていては、バカにされていた。
こんな太のことを好きだなんて……
こんなやつと、あんなに“かわいい”なみちゃんが好き同士、だなんて――――!
――――“太なんか、いなくなっちゃえば、いいのに”。
幼稚園で彼のことを見かける度にそう思っていた。 100回は思った。
すると本当に彼は俺達の前から姿を消すことになった。
何という名だったのかはもう忘れてしまったが、海外の島に突然引っ越す事になったのだ。
「今までいじわるばっかりして、ごめんな……」
別れ際に俺に謝り、太は拳銃を出した。
「これ……あの子に…… なみこちゃんに、渡して……」
小さな声で俺に耳打ちをした。 “あの”太が、気色悪くも顔を真っ赤にして……
――――あんな図体をしていながらも、自分で手渡す勇気がなかったのだ。 自分の一番大切にしているものを贈る……それほど武藤の事を大切に想い、恋焦がれていたのだろうか。 コレを言っては自慢になってしまうが、容姿、(表向きの)性格から、明らかに彼よりも俺の方が上回っていた。 きっと太は、“武藤が俺の事を好いている”とでも勘違いしていたのだろう。
しかし……よりにもよって“それ”を俺に頼むだなんて……バカな奴だ。
「わかった。 元気でね……」
笑顔を見せて彼の手から拳銃を受け取り、俺は心の中で返した。
『おまえなんかに、なみちゃんは……
――――“あげない”』
今まで散々彼にムカつく事をされた復讐として最後に一発カマしてやった。
「ふーん…… もしかして太くん、なみちゃんのこと、すきなの?」
――――と。
「好きじゃない!!」 太の奴はさっきよりもさらに顔を沸騰させてヘンな走りかたで去っていった。 海外まで引き離されれば、おそらくそう簡単にはひっつく事はできない。 そのうちに段々と武藤の心から太の存在が消えていくに決まっている。 この拳銃を武藤に渡さなければ――――“ぼくの勝ち”だ。
しかし、どうして好きなのに“きらい”だなんて逆のことを言うのだろう…… あの頃は太を見てそう思っていた。
自分が今、彼と同じ事をしているのに……。
きっと相手が“武藤”だから認めたくないんだな、もっと美人で頭が良くてグラマーならともかく、“あの”武藤なんだもんな。
「ふっ。」
(今になって太の気持ちが身にしみてよくわかるよ……)
俺は走らせていたペンを止めて、大きく深呼吸した。
(これで最後、だな……)
・和訳しなさい。
I want to spend the rest of my life with you.
( )。
※分からない単語は辞書で調べろ。
“応用問題”と見せかけて、最後に俺が作ったオリジナル問題を紛れ込ませた。
絶対に俺の方から気持ちを打ち明ける、なんてことはしたくなかったのだけども、もう我慢できない。
どうなるか…… 彼女に“この問題”を解かれたら……おれの“負け”だ。
俺の“告白”問題の下に“頑張れよ”のメッセージに、“スマイル・マーク”のイラストを添えたノートを閉じ、ベランダに立って大きく伸びをした。
武藤はまだ帰ってきていない。
(もう四時過ぎだぞ……)
この時期は日が落ちるのが早い。 空は暗くなり、街灯が点いた。
明日は学校があるし、まさか高樹と一夜を明かす……なんてコトはしないとは思うが、こんな時間になっても帰ってこないで一体何をしているんだ、あいつは――――
黒い雲が空を覆う。
俺は部屋を出て、階段を駆け降りた。
『あたしのこと、高樹くんの自由にしても……いいよ……』
『ちゃんと“いく”から、優しくしてね、 “高樹くん”。』
“俺好み”のフリッフリのピンク色の“ベビードール”を身に着けた武藤の姿が頭の中に浮かんだ。 ……っつーか、最初のヤツ……この前、徳永さんに酷い事を言ってしまった罰なのか……
やっぱり、童話“北風と太陽”と同じ結末を迎える運命なのだろうか――――。
☆ ★ ☆
慌てて家を飛び出したはいいが、武藤の行き先が分からない。
(何やってんだ、俺……)
そばにある電信柱を思いっきり蹴りつけ、俺は歯を食いしばって祈る。
(武藤…… 高樹のところになんか……行くんじゃねぇよ……)

小説大会受賞作品
スポンサード リンク