たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~

作者/ゆかむらさき

91―6> 日曜日(武藤なみこちゃん 主人公)・裏ストーリー(第六話)


     ☆     ★     ☆


 教室でテキストと文房具をカバンの中にしまっていると、隣の席で健が机の上にベッタリと顔を付けて突っ伏せている。
「あー、だめだ、もー……  この世の おわりだー……」
 どうやらさっき受けたマルハゲテストの手応えが相当悪かったらしい様子で泣き事を吐いている。
(“この世のおわり”……俺の気持ちだ、それは)
「……じゃあな」
 苦笑いをして俺は健の背中に軽く手を置いて去ろうとした。
 と、そのとき…… (ん? このにおい……)
「……鷹殿っ!」
 特徴のある“時代劇口調”で話す、この男。 声を掛けてきたのは、健とよくつるんでいる“聖夜”というやつだった。
 彼の腕に、まるで磁石のようにベッタリと密着し、うっとりとした顔をしている女……徳永静香がいる。
(こっ、こいつら一体いつの間に――!)
 徳永静香は確かつい最近まで俺のことを好……


「……ねェ、はやく帰ろうよゥ。 聖夜クゥン……」
(聖夜クゥン? ……っつーか、乗り換え早過ぎねぇか? この女……)
「あっははははー…… オホン。 ……とまあ、こういうコトなのでお先に失礼いたす、鷹殿。 健殿っ。」
(捨て猫を見事うまいタイミングで拾いやがった……と言ったら彼に悪いが)あからさまに下心丸出しのニヤけた顔で聖夜は彼女を連れて教室を出ていった。


「おーい、いるぅー? 健ーッ」
 聖夜達と入れ替わりにドアからBクラスの健の彼女(確か由季……って言ってたっけ?)が入ってきた。
「お? いるじゃん」
 彼女はゆっくりと俺たちの机の方に近付いてくる。 俺と目が合った彼女は、軽く会釈をして健のそばに立った。
「あーあ、死んでるねー……。  コラ! 起きろッ、このッ!」
 彼女は彼の頭を「ぺチン」と叩いて強引に教室の外へ連れ去った。


(女……なんて、よくあんな面倒くせぇ生き物なんかと付き合うよなァ……あいつら。  全く感心しちゃうぜ……ハッ!)
 俺は教室のドアを蹴って開けた。


「ひいっ!」
 ドアの外にガキ臭いイチゴ柄のデザインのカバンをぶら提げてつっ立っている武藤がいた。 彼女はビックリした顔で俺の顔を見ている。 ……向こうもドアを開けようとしていた様だ。 もし、そいつが武藤ではなく別のやつなら俺は『ごめん』と謝るが……


「フン! なんだ、おまえか。  Aクラスに……何の用だ」
(高樹はいねぇな。 もう帰ったか……)
 どうしてだろう。 何故なのか俺は彼女と一緒に高樹がいない事に安心している……のか?


「うん……」
 俺のそばで武藤が入り口から首を出して教室の中を見回している。
 目の前にある彼女の頭から漂うシャンプーの甘い香りが鼻をくすぐる……。
 ――――今、気が付いた。 彼女の様子がいつもとどこかが違うと思っていたら……やっぱりそうだった。 髪の毛を……今日はピンでとめている。 星の形に縁取られた緑色の石の付いた小さなピンがキラキラと光っている。 それはまるで俺に『ここにいるよ』と自分の存在をアピールしているかの様に挑発的に……妖しく……。
 無意識で俺は、彼女の頭のピンから耳へ……首すじ……そして胸に視線を向けていた。


「……ねぇ、松浦くん」
             (わっ!!)
                       「な……っ! なんだっ!?」
 いきなり彼女がこっちを向きやがるから、俺の心臓が体の中で大バウンドした。
「由季ちゃん……って、もしかして、もう帰っちゃった?」
 俺は口の中に溜まった唾液を飲み込んで答えた。
「……フン!  とっくのとうに帰ったわ」


「……いくぞ」
 俺は廊下に出て、早歩きで武藤から逃げだした。




91―7>


(“由季ちゃん” か。  ……あいつ友達、できたんだな)
 まァ、女の友達ができた……って事は、これから俺の周りを武藤にちょこまか付きまとわれる事もなくなるだろうし、この間の様に答え辛い変な質問をされる事もなくなるだろう。
「……フッ」
 安心(と、少しの寂しさ?)を込めて俺は小さく息を吐いた。
 駐車場へ向かって歩く足取りがとても軽く感じる。 そうだ。 女同士で仲良くやってくれれば有難い。 そのまま徐々に武藤の心から高樹が離れていけばいい。
 ――――断じて俺は武藤に対して愛の感情はこれっぽっちもない。 ただ単に彼女の幸せを妨害してイジメてやりたいだけだ。
 あいつの悲しむ顔は、俺にとって最高のご馳走だから。


“俺はあいつを好きじゃない”――――何度もそう自分に言い聞かせながら歩いた。
 開いた自動ドアからふと夜空を見上げると、黒い雲の隙間からチラリと月が俺を覗いている。
 陰でひっそりと隠れていやらしく覗いているその月がまるでマルハゲの様に感じる……


 俺の弱みは“あの”テスト……。
 次の塾の日はあと二日後…… それまでに“アレ”を何とかしなければ……
                                           武藤に見られないように……