たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~
作者/ゆかむらさき

24> 塾二日目(武藤なみこちゃん 主人公)
《ここから再び武藤なみこちゃんが主人公になります。》
「なみこー、早くしないと迎えのバスが来るわよー」
「うーん…… もうすこしだから……」
お母さんの化粧台の椅子に座り、あたしは鏡の中のあたしに向かって“にらめっこ”をしている。 震わせた手に、お母さんのビューラーを持ちながら――――
(よぅし…… 目力、アップ……)
「痛ッ! イタタタタ……」
まぶたの皮を思いっきりはさんでしまった。
「――ちょっとアンタ! 何やってんのよ!」
鏡の向こうに、ただでさえ多いシワをさらに増やして睨んで立っているお母さんが現れた。
(げっ! 見つかった!!)
慌てたあたしは、手に持っているビューラーを化粧台の引き出しの中にしまおうとしたら……
――ガッ!
「!」
――――今度は手の指を思いっきりはさんでしまった。
はさんだ指にフーフーと息を吹きかけているあたしを、すぐ横でお母さんが両手を腰に当てて(たぶん)いかりで引きつった顔で見ている。
「……じゃ、行ってくる。」
痛さをこらえ、彼女と視線を合わせないように気をつけながら塾のカバンを持ち、玄関を飛び出した。
「今から塾でしょ! そんな事してるヒマがあったら、予習とかしたらどうなの!」
25>
塾は、今日で二日目になる。
「……はやく乗れよ」
松浦くんに言われ、あたしはバスに乗った。
ああ、きっと今日も隣に座ってきて嫌なコト言ってくるんだろうな、と思ったけれど、彼はあたしとは離れた席に座った。
(あれ? どうしたんだろう松浦くん……)
きっと今日はあたしをいじめるネタがないのだろう。 ……ま、いっか。 とりあえず出だし好調。
「武藤さん、塾はどうかね?」
バスが動きだしたと同時に、いつも無口の蒲池先生が突然話し掛けてきた。
「え? まぁ、うん……」
どう答えたらいいのか分からず、曖昧に返した。
「知らない人ばっかりで大変だろう? もしも困った事があったら、何でもいいから一人で悩まないで先生に相談してくださいね」
(塾の先生なのに、こんなにあたしのこと心配してくれている……)
毛は少ないけれど、温かい先生……。 学校とは違って、ここはなんてイイ塾なんだ、と思った。
「大丈夫ですよ、松浦くんがいますし」
あたしはウソの笑いを浮かべながら、松浦くんを見た。
腕組みをして座っている彼は、「こっちを見るな」と言うような目であたしのことを睨みつけてきた。
バスが塾に着くと、相変わらず松浦くんは早歩きで中に入っていってしまった。
あたしと一緒にいるところを人に見られるの、そんなに嫌なんだ……。
あたしは入り口のところで足をとめた。
ここでしばらく待ってから行こう……。
入り口の脇でドキドキしながら、あたしは自転車置き場にいる人達を見ていた。
“彼”のことを探しながら――――
26>
「……入らないの?」
自動ドアが開いて、中からたかぎがあたしの方に歩み寄ってきた。
彼がいきなり現れたものだから、あたしはビックリして、
「は、はいっ! ……ります」
……なんて、ヘンな返事をしてしまった。
「ふふふっ、かーわいっ」
彼は満点の笑みで、あたしの頭をぐじゃぐじゃっと撫でてきた。
続々と塾にやって来る人たちが、通りすがりにみんなあたしたちのことをジロジロと見ていく。 中には同じクラスの人だっている。
「ヒューヒュー、アツいねー」
……などと、どこからか冷やかす声までも聞こえてきた。
「たかぎ……くん……」
あたしは恥ずかしくなって、頭を撫でる高樹くんの手をつかんで止めた。
「はい。 なーに?」
彼はあたしの背の高さに合わせ腰をおとして、まっすぐ見つめてきた。
てっきり真っ赤な顔をして戸惑うあたしの顔を見て、からかってお茶目に笑っているのかと思ったけれど……そうじゃなかった。
高樹くんの真剣な視線に、あたしのからだの動きが封じこまれる……
(ちょっと、まって…… ウソでしょ? ――――こんなところで……キス、なんて……)
高樹くんの顔が、ゆっくりとあたしの顔に近づいてくる……
(ちょ、ちょっと待ってよ…… 塾でしょ――……)
27>
「……会いたかった」
高樹くんは今度は優しく頭を撫でてきた。
そのままスッとさりげなく手をつながれ、あたしは高樹くんにエスコートされながら教室に向かった。
「なんだ、姿が見えないから、お勉強がイヤで逃げ出しちまったかと思ったぜ。」
最悪のタイミングで、二階のAクラスの教室の前の廊下で松浦くんに声を掛けられてしまった。
(いやだ…… 逃げたい……)
あたしは高樹くんとつないだ手に力を入れ、軽く振った。
しかし、嫌がるあたしの気持ちが通じなかったのか高樹くんは、松浦くんの動きをうかがうように、彼に視線を向けている。
「なぁ、高樹君…… おもしろいこと、おしえてあげようか……」
松浦くんは壁にもたれて窓の外を見ながら、わざと大きな声で話しだした。
「こいつと寝ると、赤ちゃん並みによだれ垂らしまくるから気を付けたほうがいいぞ!」
(高樹くんが一緒にいるのに……)
もしも今ここで穴を掘って隠れることができるのならば、隠れて姿を消してしまいたい気持ちになった。
そんな事、できるはずないけど――――
「じゃあな。」
松浦くんは「ハイ、もうこれで充分満足しました」、というような顔で笑いながら、Aクラスの教室に入っていった。
「きっと…… 松浦くんも僕と……同じなんだな……」
松浦くんの背中を見ながら、隣で高樹くんが呟いている。
(高樹くんもあたしのこと、おかしい子だと思ったんだ……)
もう恥ずかしすぎて、高樹くんの顔をまともに見ることができない……。
あたしはつないでいる彼の手を振り払って、逃げようとした。
「逃げないで」
高樹くんは、あたしの肩に手を回して抱き寄せてきた。 そして、あたしの髪を指でそっと耳にかけて甘い声で囁いた。
「あんな事聞いたら……なみこちゃんと寝てみたくなっちゃうじゃん……」
キーンコーン……
始令のベルが、二人のラブラブシーンのジャマをした。

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