たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~

作者/ゆかむらさき

90> 塾三日目(武藤なみこちゃん 主人公)


「たしかーに、今……ユーワクされちゃってるなー…… 僕」
 本屋さんを出て、脇に止めてあった自転車にまたがった高樹くんは、
「乗って」
 あたしに向けてウインクをした。
「ゆッ……誘惑だなんて! そんなっ…… あたし……っ」
 なーんて言いながらも、あたしは高樹くんの荷台に腰を掛け、背中にそっと手を回した。
「……してないもん」
「……してるじゃん。
        さっきから、ずっと…… なみこちゃんの“おなか”がね。 ふふっ。
                             ――この近くに、すっごくおいしーお好み焼き屋さんがあるんだよ。
                                                                 ……いっちゃう?」


「い……いっちゃう……」
 あたしが小さな声で返すと、高樹くんはあたしの頭をクシャッと撫でて自転車を走らせた。
 高樹くんのサラサラした髪が風に乗ってなびいている。
「もっと近くにおいで」
 彼の背中があたしに語りかけている。
 あたしはそっとほっぺたを付け、目をつむった。
 ――――白い自転車…… いや、ペガサスに乗った王子様と共に天を駆ける――――お姫様……
 どんどん現実離れてしていくあたしの妄想――――


 なんだか、あたし……高樹くんの自転車の荷台に乗るの……
                                    病みつきになりそう――――


     ☆     ★     ☆


 本屋さんを少し先に進み、大通りから一本入った路地にひっそりとたたずむ――――そう、ここがさっき高樹くんが話していた“おいしい”お好み焼き屋さん。
 “お好み焼き”と書かれた紺色の“のれん”の掛かった黒い木造建ての小さな老舗風のお店。 イメージしていたお店とは全く違っていて、自転車から降りたあたしは口を半開きにしてビックリとたたずんでいた。 “本当に中学生だけで入ってもいいんですか?”と疑ってしまう様な、一見、政治家とか社長さんとかが利用しそうな高級懐石料理店と間違える様なたたずまい。 
 緊張でためらうあたしの手を高樹くんにつながれながら中に入ると、まず、最初に甘い香りの漂う大きな生け花アートにお出迎えされた。 紺色の作務衣を着たお兄さんに案内されながら席へ向かう。 しっとりとした琴の音楽が流れていて、まるで江戸時代くらい昔にタイムスリップしたのかと錯覚を起こしそうな和のインテリアが所々に飾られてあり、全席個室の高級感溢れる雰囲気の内装だった。
 そこで高樹くんの“テクニッシャン”の“へら”捌きにうっとりと見とれながら、メニューには載っていない“彼いち押し”の“隠れスペシャルメニュー”のおいしいお好み焼きを食べた。
 おなかも胸もいっぱいになったあたしは、ショートパンツのベルトを少し緩めた……と同時に、どうやら気持ちも緩んでしまったようだ。
「……あのねっ、あたし……デートの前にバス停で小さな女の子に会ったんだ。
                                   その子、顔はかわいいのに……うふふっ
                                            性格が なんかねっ、すごーく、松浦くん、なのっ」


「………。」
「あ、 松浦くん、知ってるでしょ? あたしと同じ中学の……」
「ふーん……」
 テーブルの向こう側にいた高樹くんが席を立ち、あたしのそばに座った。
「……松浦鷹史 くん、って……  どんな ひと……?」
 高樹くんは真剣な顔でまっすぐあたしの顔を見つめながら手をつかみ、手の指を絡ませてきた。
「なみこちゃんは同じ学校なんだし、隣の家に住んでるなら、よく知ってるんじゃない?  ……教えて。」
 彼の手の平がすごく汗ばんでいる。 気が付くと、彼の顔からさっきまでの笑顔が消えていた。
(バカ! デート中にほかの男の子の話しちゃうなんて!  なにしてんの、あたし……)
 あたしは首を横に振って答えた。
「ごっ……ごめんっ、 よく知らないの。 隣に住んでるからって、彼、(あたしにだけ)すごくいじわるだし、それにほとんど話したことないし(話したくないし) 
 ……いつも何考えてるのか、よく分かんないひとだよ……うんっ」
(とにかく話題……変えなくっちゃ……!)
 あたしは必死だった。
「こんなに可愛いなみこちゃんをいじめるなんて……ヒドイな……」
 そう言って高樹くんは、もう片方の手であたしの頬に指を添え、耳元で囁いた。
「塾のクラスも違うし、通ってる学校も違う僕が、どうして分かるんだろう……  松浦鷹史がなにを考えているのか――――」
 呼吸を乱したセクシーな声の高樹くんの顔が、あたしの顔に近づいてくる……。
(……わっ! ウソ、ウソっ!  だって、ここ…… お好み焼き屋さん……でしょっ!)
 恥ずかしさとこわい気持ちが重なる……。 手元にある湯のみに入ったお茶を飲んで、どうにかして雰囲気を変えようかと思ったけれど、今淹れてもらったばっかりで熱くて飲めなかった。
 舌がちょっぴりヒリヒリする…… ヤケドしちゃったかな……
(えっと…… たしかここ……高樹くんの行きつけのお店…… なんだよね?)
 食べ終わって空になったお皿を片付けに来た店員さんが、あたしたちのいる席の前で足を止め、咳払いをして何も持ち帰らずに早足で厨房へ戻っていった。


「僕とおなじ……気持ち、なんだよ……」
                               「 !! 」


――――高樹くんの震えたくちびると、あたしのくちびるが……触れた。
 意味不明な言葉を残し、あたしとキスをした高樹くんはその後いつも通りの笑顔を見せた。


「……ふふっ。  今のは“キス”じゃないよ。
                     なみこちゃんのくちびるについた青のりを取ってあげた……
                                                          ……だけっ」