たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~
作者/ゆかむらさき

63> 塾三日目(高樹純平くん 主人公)
僕たちは階段を、二階を越えて三階まで昇ってきた。
三階に着いたとたんに、黒岩先輩の汗でにじんだゴツゴツした手が僕の手を強く握ってきた。 ――――しかも僕がまだ、なみこちゃんとしたことのない“恋人つなぎ”で……。
僕は一回つばを飲み込んでから、彼に問いかけた。
「話って…… なんですか……」
「………。」
先輩は何も言わずに僕の手をさっきよりも強く握りしめ、廊下をまっすぐ歩いていく。 先輩と交互に絡んでいる指が痛い。 あんなに人とフレンドリーに関わる健や聖夜も、彼には距離を置いている。 先輩はちょっと……いや、“かなり”強引なんだ。 嫌がられると余計に燃える(萌える?)タイプっていうのか――――
「すみません。 あきらめてください……。 僕には今、好きな女の子がいますので……」
「――……知っている。」
“女の子”という所をちゃんと強調して言ったのに、先輩はそれでも構わないかのように僕を連れて、そのまままっすぐ歩き続けた。
(マズイな。 先輩、やっぱり……)
僕の予想通り、彼は廊下の一番奥の部屋の前まで来て足を止めた。
この部屋は、塾のカップル達がキスをしたり、もっと“すごいこと”をして愛し合う……という“ヤリまくり部屋”。
ここに僕がなみこちゃんとではなくて黒岩先輩と来ることになるなんて……思ってもみなかった。
「高樹…… おまえ両刀使い、なんだろ……?」
(え…… ちょっ、と待って、先輩…… それ は……)
黒岩先輩はいきなり僕の手の甲にキスをして……僕の尻を撫でてきた。
「――――最後に一度…… 一回だけでいいから……
思い出つくらせてくれ……」
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「可愛いな……。 もしおまえが女だったら良かったと思っていたけど……
フッ。 まあ、こういうのもいいなあ…… 刺激的で……」
鼻息を荒くした黒岩先輩は、僕の尻を撫でていた手を離し、ドアの取っ手に手を掛けた。
ガチャッ、
ガチャ ガチャ……
どうもドアには鍵が掛けられていた様で、取っ手には“使用中”と書かれた表札が、ぶら下がっている。 幸いなことに“ヤリまくり部屋”は偶然にもちょうど今、この塾のカップルの誰かに使われていた様だ。
「チッ! ……先約があったか、クソッ!」
取っ手から離してグーに握りしめた手とおでこを、レザー張りのドアに付けて先輩は舌打ちをした。
「――――しかたないな、あきらめるか……」
「あきらめる」と言われた時、喜んだのもほんのつかの間だった。
僕の頬を軽く指でつつき、
「また今度…… な」
とがった八重歯をチラッと見せて言い残し、彼は走って自分の教室へ戻っていった。
(……甘かったな。 恋に障害があると燃える、ってよくいうけど、コレはちょっと……いただけないよ……)
ヒドイ目には遭ったけど、松浦鷹史となみこちゃんが三階にいなかったことにホッと胸を撫で下ろし、僕は二階に戻る事にした。
(あんなこと言っといて、僕のこと騙したんだな……松浦鷹史……)
いつの間にか講習の始まる時間間際になっていた。
(なみこちゃんとの時間がなくなっちゃったじゃん……。 僕はあんたと違って、一緒にいれる時間が少ししかないのに……)
しかもよりにもよって二人っきりになっていた相手が黒岩先輩ときたもんだ。 チャンスを見付けて今度こそはなみこちゃんに僕の気持ちをはっきり伝えて“この前の続き”をしたいと思っていたのに――――
大きなため息を落として僕は階段を降りていった。
「!」
――――何やら後ろから足音が聞こえる。 その足音が早いペースで僕の方に近づいてくる……。
トン トン トン トン……
小走りで階段をかけ降りてくる足音。 嫌な予感が僕を襲う。
(“ヤリまくり部屋”にいたのは、もしかして……)
僕を追いこす手前で――――その足音が止まった。
「――――やあ、高樹君……」
不安といかりが混じり合った感情が僕の体全体に広がる。
さっきの嫌な予感が的中した。 三階から降りてきたのは――――松浦鷹史だった。
僕は振り返らずに、両方の手の平ににじんだ汗をズボンで拭いて彼の言葉を聞いた。
「武藤のやつ…… 暴れるわ、叫ぶわで大変だったぞ……
デリケートだか何だかよく分かんねぇけど、まったく処女ってモンは扱いかたに困る……。
――――今“あそこ”で……再起不能になってるぜ…… ククッ。」
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「王子様ヅラしてんじゃねぇよ。
――フン! どうせ武藤のカラダだけが目当てなんだろ…… ん? 高樹君……」
僕の肩に手を置き、耳元に顔を近付け囁いて、松浦鷹史は階段を降りて教室へ戻っていった。
(――――それは、あんたのことだろっ!!)
僕は拳で壁を思いっきり叩いた。
なみこちゃんの気持ちを考えたら、今は一人でそっとしておいてあげた方がいいのだろうか。
――――それとも僕がそばにいてあげたほうがいいのだろうか……
「助けて」
さっき松浦鷹史に手を引かれていった彼女の泣きそうな顔が頭の中に浮かんだ。
同時に、今あいつに言われた言葉と一緒に考えたくもない光景が映し出された。
なみこちゃんが、あの部屋で――――
「な……何するの、松浦くん…… やめてッ!!」
『武藤のやつ…… 暴れるわ、叫ぶわで大変だったぞ……』
「……うるせーな。 騒ぐんじゃねぇ……」
松浦鷹史に押し倒されて……ムリヤリ……
『まったく処女ってモンは扱いかたに困る……。』
「すぐ終わるから……我慢しろ……」
けがれたあいつの手が――――なみこちゃんの体に触れる……
「 !! 」
『――――今“あそこ”で…… 再起不能になってるぜ……』
握りしめた手にじわりと血がにじんでいる。 それを舐めて僕は一回深呼吸をした。
(いけない……爆発しそう…… 落ち付け、僕……)
体の震えが止まらない。 しかし、なみこちゃんの方がもっと震えているに違いない。
あいつにこわいことをされて……今、泣いているのかもしれない……
僕の足が階段を――――上へ昇る方に動いた。
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(なみこちゃ、ん……)
階段を昇る途中で、なみこちゃんにバッタリ会った。
突然のあまり彼女にかけてあげたい言葉が見つからず、僕は何も言えずにゆっくりと彼女に近付いていった。
松浦鷹史は僕を脅そうとしてあんなデタラメを言ったんだ。 絶対にそうだ。 そうであってほしい…… 血のにじむ拳を握りしめてそう祈りながら――――
彼女の様子を見ると、着ている服に乱れはなく、涙の跡も無い。
(うん、大丈夫そう…… よかった……)
僕の体の震えが徐々に消えていく。
口元を小さな手で押さえて隠し、はにかんだ顔で僕から目を逸らす彼女。
(やばい。 可愛すぎるよ、なみこちゃん……)
あれは何時だったか……まだなみこちゃんに出逢って間もない夜に見た夢がよみがえる……。 まさに今の“その顔”をしたエプロン姿の彼女が、初めて一生懸命作った手料理の前で僕を誘う――――
「はやく食べてくれないと、冷めちゃう、よ……」
――――と。
それがすごくおいしそうで我慢ができなくなった僕は、彼女の言う通り、すぐに料理……の方じゃなくて、“彼女”を頂いた夢。
(今ここで……抱きしめてもいいか、な……)
“ゾクゾクする”とはいっても、さっきとは全く違う感情が僕の体を震え上がらせる。
(……バ、バカ! よりにもよって、こんな時に……何考えてんだ、僕っ!!)
頑張って引っ込めていた僕の本能が理性をぶっ飛ばそうとしている。 僕は彼女から目を離さずに、重たい足を持ち上げて階段を一段づつ踏みしめる。
(――――抱きしめたい)
彼女がいる一段下の所で僕は足を止めた。 そこでちょうど背の高さがなみこちゃんと同じ高さになり、僕の顔の前が彼女の顔になった。 口に手を当てて顔を真っ赤に染めている彼女は、チラッと僕の顔を見て再び顔を反らした。
(……キ、キスしたいっ!!)
完全に本能が剥き出しになった僕は、生つばを飲み、彼女の両肩に手を置いた。
キーン コーン……
始令のベルが僕の暴走を止める。
――――しかしそれは、ほんの一瞬だけだった。
「――――サボっちゃおっか……」
驚いている彼女の手を握って、僕は三階の“ヤリまくり部屋”へ向かった。
通う学校の違う僕たちが、二人っきりにならないとできない“あそこ”でしようとしている…… “あの夢の続き”を――――
まだ会って間もないのに一体何を考えているんだ……。 僕の中に棲んでいる悪魔が天使を差し置いてしゃしゃり出てきて、耳元で“素直になれ”と囁く。
もっとなみこちゃんと一緒にいたい……なんて正直言って綺麗事なのかもしれない。 松浦鷹史への対抗心が加わって、気が付かないうちに僕の彼女への恋心は強烈なものになっていた。
(……もう、だめだ。 我慢できないよ……)
なみこちゃんの手を握りながら“ヤリまくり部屋”のドアを開けると同時に――――
僕は欲望のドアを開いた。
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(……でも僕、今“アレ”…… 持ってないんだよね……)
――――残念だけど、今回は……おあずけ。
結局、僕は欲望の爆発を必死で抑えた。
僕にしがみ付いてくるなみこちゃんを震える手で支えながら、無意識でズボンのベルトを緩めてしまったけれど、部屋の中に偶然揃っていたビリヤードの道具のおかげで、なんとか気持ちは緩まなかった。
ほんの40分だけ……なのに、最高に甘酸っぱい“プチ・デート”を僕はなみこちゃんと二人っきりで楽しんだ。
そこで彼女にもらった夢の様なプレゼントは――――“キスつきのデート”。
(一日中、なみこちゃんを“ひとり占め”……)
どうやら今度の日曜日まで、僕は充分に眠れなさそうだ。
なみこちゃんとのデートのシミュレーションで――――

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