たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~
作者/ゆかむらさき

6> 塾一日目(武藤なみこちゃん 主人公)
バスが動き出した。 バスのスピードが上がると共に、あたしの鼓動のスピードも上がっていく――――
(何か……話した方がいいのかなぁ)
しかし、こんな人に何を話したらいいのか分からないし、タイミングも掴めない。
すると隣に座っている松浦くんは、あたしの目も見ずに自分の前髪を指先で触りながら、ボソボソと話し出した。
「ああ、言っとくけど、この塾、原黒中(あたしと松浦くんの通ってる学校)俺とおまえしかいないから。ちなみに、このバスに乗る生徒も二人だけだ」
そう言って、やっとあたしの方を見たかと思ったら、
「――――ってゆーか、おまえ友達いねぇから関係ねーよなァ、ハハ」
と、小バカにした目をして笑い出した。
「――――っ!」
本当の事だから言い返す事ができなくて、あたしはくちびるを噛んで我慢した。
悔しいけれど……こんな事はよくある事。 彼に会う度に毎日の様に言われている事だけど、よりにもよって初日からこんな目に遭うとは……。 ただでさえ塾に通う事になっただけで憂鬱なのに――――
あたしはムシャクシャしながら、運転手のびみょうにハゲた後頭部を見ていた。
7>
☆ ★ ☆
「はい、着きました。では松浦くん、武藤さんの事お願いしますね」
「……分かりました」
そう返した松浦くんの顔には明らかに『めんどくせぇなぁ……』と書いてあった。
30分もかけて、やっと到着した塾。
“真剣ゼミナール”と縦書きに書かれた小さな緑色の看板が塾の入り口の横にひっそりと立て掛けてある、コンクリート打ちっ放しの質素な三階建てのビルだ。
「あっ……ありがとうござい、ました」
あたしは運転手さんに深く頭を下げて、バスを降りた。
松浦くんは彼に軽く会釈をして降りてから、あたしをジロッと睨み、舌打ちをした。
(松浦くんが塾になんか通ってなかったら、こんな目に遭わなくて済んだかもしれなかったのに……)
――――舌打ちしたいのはこっちの方だ。
「――――ふぅ」
疲れた……。
塾の中に入る前から松浦くんのせいで、かなりの精神的ダメージを負った。
お母さんの言っていた通り、長い……とても長く感じた道のりだった。
ただし、“松浦くんが一緒だから安心”は大間違いだ。 だって、想像を超える程、心地が悪かったから。
(ここまで遠くに来ちゃったら、全く学区違うなぁ……)
塾の入り口の脇にある自転車置き場が騒がしい。
どうやらここに通うあたしと松浦くん以外の生徒たちは、殆ど自転車で来ている様だ。 自転車で通う人が多過ぎて、自転車置き場の中に収まらなかった自転車は駐車場のスペースを利用して停めている。 バス一台……あとは先生達の車が三、四台しかないわりにはとても広い駐車場。 そして狭過ぎる自転車置き場。
(へんなの……)
思わず塾の三階辺りをふっと見上げた時、気が付いた。
(え? パブ? ……ヤード?? な、なんだコレ?)
目を凝らして見てみると、壁に一部(二部?)消えかけたピンク色で書かれた文字が残っている。 それこそ塾には似合わない、赤いハイヒールとキスマークのデザインが添えられて。 どうやらこの塾は、塾になる前にオトナの通う怪しげなお店? だった様だ。 これで駐車場がやけに広い意味がやっと分かった。 でも……
(やっぱり、へんなの……)
あたしは余計にそう思った。
バカにして笑っただけで、この塾に通う事が今日初めてのあたしの案内をしてくれる気配りなんて、これっぽっちもない松浦くん。 案の定、彼はサッサと一人で歩いて塾の中に入って行ってしまった。
(こんな人と毎回バスで行き帰り合計一時間も一緒だなんて……)
あたしは、これまで腹の底に溜まり続けた彼へのいかりを絞り出す様にため息をついた。
8>
自動ドアをおそるおそる抜け、あたしは塾の中に入った。
しかし入ったはいいものの、自分の教室がどこなのか分からない。
自動ドアから続々と塾の生徒が入ってきて、あたしを通り過ぎていく。 “みんな学校が違うから”、ということもあって、なかなか思い切って声を掛けることができない。
(えっと、だれか…… 女の子で…… 親切そうで…… ひとりのひと――――)
目だけをキョロキョロとさせながら、通り過ぎていく人たちの中から選んでいた。 まるでクローゼットの中から、自分に合った“地味な服”を一着づつ手に取って探しているかの様に――――
「ねぇ、君……」
たぶん男の子の声だ! 突然、後ろから声を掛けられビックリしたあたしは、振り返りもしないで逃げてしまった。 お、男の子は勘弁して! ……なの!
……だなんて言ってる場合じゃないのに。 結局せっかくのチャンスを逃してしまったあたし。
しかし幸運な事に廊下を走って逃げたところに、偶然にも職員室を見付けることができた。
できた……とはいえ、いくら職員室だって入るのはもちろん緊張……なのだけれども、こんな所でずっと一人で立ち止まっていたって何も始まらない。 うかうかしてる間に講習が始まる時間がきてしまう。 あたしは思い切ってドアを開け中に入り、たまたま近くにいた先生に背後から尋ねた。
「あのっ! 今日からこの塾に入った二年生の武藤なみこっ、でっす!
えっと、あたし……教室が分かりません、くて……」
あたしのヘンな日本語に振り向き、笑いを堪えながら対応する先生。 そして恥ずかしさを堪えるあたし。 いけない……ちゃんと聞いておかないと……。
「しつれいしました……」
ホント失礼極まりない態度だ。 これじゃあ第一印象最悪だよ……
ため息をつきながらドアを閉めたあたしは先生の教えてもらった通りに廊下を渡り、階段を昇った。
あたしたち二年生クラスと一年生クラスの教室は、二階になっていて、AクラスとBクラスの二クラスに分かれている。
あたしはBクラスになった。
松浦くんはAクラスらしく、彼と違うクラスになれたことは幸いといえば幸いなのだが、知らない人達ばっかりの中にいきなり飛び込むのには、かなりの勇気が要る。
教室のドアを開けると、学校の教室よりも少し狭く感じるくらいの部屋の中に20人くらいの人たちがいた。 たぶん学校が同じ子同士なのだろう。 何グループかに分かれた“仲良しグループ”が、机のまわりや壁にもたれて楽しそうにおしゃべりをしている。 中には静かに一人で本を読んでいる子もいるけれど、バッチリと“わたしに話し掛けないでくださいオーラ”を出している。
手の平に、指でなぞった“人”という字を何回も口に入れながらドアの前で立ち止まっていたら、さっきあたし達が乗ってきたバスを運転していた、びみょうにハゲの先生が入ってきた。
彼があたしの肩にそっと手を置き、
「始めるぞー」
講習がいきなり始まりだした。
あたしは慌ててぐるりと教室の中を見回して、たまたま目に入った空いた席に着いた。
講習が始まると、さっきまで賑やかだった教室の中がまるで空気が変わったように静かになった。
居眠りなんかしたら絶対バレるなぁ……
――――なんて、みんな真剣な顔をして先生の話を聞いている中、あたしは一人でくだらない事を考えていた。
「はい、テキスト58ページ開いてくださーい」
講習の大切な時間をムダな時間をとって費やさないためなのか、新入生の紹介はなく授業が進まれていく。
面倒くさいことをしなくて良かったはずなのに、あたしはドキドキしていた。
なぜかというと――――
9>
(となりの席の子、どんな人だろう……?)
適当に空いていた所に座ったはいいけれど、気になってしまう。
――――実は、塾、第一日目早々いきなり“やってしまった”のだ。
人と関わるのが……特に“男の子”が苦手だというあたしのくせに、よりにもよって男の子の隣に座っちゃってしまうという大失態を……
せめて女の子の隣だったのなら、仲良くなれる確率が少しは高かったかもしれなかったたのに――――
「はぁ……」
学校だけじゃなくて、塾でも“一人ぼっち”決定、かぁ。 結局はこうなる運命に導かれるワケなんだ。 ホント情けない。 何やってんだろ、あたし……
壁に掛けてある時計を見るフリをして、隣に座っている男の子をチラリと見た。
すると偶然なのか、彼の方も左手でペンを回しながらあたしの方を見ていた。
それが羨ましいほどのサラサラヘア。 鼻の周りに“そばかす”を付けた優しそうな、かっこいい……というよりも、かわいい顔をした男の子だった。
服装も、グレー色の大人っぽいシャツの胸のポケットに(МADE IN 外国?っぽい)バッジを付けてオシャレにキメている。
彼の顔を見た瞬間、あたしはまるで金縛りにかかってしまったように固まってしまった。
今まで、これっぽっちも男の子と関わったことがない(……というか関われない)あたしだけど、一応は学校で様々な男の子を見ている。 ――――だけど男の子を見て、いきなりこんな気持ちになったのは初めてだった。
(あっ、あたしは勉強をしにきた!)
気を取り戻して自分に言い聞かせ、パッとテキストを見た。
なんだろう…… この気持ち――――
足のつま先から熱いものがカーッと昇ってくる。
「61ページ」
小さな声で呟いた彼は横からスッと手を伸ばしてきて、あたしのテキストをめくった。
もう彼の指を見ただけで、ドキドキしてしまう。
乱れた気持ちをコントロールしなくっちゃ、と意識をすればするほど余計におかしくなる。
(あたしは、勉強しにきた!!)
再び、自分に言い聞かせた。

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