たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~
作者/ゆかむらさき

106> 日曜日
『――――もしもし!? なみこちゃん! ――どうしたの!?』
あり得ない事態に遭遇し、混乱し過ぎて床に落としてしまった受話器から、あたしの名前を何度も呼び続ける高樹くんの声が聞こえる。
部屋の外の廊下のオレンジ色の照明を背中に受けてゆっくりと近付いてくる松浦くん。 近付く程に段々と姿を暗くさせながら彼は落ちている受話器を拾おうと身体をかがませ手を伸ばす――――。
いつもの彼の事ならば、“嫌がらせ”で通話中の電話に割り込んで“ありもしない”余計なことを言って高樹くんに誤解でもさせるつもりだろう。 だって……いまいちその理由が分からないけれど、松浦くんはあたしに“お友達”ができる事で不機嫌になるのだから。 どうせ「武藤は本当は君の事を嫌ってるんだぜ」だとか言って……。 でも…… もしかしたら…… さっきチカンに追い掛けられた時に、あたしの気持ちが落ち着くまでずっと抱き締めていてくれた様に“優しさ”で拾って渡してくれるだけなのかもしれない。
――――分からない。 信じてあげたいけれど……
「ごめんなさい!!」
心の中で松浦くんと高樹くん、二人に謝りながら慌てて受話器を拾い上げ、電話を切った。
「ああ、暗いよなあ…… 今、電気つけてやるな……」
あれからずっとバスタオル一枚だけの姿。 腰を抜かして座り込んだままで動けない。 再ダイヤルされる事を恐れて受話器を握り締めているあたしの顔をチラッと見て鼻で笑った松浦くんは、体を起こしてドアの横にある部屋の電気のスイッチに向かって歩み寄り、手を掛けた。
そして――――小さな声でカウント・ダウンを始めた。
「5…… 4…… 3……
2……
1…………
「――やめてッ!!」
電気を点けようとする松浦くんを止めようと、彼の手をつかんだ瞬間――――そのまま彼に強く抱きしめられた。
――バサッ。
体に巻いていたバスタオルが、あたしの足元に落ちた感触と音がした。
自然に落ちたのではない。 ――――松浦くんが引っ張って落としたのだ。
「“今 風呂入ってっから 二階で待ってろ”……って、おばさんに言われて上がってきてみたら……
こんなスゲェ格好で“お出迎え”だもんなぁ ――――ビックリしたわ、マジで。
“いやだ”とか“キライだ”とかなんとか言っちゃって本当はおまえ……
――――分ーった、わぁった。 文句なんて一切言わねっから。
そりゃ、せっかくの“据え膳”断っちゃあイケねぇもんなあ、うん うん。」
バタン。 ――カチャン……
顔を松浦くんの胸に押し付けられていて何が起こったのか見えなかったけれど、今確かに部屋のドアを閉めた音に加えて鍵を掛けた音まで聞こえた。 その後、どうやら勘違いをしている松浦くんに軽々と“お姫様抱っこ”で持ち上げられ、ベッドの上に寝かされた。
「コレは邪魔だな…… もう高樹のことは忘れろ……」
そして彼はあたしの右手から受話器を取り上げ、ベッドのヘッドボードの上に置いた。
カーテンの開いたベランダの窓から差し込んでいた月明かりが厚い雲に覆われたせいなのか、真っ暗になった部屋の中。
――――あたしの部屋がこんなに怖いなんて 今まで思った事もなかった。
今さら隠したって意味があるのか分からないけれど、片手で胸を隠して、もう片方の手で“残りの部分”を隠すための掛け布団を足も一緒に使って探したけれども、どこにあるのか分からない。 しょうがないから諦めて横向きになり、ダンゴムシの様に丸くなって叫んだ。
「出てってよ! あッ……あたしの裸なんて一秒だって見たくないんでしょ!!
第一こんな夜遅くに“あたしに用事”だなんて!
明日学校だって塾だってあるんだから、その時にすればいいのに!!
お願い!! 今日はもう(こんなんだし……)帰って! ……くださいっ……」
無様なあたしの格好を、どうせいつもの様なバカにした顔で腕なんか組んで見下ろしているのかと思ったけれど違っていた。 松浦くんはあたしの顔の前の敷布団の上に腰を掛けた。 裸の姿のあたしに全く視線を向けずに、肩に掛けていたリュックを膝の上に下ろして中から“何か”を取り出そうとしている。
(あたしに“用事”って…… 何か くれるのかな? お菓子、とか?)
実は小さな頃から物につられやすい単純な性格のあたしは、寝転びながら彼のリュックの中身に少し期待をしていた。
――――しかもまた“お菓子”だと勝手な推測をして。
「――――こんな“ブッソー”なモン、学校とか塾になんかに持っていけるか、バーカ」
あたしの顔の横に、子供の遊ぶおもちゃにしてはとても思えない……そう、確か最近続編が放映された……洋画の…… なんだっけ?
あ、そうだ、“ミッション……インポ……ポッシブル?”とかいうのに登場したスパイが使っていた物にそっくりな黒い拳銃が、ドスッと重みのある音をたてて転がった。
「ひいっ……!」
(ま、まさかコレ…… “本物”だなんて冗談みたいなこと言わないよね!?)
開いた口を塞ぐ事もできずに目を丸くして固まっているあたしの顔を、松浦くんは片手をついて覗き込んで言った。
「――――おまえのだ。」 ……と。
とりあえず不気味にあたしの顔の方向に向いている銃口を、引き金に触れない様に気を付けてクルッと回して向きを変えた。
どう考えても見覚えのない……スパイでも何でもない普通の女の子のあたしにはとても相応しくないこの銃が、何故あたしのものなのか不思議に思い、問い掛けると、松浦くんの様子がおかしくなった。
「これをおまえに渡してくれ、って…… “おまえが当時大好きだったやつ”に頼まれて――――」
(当時……って、いつのこと……?)
シーツを握りしめる彼の手が、もの凄く震えている。 手だけではなく声までも――――
信じよう…… 本当なんだ……
松浦くんはコレを何年かぶり(?)に 渡しにきたんだ――――
しかし、どうして今までずっと持っていたんだろう……
聞きたかったけれども、とても聞ける様な雰囲気などではなかった。
「渡せなかった…… 渡したくなかった…… だからずっと隠していた。
“おまえ”を俺の引き出しの中に、何年も長い間 閉じこめて……
ずっとそばに置いておきたかったんだ――――」

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