たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~
作者/ゆかむらさき

91―2> 日曜日(武藤なみこちゃん 主人公)・裏ストーリー(第二話)
キケンなパジャマ・パーティー
――――第一夜・難問題 武藤なみこ
答案用紙に書かれている問題数はさほど多くはない。 しかし問題全てがあいつ……武藤なみこに関わるものだった。
俺の額から滝の様な汗が流れだす……。
勉強の苦手な奴等がテストで戸惑う気持ちが身に染みてよく分かる。
隣の席で健が頭を掻きながら“数学”の問題と戦っている。
(そういえば最近、健のやつ…… “武藤の話”してたな……)
武藤の話――――確か高樹に武藤の(つまらない)情報を教えて間もない時だった。 講習の始まる時間の前の教室の中で……
「なぁ…… ちょっち俺、小耳にはさんで実はめっちゃ気になっちゃってたりしてんだケドサー、鷹っちィ……って、Bクラスの“武藤なみこチャン”ってコの隣の家に住んでンだろ? ……みずくさいなぁ、そんな子がこの塾に入ってくんのなら教えてくれたっていーのによー。はぁ…… かーいーよなァ……彼女」
「……俺はあんな女が可愛いなんて今までこれっぽっちも思ったことねぇぞ。 ……ってか健、おまえ彼女いんだろが」
「あー、由季ね。 まぁ、由季は由季で可愛いんだけど、うん……彼女とは違うミリョク?……つーの? 色気があるんだよね、なみこチャンには」
(色気……? 武藤に? 何いってんだこいつ……)
シャープペンのケツを噛んでフタを外し、芯を入れながら話す健の言葉が信じられなかった。
まぁ、“オンナ好き”の健だしな……と、軽く聞き流していたが、
「ひゃーっ。 なみこチャンのセーラー服姿……一度拝んでみてぇっ」
(こいつ…… まじか……)
数学の答案用紙の端っこを指でつまんで頬を染めて遠くを見ている健。 塾に入った時や否や、彼とはすぐに打ち解けて仲良くなったのだが、美的感覚……っていうか、趣味・趣向は俺とはどうやら正反対の様だ。 ――今日、今、明らかになった。 笑いさえもでてこねぇ。 コレがリアル“空いた口も塞がらねぇ”って言うヤツか。
彼の表情を見て、俺は右手に持っていたシャープペンを落とした。 その時、健は両手を合わせて俺にいきなり謝ってきやがった。 どうやら彼は俺が武藤に想いを寄せていて動揺したと思ったらしい。 ……んなワケあるか、ってんだ。 冗談じゃない。
落としたシャープペンを拾った俺は健の替え芯を一本徴収してやった。
「ああ、 カーテンもしねぇで着がえるしな。 ……毎日あいつの下着姿見せられて、おかげでこっちは迷惑してるぜ」
「ま じ か…… それなら今度隠し撮り……」
「……犯罪だぜ、ソレ」
――――まぁ、そんなやりとりがあったってワケだ。
健といい、高樹の奴といい……釜斗々中の男共は 女を見る目が絶対にズレている。
まさに今、俺の答案用紙と健の答案用紙を交換してやりたい気持ちだ。
――――しかし、どうしたものか。 10分も経過したのに一問も進んでいない。
「どうしましたか? 松浦くん」
俺の席の傍らで蒲池がニヤニヤしながら立ち、答案用紙を覗いている。
「アッ……ハハハハ……」 (このハゲ!)
心の中で彼を罵り、俺は問題と向かい合った。
(適当でいいから埋めつくしてやる……
――――フン、こんなテストの再試験を受けるのだけは 死んでも嫌だからな!)
91―3>
第一問・武藤なみこの“チャーム・ポイント”を答えなさい。
(は? チャーム……何だ? ふん……アレがそうかどうかは分かんねぇけど…… ま、いっか。)
どうして俺が“武藤の可愛いところ”を探さなくちゃいけないんだ……。 あんまり考えるのは疲れるからやめておいた方がいいだろう。
とりあえず俺は一問、答えを埋めた。 なんだか厄介なノルマ(依頼)を一件づつクリアしていかなくては……という気持ちだ。 今まで勉強の問題では一度も感じた事のなかった様な……“新鮮”っていう様な……気持ちの悪い“新鮮さ”。
第二問・武藤なみこのファースト・キスの相手を答えなさい。
(な……っ! なんだ、こりゃあ! へんなのばっかじゃねーかよ!!)
武藤が塾に入ってまだ間もない頃、この塾の“ヤリまくり部屋”で俺はムリヤリ彼女のくちびるを奪った。
ちょっとビビらせて塾から追い出してやろうと思っただけなのに俺はどうかしてたんだ。 あんなやつにキスなんて……。 あいつに“バカ”って言われた事に腹が立ったんだな……。 武藤のくせに俺に向かって言いやがるんだからな。 でも……あの時に触れた彼女の柔らかいくちびるの感触が、キスした直後の様に今でもふんわりと残っている。
俺がいつも誰にも知られない様に気を付けて、秘密で読んでいる恋愛小説“乙女・テイスト”……まあ、こんな俺でもちょっと泣けてしまう純愛ラブ・ストーリーだ。
確かその小説の中に記してあった主人公の女の子の名言……
“女の子のファースト・キスはとても大事なもの”
(……実は俺も“アレ”がファースト だったんだが)
あの物語の主人公は、誰もいない放課後の教室の中でずっと思い続けた人としたんだが、武藤はいきなり、無理矢理に“大事なもの”を“大嫌いなヤツ”に奪われたんだな……
俺は“あの時”の彼女の顔を頭の中にセットして……10秒止めた。
(きっとあいつも“アレ”が初めて……だったんだよ な? 初めてに決まってンな……)
猛毒を持つ大蛇に全身を縛られて……毒を注ぎこまれて……解こうにも解けない、という感じだった。
グーにした拳で何度も俺の胸を叩いて抵抗していたから――――
頭の中にセットして10秒止めた武藤の映像を見ながら息までずっと止めていたせいなのだろう、だんだんと息苦しくなってくる……
突然“初めて”を奪われて、震えていた武藤――――あの後一体彼女はどうしていたのだろうか。
(松浦くんの…… いじわる……)
俺の頭の中に、いきなり武藤のセクシー(?)ボイスが響き渡った。
そんな彼女がビリヤードの台の上でペタンコ座りをして両手で口を押さえ、潤んだ瞳で恥ずかしそうに俺を見ている……。
(やッ……やめろっ!)
俺は慌てて答えを埋め、リセットした。
まだ二問目の答えを書き終えたばかりなのに、さっきから額から出る嫌な汗がハンカチで何度拭いても止まらない。
何故だ……。 このテストの答えを考えていると“頭”ではなく“胸”が傷む……。 こんなテストなんて早くやり終えて、楽になりたい。 俺は次の問題に目をやった。
第三問を見た途端、シャープペンを持つ俺の右手がカタカタと震え出した。
(だめだ…… ここでもう限界なのか、俺……)
第三問・武藤なみこが今、想いを寄せている男の名前を答えなさい。
(ふっ…… 今度はこうきやがったか……)
あの日……そう、俺が武藤に初めてキスをした日の事だ。 前半の講習を終えた後、同じクラスの徳永静香に再び“ヤリまくり部屋”に連れてこられた。
そこで俺は見つけてしまったのだ。 ビリヤードの台の脇に無造作に、いかにも急いで脱いだかの様にぐじゃぐじゃに脱ぎ捨ててあった――――高樹の着ていたジャケットを。
高樹と武藤は二人で一緒に堂々と前半の講習をサボりやがったんだ。
高樹のやつは、俺が武藤をあの部屋に置いて一人で教室に戻った後に彼女を――――
(……くそっ!)
第三問の答えを書き込んでいる途中で、俺のシャープペンの芯がバキッと情けない音をたてて折れた。
折れた細い芯は……まるで俺の心(しん)と同じ……。 これがもしも夢であるのならば、今ここで机の上に立ち上がってこの答案用紙をビリビリに破ってばらまいてしまいたい……。
(くっ! なんなんだ、この気持ちは……
あいつが高樹に何されよーと、俺には関係ねーだろー……)
暑ィのか寒ィのか分からないが、ゾクゾクと震え出す身体。 ハンカチはもうベタベタだ。 ため息を吐きながら吹き出す汗を腕で拭う。
健の受けているテストも難しかったのだろう。 隣の席で“もうお手上げ”という様子の彼が鼻と唇の間にシャープペンを挟んだふざけた顔で、両手の人差し指同士で作った“バツ”を見せてきた。
「……15分経過しました。 残り時間はあと半分です。 ……頑張ってくださいね」
背後からのっそりと歩み寄ってきた先生は俺の隣で足を止めた。 答案用紙に目を落とした彼は、薄笑いを浮かべ俺の顔を見た。
「ほっ ほっ ほ。 ……だいぶ苦戦しているようですね、松浦くん。
自分の気持ちと素直に向き合うんです。
そうすれば簡単にできる問題ばかりですよ」
(ヘンな問題ばっか作りやがって……)
とりあえずここまで埋めた答えは――――
第一問・(天然ボケ)
第二問・(松浦鷹史)
第三問・(高樹)
俺はその後に続く(ヘンな)問題を次々と埋めていき――――やっと最後の問題に辿りついた。
……しかもその問題一問の点数配分が――――
第二十問・武藤なみこに対するあなたの正直な気持ちを80字以内で答えなさい。
(80点)

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