たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~

作者/ゆかむらさき

88> 日曜日(武藤なみこちゃん 主人公)


「なみこちゃん、見て」
「はっ、はいっ! えッ? ――なにっ!?」
                        「……プッ」
 周りの景色なんて目に入らないくらい、高樹くんの意外にも(?)がっしりしている男らしい背中にほっぺたをつけてうっとりしてしまっていたあたし。 まだ会ったばっかりなのに、もう何回彼に笑われてしまったのだろう。
 何か話さなくちゃ……なんて言っちゃって、自分は全然人の話を聞いてないんだから――――。


 高樹くんは自転車のペダルをこぐ足を止め、急な下りの坂道を降りている。
「どこ?」
 そして彼の背中から顔を離しキョロキョロしているあたしに、人差し指で示した右手を横に伸ばした。
「ここっ。 塾の帰り道の夜景がね、すっごーく綺麗なんだよ」
 ガードレールの横に見える澄んだ青空との境界線に、鮮やかな緑の広がる街並みが見える。
 日中の今でもこんなに素敵な景色が、夜になった時の事を想像してみた。
 街の電飾の輝きが加わってロマンチックに目の前いっぱいに彩る星空――――
 そんな夜の物語をいつか……もう少し大人になったら、高樹くんとここで一緒に手をつないで――――


「夜景……見てみたいな……」
「うん、見たいね! 一緒に。」
 “一緒”――――。
 考えてた事がおんなじだったって思っても……いいのかな?
 うぬぼれかもしれないけれど――――お願い。 そう思わせて……


「……まるで、夢みたい……」
                    「ん?」
「あたしね……こうやって男の子と自転車で楽しそうに二人乗りしてる女の子見て“いいなぁ” “うらやましいなぁ”って、ずっと思ってたんだ。
 あたしなんかが……絶対こんなこと経験できるわけない……って、諦めてた。」
高樹くんの背中にほっぺたを付けて、あたしは再び口を動かした。
「でっ……でもねっ、男の子なら誰でもいい、ってワケじゃないんだよ。
                                    一番すきなひとと……できたらいいな……ってね。 えへ」


 ――――キッ。
 自転車を止めた高樹くんは、そのまま前を向いたままで聞いてきた。
「ねぇ……
            その願い……
                       今……叶ってる……?」


 “そのひとが高樹くんでよかった”と言おうとしたのに、言葉が詰まってしまって何も言えなくなってしまった。


「――ごめん。 ……ホント焦りすぎだな、僕」
 下り坂のはずなのに、何故か呼吸を乱しながら彼は地面を蹴り、ペダルに足を乗せて思いっきりこいだ。
(高樹くん……  大好き……)
 自転車ですれ違う人が、みんなあたしたちの方を見ていくけれど、彼等の視線が今はもう恥ずかしく感じなくなっていた。
(“高樹……なみこ”か。  えへへへへ…… けっこう、あう……)
「キャーッ」
 高樹くんの背中にしがみ付きながら、あたしは勝手に何年も先の未来を想像して、一人で舞い上がっていた。
 ――――今、自転車をこぎながら、高樹くんが何を思い、これから僅か数時間後に何をする計画を立てているかも知らずに……




89>


     ☆     ★     ☆


 ……キッ。
 長い下り坂を降りてすぐのところで高樹くんは自転車を止めた。
「――じゃ、いこうか」
(もう少し、こうしていたかったのになぁ……)
 高樹くんの背中から腕と顔を離し、あたしは自転車の荷台から降りた。
 スタート時点で思いっきりつまづいたわりには、高樹くんのロマンチックなエスコートのお陰で、なんとかここまで順調(?)にこれた。
 まだあたしの体に残っている彼の優しい温もりと香り――。 だらしのない顔でホカホカしているほっぺたを手でさすりながら、高樹くんの隣について歩いた。
 彼の腕が、時折あたしの肩にかすかに触れる……。 つかめそうで…… つかめない……。 本当はもっと、ちゃんと“デートらしく”したいのに――――


(ん? ここは……?)
 目の前に真っ赤な文字で“昇天堂書店”と書かれた派手な黄色の看板が壁に貼り付いている、大きな二階建ての白い建物がある。
――――どうやらここは本屋さんの様だ。
 デートでいきなり初めに訪れた場所は――本屋さん。 これは一体、どういうこと……


 自動ドアをくぐり抜けると、脇にある“最新おしゃれファッション”と書かれたティーンズ・ファッション雑誌が目に付いた。 表紙の中のモデルの女の子が長いまつげの大きな瞳を輝かせながら、あたしに微笑みかけてくる。
 やっぱり退屈になったんだ……  “あたしなんか”が、相手だから――――
 “彼女”から目を逸らして目が覚めた。 
(――――何が“高樹なみこ”か、だよ……
           あたしひとりで勝手にバカみたいに浮かれちゃって……
                              そうだよね……。 “高樹くん”と“あたし”だなんて全然つり合わな……)


「――こっちだよっ」
            (え……?)
 高樹くんはそのままあたしの手を引いて二階に昇っていく。
 昇っている途中にあたしの目に入ってきた階段の手すりに掛かっている小さな看板。 
 そこに書かれていた文字は――――
                          “△2F DVD・ビデオレンタル”


「なにか観たいの…… ある?」
「えッ!!」
「せっかくのデートの時間削って、わざわざ遠い映画館まで行くより断然いいでしょ?  だって…… 僕の部屋でならゴロゴロしながらくつろいで観れるじゃん」
「はぁっ!?」(高樹くんと部屋で? ゴッ……ゴロゴロぉっ!?)
 突然、あたしのおなかがゴロゴロ鳴り出した。
(ああ……そういえば、朝ゴハン食べてなかった……)
 ――って、今はそんなコトを考えている場合ではないっ!
(ちょっ! ちょっと待って……  おちつけ、あたし……)
 胸……ではなくお腹を押さえて呼吸を整えた。
 あたしはてっきり今日のデートは外で……例えば映画館とか遊園地とかで――――
 そんなあたしの気持ちをよそに、高樹くんはニコニコしながらDVDの陳列されてある棚を、さした指を横に動かして眺めている。
「……リクエストないんだったら、僕が勝手に決めちゃうからね。  ふふっ。 じゃあ……コレにしよっと」
 彼はいたずらに微笑んで、DVDを一枚手に取った。
                       タイトルは――――“呪いの首飾り”(ちなみにドクロの目から血がでているパッケージ)


「!」
 あたしは高樹くんの手からDVDを取り上げた。
「こわいのは、だめっ! 
            ……あたしダメなの、怖いのは! 絶対ッ!!」


 ――――忘れていた。 ここは静かな本屋さんだった。 あたしの叫び声が広い部屋全体に情けなく響き渡った。 周りにいるお客さんが、あたしたちのやりとりを見てクスクスと笑っている。
(――しまった!)
 あたしは慌てて口を押さえた。
「なみこちゃんの絶叫…… もう一度“僕の部屋”で聞ーてみたいなー……」
 さっき、あれほど怖い話は苦手だ――って言ったばかりなのに、笑いながら高樹くんは……
                                           今度は“呪いの首飾り2(ツー)”を手に取った。


「 !! 」
 あたしは彼の手から“2”のDVDも取り上げ、ほっぺたを膨らませながら、棚につま先立ちで元にあった場所に戻した。 そして今度はあたしが高樹くんの手を引っ張って、今、高樹くんと一緒にいるホラーストーリーのスペースから離れ、恋愛・ロマンスストーリーのスペースに来た。
(……この辺のやつだったら、大丈夫かな)
 どれが面白いのかいまいち分からないけれど、あたしはタイトルも見ないで適当に手に取ったDVDを高樹くんに渡した。
「これに、するっ!」


「――ぶっ!」
        「え?」
               「な、 なみこちゃん…… コレ……っふ。」
 高樹くんは右手で顔を覆い、懸命に笑いを堪えている。
「あはははは……!」
 堪えていた笑いを止めていられなかったのか、彼は自分の顔を覆っていた手を離し、あたしの顔を見て大爆笑しだした。
「?」(あたし…… またヘンなこと、したのかな……)
「笑っちゃって……ごめん ね……。
                    ……だけどコレは…… 反則、だって……」


「すみません……  これ、お願いします……」
 レジカウンターにDVDを出した高樹くんの背中がまだ震えている。
(あたしはいったい……なにをしたんだ……)
 なんとなくレジの人も、あたしの顔を見て「クスッ」っと笑った様な気がした。
 DVDを受け取って、高樹くんはさりげなくあたしの腰に手を回し、寄せた。
 彼は嬉しそうに階段を降りながら呟いた。
「“おうちデート” ……決定。」
                  (お…… おうちデート……?)
「ふふっ。 しかもなみこちゃんと初めてのデートで観るDVDのタイトルが――――」
 高樹くんは再び笑い出し、あたしに顔を近付けて耳打ちをした。
                                「“処女の誘惑”……だなんて、ね」