たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~

作者/ゆかむらさき

91―8> 日曜日(武藤なみこちゃん 主人公)・裏ストーリー(第八話)


 駐車場に停めてあるバスに向かい歩きながら、俺はずっと考えていた。
 俺が思うにマルハゲは、普段テストを職員室の棚の中に鍵を掛けて保管している。 その鍵は、彼がブリーフバッグと一緒にいつもジャラジャラと何本かぶら提げて持ち歩いている鍵の束の中にあるに違いない。
 俺はマルハゲの油断したスキを狙って鍵を奪い、なんとしてでも“あの(教科・武藤)”のテストをこの手に取り戻す作戦を練っている。
(タイムリミットは明後日の塾の始まる時間までに……か)
 今夜の帰りのバスの中でか、明後日の行きのバスの中でやるしかない。 ……本当にできるのだろうか。
(……くそっ! 絶対ぇにやってやる!!)


 俺はバスの前で足を止め、ノブに手を掛けドアを開けた。
 ……マルハゲはまだ来ていない。
 彼の鍵を奪ってやるには、運転席のすぐ後ろの席が一番いいと俺は考えた。
「……待って」
 ドアを閉めようとしたら武藤がいた。
「……チッ! はやく乗れよ、寒ィだろうが。 ……俺が。」
 生意気にほっぺたを膨らませてなんかして彼女はバスの中に入ってきた。
(いちいち、うるさいなぁ、もうっ。 松浦くんなんて……大っキライ!)
 何も言わずスッと俺の前を横切った彼女の顔がまるでそう言っているかの様に感じた。
 ――――マジでこの女……存在自体が鬱陶しい……。 こんなやつ俺が気にしないでいればそれでいいはずなのに……
 悔しい……。 認めたくなかったが、マルハゲテストの“俺の苦手科目”は大当たりだと思った。
「……フン!」
 俺は思いっきり力を込めてドアを閉めた。


「!」(……クソッ!)
 ……なんということだ。 武藤が俺の座ろうとしていた運転席の後ろの席にすました顔で座っている。
「つめろ」
 俺は強引に武藤の隣の席に座った。
(え!? どうしてこんなに席が空いてるのに、わざわざあたしの隣に座ってくるの?)
 きっと彼女はこう思っているだろう。
(勘違いすんじゃねぇぞ。 俺はおまえのそばにいたくて隣に座ったワケじゃねぇからな)
 ……マルハゲから鍵を奪うため……だ。


「……マルハゲ遅ぇな」
                  「? ……まるはげ?」
                                     「……蒲池だよ」
 たぶん俺を視界に入れるのが嫌で窓の外を見ていた武藤が、少し怒った様な顔でこっちを見てきた。
「松浦くん…… 先生のこと、そんなふうに言っちゃ、だめ……」
 怒っているわりには俺の目を見る事すらできずに声を震えさせている。
(こいつ……ムリして強がっちゃって……) ……ちょっと面白くなってきた。
「フン! ああ、そう。 あーゆーオトコがいーのか おまえ。 ああ見えて蒲池独身らしーぜ。 ハゲてるけど歳は30前半。 おまえに対してなんか優しーし、意外にロリコンだったりすんかもな。 ……こりゃお似合いだぜ! ハハ。」
 武藤は目に涙を浮かべて、今度は俺の目を見て睨んでいる。
「……もう知らないッ! 松浦くんなんてッ!!」
 ほっぺたを膨らませて彼女は再び窓の外を見た。
 気のせいだと思いたい……。
 さっき俺の事を睨み付けてきた武藤の顔が、一瞬だけ……可愛く見えた。


――――絶対気のせいだ。
           (いい気味だ。 この席に座らなきゃよかったな。  ……バーカ)




91―9>


それにしても、ここまで言われて怒っていながらも武藤のやつは席を動かず俺の隣に座っている。
(意地張りやがって……)
 腕と足を組んで俺はシートの背もたれにのけ反った。
 武藤のくせにこの俺に対抗してきやがるとはなかなか度胸がある。
「チッ!」(気にくわねーな……)
 ……なんて舌打ちしながらも俺は、窓の外を見ている彼女のショートカットの髪と襟足の間から見える“うなじ”を見ていた。
 細い首…… 小さな肩……
 武藤の身体を視線で撫でながら、以前このバスの中で釜斗々中の三年の“ゴリラ野郎”に襲われそうになっていた彼女を助けた時の事を思いだした。 あの時俺は、恐怖で震える彼女を抱きしめてキスをした。
(いくらなんでも、あんな野郎にヤられるのは、ちょっとな……)
 実はアレは“助けるためにキスをした”わけではなかった――――


「ねぇ、松浦くん……」
 俺の方に目を向けず、彼女は小さな声で俺に話し掛けてきた。
「先生……おそいね……」
「……ああ。 遅い、な」


『……彼女とは違うミリョク?……つーの? 色気があるんだよね、なみこチャンには』


 ――――さっき塾で健が言っていた言葉だ。
“ワケの分からない事言いやがって”  ……あの時はそう思っていた。


 そう、あの時も……武藤を助けるためにキスをしたのではなかった。
                                   彼女を――――“助けるフリをしてキスをした”。


「……ひいっ!!  なッ! なにッ!? 松浦くんッ!!」
 窓の外を見ていた武藤が目を大きく開いた顔で俺を見て叫んだ。
 自分でもよく分からない。 熱を帯びた激しい感情が俺の中で湧き上がり暴れている。 今までどんな女に対しても、こんな気持ちになった事などなかった。
 俺は無意識で――――彼女の手を握っていた。
 湿気った石炭に火を点けやがったんだ……。 こいつが……


「おまえ…… いったい俺に何しやがったんだ……」
「……ええっ!? えっ? ……え?」
 いきなり俺にこんな事言われて当たり前だ。 武藤は頭の上に“?”をたくさん乗っけた顔で驚いている。
 分かりそうで……分からない……
           武藤を無性にいじめたくなる気持ち……
                         高樹の言葉がモロに引っ掛かって、やるせない気持ちが……
 そういえばマルハゲがテストの時に言っていた。
『自分の気持ちと素直に向き合うんです。 そうすれば簡単にできる問題ばかりですよ。』


 俺は武藤を――――