たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~
作者/ゆかむらさき

111> 日曜日
なんとなく……だけれども、お母さんの手作りチーズケーキを美味しそうに無邪気な笑顔でほおばっていた幼少時代の松浦くんの記憶がじわじわと蘇ってくる――――
『なみちゃんとケッコンしたら……さ……、このケーキ、まいにち食べられるの かな……?』
『ケーキすきだもんね、鷹史くん』
『えっ…… あ…… う……ケーキもだけど…… なみちゃんのことも好……
……あ、あははっ、お口が食べかすだらけだよっ、なみちゃん!』
――――おまえが好き、なんだ……って言ってンだろ…… まだ分かんねーのか、この鈍感!
『鈍感で無神経なあんたに、鷹史くんがやきもち妬いてものすごく怒った事……』
(やきもち……)
塾に通う事になるまでは、近くに住んでいながらもお互いに関わる事を避け合ってきたあたしと松浦くん。 そんなあたし達はお母さんの野望を込めた勝手な策略(?)で、嫌でも接近“しなくてはいけない”環境に投げ出された。 接近しなければ、きっとまだ……もしかしたらずっとこれから、いつまで経っても松浦くんの心に触れる事など無かったのかもしれない。
思い起こせば、いつもあたしの顔を見ずに暴言を吐き、嘲笑ってばかりいただけの彼が、あたしに向けて感情的な表情を見せ機嫌を悪くしたり、言葉で表すだけではなく身体に触れて意地悪な事をしてきたのは、あたしが塾に通い出した時からで――――全部、高樹くんが絡んでいた時ばかりだった。
「さっき鷹史くんの話を聞いて大体は分かったわ、お母さん……。 いつも人に頼ってばかりのあんたの事だから、どうせ何か困った事がある度に鷹史くんに助けてもらってるのよね……。 昔から優しいから、鷹史くんは……
情けない……。 塾に通わせたら真面目な鷹史くんに影響されてだらしない性格が少しでも直ってくれるんじゃないかと思ったのに甘かったわ。 ……これじゃあ逆効果じゃないの……。 今度、鷹史くんに会ったら言わなくっちゃね、“なみこに厳しくしてちょうだい”ってね……」
“大体分かった”――――そう言っているお母さんは何も分かっていない。 アレ以上厳しくされたらあたしは一体どうなるんだ…… もう笑うしかない。 ……っていうか笑い事ではない。
ノートを一ページずつめくってはため息をこぼしているお母さん。 あたしの情けなさも笑い事ではない。
「こんなに良くしてもらって……。
あんたは幼馴染のよしみでコレが当たり前だと思ってるんだろうけれど、大切に想われているのよ。
鷹史くんだって自分の勉強の事で大変なのだろうに……。 お礼の一つぐらい返すのが礼儀よ、なみこ」
いつもじゃない……。 たまたま今夜だけだよ……
お母さんの良く動く口からボンボンと飛び出す“松浦くんは優しい子”なのだというセリフを心の中で否定しながら、彼女から視線を外して頷いた。
“わたしの”手作りケーキでお礼――――
言葉で返すより伝わってくれるかな――――
今まで自分で料理なんて“うどん”くらいしか作った事のないあたしだけれど、専業主婦歴十年以上のおかあさんに付きっきりで教えてもらえるのならば、大丈夫、だよね…… たぶん……
『ありがとう』と一緒に『あたしだって頑張ればできるんだよ』っていう所を見せたいの――――松浦くんに……一番。
「なみこ…… ごめんなさいね……
隠しててもアレだから、この際お母さん告白しちゃうわ…… 実はね――――あんたと同じで勉強苦手だったのよ、お母さんも……」
チリチリパーマヘアーのサイドを耳に掛けながらノートを返してくるお母さんの言葉にわたしは“お母さんも勉強がキライだったんだ”というよりも、“お母さんがあたしに対して謝ってきた事に驚いた。 ――――だって……いつもは逆の立場だったんだもん。
ベッドのマットレスにずっぷりと沈んでいるお尻を持ち上げたお母さんは、あたしの傍に寄り添ってきた。
「あんたには助けを求めたらすぐ飛んできてくれる心強い騎士(ナイト)が常に守ってくれているからいいけれど、お母さんにはそんな人居なかったのよね……。 引っ込み思案でお友達なんてもいなかったし、先生と話すのも、なんか恐くって ね…… 学校に通うのが毎日憂鬱でしょうがなかったわ……」
大きな声で近所中に家庭の事情をまき散らすわ、あたしと松浦くんを無理矢理繋げようとするわ……もし彼女にあだ名を付けるとしたら、ズバリ“歩くスピーカー”。 あたしは何も言わず……というか、開いた口も塞がらない、という感じで口を半開きにしながら彼女の話を聞いてはいたが、やはり至る所ツッコミどころだらけであった。 信じられないけれども、もし、この話が本当なのだとしたら……お母さんがあたしと同じ年頃の時は、あたしみたいな子、だった……という事だ。
「あげくの果てに、隣の席の男の子にしょっちゅうバカにされていじめられ三昧で散々だったのよ……
彼もお母さんの事が嫌いならば、わざわざ関わってこなければいいのに、何故かわたしにだけちょっかいを出してくるのよね……
そのせいで、ろくに食事も喉を通らなくて、みるみるうちに痩せ細っていくわで……」
「ふ…… ふーん……」
あたしの隣で今まで明かさなかった過去の自分の薄暗い青春時代を、パンパンにはち切れそうなベルトを一段階緩めながら告白してきたお母さん。
あたしは昔のお母さんだけではなく、話の中に出てきた男の子が“彼”に似過ぎてていると思い、お母さんの話をコレ以上聞くのが少し怖くなった。
「でもね、お母さんはあんたと違って諦めなかったわ。 やられてばっかりじゃ……自分が変われないままじゃ、悔しいじゃない。 ――――ある日、塾に行く事に決めたの。
いっぱい勉強して、“彼を見返してやるんだ!”ってね。 そりゃあもう、彼を超えてやるくらいの気持ちで ね」
ココだけは“あたしとは違う理由”で塾に通い始めたお母さん。
しかし、偶然の一致はまたもや重なりだすことに……彼女“も”その塾で知り合った他校の男の子に一目ボレをしてしまったという。 ……血は争えない。
“ボロボロのシンデレラに魔法をかけてくれた王子様”……は、その人、だったの かな?
まるで恋する乙女に戻ったかの様に頬に手を添えながら、ちょっぴり恥ずかしそうにその先の“初めての恋愛体験”を話し出したお母さん。
あたしの様なスゴい体験まではしていなかったが、彼女曰く、“塾の君”と少しずつ深くゆっくりと関わっていくうちにお母さんは気付かない間に、学力だけではなく、女子力までも上げていた……様だ。 これまた信じがたいが、高校時代は“モテ期到来!”という感じだったらしい。
それにしてもお母さんをいじめていた、“彼”にそっくりな男の子はどうなったのだろう……
『娘は本当にわたしによく似ていて――――』
体型も性格も“今”のお母さんとは全く違うお母さんが、よく近所の人と話していた。 ずっと疑問に思っていたけれど、やっと納得できた。
お母さんは松浦くんのお母さんとの交流をさらに深めるためだけではなく、あたしのためを思って塾に入る事を薦めてくれていたんだ――――。
「……じゃ、お父さんは……“塾の君” だったんだね、お母さん……」
問いかけにお母さんはあたしの頭を優しく撫でてこう答えた。
「秘密……よ」

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