たか☆たか★パニック~ひと塾の経験~

作者/ゆかむらさき

107> 日曜日


 “お まえ……?”
 銃のことを友達……いや、彼の目を見るとまるで“恋人”に愛をささやくかのように“おまえ”だなんて言っている。 コレは…… ここまできたら本物の……
 知らなかった。 松浦くんは――――隠れ“銃マニア”だったんだ。
――――確かに思い当たるふしがないとは言えない。 いつだったか……学校で、あたしのクラスの“松浦くんファン”の女の子たちが話していた事を思い出した。
“松浦くんは、カバーを付けた小さな本を、いつも大事そうに持ち歩いていて、コソコソと隠れて読んでいる”のだって。
 彼女たちは“ポケット参考書”とか、“ミニ六法書”だとか言っていたけれど、本当は――――


 “マフィアの本”か……。 マフィア…… 松浦くんのイメージにピッタリだ!!


「おい……、 ちゃんと聞いてんのか おまえ……」
 あたしの顔の前にかざした手のひらを揺らし、ため息をこぼして舌打ちをした松浦くんは、握りしめていたシーツから手を離し、あたしの腕をつかんだ。


「ずっと欲しかったんだよ……  おまえが……」
「 !! 」
 思わず大声をあげて叫びそうになってしまったけれど、今こんな時に、こんな所で悲鳴なんてあげたりなんかしたら、一階にいるお母さんに聞こえてしまう。 お母さんは“このひと”のお母さんとお友達なんだ。
 あたしは口を押さえてつばを飲み込んだ。
 いくらなんでもベッドの上で…… 裸の姿になっている、まだ14歳の自分の娘が…… となりの家に住む親友の息子に手をつかまれている……
――――そんな光景を彼女が見たらどう思うだろうか。
 “何もして(されて)いない”――いくらなんでもそんな言い訳が効くワケがない。
 とにかく今は――――服が着たい。


     ☆     ★     ☆


――――と、その頃、お母さんは……


「そぉ なのよう!  何年ぶりかしらねえ、鷹史くんがうちに遊びに来てくれるなんて!」
 一階のリビングのソファーに、お煎餅を片手に寝転びながら、松浦くんのお母さんとウキウキ・テレフォントーキング。 まさか二階で何が起こっているのかも知らないで――――
「うちの子、学校の事なんて聞いてもこれっぽっちも話してくれないんだから。 ――ああ見えても一応思春期ですものねぇ。
 なんだかんだ言ってあの子たち、今でも結構仲が良かったのね。
 それにしても鷹史くんったら、すっかりハンサムになっちゃって。 うちのなみこは昔から全然変わってないのに。 え? かわいい? やだわぁ、わたしにそっくりだからかしら、ほほほほほ……
 え? 欲しい? やっだ、松浦さんったら、もうっ。
 それはこっちのセリフよう。 鷹史くんみたいないい子にもらってもらえるなら、あの子幸せよ、喜んで差し上げちゃうわ。 うふふっ。」


 玄関の外……道路にまで響きわたる彼女たちのウキウキ・おばちゃんトーク。
――しかも話題の本人(達)の気持ちを全く無視した勝手な“夢物語”は声のボリュームとともにエスカレートしていく。
 この調子ではおそらく二階でどれだけなみこちゃんが絶叫をあげたとしても、残念ながら彼女の耳には留まらないだろう。


「そうそう、松浦さん、 そういえばうちの主人が明日……」
――――どうやら彼女たちの話は、しばらくこのまま続きそうだ。


     ☆     ★     ☆


――――再び、和やかな一階とは正反対なダークな空気に包まれた二階では……


 つかんだあたしの腕を引っぱり寄せ、手のひらを自分のほおにつけて、松浦くんは小さく震えた声で話しだした。
「恥ずかしい……  どうして俺が……」
――――“恥ずかしい”……って…… 恥ずかしいのはあたしのほうだよ……
 松浦くんの“銃マニア”なんて、どうってことないよ……
                                 似合ってるんだし……


「くそっ!  どうして俺が…… “こんなやつ”を“好き”だなんて言わなくちゃ いけないんだ……」


 月を抱いていた厚い雲が解かれて部屋の中が少しづつ明るくなりだした。
 もうすでにこんな事をしたって“手遅れ”状態だって分かっているけれども、あたしは松浦くんのほほにつけた手を引いて離し、緩んだ腕に力を入れて再び丸くなった。
 目の前にある拳銃が月の光を受けてキラキラと光っている。
 なんせ、あの松浦くん……だもん。 あたしのひがみが少し入っちゃうけれど、彼はいくら届かないところにあるものでも、狙ったものは諦めないで……陰で精いっぱい努力をして今まで何でも手に入れてきたのだろう。 そんな彼の“一番欲しかったもの”が、努力の“ど”の字もしないで、のほほんと暮らしているあたしなんかのものになるのが許せないんだ。
――――もう、なにも言わなくても分かる。 悔しさが彼の瞳に表れている。
 あたしはおそるおそる拳銃を手に取って、松浦くんに渡した。


「そんなに欲しいんなら……  あげるよ……」


 あたしには全く価値の分からないこんな銃のために、ここまで執念深く……あたしを裸にして脅してまで渡したくない、という彼の根性に負けた。……っていうか、少し引いた。
 このまま彼が「それなら頂く。 じゃあな」と帰ってくれれば“一件落着”だ。 そうしてくれることを願いながら、あたしは心の中で“帰れコール”をくり返し唱えていた。
 しかし――――彼は、あたしの手をはたいて拳銃を落とした。 あんなにも欲しがっていたはずなのに。
 ゴトッ。
 床に落ちた拳銃の重みのある音とともに、松浦くんはあたしの上にまたがり、ひざをついた。
 突然のわけの分からない彼の行動に驚きすぎて言葉が出ない。
 シングルベッドがミシミシとあたしの代わりに悲鳴をあげている。


「それなら頂く。
             ――――本当に いいんだな……」


 あたしの耳に手を添えてささやいた後、言葉を返さないあたしに痺れをきかせたのか、“はやく答えろ……”と言うように耳を噛んだ。
 “返さない”のではない。 “返せない”のだ。
――――松浦くんが欲しいのは拳銃ではない。
 あたしは自分の勘違いに今ごろになってやっと気付いた。


 松浦くんの欲しかったものは――――