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マーメイドウィッチ
日時: 2016/06/21 11:41
名前: いろはうた (ID: FEOD1KUJ)

世界が止まった。



手が震える。



数拍のちに気付く。









私は大切な人に裏切られたのだと。

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Re: マーメイドウィッチ ( No.330 )
日時: 2017/07/24 23:34
名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)
参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi

「なに、それ……」

「アルハフ族は獣の一族だから、こういうことは

 本能的にわかるってわけ。

 チョルノのやつから聞いてないの?」


カルトが不思議そうに首をかしげる。

その拍子にカルトの長い前髪がさらりと緑の目を隠した。

チノからはそんなことは一言も聞いていない。

首を横に振ると、カルトは心底どうでもよさそうに横を向いた。


「ま、どうだっていいけど。

 じゃ、あんたはさっさと自分の部屋に帰りなよ」


その目は既にヘレナの部屋の入り口に向けられる。

フレヤは大人しく彼に背を向けた。

もうこれ以上しつこく食い下がっても

カルトは不機嫌になる一方だ。

しかし、今聞いたことが頭の中から離れない。

悶々と考えながら足を進めていると

いつのまにか自室の近くまで来てしまっていた。

はっとした。

部屋の前に誰か立っている。

気配に聡い彼はすぐにこちらの存在に気付いた。


「お帰りになられましたか」


カインだった。

騎士らしく背筋を伸ばしている姿はまぶしく映った。

今あ平民の服を着ているが、その立ち振る舞いだけで

彼の育ちの良さがすぐにわかる。


「話し合いはいかがでしたか」


カインの問いに対して、フレヤは無言で首を横に振った。

カインは沈鬱そうに眉根を寄せた後、

意を決したように口を開いた。


「姫様、申し上げたいことがあります」

「だから、私はもう、姫じゃ……」

「いえ、貴女様は、コペンハヴン国第一王位継承者。

 姫様ではなく、もうすぐ陛下とお呼びすることになるでしょう」


カインは昔から頭の固いところがある。

フレヤは諦めて息を吐き出した。


「もう、いいわ。

 話なら、私の部屋の中でしましょう?」


はい、と従順にうなずいたカインは

さっとフレヤをエスコートして部屋まで連れて行ってくれる。

どこまでも騎士らしい男だ。

フレヤは部屋の椅子に座り、カインにも座るように促したが

主の前でそのような真似は、と慇懃に断られてしまった。

もはや半分分かりかけていたことなので、

フレヤはそのままカインを立たせておくことにした。


「それで?

 言いたいことって何かしら?」

「あのシウ第一皇子とは、ここで別れましょう」


フレヤは、目を丸くした。

まさか、そういわれるとは思わなかったのだ。


「どうしてそう思うのかしら?」

「国がフレヤ様を追い詰めたのにもかかわらず、

 心優しいあなた様は国を見捨てなさらない。

 ならば、一刻も早くコペンハヴン国に戻るべきです。

 ステファン王は猶予をやる、などと言ったようですが

 馬鹿正直に待つとは限りません。

 今すぐに攻め込まれてもおかしくないのです。

 奇襲は、戦略の常套手段ですから」


武人らしい意見だった。

そして、どれも的を射た意見ばかりで、フレヤは一瞬黙った。


「……もう少しだけ、時間を頂戴」

「フレヤ様」


カインがわずかに焦れたような声で名前を呼ぶ。

カインがフレヤの名を呼ぶのは、

たしなめるときやいさめる時だけだ。


「……あの人には、恩がある。

 私だけでなくアルハフ族の人たちの命も助けてくれた。

 恩を返さないまま勝手に離れるのは気が引けるの」

「しかし、ことは一刻を争います。

 気が引けるのでありましたら、

 一時的に彼らから離れるだけでも良いのではないでしょうか」


カインは食い下がった。

フレヤは目を細めて考え込んだ。


「……あと、もう一回だけ聞きに行く。

 だめなら、コペンハヴン国に行くわ」

「……かしこまりました」


本当であれば、今すぐにでもコペンハヴンに戻りたいであろう

カインは、フレヤの意思を汲んでくれたようだった。

Re: マーメイドウィッチ ( No.331 )
日時: 2017/07/29 17:36
名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)
参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi

「ならぬ、と言ったのを忘れたのか」


シウの態度は次の日になってもかたくなだった。

フレヤは唇をかみしめて、

どういえば理解してくれるのかと考え込む。


「何を言おうと無駄だ。

 ならぬものはならぬ」


シウの目はいつもよりも冷ややかで戸惑ってしまう。

いつもにもまして、イライラしているような

そんな印象を受けた。

その言葉の通り、何を言おうとも

フレヤがコペンハヴン国に戻るのを認める気はないようだった。

しかし、今までのシウは、条件をつけながらも

フレヤの願いをかなえてくれている。

冷たく見えるが、懐が深く、情も深い人なのだ。

そのシウがここまでかたくなにフレヤの意見を

かたくなに突っぱねるのはどこか不自然にすら思えた。

何か理由があるに違いないが、この調子では

おそらく説得は厳しいだろう。


「そう……」

「長居は無用。

 明日にはここを発つ。

 他の者にも伝えておけ」


さすがに一か所に長居しすぎだとシウも思ったようだった。

それに関しては同意見だが、その行先はシウの国だ。

まだ、そこに行くわけにはいかない。


「そう……」


だから、食い下がるのではなく、

あえて大人しくシウの意思に従うようなそぶりを見せる。

シウは、チノほど人の心の機微には聡くない。

まさかフレヤが既にコペンハヴンに向けての旅の準備を

終えているだなんて気づきもしないはずだ。

フレヤはしおらしく見えるように目を伏せたまま

シウの部屋から退出した。

しかし、宿の出入り口で意外な人物に出会ってしまう。


「よう、おひいさん」


龍族の長、ロンだった。

人ごみの中でもよく目立つ長躯にフレヤは目を細めた。


「おはよう。

 私に何か用かしら?」

「あんたの時間が少しほしい」

「……かまわないわ」


ロンがこうして話しかけてくれるのは珍しい。

というか、初めてのことだ。

少し戸惑いながらも頷くと、ロンも軽く頷いて見せた。


「ここじゃまずいから、移動しようか」


濃い翡翠色の髪をなびかせて、ロンが先導する。

フレヤはその広い背中を小走りで追いかけた。

連れてこられたのは、見晴らしのいい港だった。

サファイアを溶かしたような美しい青い海が広がっている。


「……私に話があるのね?」

「ああ、シウのことだ」


言葉の端に少しだけ重みを感じて

これは大事な話なのだと背筋を正す。

ロンだけはシウに対して砕けた口調で話しているし、

シウ、と呼び捨てにしているのもロンだけだ。

よほど近しい仲なのだろう。


「なにかしら」

「おひいさんがあれだけ言ってもシウのやつが

 コペンハヴンに戻らないのは、おひいさんのことを

 昔の自分に重ねているからだと思う」


意外な言葉にフレヤは少し目を見開いた。

昔のシウ……?

過去に何かあったのだろうか。


「おれらの祖国、ミン国は、吸血鬼の一族が皇帝だ。

 国民はほとんど人間で、吸血鬼以外の異形のやつらは

 ずっと昔から差別され、虐げられてきた。

 それは、吸血鬼とみたいな異形のやつらに

 支配される恐怖と屈辱を他の異形のやつらに

 ぶつけてきたからだと思う。

 吸血鬼のやつらはその状況を何とかしようとしてきたが

 結局何も変えられなかった。

 皇帝として吸血鬼が君臨している限りは

 人間たちはおれたち異形のやつらを受け入れない。

 だから、あいつは、おれたちのために

 第一皇子の身分を捨てて、新しい国を作ろうとしている。

 異形のやつらしかいない国」


ロンは淡々と語っている。

ロンの口から話されているということは、

すべて事実なのだろう。

遠い東の国の異形の者たちの苦しみを思い、

フレヤは少しだけ顔をゆがめた。


「あいつは、陰謀、裏切り、嫉妬でどろろどろしている

 王宮で生まれ育った。

 だから、誰よりも人間に憎まれ、裏切られ、

 命を狙われたやつだ。

 人間をそれでも信じようとしたあいつは

 さらに裏切られ陰謀に巻き込まれ続けた。

 おひいさんには自分と同じような目に

 遭ってほしくないんだろうな」


フレヤは何も言えなかった。

Re: マーメイドウィッチ ( No.332 )
日時: 2017/07/30 23:16
名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)
参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi

宿に帰ってからのフレヤの行動は、速いとは言えなかった。

ロンに言われたことが頭の中で反芻している。

しかし、その逡巡は、メノウの部屋から戻ってきた

チノの顔を見た途端霧散してしまった。

アルハフ族は、まだコペンハヴン国にいる。

それは、兵たちに無理やり王宮に連れ去られる際に

彼らが抵抗し、戦闘となり、負傷者が何人も出たからだ。

傷のせいで動けず、コペンハヴン国から出られない。

民だけではない。

命の恩人であるアルハフ族に報いたい。

唇をかんだ。

まだ民のためだけに、動けるほど心の傷はいえていない。

メノウに操られていたのだとはいえ、

民に矢を向けられた記憶は一生消えないだろう。

理不尽だと思った。

あれだけ民のために尽くしたのに

こんな仕打ちを受けるのかと恨みすらした。

だけど、民のために駆けずり回ったのは

ただの自己満足でしかなかったのだと、

心のどこかでは気づいていた。

自分の努力が、何も変えられなかったのだと

認めたくなかっただけなのだ。

今度こそ、間違いは犯したくない。


「チノ」


フレヤの部屋に入ってきたチノは、

返事をせずに、静かにフレヤを見つめている。

何か重要なことを話されるのだと、

本能的に肌で感じ取ったようだった。


「私は、今夜、コペンハヴンに戻るわ」

「許可が下りたのか」

「いいえ。

 私の独断よ」


それを聞いて、チノはすっと瞳をすがめた。

彼がどう思っているのかは、

その乏しい表情のせいで読み取れない。


「止めても無駄よ」

「別に止めはしない」


その言葉を聞いて、ほっと息をついた。

チノだけは何故か説得しきれる自信がなかったのだ。


「ただ、おれもついていく。

 それだけだ」


反射的に制止の言葉が喉元まで出かかったが、

すんでのところでそれを飲み込んだ。

チノは優しいから、危険な場所に自ら飛び込もうとする

フレヤを止めたいだろう。

それを押さえてフレヤの意思を尊重してくれているのだから

チノを止める権利をフレヤは持っていない。


「……わかったわ。

 私のほかに、カインとメノウを連れていきたいの」


ぐっとチノの眉間にしわが寄った。

わずかにたじろいでしまったが、

それを表に出さないようにつとめる。


「……理由は?」

「カインはコペンハヴンの民よ。

 あそこには彼の家族も友人も残されている。

 ……メノウを連れていくのは、

 別に復讐とかが理由じゃないわ。

 もう一度、アルハフ族の人たちと

 彼女は会って話をする必要がある」

「それならば、カルトは連れて行かなくていいのか」

「カルトにはヘレナを守っていてもらいたい。

 ステファン様が、ヘレナをまた人質として

 利用する可能性がなくもないから。

 ヘレナは連れて行かないし、カルトは残す」


半分自分に言い聞かせるようにしてフレヤはそういった。

ヘレナを危険なところに連れて行きたくないというのが本音だ。

しかし、それを言うつもりはなかった。


「シウが追ってこないか?」

「追いつかれる前に、コペンハヴン国に入国するわ。

 そうすれば、あの人も諦めるでしょう。

 リスクを冒してまで、私を欲しいとは思わないはず」


自分で言いながら少しだけ寂しくなる。

これだけ、フレヤを欲しいと言ってくれた人は

他にはいなかった。

この人魚の歌の力だけでなく、

フレヤ個人の能力を認め欲してくれた人はいなかったのだ。

それに揺れなかったと言えば嘘になる。

だけど、守りたいものができてしまったのだ。


「……シウに、私は昔の彼とは違うことを見せてあげましょう」


フレヤは、そうつぶやくと

珍しく不敵な笑みを浮かべた。

日はまだ高い。

シウたちに夜に宿を訪れられ、

中ががもぬけの殻だった場合、怪しまれてしまう。

行動を起こすには、今が絶好の機会だ。

Re: マーメイドウィッチ ( No.333 )
日時: 2017/07/31 10:23
名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)
参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi

「あの人魚の女……妹は残し、メノウと護衛の者数名を連れて

 姿をくらましているようです。

 おそらく、コペンハヴン国に向かったものかと」


苦々しげな顔で、鴉天狗一族のヤワラは

己の主であるシウに報告した。

しかし、シウは特に表情を変えなかった。


「そうか」

「追わねぇのか?」


ロンが腕を組んだ状態で、ちらりとシウの顔を見やる。

それに畳みかけるように、リンがグッと身を乗り出した。


「そうです!!

 シウ様のご好意を蹴ったあげく、

 あまつさえ約束を反故にするとか万死に値します!!」


語気荒く化け猫の娘、リンが言い募ったが、

シウは特に反応を示さなかった。

まるで最初からフレヤが逃亡することを

知っていたかのような反応だった。


「約束どうこうはともかく、

 今コペンハヴン国に行っても、

 あの人間どもが、おひいさんの言うことをきいて

 仲良く団結するとは思えねぇ。

 仮に団結できたとしても、敵は人間じゃねぇ。

 あのダークエルフどもだ。

 ……おひいさん、今度こそ、死ぬぞ」


ロンが金色の目を細めて言ったが、

それでもシウは大した反応を見せなかった。

頬杖をついたままつまらなそうに虚空を見つめている。

どこか不自然なほどシウは落ち着いていた。


「我は追う気はない。

 あれだけ行くなと言ったのに、行ったのだ。

 死ぬ覚悟くらいはできているのであろうよ」

「あんな女野垂れ死んでしまえばいいんですよ!!」


ふんっ、とそっぽを向くリンとは対照的に、

ヤワラはまだ苦々しげな顔を崩さない。


「良いのですかシウ様。

 あれだけお望みになった娘だというのに追わぬというのは」

「くどいぞ。

 我は追わぬと言っている。

 今日にでもここを発ち、国に戻るぞ」

「……かしこまりました」


ヤワラは、頷いてみせたものの、

怪訝そうな顔を崩さない。

面倒ごとは好まないシウが、わざわざ西の果ての国にまで来て

一月以上もかけ求めた娘をあっさりと諦めたのが

不思議でならないのだ。

ロンは黙って、表情を動かさないシウの横顔を

じっと眺めていた。

Re: マーメイドウィッチ ( No.334 )
日時: 2017/08/06 11:43
名前: いろはうた (ID: d2uBWjG.)
参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi

フレヤたち一行は、定期的に休憩をはさみながら、

コペンハヴン国への道を進んでいた。

もうすぐ国境近くというあたりで、日も暮れてきたので

野宿という形になった。

闇に染まりつつある来た道を黙って見つめる。

シウは追ってこなかった。

追手の気配もない。

やはり、勝手に意に背いた娘のことなど

もうどうでもいいのだろう。

少しだけ寂しいような濡れた感情が胸に広がったが、

目を閉じてそれをやり過ごす。

そんなことよりも考えねばならぬことはたくさんある。

兵を集めねばいけないし、

戦えぬ女子供は避難させなければならない。

しかし、どこに避難させる?

武器の調達は?

兵たちの食料はどうすればいいのか。

兵達の指揮は誰がとるのか。

そもそも、王殺しの元王女の言うことなど信じるだろうか。

考えれば考えるほど思考は深く闇に沈んでいく。

いくら考えても、いい考えは思いつかなかった。


「見捨てられた吸血鬼のことでも考えているのですか」


チノとカインが薪を拾いに行っている間に、

メノウが嘲るような調子で言った。

メノウから話しかけてくるのは珍しかったので

少し驚いてしまう。

しかし、はたから見れば

無表情で睨みつけているようにしか見えないらしく、

メノウは顔を歪め、何か言ったらどうですか、と不機嫌そうだ。


「別にシウのことを考えていたわけではないわ。

 どういう風に民に話そうかと考えていたの」

「白々しい。

 どうせ私のことを使えば民を思い通りにできると

 連れてきたくせに」


メノウのことを利用することなど、てんで頭になかった。

ぽかんとしていても、見た目は無表情なため

メノウをさらに苛立たせてしまったらしい。


「王族など利用することしか考えぬ

 無能な者どもの集まりにすぎない」

「私は貴女を利用しようなどとは考えていないわ。

 貴女の声の力を利用するなら、

 私の歌の力でも十分に民を動かせる」


メノウは急に黙り込んだ。

どうやらフレヤの言葉に反論するための言葉を

なかなか見つけられないようだった。


「私は、この歌の力を使わないで、民を動かしたい。

 彼らを説得したい」

「またお得意のきれいごとですか。

 王殺しの王女殿下のお言葉など誰も耳を傾けない」


あらためて他人からそう言われると、

言葉が、事実が、胸にぐうっと重く沈んだ。

それっきり二人は話すことなく黙り込んでしまった。


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