コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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マーメイドウィッチ
日時: 2016/06/21 11:41
名前: いろはうた (ID: FEOD1KUJ)

世界が止まった。



手が震える。



数拍のちに気付く。









私は大切な人に裏切られたのだと。

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Re: マーメイドウィッチ ( No.350 )
日時: 2017/09/13 23:16
名前: いろはうた (ID: d2uBWjG.)
参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi

フレヤは、氷河よりも冷たいまなざしで軍議の間を睥睨した。

自分の視線に人を委縮させる力があると気づいてからは

意図的に自分の視線から感情を消すように心がけている。

そうすることで、ただの小娘だとなめられぬようにするためだ。

自分の考え方がどこか打算的で冷徹になっているのを感じながら

フレヤはゆっくりとその場に座っている人物に視線を向けた。

右大臣のエンヤ、左大臣のダルク、王国騎士団団長のハイヴ、

副団長のミネルバ、第一部隊隊長カインなど、

その他騎士団の各部隊長が顔を揃えている。

隣国との戦争に備えての軍議だから

当然と言えば当然の顔ぶれだ。

初めて入る軍議の間は重々しい空気に満ちていた。

長いテーブルの一番中央の席に着くと、

全員の視線がフレヤに集中した。

正確にはその背後に全員が視線を向けていた。

影の様にフレヤに寄り添うアルハフ族の長、チノにだ。


「陛下、恐れながら申し上げます」


フレヤの氷の視線を真正面から受け止めた右大臣、エンヤは

何事もなかったかのように言葉をつづけた。

一番に話し出したのはさすが大臣というところか。

もうフレヤは、陛下と呼ばれることに抵抗を示さなくなった。

今の民には王という民衆をまとめ上げる役割が必要だ。

自分が女王と一時的に呼ばれることで

民に安心感を与えられるのなら、と自分の心は殺した。

なにより、この身分は、

私利私欲のためにしか動かない大臣たちの上に立つことができる。

この戦争は大臣たちのせいで不利な立場に陥り

民を危険にさらすわけにはいかないからだ。


「何かしら」

「隣国との戦争にいたしましては、

 ヘレナ様のお言葉もあり理解いたしました」


やたらと丁寧な言い方と内容が鼻につく。

フレヤは表情を動かさないように努めたが、

その嫌な言い方に顔をしかめそうになった。

まるでフレヤの言葉は信じられなかったが、

ヘレナの言葉があったから信じてやった、とでも

言いたげな言い回しだ。

昨日はあれほどフレヤの言葉を信じなかったというのに

手のひらを返したような態度だ。

それは、戦後働きに応じての大きな恩賞を得られると

見越した利己的な動機からのものだと分からないほど

フレヤも馬鹿ではない。

油断なくエンヤを見つめ、その言葉を待つ。


「しかしながら、誇り高き祖国を守るのは

 我が国の民のみでは足らぬとの考えでいらっしゃいますか」


遠回しにアルハフ賊からの援軍のことを言っているのだと

フレヤは瞬時に理解した。

これはある程度予想通りの言葉だ。

実際、騎士団の部隊長の一部は言葉には出さないものの

エンヤの言葉に同意する者がいると顔を見ればわかる。

どれだけ性根の曲がっている人間であろうと

エンヤは右大臣だ。

この国の要たる人間達のうちの一人だ。

その言動の影響力は大きい。

エンヤはお互いの利益のためだけに

手を結ぶことになったとしても、味方にして損はない人間だ。


「なるほど。

 昨日、私が言ったことを信じてくれたようで何よりだわ」

「陛下のお言葉を信じぬ者がどこにおりましょうか」


よく言う。

フレヤは眉を一瞬ひそめたが、瞬時に無表情に戻った。


「では、相手がダークエルフの末裔だといたのは

 覚えているかしら」

「はい。

 にわかには信じがたいお話ですが」

「私も彼らと同じ人間以外の血を引く者。

 では聞くけれど、私の歌に抗えるものはここにいるかしら」


軍議の間が水を打ったかのように静まり返った。

コペンハヴン国の民ならば誰もが知っている王族の特別な力、歌。

この国の象徴であり、宝であり、畏怖と尊敬の対象でもある。

ありとあらゆる人間に絶対的支配力を及ぼす特異な力。

それにかなう者など、この国の民にはいないのは周知の事実だった。

Re: マーメイドウィッチ ( No.351 )
日時: 2017/09/16 00:25
名前: いろはうた (ID: d2uBWjG.)
参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi

「しかし……異民族を我らが騎士団と同等に扱うということには

 承服しかねますな」


左大臣のダルクが脂ぎった顔をハンカチで拭きながら言った。

不敬とも取れるその態度に、

カインが顔をしかめたのが見えた。

しかし、ここで怒りを見せなどしたら

何もかもが上手くいかなることはよくわかっている。


「異民族を拒むこの悪習を私の代で断ち切りたいの」

「先代の王を侮辱なさりますか」

「いいえ。

 ただ、この国を守り、良いものにしたいだけよ」


怒るでも悲しむでもなく、ただ淡々と言うと

ダルクは黙ってしまった。

フレヤの視線に恐れを抱いたのか

ただ単に言葉が見つからないのかはわからない。

フレヤはダルクから視線を外し、広間全体を見渡した。


「アルハフ族は、ルー・ガ・ルー、人狼の末裔よ。

 その身体能力は、人間よりもはるかに高い。

 その彼らが、今までのことは一度脇に置いて、

 私たちに協力すると言ってくれている。

 その彼らの厚意を蹴るというのなら、

 それこそ私たちは獣にも劣る存在になるわ」


フレヤの歯に衣着せぬ物言いに、

一同はわずかにざわついた。

それもそうだろう。

数か月前まで大人しく王女としての務めを果たすだけだった小娘が

今ではこれほど偉そうなことをずけずけと言ってのけるのだ。


「アルハフ族を我が騎士団の戦力の一部として加えること、

 承知いたしました」


これまで目を細めて成り行きを見守るだけだったハイヴが

初めて言葉を発した。

しかも、アルハフ族の加入を認める発言だった。


「ハイヴ殿!!」

「我ら騎士団が束になってかかっても、

 フレヤ陛下お一人にすらかなわないのは事実。

 魔法のような特殊な力の前では

 いかなる剣士も赤子よりも無力。

 ならば、我らよりも強い力を守るために求めるのは

 なにもおかしいことではない。

 フレヤ陛下のご意見は、道理にかなっていると考えますが。

 それとも、隣国に対抗しうる、

 より有力な戦略でもお持ちでいらっしゃいますかな」

「我が国の剣であり盾である騎士団を

 自ら辱めるとは……!!」


ダルクの顔が熟れたトマトの様に赤黒く染まった。

おそらく、今のハイヴの言葉でアルハフ族の援助に

反対する者がほとんどいなくなったと感じたのだろう。

ダルクは向けるだけで人を殺せてしまいそうな視線を

ハイヴに向けている。

しかし、ハイヴはそれを歯牙にもかけないで

その場から立ち上がると承服の証として

フレヤに向かって一礼すらして見せた。


「では、今一度言うわ。

 アルハフ族が我が国に援助の申し出をしてくれている。

 これを受けるべきでないと思う者はここにいるかしら」


騎士団の頭が承認したのを見たため、

他の騎士団の部隊長も反論の言葉を唱えることはない。

部隊長の中には、いまだに不服そうに

チノの顔を睨みつけている者もいるが

今はとりあえずは良しとしておくことにした。

静まり返る軍議の間。

この状況で異を唱える者は誰もいなかった。

Re: マーメイドウィッチ ( No.352 )
日時: 2017/09/16 22:03
名前: いろはうた (ID: d2uBWjG.)
参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi

その後は、物資の供給や国民の避難について話し合った。

それに関しては、議論は滞りなく進んだ。

今まで虐げてきた者達に窮地を救われるのは

プライドに傷をつけることになっていただけで

国を守りたいのは誰もが同じ。

その内に秘めたる思惑は今は見えないふりをする。

全ての議論を終えて、軍議の間を出ると

フレヤ付きのメイドが扉から少し離れたところで控えていた。

フレヤが軍議の部屋から出てくるのを見ると、

すぐに近づいてきた。


「フレヤ陛下、アルハフ族ご一行が到着いたしました。

 いかがいたしますか?」

「もちろん通してちょうだい。

 そうね、南の広間がいいと思う」

「南の広間にございますか?

 か、かしこまりました」


南の広間は、この城で最も広く、

よく日が当たる特別な広間だ。

そこに通すのは一等大切な客人のみ。

メイドが驚いた表情を見せたのもわかる。

フレヤはメイドが一礼し早足で去っていくのを見送ると

自室に向かって歩き出した。


「……私が言ったのではないけれど、ごめんなさい。

 大臣たちの態度は助けてもらう側の者として

 ふさわしいものではなかったわ」

「おまえが気にすることはない」


背後のチノの声は静かで優しく心を包み込んでくれるようだった。

張り詰めていた心が柔らかくほぐれていくのを感じる。

自室に入り、扉を閉めた途端、ふわりと

チノが背後から抱きしめてくれた。

鼓動が早くなり、頬が熱を帯びて熱くなる。

その腕にそっと触れて瞳を伏せる。

チノの存在が自分の中で大きくなっていて

もはやかけがのないものとなっている。

ずるずると落ちていく感覚。

どろりとした甘美なぬくもりと、ひやりとした焦燥が

胸を満たしていく。

チノという存在に向かって落ちるのは、

身体が破裂してしまいそうなほどうれしくてどきどきすると同時に

ひどくおそろしく、恐怖を感じざるを得ない。

この感情は、強さになると同時に弱さともなる。

自分が自分でなくなっていくようなそんな気持ちになる。

それが、きっとたまらなく恐ろしいのだ。

不意に小さく扉が叩かれた。


「フレヤ陛下、昼食をお持ちいたしました」


フレヤははじかれたように、チノの腕から抜け出して

部屋の扉を開けに行った。

外には数名のメイドが昼食を載せたワゴンとともに控えていた。

主であるフレヤが自ら扉を開けたことに驚き、

慌てて部屋の中のソファに座っているように促される。

そうだった。

城で暮らしていた頃は、身の回りのことは

メイド達がやってくれていたのだ。

この数か月は身の回りのことは自分でやらなければならなかった。

だから、今までは当たり前だった日常が

妙に新鮮味を帯びているように感じられる。

昼食は白パンにかぼちゃのスープだった。


「女王の食事にしてはずいぶんと質素だな?」


メイド達が下がった後に、チノがボソリと口を開いた。

どうやら、フレヤがすぐに腕の中から抜け出たことに

少し拗ねているらしい。


「私が、頼んだの。

 できるだけ質素な生活ができるようにって」

「また、民のため、か?」

「ええ、そうよ。

 ささやかだけど、できることは何でもやりたいの」

「おまえを裏切ったやつらだ」


静かだけど暗いものが混じる声にフレヤははっとした。


「おれは国のために奔走するおまえを隣で見てきた。

 だが、やつらはそれを当たり前のものと受け止め

 あまつさえ刃を向けた」

「あなたと同じことよ、チノ」


フレヤはチノに向き直った。

まっすぐに緑の瞳を見つめる。


「あなたは、あなたたちはこの国の民に虐げられてきた。

 それでも手を貸してくれるのは、

 変わろうとしているこの国の人々を信じたいと

 思っているからではないの?

 もう一度だけ信じてみようって。

 私も同じこと。

 もう一度だけ信じてみたい」

「本当にどこまでも女王向きの娘だな」


チノがため息とともに呟いた。

チノは優しいから、どんな時でも

不器用に心配してくれる。

望めばきっと、攫って王宮から連れ出してすらくれるだろう。

それがひどく嬉しくて、心苦しい。

決してかなわないことだと分かっているから。


「さっさと食べたらどうだ。

 スープが冷めてしまう」

「そうね。

 食べたらすぐにアルハフ族のみんなに会いに行くわ」

Re: マーメイドウィッチ ( No.353 )
日時: 2017/09/17 23:00
名前: いろはうた (ID: d2uBWjG.)
参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi

南の応接間の扉をメイドに開けてもらうと

まぶしいほどの日光に目を射られ、目を細める。

部屋の中にいた者達は、既にこちらを見つめていた。

久方ぶりに見るアルハフ族の者達だった。

そういえば、王宮の地下牢から救出した時以来

顔を合わせていないのだった。

特に別れの挨拶もしないまま出て行ってしまったのだ。

若干気まずい思いをしながら、一人一人の顔を確認する。

見たところ、老人や子供たちは来ていないようだ。

きっと安全なところで待機させているに違いない。

アルハフ族の屈強な戦士の中には、

女性の戦士もいて、ルザの姿も見えた。


「どれだけ人を待たせたら気が済む女王陛下なのでしょうか」


刺々しいけれど、凛とした美しい声に

フレヤは視線を向けた。

アルハフ族の民族衣装を身に着けたメノウだった。

いつもの神官のような真っ白な衣を着ていないので

やけに新鮮に映る。

しかし、幾何学模様が入った緑色の民族衣装のほうが

メノウにはよく似合っているように思える。

あの民族衣装を着ていること言うことは

チノが言っていた通り多少なりとも

一族と歩み寄れたのだろう。


「ごめんなさい。

 軍議が少し長引いてしまったの」

「……私の首でも差し出せば、

 さっさと終わらせられるものでしょうに」


そっぽを向いて言うメノウに目を見張る。

メノウは、アルハフ族関係で軍議が長引いたことに気付いている。

おそらく、メノウだけではなくて、

ここにいるアルハフ族全てが気づいているのだろう。


「違う。

 私は誰かの犠牲など望んでいない」

「またお得意の綺麗ごと。

 だから、貴女は面倒ごとに巻き込まれる」

「面倒ごとじゃないわ。

 この国が変わるために、必要な時間だった」

「その辺にしてやりな」


フレヤとメノウの間に入ってきたのはルザだった。

その意外な行動にフレヤは目を見張る。

ルザが止めに入ってくるとは思わなかったのだ。


「悪いね。

 メノウは私の従姉妹なんだ。

 こんなこと言ってるけど、

 さっきまであんたのこと心配してたんだ」

「ルザ!!」


言われてみれば、このつんけんした強気な物言いや

凛とした声が似ている。

そうなの、と一言返すと、

顔をうっすら赤くしたメノウがこちらを勢いよく見た。

口を開きかけたメノウを遮るようにして

今度はカルトが割って入ってきた。


「あーはいはい。

 落ち着けよメノウ」

「邪魔をしないでくださいカルト!!

 私は落ち着いて、もがっ」

「あんたはちょっと後ろに下がってな」


ルザの手に口を覆われたメノウは、

引きずられるようにして連れていかれた。

それを横目で見ながらカルトに向き直る。

彼には言っておきたいことがある。


「カルト、あなた、ヘレナを連れてきたのよね?」

「え?

 ああー。

 ごめんな?

 ヘレナの頼みだったから断れなくて」


全く悪びれない態度のカルトにもはや怒りすら覚えない。

フレヤは一つ息を吐いた。


「感謝するわ」

「はい?」

「あなたがヘレナを連れてきてくれなかったら

 私はあのこと向き合おうとしなかった。

 あなこを守るべき存在だと決めつけて

 突き放すことになっていたと思う」

「ふうん?」


カルトは相変わらず飄々とした笑みを浮かべて

こちらを見つめているだけだ。

フレヤはカルトから、アルハフ族の戦士たち全員に向き直った。


「今日は、来てくれて本当にありがとう。

 この国全ての国民を代表して礼を言います」

「我々は、長の決定に従い、

 一族の恩人への借りを返すだけだ」


アルハフ族の中でも年長の者が静かにそう言い

他の者達も同意して頷いている。

静かな物言いはどこかチノに似ている。

けれどその端的な言葉にはどれだけのことを譲歩してくれたのか

言わずとも感じられた。

アルハフ族という戦闘向きの一族とは言えど、

ダークエルフという未知の種族との戦いに

身を投じることになるのだ。

それ相応の覚悟を持って、

彼らはこの場所に来ているはずだ。

それを、決して忘れてはならない。


「あなたたちには、今日から城に滞在してもらって

 騎士団とともに行動を共にしてもらう。

 ……きっと、反発する人もいるから

 嫌な思いを沢山させてしまうと思う」

「そんなやつら、一発殴ればいいだけの話じゃん。

 あんたがそんな辛気臭い顔する必要はないよ」


あっけらかんと言うカルトにぽかんとした

間抜けな顔をさらしてしまった。

変な顔ー、不細工ーなどと、言って笑っているカルトに

声を上げる気にすらならない。

そんなに、楽観的でいいのかと

掴みかかりたくなったくらいだ。


「武を志す者には、なにより力がものをいう。

 おまえがそう案ずることはない」


背後からチノが重ねるようにして静かに言った。

そう言われてみれば、チノがフレヤ付きの護衛になった時も

騎士団の者達は、チノの実力を見て何も言わなくなったのだった。

一抹の不安を消しきれないまま、

フレヤは頷くしかなかった。

Re: マーメイドウィッチ ( No.354 )
日時: 2017/09/18 18:06
名前: いろはうた (ID: osGavr9A)
参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi

翌日の朝、コペンハヴン国の国民すべてに避難勧告が出された。

オスロ国から最も遠い北西の地域に、

避難民を迎え入れるための簡易滞在所として

王宮の別荘を開くことになった。

あそこは夏になると涼しく穏やかな気候で

フレヤが幼いころはよく訪れたものだった。

まさか、思い出の別荘がこんな形で役に立つとは思わなかったが

非常に大きな別荘地帯なので、

ある程度の国民は迎え入れられるはずだ。

幸い、今は秋なのでそこまで気候も厳しくない。

もしもの際には、北国に逃げ延びることもできる。

騎士団の一小隊を避難誘導と護衛を兼ねて

既に派遣している。

食料や物資は、王宮の貯蓄庫にあるものの半分以上を持たせた。

これも昨日の軍議で決めたことだった。

これで、少なくとも一月は持たせられるはずだ。


「陛下」


騎士団の軍事演習をバルコニーから眺めていると

背後から突然声をかけられた。

カインだった。

騎士服に身を包んでいる彼は、

きびきびとした動作でこちらに近づいてくる。


「こちらにおられたのですね」

「軍事演習を見ていたの」


そう言うと、フレヤは再び視線を前に戻した。

カインの顔を見られない。

どうしても二日前の夜を思い出してしまう。

あんなに感情を必死に押し殺しているカインを見たのが初めてで

どう対応したらいいのかわからないまま今日になってしまった。

カインは第一部隊隊長だ。

それほど重要な役職を持っている彼が

軍事演習を抜け出すほどの用事があるのだろう。


「部隊長が軍事演習を抜け出すなんていいのかしら」

「あの男が四六時中陛下に張り付いているので、

 軍事演習中の今しかないと思い、馳せ参じました」


あの男とはチノのことのようだ。

カインはチノのことを嫌っている。

こちらとしては仲良くしてほしいのだが、

そうもいかないらしい。


「それで?」

「今からでも遅くありません。

 アルハフ族を兵力として加入することをおやめくださいませ」

「でも、もう軍議では通ったわ」


二度目の申し出。

それだけ、カインが必死であるということだ。

昨日の軍議で何も言えなかったのは

上司であるハイヴが隣にいたからだ。


「それは表向きのことにすぎません。

 騎士団のほとんどの者は、アルハフ族のことを

 よく思ってはおりません。

 あの類まれなる身体能力は得難いものです。

 ですが、同時に騎士たちの誇りを傷つけております。

 我々のことは、役立たずだと陛下がお考えなのかと

 不満を募らせている者も少なくありません」

「そんな」

「事実、騎士団の風紀は乱れつつあります」


フレヤの視線の先にある軍事演習。

滞りなく進んでいるように見えるが

よく見れば、騎士団もアルハフ族も表情は

荒々しいものだ。

それは、軍事演習で気が高ぶっているからではないのは

ここからでもわかった。

昨日ぬぐい切れなかった不安が

今こうして形を成している。


「カインの言いたいことと気持ちはわかったわ。

 でも、もう少し様子を見ましょう」

「フレヤ様。

 これは時間が解決してくれる問題などではありません」


ひと際風が強く吹いた。

風の中に冷たさを感じた。

秋が深まっている証拠だ。


「違うわ、カイン。

 時間は解決してくれない。

 だけど、これは彼らが自分自身で解決する問題なのよ」


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