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マーメイドウィッチ
日時: 2016/06/21 11:41
名前: いろはうた (ID: FEOD1KUJ)

世界が止まった。



手が震える。



数拍のちに気付く。









私は大切な人に裏切られたのだと。

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Re: マーメイドウィッチ ( No.250 )
日時: 2017/03/27 16:30
名前: いろはうた (ID: VujPqVFA)

フレヤはが目覚めたころには、日は既に高く上っていた。

あわてて跳び起きて、身支度を整える。

テントを転がるようにして飛び出すと、ぼすっと誰かにぶつかった。

倒れこみそうになるのをたくましい腕が素早く支えてくれた。

黒衣の民族衣装の端が目に映る。


「どうした」


落ち着いた声に心臓が強く脈打った。

チノだ。

声がひどく近い。

フレヤは彼の腕の中で固まった。

徐々に耳のあたりが熱くなってきたが、

何故だかピクリとも体を動かせない。


「……フレヤ?」


少しいぶかしげな調子の声にはっと我に返って、

慌てて彼の胸のあたりを押して距離を取ろうとする。

視線を上げたら、間近に緑の瞳があってまた固まってしまった。

意味もなく口を開閉するが、

ぁ、とか、ぅ、とか小さな意味もない声が出るだけで何も言えない。

チノは、いつもの漆黒の騎士服ではなく、

黒いアルハフ族の民族衣装を身に着けていた。

それがチノにとても似合っていて、

なんだか一気に彼との距離が開いてしまった気がした。

そうだった。

忘れかけていたが、もうすぐチノとはお別れだ。

フレヤは瞳を伏せて、チノから離れた。


「私、ここの長にもう二日間だけ滞在させてもらうことを

 言いに行かないと」

「長ならおれだ」


言われたことが咄嗟にわからなくて、フレヤは瞬きを繰り返した。

陽光がまぶしいのかチノはわずかに目を細めた。


「二日で出ていくというのはどういうことだ」

「もともと、アルハフ族の所に身を寄せるつもりはなかったわ。

 できるだけ早くここを出ていくつもりよ」

「おまえが一人で外の世界で生きていけるわけがない。

 ここにいればいい。

 一族すべてをもってお前を守る」


長の権利を濫用しているように思えるのは気のせいだろうか。

それよりも、一番最初に決めつけるように言われたことには

少し頭にきた。

まだやってもいないのに何がわかるというのだ。


「まぁ、確かにねー

 ありえないほどの不器用だったし。

 だって、木の実の殻と一緒に自分の指も切り落としそうになってたしな」


チノの背後から当たり前のように歩いてくるカルトの存在にも腹が立つ。

一応一晩中兵たちの傍にいて、彼らを見張っていたという点では

感謝しなければならないが。

切れ長の涼しげな眼の下には、うっすらとクマが見えた。

Re: マーメイドウィッチ ( No.251 )
日時: 2017/03/28 22:49
名前: いろはうた (ID: VujPqVFA)

「兵を見張っていてくれたのね。

 ごめんなさい迷惑かけて。

 体は大丈夫?」

「あ?

 あーうん。

 今、別のやつに代わってもらったところ。

 ちょっと寝てくる」


カルトは変なものを見たかのように、フレヤを一瞥した後

すたすたと歩き去ってしまった。

礼を言われたことに対して驚いたのだろう。


「見張りは俺たちにとってただの役職だ。

 礼を言われ慣れていないだけだから気にするな」


まるでフレヤの考えを読んだかのようにチノがそう言った。

そういうものなのだろうかとフレヤは首を傾げた。

その役職を休んでいるということは、

フレヤに対しての見張りはなくなったのか

はたまたチノが見張り役となったのかはわからない。


「それよりも先ほどの話の続きだ」

「えっと……そうね。

 とにかく、私は兵たちにわかってもらえたらすぐにでも……」

「もともとやつらはおれがお前をそそのかして

 王を殺させたという筋書きにしている。

 どちらにしろ、アルハフ族が狙われるのはわかっている。」


ぐっと言葉に詰まった。

正論だった。

もうすでに、彼らを巻き込んでいる。


「それんら私が囮となって、ひきつけて、

 その間にアルハフ族のみんなには隣国へ移ってもらうのはどうかしら」

「関所なら奴らの命令ですでに閉ざされているはずだ。

 特に異民族の出入りに厳しくなっているだろう」


唇をかみしめた。

まるで自分が追い立てられたウサギになってしまったような錯覚を覚える。

逃げ場がどこにもない。

狩られるのを待っているだけの弱い存在。

ぐいっと手を引かれてはっとする。

いらだったようなチノの表情が間近にあった。


「どうしてわからない」

「な、なにが?」

「傍にいろと言っている」


フレヤは思わず

拗ねているようなチノの顔を真正面から間近で見つめてしまった。

目はそらされていた。

嘘を、言われているのだろうか。

いつもはあんなにまっすぐに人の目を見つめる人なのに。

フレヤを慰めるために思ってもいないことを口にしている?

なんだか、目の前が真っ暗になっていくような気がした。

どうしてこんなに悲しいと思っているのだろう。


「私は……」


そんな言葉が欲しいんじゃない。

そう言いかけてはっとする。

じゃあ、何と言ってほしかったのか。

こんなうその言葉が欲しいわけではなかった。


「ずっとここにいればいい」


毒のような言葉だった。

甘い毒の様に体に、脳髄にじわじわとしみこんでいく。

その言葉にすがってしまいとさえ思った。

その甘えを意思の力でねじ伏せる。


「だめよ」

「フレヤ」


チノの声はいらだっていて、そして悲しそうだった。

思い通りにならないフレヤに戸惑っているようにも思える。

フレヤは目を伏せた。

チノの手から手を引き抜く。

こんな会話がしたかったのではなかった。

チノにこんな噓をつかせて、こんな顔をさせたかったわけではなかった。


「ちゃんと、ここの前の長の方に話をさせて」

「既におれが話をつけている」

「私からしないと礼儀に反するでしょう」

「おれには、気を張らなくていい」


突然話題が変わって、フレヤは眉をひそめた。

今は、そういうことを話しているのではない。

そういう些細なことすらチリっと気に障った。

また手を掴まれた。

フレヤは顔をゆがめて、手を振り払おうとした。

今、ここで折れたらだめだ。

ここはチノの場所。

最後の最後までお守りをしてもらうつもりはない。

そこまで落ちぶれたつもりはなかった。

だけど、あらがえないほど強い力で抱き寄せられた。

目を見開く。


「はなし……っ!!」

「おれは、おまえの敵じゃない」


スパイスの匂いが鼻をかすめた。

知らない匂い。

思わず、チノの体を突飛ばそうともがく。

しかし、その中に、いつものチノの乾草の乾いた匂いがした。

アルハフ族の集落という異空間にいて

知らないうちに張っていた気が一瞬緩むのが分かった。

熱いものがじわりと目じりににじんだ。

わけがわからなかった。

自分でも自分のことがわからない。


「私が、何をしたというの!!」


熱いものがのどからほとばしった。

この数日、いや、メノウに脅されたあの日から

ずっと我慢していた怨嗟の声だった。

呪いの様にずっと胸に巣くっていた存在が、爆発した。

ただ、感情のままにめちゃくちゃに暴れた。

王女だとか、立場だとか、そんなものは全部意識の外に飛んで行った。

だが、どんなにもがいてもチノから離れられなかった。

しずくが目から零れ落ちた。


「どうして私ばかりがこんな目に合わなきゃいけないの!!

 こんな力、こんな見た目、こんな身分、

 欲しくて生まれてきたわけじゃない!!」


どうしても離れてくれない硬い胸に向かって

力任せにこぶしを振り下ろす。

何度も何度も、自分のこぶしが痛んでもたたきつけた。

チノは何も言わない。

離れてもくれない。

嫌がるそぶりすら見せない。

それが怒りをさらに助長する。


「放してよ!!

 どうせあなたもどっかにいくわ!!

 みんな私を嫌う!!

 みんな私を捨てる!!

 私が何をしたの!!

 ただ、人間として生きていたそれの何が悪いのよ!!」


髪を振り乱して叫ぶ。

王女としての尊厳はもうどこにもなかった。

自分の中の固い何かが完全に折れたのがわかった。

涙がとめどなくあふれて前が見えなくなる。

全部失った。

日常も、恋人も、家族も、すべて奪われた。

理不尽な略奪だった。

何もかもを失って、それでもあさましく生きながらえている。

チリチリとした怒りと悲しみと悔しさで視界が真っ赤に染まった。


「私は……民を……みんなを守ろうと……!!」


それが、今では王殺しの濡れ衣を着せられ、王宮を追われる有様。

つかまれば間違えなく与えられるのは死。

この濡れ衣を、誰も疑わない。

民は皆おまえが殺したのだろうと決めつけ、

差し伸べた救いの手をはねのけてくる。

ずるりとこぶしから力が抜けた。

なら、この手をどこにやればいい。

この気持ちは。

民のために走り回った日々は何だったのか。

少しでも民の心を知ろうと国中を馬で駆けまわった日々は何だったのか。

何故、殺されるような目に遭わなければならない。

何故。

どうして。

悔しい。

苦しい。

嗚咽が漏れた。


「おれが知っている」


穏やかな声が不意に落ちた。

耳に心地よい低い声。

今はもう聞きなれてしまって、離れがたい声。


「おれが、おまえが民を思い、国を駆けずり回ったことを知っている。

 他の誰がお前を何と言おうと、おまえは立派な王女だった。

 この国の誰よりも民を思っていた。

 王族であることの責任を最後まで果たそうと奔走していた。

 一度だって民を救うことを諦めていなかった。

 おれはおまえほど気高き娘を知らない」


お世辞でもなんでもなくて、本心からの飾り気のない言葉だった。

瞳から新しい涙がこぼれた。

苦しかった。

守りたかった。

悔しかった。

救いたかった。

でも、何もできなかった。

やれることは全てやりつくしたけれど、それでも足りなかった。

あまりにも自分はちっぽけで無力な存在だった。

闇に閉じ込められた矢先に差し込んだ一筋の光のような言葉。

まぶしくて、尊くて、目を細めて

それでも求めて、見つめずにはいられない。

見てくれる人がいる。

認めてくれる人がいる。

それで、十分だ。


「少し落ち着いたか」


いつもと変わらない静かな声に、フレヤは黙ってこくりとうなずいた。

まだ指先は興奮でぶるぶる震えているし、

足腰もがくがくする。

こんなに泣き叫んだことなんてなかったから

のどもひどく痛んだ。

だけど、ひどくすっきりしている自分がいた。

大きな手のひらがなだめるように頭を撫でてくれるのがわかる。


「傍にいなくてすまなかった」


瞬きをしたら、最後の涙がばしゃりと落ちた。

小さく首を振った。

ぎゅっと軽く頭を押さえつけられて、

チノの胸板に顔を押し付けることになる。

温かい。

どくどくと心臓の音が聞こえた。

命の音。

大丈夫だ。

まだやれる。

この人がいる限り、私はまだ進める。

まだ、折れたりなんかしない。

最後まで、あがいてみせる。

Re: マーメイドウィッチ ( No.252 )
日時: 2017/03/29 19:59
名前: いろはうた (ID: VujPqVFA)

結局、フレヤはアルハフ族の前の長に会うことを許され、

さらに滞在の延長も許された。

フレヤの横顔には、前のような淀みはもうなかった。

面会の帰りに、ふと、人影が目の端に映った。

昨日の兵たちだ。

フレヤはその方向に向かって、歩き出した。

その背後からチノが歩いてくる。

数か月間に、王国を歩き回ったことを思い出す。

あの時もこうして歩いていた。

民のために、自らの足で。

いつもは一人だったのに、その後ろを影のように静かに

だけどしっかりと支えついてきてくれる存在ができた。

足が止まった。

兵たちもこちらに気付いたのだ。


「王女殿下……」


彼らの視線がチノのほうへ向かった後、再び戻る。

やはり、彼らはアルハフ族に抵抗があるようだった。

フレヤはちらりとチノを振り返った。


「チノ、少し外してくれる?」


途端にチノからの無言の圧力。

おそらく、心配、してくれているのだと思う。

兵たちはフレヤを連れ去ろうとした者たちだ。


「彼らには、私の力が、効く」


短いけれど、有効な言葉だった。

さっと兵たちの顔色が変わった。

彼らは王宮の者たちだ。

フレヤの歌の力を、その威力をよく知っている。

チノはそれを見ると、何も言わずその場を離れていった。

その姿を横目で確認した後、フレヤは兵たちに向き直った。


「あなたたち、名は」


立っているままだと相手を威圧してしまう。

そう気づいて、衣の裾をさばいて地に膝をついた。

草の青々としたにおいが鼻をかすめた。


「い、いけません、王女殿下!!」

「名を聞いているのだけど」

「は、ひっ!!

 マシューです!!」

「エリッシュです!!」


フレヤは眉を寄せた。

表情が乏しい分、どうも昔から人を怖がらせてしまう。

しかし、それをフレヤが不機嫌であると捉えたらしい

マシューとエリッシュは真っ青になった。


「ああ、怒っているわけではないわ。

 あなた達と、話がしたくて」


二人は聞きなれないものを聞いたかのように怪訝そうな表情を浮かべた。

フレヤは言葉を探し選びながらぽつぽつと話した。


「マシューとエリッシュは、アルハフ族をどう思ったかしら」


唐突な問いかけだった。

急ぎすぎた質問だっただろうか。

だが、まどろっこしいやり方は好きではない。


「どう、といいますと……」

「彼らは、野蛮かしら?」


二人は黙り込んだ。

唇をかみしめ、言葉に迷っている。

フレヤは、静かにその様子を見つめた。

Re: マーメイドウィッチ ( No.253 )
日時: 2017/03/30 11:35
名前: いろはうた (ID: VujPqVFA)

「あいつらは……普通の人間とは違う血が流れている」


押し殺された声だった。

フレヤは瞳を陰らせた。

アルハフ族は何も彼らに乱暴をしていない。

むしろ、寝るための場所であるテントや衣服を貸し出し、

食べ物さえ分け与えていた。

縄で奴隷のように兵たちを縛りもしない。

アルハフ族は、王国の人間に何も思わないわけではないはずだ。

理不尽な迫害を受けたのだから当然だろう。

それでも、彼らは施しを与えた。

フレヤとチノの存在もあるだろうが、それでも彼らは譲歩してくれている。

しかし、何十年にもわたる偏見からは逃れられないということか。


(もともと無理があった作戦だしある程度は仕方ないわ)


しかし、フレヤは彼らの瞳が揺れていることに気付いた。

自分が今まで言い聞かせられてきたことと事実の差に

心が追いついていないようにも見えた。

決して、兵たちも何も感じていないわけではない。

沈黙が落ちた。

風が木々を揺らす音のみが聞こえる。

目を伏せて考え込む。

どうすれば、彼らの意識を変えられるだろう。


「そうだわ」


ふとフレヤはあることを思いついて、その場を勢い良く立ち上がった。

Re: マーメイドウィッチ ( No.254 )
日時: 2017/03/30 15:40
名前: いろはうた (ID: VujPqVFA)

「王女殿下!!」


フレヤは強く名を呼ばれて、くるりと振り返った。

今は、アルハフ族のみんなにお願いして、

水汲みの手伝いをさせてもらっているところだ。

川の水に桶を浸した状態で、振り返る。

マシューとエリッシュもその手に桶を持ち、

嫌々ながらもアルハフ族の民族衣装を身に着けていた。


「なにゆえ、そのような真似を!!

 ここは俺たちがやりますのでどうか!!」

「我ら王族は、幾千幾万もの民によって生きながらえてきた。

 民と同じことができないで何が王族よ。

 黙ってあなた達も水汲みをしなさい」


そう言い終えてから、はっとする。

アルハフ族の視線がすべてこちらに向けられていた。

どの人も水汲みや洗濯の手を止めて、

じっとこちらを見ている。

しまった。

少し騒ぎすぎてしまった。


「さあ、水を汲んで。

 っと、ひゃっ」

「王女殿下!!」


立ち上がった拍子に足を滑らせバランスを崩してしまう。

間一髪というところで、力強く背中を支えられた。

見なくてもわかる。

こんな風に素早く迅速に助けてくれる人はチノしか知らない。


「……大丈夫か」

「……あ、ありがとう、チノ」


顔から火を噴きそうだった。

自分でも顔が真っ赤になっている自覚がある。

あんなに偉そうなことを言った次の瞬間にこけそうになるだんんて、

もう元王女の威厳も何もない。

ぷっと誰かが噴き出す声が聞こえた。

聞き間違えたのかと思い、ぱっと顔を上げ、瞬きを繰り返す。

見れば、こらえきれぬようにアルハフ族のみんなが笑っていた。


「なんだい、お高くとまったお貴族サマも

 こけりゃただの人間かい、くくっ」

「なんだよ、ただのかわいい娘っこかい」


馬鹿にしたような笑い方じゃなくて、

純粋におかしいから笑っているようだった。

力の抜けた、緊張がほぐれたような笑い方だった。

そうか。

異空間にいて緊張したのはフレヤだけではない。

彼らも、自分たちの空間に異分子がいることに

少なからず緊張していたのだ。

さざ波のように広がる笑い声に、フレヤも小さく笑った。

チノの顔を振り返ってみると、彼も穏やかな表情で微笑んでいた。

それが嬉しくてフレヤはさらに笑みを深めた。

マシューとエリッシュは、それを少し離れたところから

黙って見つめていた。


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