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マーメイドウィッチ
日時: 2016/06/21 11:41
名前: いろはうた (ID: FEOD1KUJ)

世界が止まった。



手が震える。



数拍のちに気付く。









私は大切な人に裏切られたのだと。

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Re: マーメイドウィッチ ( No.325 )
日時: 2017/07/13 23:15
名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)
参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi

その日は本当に朝から晩まで二人きりで過ごした。

もともと、シウと相談して

今日を休息日として定めていたため、予定に問題はない。

今頃、違う宿でシウたちも羽を伸ばしているはずだ。

本当は、ヘレナに今の状況を詳しく説明する日にしたかったのだが

チノの迫力に負けてしまった。

チノはほとんどフレヤから離れなかった。

部屋を初めて出たのは、食事を宿の下の階に取りに行くときだった。

二人きりで食事をして、おいしい、と静かに微笑みあう。

そのあとは、とくに出かけることもなく

部屋の中で外の景色を眺めながら他愛もない話をした。

幼いころの思い出や家族のことなどだ。

チノは、アルハフ族に伝わるおとぎ話や

伝統的な歌を教えてくれた。

渡り鳥のような生活をするアルハフ族らしく、

チノは遠い異国のことをたくさん知っていた。

チノが語ってくれる、鼻の長い灰色の生き物の話や

水がほとんどない砂漠を移動した話、

氷河を眺めながら焚火をした話などはどれも新鮮で

きいていて飽きなかった。

ゆっくりと日が傾き始めたとき、チノはフレヤを抱えて

宿の屋根に上った。

美しく色を変える空はやがて宵闇色になり、

星が美しく輝くようになった。

小さくくしゃみをすると、気づかずにすまなかったと

チノは彼の上着を肩にかけてくれた。

その温もりは体だけでなく心までもふわりと温かくした。

二人で満天の星空を見上げる。

フレヤは一つ一つの星を指さし、なぞっていった。

天文学で学んだことをぽつぽつとチノに教える。

それぞれの星座にまつわるおとぎ話に

チノは静かに耳を傾けていた。

その間、冷えるといけないからと、

チノは背後からフレヤを抱きしめるようにして話を聞いていた。

背中は心地よい温かさに包まれている。

チノの吐息が耳をくすぐり、フレヤは小さく笑う。

泣きたくなるほどに穏やかな時間だった。

一瞬ではあるもののルザの存在や己の立場など、

全て忘れてしまうほどに、幸せなひと時だった。

フレヤは今日のこの日を忘れぬように

瞳を伏せて心に刻み込んだ。

Re: マーメイドウィッチ ( No.326 )
日時: 2017/07/18 14:55
名前: いろはうた (ID: Sm0HUDdw)
参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi

「ならぬ」


次の日フレヤは、シウと対峙していた。

シウたちが泊まっている宿屋は、

フレヤたちが使っている宿と遜色ないほど地味で目立たない。

こんな宿に派手な雰囲気のシウがいることが

なんだかちぐはぐに見えてしまう。

しかし、当の本人は、それを吹き飛ばしてしまいそうなほど

冷え冷えとした空気を放っていた。

視線だけで人を凍らせることができそうだ。

しかし、それに臆することなく、

フレヤは静かに彼の視線を受け返した。


「契約を反故にするつもりか」

「約束を破ってしまうことになってしまうのは謝るわ。

 本当にごめんなさい。

 でも、私は、私の国の民を見殺しにすることなどできない」


フレヤは、コペンハヴン国に戻り、

ステファンを迎えうちたいとシウに願い出ているところだった。

しかし、シウの態度は氷河のごとく冷たく変わらなかった。


「止めても無駄よ。

 私は行くわ」

「……民が汝に何をしたのか忘れたのか。」


うなるように低い声でシウが言った。

びりびりと空気が震える。


「あの愚かな人間の民は、汝が地を駆けずり回り

 差し伸べ続けた救いの手をいともたやすく忘れ、

 あまつさえ、牙をむいた」

「ええ、そうね」

「あの性根の腐った王の仕業だとはいえども、

 これで分かっただろう。

 恩をすぐに忘れ、簡単に裏切る。

 ……人という生き物とは、そういうものだ」


押し殺された声に、滲む激情が見え隠れする。

シウも人に裏切られたのかもしれない。

ふとそう思った。

昔のシウ自身を、フレヤに重ねて見ているのかもしれない。


「民に私を裏切らせるようなことをさせたのは、

 私にも責任があるわ。

 数年前の災害のせいで、民への被害は甚大だった。

 でも、私たち王族はろくな政策も打ち立てず、

 税金を巻き上げるばかりだった。

 今度こそ、私は民を救ってみせる。

 何度手をはねのけられても差し伸べてみせる」

「汝、今度こそ、死ぬぞ」


端的に言われた言葉は、ずっしりとした重圧に見ていた。

しかし、ここで折れるわけにはいかない。


「そう簡単には死んであげない。

 私には死ねない理由がある」

「ほう?」


シウは表情を変えずに片眉だけあげてみせた。

圧倒的な迫力に負けないように足を踏ん張る。


「守りたい人たちがいるから」


ぎゅっとこぶしを握り締めた。

死ぬのが怖くないと言えばうそになる。

何度も殺されそうになった。

死ななかったのは、運がよかったとしか言いようがない。

今度こそ、殺されてしまうかもしれない。

それでも立ち向かうのは、守りたい人がいるからだ。

今まで訪れてきた貧しい村の村人たち。

幼い女の子や、まだうまく歩けないほど小さな男の子。

薬の差し入れに涙を流して喜んでくれたおばあさん。

村の訪問に最初に連れ出してくれた執事。

最後まで尽くしてくれたメイド達。

やっとのことでステファンの手から奪い返した妹。

アルハフ族の人たち。

チノ。


「私は、絶対に引けない。

 これ以上、何も失わない。

 失いたくないの」


強く強く紅い瞳を見つめ返した。

異形の者しかかたくなに信じない吸血鬼の王。

幻惑の力を持つ紅い瞳を見つめ返されることに慣れていないのか

先に目をそらしたのはシウの方だった。

はらりと白磁の肌に黒髪が一筋落ちる。

その姿でさえ芸術的なまでに美しかった。


「我は、認めぬ」


あわく生まれた期待はシウの言葉によって

すぐに失望へと変わった。

最初から、すぐにシウが頷くとは思っていない。

ならば根気よく言葉を重ね続けるだけだ。

氷河だって、春が来れば緩やかに氷の山を動かすのだから。

Re: マーメイドウィッチ ( No.327 )
日時: 2017/07/19 20:34
名前: いろはうた (ID: d2uBWjG.)
参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi

部屋を出ると、話が終わるのを待っていた

シウのお付きの者たちが我先に部屋の中へと駆けていく。

対照的にチノ、カルト、カインの3人はフレヤが出てくるのを

辛抱強く待っていた。


「どうでしたか……?」


カインからおそるおそる投げかけられた問いに

首を横に振ってこたえる。

そうですかと小さく呟くと、カインはため息を吐いた。

しかし、フレヤはそう悲観していない。

まだチャンスはあるし、時間もある。

シウを説き伏せるのは容易ではないが、

不可能ではないはずだ。


「どうするつもり?」



部屋から離れるようにして歩き出すと、

カルトがひょうひょうとした態度で聞いてくる。

髪の毛をひるがえらせながら、フレヤは廊下を進んだ。


「無論、あきらめたりなんかしないわ。

 私にも譲れないものくらいある」

「宿に戻るのか?」

「ええ。

 今日の所はひとまず引き下がるけど明日も行くつもりよ」

「いいねぇ。

 そういう負けん気の強いところがそそるよ。

 ヘレナには及ばないけどな」


カルトの軽口に眉を顰めるが、フレヤは何も言わなかった。

カルトに殺気を飛ばしながら腰の剣に手をかける男二人を

なんとかなだめつつ、フレヤたち一行は

自分たちが泊っている宿への道を進む。

あまり同じ宿に長居はしないほうがいい。

怪しまれやすくなるからだ。

たとえ幻惑の力で宿の主や宿の他の客人を惑わしていても

この国全ての人間の目をごまかすことはできない。

余計な混乱は避けたいため、やはり宿を別のものに移すべきか。


「あ、それと、今までのことは簡単にヘレナに話しておいたから」


カルトの声によって現実に引き戻された。

そういえば、彼は、ヘレナの護衛役として

四六時中彼女の傍にいるのだった。

しかし、これはフレヤが頼んだことではない。

なぜか、カルトが自らすすんで申し出たことだった。

やたらと慣れ慣れしくヘレナのことを話すのも気にかかる。


「ありがとう。

 私からもヘレナに話しておきたいから、

 宿に帰り次第、すぐに会いに行くわ」



Re: マーメイドウィッチ ( No.328 )
日時: 2017/07/19 21:59
名前: いろはうた (ID: d2uBWjG.)
参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi

するとあからさまにカルトが顔をしかめた。

ものすごく嫌そうな顔だった。

何故だ。

なぜ自分の妹に会いに行きたいと言っただけで

そんな顔をされなければならないのだ。

喧噪をかき分けながらも、もやもやとした気持ちを消しきれない。

そうこうしているうちに、宿についてしまった。

ヘレナの部屋の前まで行くと、彼女の部屋の前で番をしていた

龍族の長、ロンが静かにこちらを見た。


「戻ったのか」

「ええ」


それ以上ロンは特に追及してこない。

おそらく聞かずとも話し合いの結果を想像できたのだろう。

すっと流れるような動作でロンはその場を明け渡した。


「入るのだろう」

「ええ、ありがとう。

 少し妹と話をしておきたくて」


そう言った途端、背に突き刺さる気配。

見なくてもカルトのものだと分かる。

一体、どうしたというのか。

フレヤは半眼になって、後ろを振り返った。


「カルト。

 わかっていると思うけど、

 私たち姉妹のみで話をしたいの。

 外で待っていてくれるかしら」


カルトは不服そうに喉の奥でうなりながら

フレヤを睨みつけている。

まるで、言うことをきかない狼のようだった。

やはりカルトの様子がおかしい。

どうしたものか、と途方に暮れていると

がちゃりとドアが勝手に開いた。

中からぴょこりとヘレナが顔を出す。

姉の姿を見てぱっと顔を輝かせたヘレナだったが、

カルトの姿を見るや否や、顔色を変えた。


「なんでまだあなたがここにいるの、ちゃらんぽん男!!」

「……」


めったに見ることのない妹のすごい剣幕に

フレヤは無言になってしまう。

対するカルトはへにゃりと相好を崩した。

あたりに、はちみつと砂糖を混ぜて蒸発させたような

胸やけのするような甘さが充満しだした。

意味が分からない。

本当に状況をうまく理解できない。


「やっぱり可愛いな」

「うるさい!!

 私はお姉さまとお話しするから、あなたは出て行って!!」


強くまくしたてると、ヘレナは強い力でフレヤの腕を引き

部屋に引き入れると、荒っぽく扉を閉めた。

けたたましい音と共に扉が閉まり、

外からの音が聞こえなくなる。

はぁっとヘレナがため息をついた。


「申し訳ありませんお姉さま。

 あの男に朝から晩まで傍にいられて、

 少々、苛々してしまいまして」

「そ、そう」


こんなに機嫌の悪そうなヘレナを見るのは初めてだった。

そもそも、フレヤの記憶の中のヘレナは

いつも穏やかにほほ笑んでいることが多い。

フレヤとはまた違った方向で

己の感情を表にあまり出さない娘なのだ。

だから、感情をあらわにしたヘレナを見ることは

新鮮で、どう対応したらいいのかわからない。

カルトはそんなヘレナの怒りを歯牙にもかけずに

かまい倒しているようだから余計に驚きを感じてしまう。


「カルトは、悪い人ではないのよ?

 軽い人に見えるけど、家族思いのいい人よ。

 私の命の恩人でもあるわ」

「存じております。

 だからこそ礼儀をわきまえた対応をしようと

 努力はしているのですが、それをあの……あの男が……」


最後のほうは怒りか何かの強い感情のせいで

かすれて聞こえなかった。

ヘレナの感情をここまでひきずりだすだなんて、

カルトも大したものだと、他人事のように思った。

Re: マーメイドウィッチ ( No.329 )
日時: 2017/07/23 14:58
名前: いろはうた (ID: d2uBWjG.)
参照: https://pixiv.me/asaginoyumemishi

ヘレナに促されて部屋の椅子に座り、あらためて彼女と向き直る。

大きな青い瞳のすぐ下にはうっすらと隈ができていた。

突然の環境の変化と急な事態によく眠れていないのかもしれない。


「もう、カルトから聞いているとは思うのだけど、

 改めて何があったのか私から話すわ」

「はい。

 他の誰でもなく、お姉さまの口からすべてを聞きたいです」


決意に満ちた瞳でヘレナがうなずく。

フレヤは、ヘレナが嫁いで行ってしまった後の話を

ぽつぽつと語りだした。

なるべく私情を挟まぬよう、客観的に話すように努めた。

メノウの脅迫、父に死の歌を歌ったこと、

ステファンの裏切りの話をすると、

さすがのヘレナも顔色を変えた。

しかし、ヘレナは口をはさむことなく、

黙って話を聞いていた。

そして、ステファンの城に潜入し、

ヘレナを攫うところまで話すと、フレヤは口を閉じた。


「話してくださって、ありがとうございました」

「長くなってしまったわ。

 ごめんなさいね」

「いえ……」


それっきりヘレナは口をつぐんでしまった。

考え込んでいるようだった。

今まで聞いた話を自分の中で整理しているに違いない。


「もしかしたら、宿を変えるかもしれないから

 それだけは知っておいて」

「はい……」


力なくヘレナが頷いた。

余計なことを話して混乱させてしまったかもしれないが

ヘレナも知る権利がある。

そう思って話したのだが逆効果になってしまっただろうか。

少し気がかりに思いながらもフレヤは椅子から立ち上がった。

すこし沈んだ表情のヘレナもそれに気づいて立ち上がる。

それを手で制する。


「考えたいこともあるだろうから、見送りはいいわ。

 ゆっくり休みなさい」

「……はい、お姉さま」


部屋を出ようと扉を開くと、

なぜか当然のごとくカルトがそこに立っていた。

遅れて彼がヘレナの護衛役を買って出ていたことを思い出す。


「話、長すぎない?

 ヘレナ、疲れただろ」

「そ、そうね。

 長くなってしまったわ。

 あのこにも考える時間が必要だと思うの」


遠回しにヘレナから少し離れてやれと言ったつもりだったのだが

当然のごとく部屋に足を踏み入れようとする

カルトの腕を慌てて掴む。


「なに?

 まだなんかあるの?」


不機嫌そうに目を細めてこちらを見るカルトに

またも違和感を抱く。

やはりおかしい。

いつものカルトではないみたいだ。


「カルト、あなたどうしたの?」

「なにが?」


なにがおかしいといわれて言葉に詰まる。

いつものカルトではないみたいだと言えば

鼻で笑われるだけだと分かっているから口ごもってしまう。


「なに?

 さっさと言いなよ」

「ヘレナに対してだけは、カルトらしくないというか……」


てっきり怪訝な顔をされるのかと身構えていたが

以外にもカルトはしばらく黙っていた。

フレヤもハラハラしながらカルトの返答を待つ。


「……つがい、なんだよね」

「は?」


重々しく告げられた言葉に、フレヤはぽかんと口を開けた。

しかし、カルトはいたってまじめな顔をしている。


「個人差はあるみたいだけど、おれは一目見た瞬間

 雷が落ちたみたいに、このこがおれの運命の人なんだって」


カルトはどちらかと言うと合理的で現実的な思考の持ち主だ。

そのメルヘンな内容に、フレヤの口は開きっぱなしだ。

しかし、本人はいたって真剣な顔なので

嘘でしょう、などと冗談でも口にできない雰囲気だ。


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