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マーメイドウィッチ
日時: 2016/06/21 11:41
名前: いろはうた (ID: FEOD1KUJ)

世界が止まった。



手が震える。



数拍のちに気付く。









私は大切な人に裏切られたのだと。

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Re: マーメイドウィッチ ( No.209 )
日時: 2017/01/17 12:22
名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)
参照: http://ncode.syosetu.com/n1515cf/

チノはフレヤの短刀を口にくわえると、すさまじい速さで廊下を駆けだした。

今までの出来事があまりにも一瞬のうちに行われたので、

フレヤの頭はなかなか状況に追いつかなかった。

なにが、起こっているのだろう。

父を殺しに行ったはずなのに、今はその父に逃がされ、

王宮を逃げまどっている。


「チノ、私の部屋にいって」


チノは無言だったが、言外に不満げな様子が伝わってきた。


「おねがい。

 しなくてはいけないことがある」


廊下の角をいくつか曲がったところで、徐々に怒号が聞こえてきた。

ざわめきが近くなってくる。

どんどんこちらに近づいてくる。

おそらく、革命軍だ。

メノウは最初から約束を守るつもりなどなかったのだ。

チノはフレヤを抱える手にぐっと力を込めて、さらに速く駆けだした。

フレヤ一人を抱えて走っているのに、

その重さをものともしない走りだった。

その人間離れした身体能力に、こんな時だというのに

チノが人狼の末裔なのだと強く感じた。


「姫様!!」


チノがフレヤの自室のドアを乱暴に開けると、

侍女たちが真っ青な顔をして駆け寄ってきた。

チノに床におろされると、侍女たちは口々にしゃべりだした。


「聞いて」


フレヤはそれらすべてを遮るように言った。

途端に彼女たちは口をつぐむ。


「私の宝石箱を出して」


侍女たちの中では一番若いアンナがすっとんで

宝石箱を震える手で持ってきた。

フレヤは宝石箱を見つめ、ざっと中身を確認する。


「いいわ。

 みんな、この中から好きなものを一つとって、

 今すぐ城から逃げなさい。

 革命軍が来ている」


侍女たちはみんな一様にぽかんとした顔をした。

何を言われているのか心から理解できないという顔だ。

真っ先に、侍女頭のハンナが目に光をとりもどした。

すぐさま反論しようとする彼女を手で制する。


「これは命令よ。

 あと一分だけ時間をあげる」


フレヤはくるりと背を向け歩き出した。

そのフレヤを当然のように担ぎ上げると、チノは走り出そうとした。


「フレヤ様に、母なる海のご加護があらんことを!!」


ハンナが叫んだ。

フレヤは目を見開いたが、振り返らなかった。


「どうかご無事で!!」

「遠くへお逃げください!!」

「我らの主はいつまでもフレヤ様、ただおひとりです!!」


口々に言われる言葉に、目の端が熱くなる。

ありがとう、というかすれたつぶやきが漏れた。

チノはフレヤを抱えなおすと、閃光のごとき速さで駆けだした。

Re: マーメイドウィッチ ( No.210 )
日時: 2017/01/21 18:53
名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)
参照: http://ncode.syosetu.com/n1515cf/

チノは人間ではありえないほどの速度で走っているというのに

フレヤにはほとんどその振動が伝わってこなかった。

細心の注意を払ってフレヤを抱えているのだと痛いほどに伝わってきた。

険しい顔で走るチノの顔を見上げる。

今、彼は何を思っているのだろう。

同族であるメノウに追われて、ただのお荷物でしかないフレヤを

大事に抱えて王宮を逃げまどって、何を思うのだろう。

メノウが妹であるヘレナとそっくりな容姿であること、

フレヤにしこくつきまとい、あまつさえ父である王を殺させようとした理由。

メノウは、復讐をしようとしていたのだ。

彼女の言動、行動、すべてに納得がいった。

彼女は、今、己の手で、父を……


「王のことは、仕方がないことだ」


まるでフレヤの思考を読み取ったかのように

チノがつぶやいた。


「あれは……どちらにしろ、助からなかった。

 ……おまえのせいではない。

 気に病むな」


平坦な声の中に、いたわりの響きがあった。

目の端が熱くなる。

だめだ。

ここで泣いたらだめだ。

こんなところで。


「いたぞー!!」


野太い声が響き渡った。

フレヤはびくりと震えた。

チノは舌打ちをすると足を止めた。

前方からたくさんの、男たちがこちらの存在を認識して

駆け寄ってくるのが見えた。

騎士たちじゃない。

服装からして、平民たちだ。

フレヤは、ただ声もなく目を見開いていた。


「つかまえろー!!」

「殺せー!!」


目が、殺気に満ちて、ギラギラと輝いていた。

ただ、瞳には憎しみが宿っていた。

ひゅんと、すぐ横を何かが通り抜けた。

矢だった。

チノは身をひるがえすと、来た道を駆けだした。

なにが、起きているのか。

革命。

そうか。

彼らは、革命を起こしているのだ。

今まで、自分たちを苦しめるだけの存在だった王族を根絶やしにする気なのだ。


「メノウの力だ」


苦々し気にチノが耳元でささやく。

前方から、また別の男たちが現れて、チノは階段を駆け下りた。


「あいつらの憎しみを、メノウが特殊な声で、増長させて操っている」


ひゅんとまたチノの肩を矢をかすめた。

チノの肩のあたりシャツが切り裂かれて破れていた。


「チノ……!!

 肩が……!!」

「いい、気にするな。

 それより、しっかりつかまっていろ」


言うが早いか、窓枠にがっと手をかけると、

チノはフレヤをかかえたまま空中に身を躍らせた。

Re: マーメイドウィッチ ( No.211 )
日時: 2017/01/23 12:59
名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)
参照: http://ncode.syosetu.com/n1515cf/

悲鳴すら出なかった。

背後でどよめきが一瞬聞こえた気がするが耳元でうなる

鋭い風の音でかき消されてしまった。

なにがおこったのかわからないほどの一瞬の間に

チノは着地の体制をとると、近くにあった木にふわりと着地をした後

木の枝を蹴って地面に降り立った。

まるで重力をものともしない動きだった。


「な、慣れているのね」


まぬけな感想しか出ないほどにチノの身のこなしは鮮やかだった。

チノは前を向いたままぼそりとつぶやいた。


「けがは」

「な、ないわ」


あまりにもいつものような平坦な声の響きだったので

ひょうし抜けしてしまう。

ならいい、と言うとチノは走り出した。

すぐに彼がどこへ向かっているのかわかった。

この道、馬小屋へとつながる道だ。

思った通りすぐにみい慣れた小屋が見えてきた。

愛馬のシルバノの鼻面も見える。


「シルバノ!!」


愛馬がこちらを向いてぶるると鼻を鳴らした。

そうか。

チノは馬に乗って、この王宮から逃げ出す気なのだ。


「相乗りするの?」

「お前は嫌だろうが、この状況だ。

 仕方ないだろう」

「別に嫌じゃないわ。

 むしろ、そちらのほうが助かる」


手早くフレヤを地面におろすと、

チノがてきぱきと鞍をシルバノにつける。

フレヤはただそれを見ていた。

正直、まだ手足に力がうまく入らないし、頭も回らない。

チノに馬を操ってもらわないと落馬してしまいそうだった。


「行くぞ」


チノは片腕で軽々とフレヤを抱え上げると、軽やかな動きでシルバノにまたがった。

フレヤは愛馬の首に触れた。


「少しだけ、頑張って」

「手綱につかまってろ」


チノがぐいっと手綱を引く。

シルバノが駆けだした。

王宮の裏門に向かって走っているのがわかる。

おそらく、王宮の正門は革命軍でいっぱいだろうとフレヤでも予測できた。


「どこへ行くの?」


だれもいない裏門を潜り抜けたときに、フレヤはぽつりとつぶやいた。

自分でも驚くほど言葉が幼い響きを帯びた。


「魔の手の届かない、遠い遠い地に、お前をさらっていく」


低く落ち着いた声に心が凪いだ。

背中に感じるぬくもりが、手綱を握る骨ばった大きな手が

フレヤを安心させる。

あてもなく森をかけて数分、風切り音が頭上をかすめた。

Re: マーメイドウィッチ ( No.212 )
日時: 2017/01/24 14:14
名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)
参照: http://ncode.syosetu.com/n1515cf/

チノが無言で馬を走らせる速度を上げた。

空気が重く硬くなる。

見なくてもわかった。

矢だった。

しかし、なんだか、的外れな方向に飛んでいくばかりで、

まったくフレヤのほうに飛ばない。

何故だろうと一瞬考えて、瞬時に分かった。

素人がうっている矢だ。

背筋が冷たくなる。

革命軍が、この国の民が、王族であるフレヤを殺そうと

あちこちから射かけているのだ。

でも、普段は弓なんて触らないから、なかなか思うように飛ばないのだ。

それは弓の名手が放った矢よりも、フレヤには恐ろしかった。

森が開けた。

ほっと安堵の息が漏れる。

しかし、次の瞬間フレヤは目を見開いた。

崖だった。

チノが舌打ちしてシルバノをとめる。


「……追い詰められた」


海の香りがした。

崖の下は間違いなく海だった。

びゅっと音がして、チノの髪を数本そぎ落とした。

今度は、明確な殺意を持った強弓だった。

木々の陰から弓を持ったステファンが馬に乗って現れる。

その後ろからは、同じように弓を構えたステファンの国の兵と

革命軍であろう平民たちが弓を構えていた。

その光景が心をえぐった。


「その顔が、見たかった」


夢見るように笑いながらメノウが馬に乗って現れた。

フレヤが絶望をにじませた顔をしているのが楽しくて仕方ないらしい。

その緑色のチノと同じ目が、うすぼんやりと赤く染まっているのが見えた。

はっとして革命軍の人々の目を見ると同じようにうすぼんやりと赤く光り、

焦点が合っていなかった。

チノの言葉通り、メノウの声の力に操られているのだ。


「民を、解放しなさいメノウ」


怒りで声が低くなる。

びりり、と空気が震えて、一瞬メノウが気おされたような表情を浮かべたが

瞬時にその表情は消えた。


「なにをおっしゃっているのかよくわかりませんわ、王女殿下。

 やはりご乱心なさってしまったようね」


残念だわ、とヘレナと同じ顔が嬉しそうに笑う。

毒を含んだ笑みだった。


「状況をお分かりになっていらっしゃらないようですわ」

「ああ、国王殺しの罪深き王女を、私がこの手で葬らねばならないね」


ステファンが柔らかく微笑み弓を構え、矢をつがえた。

天使の皮をかぶった悪魔がそこにいた。

絶体絶命だ。

どうしよう。

どうすればいい。

せめてチノだけでも逃がさないと。

強い海風でぶわっとフレヤの髪があおられ広がった。

海のような青が陽光を浴びて輝く。

その様子を目を細めてステファンが見つめていた。


「美しき王女よ。

 死の間際にあってもなお瞳の輝きを失わないとは、本当に惜しい。

 貴女がもう少し愚鈍で、そうまで聡くなければ

 私の愛玩人形として、いつまでも傍に置いていたというのに」


ステファンの指が弓から離れるか離れないかの間際に、

フレヤの腰に強い腕が回った。

チノがフレヤを抱えてシルバノの鞍を蹴るのと

ステファンの矢が放たれたのはほぼ同時だった。

チノとフレヤの横を矢がかすめ飛んでいく。

二人は一瞬、宙に浮かんでいた。

一瞬の浮遊感とともに、すさまじい風が全身をたたく。

すべてから守るようにチノがきつくきつく抱きしめてきた。

なぜ。

どうして。

問いは言葉にならなかった。

ただ、もう出ないと思った涙が目じりからこぼれて

空中にとんでいった。

目じりに柔らかいものが触れる。

チノが涙をぬぐうようにフレヤの目じりに口づけていた。

とんだ先には何もない。

美しい青空と、深い青に輝く海が見えた。

Re: マーメイドウィッチ ( No.213 )
日時: 2017/01/26 00:09
名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)
参照: http://ncode.syosetu.com/n1515cf/

フレヤたちの姿ががけ下に消えて数秒、誰も動けなかった。


「見てきなさい」


ステファンの一声に、兵たちが慌てて動き出した。

はるか遠くに波打つ海が見えた。

荒々しい波が絶えずがけ下に向かって押し寄せている。

むき出しの岩もごつごつとしていて、直撃したらひとたまりもない。

もし自分がここから落ちたら、と考えるだけで兵たちの体に震えが走った。

どんなに目を凝らしても、人影は見えない。

ただ白波が押し寄せては、岩にぶつかり砕けるだけ。

ここから落ちて助かる人はそういまい。

そう考えた部隊長は、さっと向き直ると、

ステファン王のもとに駆け寄った。


「おそれながら、人影は見当たりません」

「探しなさい」

「で、ですが王、ここから落ちて助かるものはそうそう……」

「私が言ったことが聞こえなかったのか?」


ステファンが笑みを絶やさないまま、部隊長に向かって穏やかに問いかける。

それだけで、屈強な体つきの部隊長に震えが走った。


「もっ、申し訳ございません!!

 すぐに配下の者に探させますゆえ!!」


泡を食って部隊長がほかの兵に指示を出すのを

ステファンは変わらず笑顔で見つめている。

彼に、そっとメノウが馬を寄せた。


「ずいぶんと疑い深くていらっしゃる」


柔らかなたしなめに、彼は苦く笑った。

だがその目はちらりとも笑っていなかった。


「疑り深くなどないよ。

 私は可能性という可能性をつぶして回りたいだけだ。

 そのほうが合理的だろう」


ふっとステファンが瞳をかげらせた。

一瞬そのかんばせから笑みが消える。


「……あの人魚の娘が、海に落ちてそう簡単に死ぬわけがない」


ステファンのつぶやきはあまりにも低くて、

誰の耳にも届くことはなかった。


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